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62.侯爵令嬢と叙勲式2

よろしくお願いします。



その日、城下の町は活気と歓喜に満ちていた。

今日は『特別な日』だ。

インゼル王国史上初の二カ国の国王主催式典が行われる。

民たちは間違いなく歴史に残るこの式典に心を躍らせていた。ある者は酒場を開放し、ある者は露店で商品を叩き売りし、またある者は早々に店を閉め城門前に足を向ける。

この日は、インゼル王国の王族が勢揃いするだけではなく、同盟国のイスラ王国の獣人もやってくる。その高貴な一同が一堂に会する謁見台のある城のバルコニーが見える城門広場は、ひと目その姿を見ようと集まった民で溢れかえっていた。


城内にはパーティや舞踏会、会議のための広間は沢山あるが、特別な式典の時のみに使用される大広間は厳粛な雰囲気に包まれている。最奥の壁にはこの世界の神に仕えるという4人の女神の彫刻が施され、その下には大きな祭壇が飾られている。そして祭壇から真っ直ぐ部屋の中央に向かって真っ青の絨毯が敷かれていた。

この大広間に入れるのはインゼル王国の上位貴族と上層部、そしてイスラ王国の上層部の一部の獣人たちだ。皆、社交界で鍛え上げた笑顔で挨拶や会話を交わしているが、その誰しもがこれから始まる式典への期待に心を躍らせていた。


定刻。

大聖堂の鐘の音とともに、大広間の扉が開いた。そこにいた者たちが全て最敬礼を取る中、2人の王が大広間へ入ってくる。豪奢な衣装と威厳を纏ったインゼル王国国王エーベルシュタイン•クリスタッロ。龍の球紋様が刺繍された気品ある民族衣装のこん衣に身を包んだ白獅子イスラ王国国王コウカ•イスラゲロ。2人の後ろに続くのは、王妃と摂政、王子に王女、そして護衛のための騎士たちだ。そのまま2人は横に並びそのまま祭壇の前に立つ。


「面をあげよ。」


静かな広間に広がった、凛とした声に皆一様に頭をあげる。二カ国の王がこうして並び立つのは間違いなく歴史的瞬間だった。そして、だれもが目の前のこの2人の姿を目に焼き付ける。


「この度、我が国では未曾有の事態に陥った。」


静かに語り出したのはコウカ王だ。猛獣の顔は美しく紡がれる声はどこまでも通る。


「そして同盟国であるインゼル王国はこの未曾有の事態に我が国と共に立ち向かってくれた。」

「我がインゼル王国は古よりイスラ王国との友好を深めている。その絆は何があろうとも断ち切れることはない。」


コウカ王に続いてエーベルシュタイン王が口を開く。


「イスラ王国を救うために、インゼル王国の誇りと己が命をかけて立ち上がり尽力してくれた者たちをここに紹介する。」


言い終わるのと同時に再び広間のドアが開き、ヒルルクを先頭に、シリュルジャン、アヤメ、アンリエッタの順で4人が入室し、王たちの前で横一列に展開すると静かに礼をとった。


「我がインゼル王国が至宝、アールツト侯爵家の者たちだ。」


エーベルシュタイン王の言葉に拍手が巻き起こる。十分な間を置いて拍手を止めたコウカ王は再び入り口に視線を向ける。


「そして、我が国にて己が危険を顧みず、我が国の民の為に尽力してくれたインゼル王国騎士団。並びに…優れた医療補助者たち。」


アンリエッタの後に続いて、クエルトを先頭にテオ、そして騎士団が続き最後尾にワイズたち3人が入室した。


「「我々はこの者たちの行い、勇気、そしてその献身と知性全てに感謝し褒章と勲章を与えん。」」


声高らかに2人の王が宣言すると、割れんばかりの拍手が広間を埋め尽くした。







ヤ、ヤバイ…。

溢れんばかりの拍手を聴きながら、コルセットで締められた背中を嫌な汗が滑り落ちた。目の前にはエーベルシュタイン国王陛下とコウカ国王陛下…。2人とも初対面ではないけれど、今日はいつも以上に2人の王のオーラと威厳に目がくらみそう。ただでさえ、こんな大勢の人たちがいるのなかで、失敗はできないというのに!

頭の中にはこれからの段取りと必死に叩き込んだ式典の内容がグルグルと回っている。思わず、手のひらに人と書いて飲み込みたい衝動に駆られてギュッと拳を握った。


3回じゃ全然、足りなかった!

コルセットで締められていなければ心臓が飛びでそう…。


なんとか、お腹に力を入れてやり過ごしていると


「アヤメ•アールツト。」


エーベルシュタイン国王陛下の声が高らかに私を呼んだ。



え…?


一瞬動きが止まる。手順では、最初に呼ばれるのはお父様で、その次がお兄様で、その次がアンリ叔母様で…私は最後のはず…じゃ…。


咄嗟にお父様の顔を見れば、そこには優しい笑みがあった。そのよこのお兄様も嬉しそうに目を細めてくれる。

…もしかして、2人とも知っていたの?


