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70.侯爵令嬢と不審船

※グロテスクな表現があります。



「おはようございます!」


朝、いつものように騎士棟にやってきた私たちをカインさんが迎えてくれた。


「おはようございます。」


カインさんはいつも私たちが来る時間に合わせてアルの飼育場に来て、環境整備に精を出してくれている。最初は騒ぐことが多かったアルもようやくカインさんに慣れてきたのかと思ったが、今日は久しぶりにカインさんに手綱を渡されるのを嫌がった。


「グエー!グギャッ!グエー!!」

「こら、アル?!どうしたの?カインさんだよ!?昨日はあんなに上機嫌にブラッシングされていたじゃない?」

「グギャッ!グギャーグエー!!」


あまりに聞き分けがないアルに少し強めに怒れば、暴れるのこそやめたものの、アルは不服そうに鋭い視線でカインさんを睨みつけている。こんな風になるアルを見るのは初めてだった。


「もう、どうしたって言うのよ…?」


少し心配になってアルを覗き込めば、大きな瞳が私の顔を写し悲しげに細められた。その姿に少しだけ心が痛む。…どうしたのかしら?


「アヤメさん、いいですよ。アルは今日は虫の居所が悪いのかもしれません。アヤメさんの時間もあることですしお預かりします。」


申し訳ないと思いながらも、保育園で駄々をこねる子供を引き渡す母親と先生よろしくカインさんにアルの手綱を渡す。アルは恨みがましい目で私を見たが、負けじと怒ったように「まったく。」と返せば小さく鳴いたアルがシュンと首を下げた。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。何かあればいつでも声をかけてください。」

「分かりました。任務頑張ってくださいね。行ってらっしゃい。」


爽やかなカインさんの笑顔に見送られて騎士棟へ向かう私の背中に「クー」とアルの小さな声がかかった気がしたが、心を鬼にしてそのまま振り返らずに足を向けた。


イズミ様にも言われたが少しアルを甘やかしすぎたのかもしれない。うちで飼育しているアルゲンタビウスは3羽いるが、アルが部下として連れてきたゲンとタビはこんなふうに甘えることも、わがままを言うこともない。しかし、アルは幼い時から一緒にいたせいもあってか、ここ最近は私のそばを離れることを嫌がることが多くなった。もうとっくに成獣になっているはずなのに…。

そんなアルのこともあり、コウカ国王陛下からいただいたダイアウルフの子供たちは少し厳しく育てているつもりだ。2頭のダイアウルフは雌と雄だったのでそれぞれウメとタケと名付け屋敷で可愛がっている。子供と言っても成獣になれば200センチ程の大きさになるダイアウルフなので、まだ幼体だが既に大型の成犬よりも大きい。力も強く悪戯一つでも大きな被害が生じてしまう為、しっかりとした躾をしているけど…。もし、あの2頭がアルのようになってしまったら身が持つ気がしない。ダイアウルフに揉みくちゃにされてアルゲンタビウスの我儘に振り回される自分を想像して思わず頭を振った。

この世界にもブリーダーとかいたらいいのに。

日中は騎士団での訓練、帰宅後はウメ達の遊びとしつけ、その後は勉強、そしてアル達の世話。とここ最近は訓練について行くのがやっとで体力の消耗も激しいのにやる事が多くて、疲労も蓄積している気がする。

……

思わず漏れそうになったため息を飲み込んで、足早に0番隊の講習室へ向かう。…遠くではまだアルの鳴き声が聞こえていた。




「伝令ー!!伝令ー!!」


それは午前中の座学の時間に大きな鐘の音と共に突然響いた。


「港の警備隊より通報!国籍不明の船が入港!騎士団長より全隊に出動命令!!」


伝令に来た騎士が話終わるのと同時にクエルト叔父様が騎士を指名した。

0番隊は万が一の有事に備えて全隊出動命令が出ても3分の2、ないし半分は騎士棟に必ず残るようになっている。そのため、指名された、カミーユ副隊長を先頭にミール、ヴァイスさん、私を含めた3分の1の数の0番隊の騎士が講習室を飛び出した。

みんなが素早く出動準備を整え騎士棟前に用意されていた馬に乗る中、私は特製の医療バッグを背負ってアルに乗る。


「お気をつけて!!」


見送ってくれたカインさんに頷いてアルの手綱を握った。アルはどこか嬉しそうにぐっと翼に力を入れて羽を震わせる。


「いくよっ!」

「グエーっ!」


私の掛け声と共に舞い上がったアルは他の騎士達の馬と並走するようにして大きな羽を広げまっすぐに飛んでいく。その先の城門前には1〜4番隊の騎士達が揃っていた。

少し高くなった台の上から騎士団長が集まった騎士達を見渡して声を張った。


「状況を説明する!先ほど、国籍不明の不審船が我が国の港に入港した。乗船した警備隊によれば乗組員の半数は血塗れで倒れており重体、他の乗組員達も衰弱が激しく会話も出来ない状況のようだ。不審船は巨大であり国籍を示すものは発見されておらず、なぜ我が国に来たのかも不明!そのため国王陛下より、乗組員の確保、速やかな来航目的の解明、事情聴取のご命令が下された。場合によっては武力行使も許可が降りている。1〜4番隊の騎士達の半数は現場へ向かい、残りの半数は周囲の警備強化と万が一に備えて詰所待機!0番隊は乗組員の治療及び状態確認!わかっていると思うが、つい先日まで狂犬病が流行していた。乗組員の状態には十分に注意しろっ!!」

