67.侯爵令嬢と考察
※この物語はフィクションです。登場する医療表記、行為、その他全ては作者の想像であり存在するものとは一切、関係ありませんのでご注意下さい。
※グロテスクな表現がありますのでご注意下さい。
祝賀会の翌日。
コウカ国王陛下からの呼び出しを受け私は再び登城していた。
城の中にある、貴族や王族が一時的に宿泊できる離宮の前にアルと共に降り立つと、すぐにイズミ様が出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。」
「お出迎え頂きありがとうございます。あの、アルはこちらにおいてもよろしいでしょうか?」
このエリアは高貴な立場の方が多い。いくら許可をもらっているとはいえ、さすがにこのままアルを置いておくのは目立つかと思っていたのだが
「構いませんよ。彼もその方がいいそうです。」
イズミ様は軽く答えるとアルに目配せする。アルは「グエーッ!」と鳴いて自ら離宮の入り口に移動した。
「アヤメとあまり離れたくないそうです。私たちの護衛もアルと会話することができるので、ここの方が落ち着くのでしょう。」
アルゲンタビウスが二足歩行の白鷲にヨシヨシしてもらっている…。
イズミ様に撫でられて気持ちよさそうに目を細めるその姿は少し異様だが…。本人がいいのであればお言葉に甘えることにした。
イズミ様の案内で通された部屋には豪奢なソファセットで大きな白獅子がだらしなく寝そべっていた。
「ああ、来たか。」
気だるそうにあくびをする姿はまさに巨大な猫そのものだ。
「陛下。いくら身内同然のアヤメの前とはいえ寛ぎすぎですよ?」
え?身内同然?
いやいやいや…彼は一国の王様だ。こっちはたかが貴族令嬢…身内なんて恐れ多い。
イズミ様が苦言を呈するがコウカ王は特に気にする様子もなく気だるげに長い尻尾を揺らしていた。
「ふん。今更アヤメも気にするまい。ほら、そこへ座れ。」
「は、はい。失礼いたします。」
「まったく…。」
イズミ様はため息を吐きながら私をソファへ促し、そのままコウカ国王陛下の横に立った。
緊張したまま、どこまで沈むのかわからないほどふかふかのソファに腰掛けると侍従が飲み物と菓子をテーブルに並べていく。その侍従は猫の獣人だった。本来ならば、離宮付きの侍女がいるはずなのだが、見た限りこの部屋には人間は私しかいない。私の視線に気がついたのか、コウカ国王陛下は体を起こしながら説明をしてくれた。
「我ら獣人と人間は生活習慣や人体構造が異なるので、人間の侍従だと色々面倒なのだ。それに、我らを見て恐怖を抱く者や珍しさから触れようとする者も多い。その為、他国に行くときは侍従やメイドも全て自国の者を連れて行くようにしている。」
そのまま侍従の用意した紅茶に口をつけたコウカ国王陛下は満足げに髭をモコモコと動かした。
「それに、人間の淹れた飲み物は熱くて敵わん…。」
あ、出た、猫舌。
獣人でもやっぱり猫舌なんだ。確かに、この世界で唯一の獣人の国だもんな。そりゃ物珍しさはあるし、目の前にモフモフがあったら撫で回したい気持ちはわかる。
侍従の猫さんの尻尾を見ていると、スッとコウカ国王陛下が手を挙げ人払いをされて音も無く、イズミ様、コウカ国王陛下、私以外の獣人たちが退出していった。
「さて…本日お前を呼び出したのは、この間の騎士団との会合でお前が述べた呪術について話があったからだ。」
この間、ギンとの面会の後に騎士団長やイズミ様たちの前で私が言った「蟲毒」のことだとわかり、自然と姿勢が伸びた。すべては私の憶測だけど……コウカ国王陛下がどのように判断されてたのかは…とても気になる。
「イズミからお前の話を聞いたときは、正直信じられんかった。数十年前に禁術になった呪術を我が国全土を使用しておこなうなどは…空想の産物に過ぎんと思ったのだ………が…、イズミが黒髪の魔法使いとされる、カタール•クオンの母モエイ•カーナルの一族と生家を詳しく調べ直した結果、こんなものが見つかった。」
コウカ国王陛下の言葉に合わせるようにイズミ様が重厚な箱をテーブルの上に置いた。そして、ゆっくりと蓋を開ける。
「これはっ…!?」
中に入っていたものを見た瞬間思わず声が漏れた。
「アヤメは…これが何かわかるか?」
急激に低くなったコウカ国王陛下の声に思わず唾を飲み込んだ。そして、箱の中身に視線を固定したままゆっくりと頷く。
これは…
「…心臓…と…おそらく…獣人の頭蓋骨です…。」
わずかに声が震えていた。緊張なのか驚きなのか、鼓動がうるさく頭に響いて瞼がどんどん開いていく。それでも最後まで言い切った私はゆっくりと箱の中身から、コウカ国王陛下に視線を移した。白銀の中の縦長の瞳孔がキュウっと細められる。
「…お前の意見を聞かせてくれ。」
コウカ王の言葉に私は頷き、再び視線を箱の中へと戻した。
いけない。
あまりの衝撃で頭が働かなかった。…コウカ国王陛下は私にただこれを見せただけじゃない、医師としての意見を求めている。
監察医や司法解剖の経験はないけど…それでも…医師としてできることはある。私は気を取り直して箱の中の心臓と頭蓋骨を観察を開始した。
箱の中に収められていたのはミイラ化した心臓一つと拳くらいの頭蓋骨が二つ。
観察器具やピンセット、グローブなども何も持っていない為、目視での観察になるがそれでも得られる情報は多いはずだ。
頭蓋骨には主だった傷や破損は確認されない。ただ、人間のそれとは違い楕円形の長頭型頭蓋であることから、鼻の長い犬種と思われた。さらに、外耳道、環椎、舌下装置、下顎骨が無い。骨に目立った傷や陥没はないことから考えると、首を切り離したあと、皮を剥ぎ骨だけの状態にして丁寧に取り除いたのではないかと推測できる。二つとも長頭型頭蓋ではあるがもう一つの頭蓋骨は下顎骨や舌下装置、外耳道が残っている。しかし、牙が生え揃ってはおらず、下顎骨と上顎骨がやや細い。これは明らかに成長途中の子供のものだ。
次に心臓に視線を移す。
こちらは完全にミイラ化しているようで異臭などは感じられない。ミイラ化したことにより収縮してしまっているが、保管状態は良くほとんど原型を留めていた。
でも…何かが引っかかる。…なんだろう。…この拭いきれない違和感は………__?