「…アヤメ…。」


潜めるような小さな声でコウカ国王陛下に呼ばれて私はすぐに姿勢を直し短く返事をした。そして、教えられた通りに2人の王の前に立ち、両膝を付き頭を垂れる。そして指を組んで胸の下でぐっとおさえた。驚きと戸惑いで大混乱している私にエーベルシュタイン国王陛下が錫杖を私の肩に当てた。そのまま、私にしか聞こえない小さな声で告げる。


「驚かせてすまないが、ヒルルクからの立っての願いだ。今、この場でだけはお前の成し遂げた偉業全て明かさせてもらうぞ。許せ。」


!?


錫杖を乗せられた状態で顔を上げることが出来ない私は、言葉の代わりにビクリと肩を揺らした。

なぜ?私のやったことは半分、しかも重大なことは全てお父様の功績にするってあの時話したはずなのに…。混乱する頭で考えると、ふとお父様の一言が思い出された。


『民に公表する際は…』


民に公表する際は…?民に…公表…?

ああ!!そうか!

声が出なかった事を自分で褒めたくなるくらいだった。あのとき、お父様は民に公表する時の話をしていたんだ。今は、この場に民はいない。この場にいるのは上層部と上位貴族の選ばれた人間のみ。

…だから…


「この場にいる者全てに命じる。今から私が話すことは全て黙秘し他言することは許さん。」

「異議のあるものは今すぐ、この場から立ち去ることを許可しよう。」


突然のエーデルシュタイン国王陛下の言葉に室内のものたちはざわついたが、続けて発せられたコウカ国王陛下の覇気を含んだ言葉に波を打ったように静まり返った。


「アヤメ•アールツト。そなたは未知なる感染症の正体を突き止め、解決方法を編み出し、アールツト侯爵家の一員として極秘にワクチン完成させた。その知性は我が国の至宝、アールツトの名にふさわしい。そして、自らイスラ王国へ赴き、感染症の抑止に努め、己が手を失ってさえも、民のために医療活動を続けた。その献身と気高く高潔な精神に深き尊敬と感謝を送ろう。」


エーデルシュタイン国王陛下の錫杖がそっと肩から下ろされると、今度はコウカ王の剣が肩に乗った。


「そなたの清く、他を思うやさしき心が我が民を国を救ってくれた。イスラ王国を代表して心からの感謝を贈る。……お前を…信じてよかった。」


潜めた声とともに告げられた最後の言葉に、一瞬涙腺が緩んだ。

あの日、病室でコウカ国王陛下から頂いた言葉。まさか…ここでも言われると思わなかった。それと同時にイスラの民の顔が浮かんできてさらに涙腺を刺激したがなんとか堪える。

さっき化粧を治したばかりでまた崩したら、今度こそマリアが噴火する。

ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせると、反対の肩に再び錫杖が乗った。


「インゼル王国国王エーベルシュタイン•クリスタッロの名の下にアヤメ•アールツトに褒賞並びに勲章を授ける。」


エーベルシュタイン国王陛下が告げたのは、お父様が持つ勲章の中のものと同じものだった。それでも、その位の高さに会場はざわめき、そして私自身も驚いた。そして褒章は命の危険を顧みず貢献したものへと与えられる初代アールツトが初代国王陛下にいただいたものと同じものだった。もちろん、お父様やクエルト叔父様、お兄様も頂いている。


それでも


陛下が褒章と勲章の説明をされているとき、視界の隅に捉えたお父様とお兄様がほぼ同時にが瞼を指で拭うのが映ったその瞬間、さきほどとは比べ物にならないほどの熱量が胸に込み上げる。


お父様、お兄様…。

込み上げる思いのままに流れ落ちそうになる涙をぐっと堪え、なんとか抑えることに専念する。


エーベルシュタイン国王陛下が説明を終えるとコウカ国王陛下が口を開いた。


「インゼル王国アールツト侯爵令嬢アヤメ•アールツト。イスラ王国国王、コウカ・イスラゲロの名の下にその栄誉を讃え褒章と勲章を与える。褒章•シュンコウ褒章、勲章•シンビ章頸飾。」


コウカ王の言葉に会場の空気が一瞬止まる。


私は目を見開き、思わずあげそうになった頭を必死で押し戻した。視界の隅でお父様の顎が外れそうなほど大きく開いているのが写る。


シュンコウ褒章はエーデルシュタイン国王陛下から賜った褒章と同じく位はなく貢献した種類によって与えられるものだが…




勲章『シンビ章頸飾』





それは…

イスラ王国にて第3位に位置する高位の勲章で、外国人、しかも人間がその章を受けた者はおらず、本来ならば王族にのみ与えられる章だ!

さらには、『頸飾』!!

第一位から三位までの勲章は頸飾になっているイスラ王国では王族以外てでソレをつけた者は…未だかつて存在しない。


それを…私がっ…?!!!



「お前の行いは我が国にこれほどの価値がある。そして、獣人、人間、爵位、その他全てに関係なく全ての者へ手を差し伸べるその心は、民の上に立つ器に等しい。我らイスラの民はお前から与えられた全てをこの先未来永劫、忘れることはない。

……ありがとう。」


落ちてきたコウカ国王陛下の言葉が終わった瞬間、まるで嵐のような賞賛の拍手が大広間に響き渡った。広間に集まったすべての者が皆一様に割れんばかりの拍手で賛辞を送ってくれている。


とうとう、堪えきれずにゆっくりと頭を上げた私は、その時見た、コウカ国王陛下の穏やかな笑顔とエーデルシュタイン国王陛下の優しい笑顔は、この拍手と共に…



生涯忘れることはないだろう。






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