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53.騎士団長と副団長


インゼル王国の王城の敷地内にある騎士団の騎士棟。そこには併設するように「救護棟」が建っている。救護棟は治療院とは違い、主に騎士団関係者及び「特別な」病人や怪我人の為の施設で、その地下には治療が必要な犯罪者を収容するための鉄格子が付いた病室がいくつかあった。窓もなければ机や椅子もない。無機質な壁に四方を覆われた病室というより牢屋に近いその一室。部屋の中央に置かれたベッドの上に小さな子狐が眠っていた。


「まだ、目を覚まさないか?」


王国騎士団団長のオッドは息をしているかどうかもわからない、小さな子狐を見下ろしため息をついた。


「はい。何分ひどい傷だったので…もうしばらくはかかるかと。」


0番隊隊長のクエルトが定期診察を終えてベッドから離れながら告げると、オッドから返事はなく頷きだけが返ってきた。彼の眉間には、先ほどよりも幾分深いしわが刻まれる。


「まぁ、死んでいるわけではないんだ。順調に回復しているし、そのうち目覚めるだろうよ。」


なだめるようにオッドの肩に手を置いて副団長のインブルが言うと、オッドが再びため息をついた。


「いつまでもこのままにはしておけない。この子は襲撃事件、および狂犬病の重要参考人。早急な取り調べが必要だ。さらには、早くもイスラ王国より取り調べの同席及び参考人の引き渡し要請が来ている。いつまでも、まだ目が覚めません。では通せない。」


お前もわかっているだろう?と視線だけで、オッドがインブルに問えば彼は小さく肩をいさめた。


「それはそうだが、本当に目覚めないのだから仕方あるまい。まぁ、まだ帰国してから四日だ。焦ることはないさ。まだ、イスラ王国も国内が落ち着いていないだろうから使者が派遣されるまで猶予はあるさ。」

「…だといいのだが。」


オッドとインブルの会話を聞きながらクエルトは静かに眠るギンの頬を撫でた。その気になれば片手でもつかめそうなくらい小さな顔は、最後に村で見た時よりもだいぶやつれている。毛皮ではっきりとはわからなかったが、診察してみればギンの体は骨と皮だけだった。あの村での惨状と自分たちのもとへ来た時の怪我を思い出せば、無意識にクエルトの眉間にもしわが刻まれた。


『ごめんなさい。』


馬車でのギンの言葉が耳から離れなかった。致命傷とも言える傷を負いながら、狂暴化し獣化した大人の獣人の中をこんなにも小さな体で走って来た。ただ、自分たちへの危機を知らせるために。それを思うと胸が酷く傷んだ。そのまま体温を確認するようにそっとギンの頬を撫でてクエルトは手を離した。


「騎士団長。」

「なんだ。」

「この狐…ギンですが、アヤメが面会を望んでおります。許可をいただきたいのですが。」


退出しようとドアに向かいだしたオッドにクエルトが声をかければ、さらに重苦しいため息が返ってきた。

やはり…きたか。とオッドは心の中でひそかに愚痴る。ギンを助けると言ったアヤメの事を考えれば、この話が来るのは想定済みだった。一回目の襲撃は確実にアヤメを狙ったもの。そして二回目も…おそらく理由は同じ。さらには狂犬病。その全てにつながるかもしれない重要参考人と標的になったアヤメ。通常なら二人は会わせられない。ギン自体が敵の罠かもしれない。ギンことを何も知らない状況ではアヤメへの危険度が高すぎる。考えれば考えるほど面会など断固として許可できない。

…許可できない…はずなのだが…。


『この子を助けます!』

『私は医者として最後まで命に手を伸ばし続けたい。』


ギンが助かったのは…我々がこうして有力な手掛かりをつかめるかもしれない重要参考人を手に入れることができたのは…全てアヤメの力だ。


はぁぁぁ…。

ここにきて今日一番の深く重いため息が吐き出された。


「この子狐…ギンが目を覚まし危険がないと判断したときは許可を出そう。今の段階で言える事は以上だ。」

「承知しました。…お心遣い感謝いたします。」


クエルトの言葉にオッドは無言で頷く。

今回の一連の出来事。その一番の貢献者はアヤメだ。

右腕を一時的に失い、医師としての生命を失くしかけながらも、医師として立ち上がり続けた13歳の幼い少女に少しくらい労いをしてやりたいと思えば、オッドにとってこれが最大限の譲歩だった。


今度こそ完全に病室を出て地上へ向かう階段をインブルと共に上がる。その足取りはここへ来た時よりもはるかに重い物だった。


「…いつか禿げるかもしれん。」


ぼそりとつぶやかれたオッドの言葉にインブルは思わず口を押えた。それでもわずかに口角が上がり戦慄く。心なしか、背中も丸まってしまったような気がする友人にインブルは眉を下げた。長年苦楽を共にしてきたからこそ、目の前の友人の心情も疲労も手にとるようにわかっている。


「その時は坊主にでもすればいいさ。きっとお前ならよく似合う。」


わざと明るく言ってやれば、鋭い視線が返ってくる。しかしインブルは慣れたものだと気にせずにオッドの背を叩いた。


「今回の件が落ち着いたら飲み行こう。その時何でも聞いてやるから。」

「…そうだな。俺の毛根が元気なうちに頼む。」


切り揃えた赤毛をまるでいつくしむように撫でるオッドを見てインブルはとうとう声を上げて笑い出した。バンバンと少し強めにオッドの背中を叩きながら2人は階段を上がっていく。


まだ、全てが解決したわけでも終わったわけでもない。やることも、考えることも、そして未知の脅威も残っている。しかし、今は、この階段を登り切るまでは友との時間を楽しもう。とオッドは思った。


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