60.侯爵令嬢は思う
短いです。
よろしくお願いします。
私の名前はアヤメ•アールツト。
フリーランスの外科医として35年生きた記憶を持ったまま転生した、インゼル王国で建国の時から存在する最古の貴族アールツト侯爵家の娘。
そして、この世界で唯一治癒魔法を使役できるアールツト一族の一員。
でも、魔力が少なすぎて、治癒魔法は使えても小さな怪我や傷跡を治す程度しかできない。
そのため治癒魔法はほとんど使わない。
…現場では……使えない……。
世界で唯一の治癒魔法が使えることがアールツト侯爵家の人間として、アールツトの名を背負うものとしての絶対条件。でも、それが使えない私に対しての世間の目は厳しかった。
『ポンコツ令嬢』
『アールツト家の落ちこぼれ』
『役立たず』
何度も、何度も耳にした。
世間だけではなく、親族の一部からも散々に非難されてきた。
そして、私は何度も、何度も1人で泣いた。
『ごめんなさい。』
『大丈夫だ。』
『気にするな。』
何度も、何度も家族はいってくれた。
そして、私は何度も、何度も自分を責めた。
生まれてきたことが間違いだったのか?
そう思った日は数え切れない。
突然死んで、異世界に転生したのになぜ、私は魔力が少ないのか?
そう悩んだ日は数え切れない。
前世の医療技術を駆使しても…治癒魔法には敵わない。
そう自分を無価値だと思った時間は果てしない。
それでも、足を止めなかった。
1人ではダメになりそうな時は、周りに助けてもらった。
悲しさと悔しさと恐怖に押しつぶされそうな時は温かな黒にすがった。
そうして、ここまで13年間走り続けてきた。
そして、今日…。
「お嬢様…お嬢様、おはようございます。」
声をかけながら侍女のアリスがカーテンを開けてくれる。朝の日差しに目を覚ませば、そこにはいつもと変わらない景色があった。
「おはよう…アリス。」
体を起こしながら返すと、アリスは恭しく礼をして、いつもとは少し違ったどこか嬉しそうな笑顔を見せた。
「おはようございます。…今日は叙勲式ですよ。」
「ええ、そうね。」
私も釣られるように笑みを返せば、アリスはしっかり頷いて朝の身支度を手伝ってくれる。
今日は、叙勲式。
インゼル王国国王とイスラ王国国王に褒章と勲章を賜る日。
今まで、悩んで、泣いて、嘆いて、それでもしがみ付いてきた、私の知識や前世の医療。
例え、治癒魔法より劣っているとしても…
私の医療活動が認められた事が…
嬉しかった。
ただ…嬉しかった。