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5.侯爵令嬢と鳥

アルゲンタビウスの手術から2か月。

あれから順調に回復し、アルゲンタビウスの骨折もプレートもようやく取れた。術後はほとんど付きっ切りで私とアリスが看病をしていたため、すっかり私たちにもなついてくれた。


今日は、アルゲンタビウスの術後初めての飛行訓練だ。

術後は軽く翼を動かす程度で、飛行などはほとんどできなかった。なにか恐怖心でも芽生えたのか、それとも、神経系に後遺症でも残ったのか?念のため、診察をしたが特に異常は見つからない。

それでもアルゲンタビウスは飛ぼうとしなかった。

現に今も、私のまえを大きな尾翼を振り振りしながら庭を歩いている。

いや、その姿は大変可愛いのだけれど。


「んーーー。どうして飛んでくれないのかしら?」

「飛び方を忘れたとかですかね?」

「いや、そんな歌じゃないのだから…。」

「?お嬢さまはそういった歌をご存じなのですか?」

「え?…あ、あーなんかそんな歌あった気がしただけ。」


危ない。危ない

不思議そうに首をかしげるアリスに私は慌てて否定した。これは前世の記憶だったよね。

男二人のシンガーソンググループなんて言ったら、さらに詰問されるに違いない。慌てて他の話題を探す。


「そうだ、獲物を走らせてみるのはどうかした?」

「獲物ですか?」

「そうよ。野生のアルゲンタビウスは狩りをするわよね。その獲物を追いかける時はさすがに飛ぶと思うのだけど。」

「そうですね!じゃあ、飼育しているウサギを何羽か飼育係に分けてもらってきます。」

「ええ、お願いするわ。」


マリアの去っていく後姿を見送って、私は芝生に腰を下ろした。アルゲンタビウスは揺れる草花に夢中である。

猫じゃないのだから…。こんなんじゃ、野生に返すにも時間がかかりそうだ。


さて…と。

だらしなく芝生に足を延ばしながら、振り返るのはアルゲンタビウスの手術の事。

初めての、麻酔薬をつかっての手術は無事に成功した。

お父様もほめてくれたし、お母様はお兄様も一緒に成功を喜んでくれた。でも、やはり通常の、今まで私が経験してきた手術とは違う。

通常の手術では、執刀医のほかに補助医師、看護師、麻酔科医、臨床工学士、必要に応じては放射線技師など、5~6名体制がとられている。

今回は、人ではなく動物だったし、比較的軽い手術だったから、私とアリスだけで回すことができたが…。

これから先を考えるともう少し、人手が欲しい。それも、私の前世の医療技術を理解し、さらに、今の医療と薬学の知識を身に付けた人材が…。


「はぁ…。」


ここまで考えて知らずにため息がこぼれた。

人材確保は医師不足の前世でも困難だったし、現世ではアールツト一族の医療補助者は存在するが、所詮は補助者。一定期間、敷地内の別館で講義を受け、治療院で実習を経験し、最終試験に合格した者しか補助者にはなれないが、できることは看護師と医学生レベル。それに、補助者はお給料がいいから人気の職種らしく、金目当ての人間も多いと聞く。


私が求める人材には程遠い。


「どうしたものかしら…。」


近くに寄ってきたアルゲンタビウスを撫でながらつぶやくと、その大きな瞳が私を移しこてッと首を傾けた。うん…可愛い。


「御逃げください!!!」


その時、大きな声が響き渡った。

慌てて振り返ると、大きな犬がこちらに走ってくるのがわかる。


「野犬です!お嬢様、御逃げください!!」


使用人の声に思わず立ち上がったが、時すでに遅く、野犬が目の前に迫っていた。助走をつけて私にとびかかる野犬。思わずしゃがみこんだ時


「ギャー!!」

バサッ!

「ギャインッ!」

ドサッ!


二つの鳴き声が響いた。

恐る恐る目を開けると、先ほどまで私のそばにいたアルゲンタビウスが空に舞い上がりその鋭い爪で、野犬の体を切り裂いていた。さらに、とどめを刺そうと鋭い爪で、何度も野犬を引き裂いてく。


アルゲンタビウスは子供といえど、大型の成犬と同じ大きさなので野犬と比べてもそこまで大差を感じられなかったが、両翼を広げて飛び回る姿は、野犬より大きく、勇ましくみえた。

野犬がピクリとも動かなくなったのを確認したアルゲンタビウスは、私の前に降り立つと、甘えるように頭をこすりつけてきた。羽を閉じれば、私の胸ぐらいまでの高さしかないアルゲンタビウスに先ほどの空を飛び獲物をしとめる獰猛な姿は想像できない。


「ありがとう。守ってくれたのね。」

「クルルル…。」

「よしよし。…あなた、飛べるじゃないの?」

「クー。」


使用人たちやアリスが来て後始末がされる中、アルゲンタビウスに語り掛けると、なぜか飛べるの言葉にアルゲンタビウスは顔をそらした。

なに?この子言葉わかるの?