「「「はっ!!」」」


騎士団長が台から降りるとすぐさま各隊で組み分けが行われた。そして新たに編成された1〜4番隊の先頭に騎士団長が立つ。


「全隊!出発!!」


騎士団長の号令とともに城門が開かれ、騎士団長に続くように綺麗な隊列をたもったまま騎士達が馬で駆け出した。


「0番隊!行くぞっ!」

「はっ!!」


カミーユさんの合図で最後尾についた私たちも動き出す。

アルに乗って少したかい位置から前を見れば騎士の制服と鎧の白銀が遥か向こうに見える海に向かって伸びていた。


その景色に密かに体が震える。

その震えが何なのか…わからない。

それでも、ピリピリと肌に感じる緊張感が心地よかった。


何が待ち受けているかもわからない。

でも…そこに命があるのなら絶対に救ってみせる!


私はギュッと肩にかかったバッグの紐を握りしめた。




インゼル王国の首都から馬で1時間ほど走った先には大きな港がある。

旅客船や貿易船、商船などさまざまな船が行き来するこの港は王国の海の玄関口だ。いつもなら、さまざまな人が溢れ活気に満ちている港も隣接する港町も今は誰1人出歩く者がいない無人の場所に変わっていた。


「…でかい…。」


ヴァイスさんの声が静まり返った私たちに大きく響いた。

それもそのはずだ。

私たちの目の前には前世で見た超巨大豪華客船を彷彿とさせるような巨大なガレオン船が鎮座してるのだから。

しかし、船は何者かの攻撃を受けたのか、それとも岩にぶつかったのかは不明だが左船首が大きく破損しマストが2本折れていた。何箇所か破けた帆はかろうじて張られているような状況で、この辺りの海に詳しい警備隊によると風と潮の流れでこの港に漂着したのではないかいうことだった。


感染症か何か警備隊では判断できないとのことで乗組員達はまだ船内にいる状況で、最初に船内に踏み入れた警備隊も隔離しているという報告を受けて少し胸を撫で下ろした。もしも乗組員たちの症状が感染症によるものだとしたら、飛沫感染や空気感染あらゆる感染の手段を考慮しなければならない。さらに、港を一時的に封鎖し住民たちに自宅待機命令を早い段階で下したのもいい判断だ。

今回の警備隊の適切な行動と判断は、きっと狂犬病のワクチンを開発時にアンリ叔母様が正しい感染症対策法と知識をマニュアル化し、それを騎士団長が各所の警備隊へ配ってくれた成果だろう。


「1〜4番隊は乗船及び周辺警戒。0番隊は乗船し乗組員達を診断。必ずツーマンセルを組み1人にはなるな。何か不審な点があればすぐに報告しろ。」


騎士団長の声を合図に次々に騎士達は船へ乗り込んでいった。


「アヤメ行こう。」


少し緊張した面持ちのミールが声をかけてきた。ミールとはいつもツーマンセルを組んでいるので一緒だと安心する。


「うん、行こう。」


防護服とマスクを着用してミールと共に船室に入る。

薄暗い船内は人1人おらず、所々で物が倒れ破れた破片が飛散していた。他の隊の騎士達が護衛についてくれていたが、薄暗いランプの灯りに照らされた船内にはすえた臭いと鉄のような臭いが充満していてホラー映画の中のシーンのようで恐怖と不安が迫り来る。

ドキドキとうるさく耳に響く鼓動を抑えて長い廊下の突き当たりの部屋にたどり着いた時、ピチャ…と靴が何かに濡れた。海水でも入ってきてしまったのだろうかとミールと2人で足元を見れば、それは赤黒い液体だった。


まさか…


その液体を辿れば目の前のドアの中へと続いている。誰かの息を呑む音が聞こえた。嫌な汗が額に吹き出し、誤魔化すように乱暴に拭う。はやる鼓動をうるさく感じながら、前にいた騎士たちとアイコンタクトで合図を取り、ゆっくりとドアを開けた。

その瞬間、鉄のような臭いと生ゴミのような悪臭が鼻を刺し、思わず眉を寄せた。

そして、目の前に広がっていた光景に言葉を失う。


食堂として使われていたのだろうか…そこは大きな暖炉がある広い部屋だった。


「っ…!」


横でミールが息を詰めたのがわかった。

大きな部屋に窓はなく、薄暗いランプが灯りそのランプのゆらめきの中、大きな部屋の床一面に血まみれの乗組員と思われる人達が敷き詰められていた。

時々、小さなうめき声が聞こえてくるが目の前の床に転がっている人達は皆、穴という穴から血を垂れ流し、さらに皮膚やからも血が溢れ、その溢れ出たちが固まり黒く変色している状態だった。


「死神の祝福だ…。」


すぐ前にいた騎士の言葉が血に満たされた部屋に静かにこぼれ落ちた。

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