65.侯爵令嬢と祝賀会
叙勲式を終えたあとは、場所を移して祝賀会が開かれた。
両国の国王陛下をはじめ、王族や上層部、貴族が招待されている。騎士団からは騎士団長と副団長、各隊の隊長格が参加し、もちろん、受章者も全員参加だ。
「お嬢様、僕たちはどこで何をしたらいいのでしょうか?」
ポイズがエーデルと手を繋いで私のそばまでやってきた。その顔は恐縮にそまり、エーデルにいたっては涙目になっている。無理もない。初めて参加するパーティが王族のみならず、他国の王までいる、超重要かつ高位なものになってしまったのだから。さきほどまでは、お兄様がついていた様だが、他の貴族たちの話し合いや挨拶回りに行ってしまったようでこの広い会場で2人は捨て猫の様だった。
「何もしないで、美味しいご馳走食べて高級ジュースを飲んで楽しく過ごせばいいのよ。何か聞かれたら、ワイズが答えてくれるし知らないことは知らないと素直に言っていいわ。何かあればすぐに私のところへ来るか、アールツトの名前を出していいわよ。お父様も言っていたでしょう?」
祝賀会は参加者の歓談がメインのため、初めて補助者として受章した三人はある意味他の参加者たちの注目の的だった。積極的に話しかけてくる貴族が多い中、意外にもワイズが三人の先頭に立ち受け答えをしていたようで、今はフェアファスング公爵と何やら難しい顔をして話している。
ワイズは、他の二人も年上の分、この祝賀会参加のためにスチュワートに社交界や貴族について相当学んだらしい。また、スチュワートが三人が聞かれるであろう質問をあらかじめ想定し何度もシミュレーションを行っていたので、話しかたや立ちいふるまい、その返答まで完璧で相手を何度も感心させていた。
短期間でここまで成長したワイズは本当によく頑張ったし、すごいと思うが…最も恐るべきは我が家の完璧家令スチュワートだ。
あの人は本当に…何者なんだろう?
ポイズとエーデルに関してはお父様があらかじめ「何かあれば私の名前を出すように。」と伝えていたので、この場であれば大いにアールツト侯爵家の名を使用してもらいたい。お父様もお母様も三人を可愛がっていて、使用人達からも良くしてもらっているし、何より優秀な医療補助者の三人は我が家の自慢なのだから。
それに、侯爵家とはいえ、アールツトの名は他の貴族よりもはるかに力があるはずだ。現に今もお父様はエーベルシュタイン国王陛下と楽しそうに話をしている。
「お料理…食べてもいいのですか?」
エーデルが会場の隅に並べられた豪華な料理を見ながら、お腹をさすった。今日は早起きして朝から忙しくしていたし、緊張でほとんど食事も摂れていなかった彼女を思いだしてポイズとつなぐ反対の手を取る。
「もちろんよ。そのためにこの場にあるのだから。今日はイスラ王国の料理も出ているそうだから、絶対に見逃せないわ。行きましょう!」
私が率先して食事が並べられたテーブルに引っ張ると二人は驚いた顔をしたもののすぐに嬉しそうに返事を返してくれた。
今日は二人とも本当に頑張ったのだから、せめて美味しい料理でお腹を満たしてもらいたい。私はコルセットのせいで微塵も入りそうにないけれど…。
テーブルの上にはインゼル王国の料理やイスラ王国の珍しい料理が所狭しと並べられ、美味しそうな香りを漂わせていた。
「わぁ…!」
「美味しそう…。」
エーデルとポイズがテーブルの上を見て目をキラキラと輝かせる。それを見て、ほっこりしながら私は二人の食べたいものを給仕係に伝えるように教えた。
「あ、あのホタテのリゾット、イスラ王国のお城で食べたよね?」
「うん!とてもおいしかった。エーデルはお米が好きだよね。僕は胡麻団子が食べたいな。あ、このお肉はなんだろう?」
二人とも楽しそうに料理を選んでいく。給仕係も小さな二人を微笑ましく見守っていた。
その姿を見ながらイスラ王国の米料理をなんとか食べること、いや持ち帰ることはできないかと考えていると
「気に入ったのであればアールツト家にお送りしますよ?」
と聞き慣れた声がかかった。
振り返れば、朱雀の刺繍が施された豪奢な濃紺のこん衣に身を包んだ白鷲のイズミ様が立っていた。
「イズミ様!」
「この度の受章おめでとう。とても素晴らしい叙勲式でした。」
孫を見るような優しい顔をしたイズミ様は手に持っていたグラスを一つ差し出してくれた。お礼を言いながら受け取り、一口飲む。それは、イスラ王国の城でよく飲んでいた果実水だった。
「アヤメが好んで飲んでいたのを思い出して、今日の祝賀会でも提供させていただきました。他にも、アヤメの好きな料理を作らせましたので、よければ食べてくださいね。」
「美味しい。ありがとうございます。…イスラの食べ物は全部大好きです。」
「それはよかった。…食が合うことは新しい土地で暮らす際にとても大切なことですから。」
??
「…え?」思わず聞き返したが、イズミ様は何も言わずニコニコとされるだけでそれ以上の返答は得られなかった。さらに、話題を変えるようにエーデルとポイズに話しかけている。お皿いっぱいに料理を盛り付けた二人は、イズミ様と話しながら楽しそうに食べすすめていた。どうやら三人はイスラ王国滞在中に仲良くなったらしい。あ、その小籠包…私も食べたい。
でも、最後の言葉はどういう意味だったのかしら?
そう言えば、さっきコウカ国王陛下にご挨拶した時も…
『我が国の薬学は書物では判り得ないことも山ほどある。イズミからの書物だけではアヤメには物足りんだろう。』
『アヤメの補助者たちは我が国の医療と薬学に大層興味を持っていた様だぞ。あの子供らの師であるアヤメも我が国で勉学に励むのはいい考えだと思わないか?』
と言っていた。
…なんだろう…もしかして、私のイスラ王国への留学の話でも進んでいるのかしら?お母様もイスラ王国に留学していたわけだし。私にもその可能性はないわけじゃないわよね。
イスラ王国への留学か……
ものすごく行きたい!!
イスラの薬の製造法に培養技術。そして、薬草の知識と長い歴史はきっと私の力になるはずだもの。それに、イスラ王国は内科的技術がものすごく発展している。私は外科医だったから開腹や縫合などが多かったため、内科の知識や技術、そして薬剤の使用方法などはまだまだ弱い。イスラの薬学を身につければ、外科的療法以外に内科的療法と投薬治療で無双じゃない?
ほくほくとイスラ王国への留学へ胸を膨らませていると、会場の隅に頭ひとつ飛び出た藍色を見つけた。
…あれは…!
すぐに、ポイズとエーデルと、イズミ様に断りを入れて私はその藍色の元へ向かう。人の中を、なるべく目立たないように、お淑やかにと気をつけながら進むと騎士たちが多くいる出口近くの隅にお目あての人物
「お疲れ様です。テオ隊長。」
藍色の髪に、他の人よりも頭ひとつ大きい長身。
無表情の美丈夫。1番隊隊長テオ・ノヴェリストだ。