「飛べるのだったら、もうここには置いておけないわ。おうちに帰りなさい。」


元から野生に返すつもりだった。少し寂しい気もするが、野生動物は大自然で暮らすのが一番だと思う。それに、あの野犬との戦いを見るに十分に過酷な環境下でもやっていけるだろう。

しかし、アルゲンタビウスは私から離れようとはしなかった。それどころか、ぐりぐりと顔を押し付けてくる。


「ちょっ…!?どうしたの?」

「帰りたくないのでは?」

「お兄様!?」

「野犬が出たって聞いてね。アヤメが今日はアルゲンタビウスの飛行訓練をするから庭に行くと言っていたのを思い出して心配で飛んできたよ。」

「それは…!ご心配をおかけしました。」

「いや、無事で何よりだ。…アルゲンタビウスはアヤメを守ってくれたのだね。僕からも礼を言うよ。ありがとう。」


お兄様がアルゲンタビウスの頭を撫でる。いつの間にかお兄様にもなついていたようだ。


「アヤメ、どうする?…見たところアルゲンタビウスはここにいたいみたいだけど。」


お兄様の言葉にアルゲンタビウスは機嫌よさそうにクルクル鳴いた。やっぱり、人間の言葉がわかるの?


「…生き物を飼育するのには、責任があります。それに、今は小さいけれど大きくなったら、力も、危険性も増すでしょ?私はよくても、周りはどう思うか…。それに、ここは市街地だし、アルゲンタビウスの生息地域とは違うから…不安です。」


命あるものを飼育するのはしっかりとした覚悟と責任がいる。それに、アルゲンタビウスは犬や猫とは違う。超大型飛翔性鳥類。しかも、獰猛で戦闘能力も高い。実験や研究のために飼育されている我が家の動生物とはわけが違う。そりゃ、猛毒の生き物も飼育しているけど、ほとんどの管理はお母様と飼育長がしているから危険を感じたことはない。同じことを自分にできるのか?と問われると正直、不安のほうが大きい。私にはやるべきことや考えることがまだまだ多い。アルゲンタビウスにだけかまうわけにはいかないもの。


黙り込んだ私の頭に、ポンッとお兄様の手が乗った。


「そこまでわかっているなら、飼育に関しては問題ないと思うよ。」

「え?」


諭すような優しい声でお兄様は私の頭をゆっくり撫でた。


「アヤメは、アルゲンタビウスを飼育することの大変さをきちんと理解して自分にできるかどうかを考えている。そこまできちんとアルゲンタビウスを思ってあげられるならきっと飼育しても大丈夫さ。」

「…お兄様。」

「ここからは僕の個人的な考えなんだけど、…アヤメの味方になってくれる存在は一人でも多くいたほうがいい。」


お兄様の美しい顔に影が落ちる。


「僕はこれから、アヤメのそばを離れることが多くなる。そしてアヤメはこれからたくさんの人とかかわることが多くなる。もちろん、アールツト侯爵家の名前が守ってくれることもあるだろうけど、逆に刃になって傷つけることもある。」


少しだけ頭を撫でる手に力が籠められるのがわかった。


「僕たち家族や使用人たちはもちろんお前を守るけど、それでもアヤメの寄り添える存在を増やしておきたい。…アヤメは僕の宝ものだからね。」


言い切って二コリと笑みを作ったお兄様の顔には先ほどの影は見えなかった。

お兄様の言葉に、鼻の奥がツンっと熱くなる。この人はいつも私を考えてくれる。いつも味方でいてくれる。

だからこそ、ここで私が下を向くわけにはいかない。


「ありがとう、お兄様。…私、この子を飼います。愛玩動物としてではなく、ともに戦う友として。」

「うん。それがいい。」


可愛いがるだけじゃなくて、しっかりと訓練して、私とともにこの世界を生き抜く友として。


「お前、私と一緒に頑張ってみる?」

「クー!!!」


私が尋ねると、アルゲンタビウスは力強く鳴いた。そして、まるで自分の力を誇示するかのように、大きな翼を広げて飛び上がり私たちの上を旋回する。

その、堂々たる姿は美しく勇ましかった。


「お父様とお母様の説得も手伝うよ。」

「ありがとう、お兄様!」



アルと名付けたアルゲンタビウスの子供は正式にアールツト侯爵家の一員となり、その印にアールツト侯爵家の家紋が彫られた足輪を右足に取り付けた。


「これからよろしくね、アル!」

「クギャー!」


大空を飛ぶアルを見上げながら、私は両手を大きく天に伸ばした。


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