大動脈、上大静脈、下大静脈、肺動脈、肺静脈などが心臓から数センチのところで切り取られており、切り口が綺麗なことから鋭利な刃物で切断されたのだろう。解剖をしていないので中の状態はわからないが心室、心房共に外から損傷は見られ…
「あれ…?」
心臓のある一点を見て思わず声が出た。これは……明らかに……____
「どうした?」
「どうしました?」
すかさずコウカ国王陛下とイズミ様の声がかかる。
「…あの、ここ…なんですけど。」
コウカ国王陛下とイズミ様が私と額を突き合わせるように箱の中を覗き込む。私は心臓のある一部分を指差した。そこは、少し肉どうしが捩れており無精髭のような毛が数本一列に生えていた。
この跡は恐らく……
「…ここ…縫合されています。」
!!?
コウカ国王陛下とイズミ様の息が一瞬詰まった気がした。しかし、それに構わず私は観察を続けていく。先ほどから感じていた違和感はこれだったのか…?
「この心臓ですが、とても保管状態がいいので表面の筋肉の状態や血管の正体も良く観察できるのですが、……少し不自然なところがあります。」
グローブもなく、破損のことも考えて触ることはできなかったが、明らかに普通の心臓…私の知っている心臓とは少し違っていた。
まず、心臓に限られた訳ではないが臓器自体はつるんとした表面をしている部分は多くなく、少なからずくびれやシワが存在する。さらに、心臓は心室と心房が左右四つに分かれて存在し、それがポンプの役割をして全身に血液を循環させているのだが…。
この心臓は、全体を縦にぐるっと一周するようにくびれが存在し、さらに本来なら左心房があると思われる場所が異様に収縮し、小さくなっており、色も他の部位より黒ずんでいた。
その周りにも凹んだようなくびれと肉の引き攣れがある。何か腫瘍等があったのかもしれないが、縦にグルッと一周するようなくびれは自然にできたとは考えにくい。それに、この痕は明らかに…意図的に作られたものだ。
「腫瘍等を摘出した可能性も考えられますが、この心臓…もしかしたら………他人の心臓を縫い合わせて作られているのかもしれません。」
私の言葉を聞いて、二人が息をつめた。二人は目を皿のように開き驚愕の表情を浮かべている。そして、ゆっくりとコウカ国王陛下はソファに座り直し、イズミ様は私の隣に腰を下ろした。
「…解剖をした訳でもありませんし、この分野の専門ではありませんが医師として私の見解を述べさせていただきます。」
まだどこか呆然としている二人に視線を向けて、観察してわかったことを伝えていく。
「この頭蓋骨ですが、骨の形状から鼻の長い犬種のものだと思われます。また、一つは骨の大きさと歯の不揃いから見て子供のものだと思われます。次にこちらの心臓ですが、先ほども申し上げたましたとおり、推測ですが2体以上の心臓を縫い合わせて作られたものと思われます。ミイラ化したことにより収縮していますが、一部異様に収縮の進んでいる部分に関しては、色の度合いと大きさから見て……獣人のものが使われていると推測できます。」
一度言葉を切って2人をみるが、顔色は悪く、イズミ様の嘴はカチカチと音を立てていた。人間の心臓に獣人の心臓を合わせるなんて、今まで聞いたことも見たこともない。治療なのか魔術なのか目的は分からないけど……もし、これが実際に人間や獣人の心臓に使用されていたとしたら……?
………そこまで考えてゾクリと背筋に悪寒が走った。何か得体のしれない恐怖と嫌悪がサワサワと首筋を撫でた気がした。
「…これ以上は今の段階では申し上げることができません。勉強不足でお恥ずかしい限りですが、父や兄ならもっと詳しく精細な検査結果を挙げることもできるでしょう。イスラ王国の医療関係者や専門医の方が既に調べていらっしゃるかもしれませんが、もし可能でしたら、我アールツト家でも詳しい検査をしたいのですが…いかがでしょうか?」
私では、今この段階においてこれ以上調べることはできない。既に推測を上げているが、実際に解剖し専門分野の医療関係者の話も聞くべきだと思う。
もし、これがなんらかの呪術に使われていたのだとしたら…
もし、既になんらかの呪術がはじまっているとしたら…
その先待つのは…得体の知れない恐怖と闇だった。
誤字脱字報告ありがとうございます。お手数おかけします。
ブックマーク、いいね、その他、ありがとうございます。
すべてが励みになります。