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50.騎士隊長の願い

お待たせしました。

よろしくお願いいたします。


イスラ王国からの帰還後、兵舎に戻った騎士たちは各々好きな時間を過ごし、体を休めていた。


兵舎の上階。

隊長格の騎士たちの部屋が並ぶフロアの一室。

騎士団の中で最も在籍年数が長く、由緒正しき名門貴族の血を引き、希少な治癒魔法使役者でありながら、騎士団隊長として最前線で戦い続けるクエルト・アールツトの部屋は真冬を思わせるような冷気と緊張に満たされていた。


テーブルを前に腰を下ろしたクエルトとは対照的に、貴族でありながら騎士団の中でも上位を争う実力者で、火魔法の使い手である一番隊隊長のテオ・ノヴェリストはドアから数歩進んだところで直立不動のまま、クエルトからの言葉を待っていた。


「どうした?お前も座れ。」


グラスを二つ並べたクエルトは酒瓶を手にテオに着席を促すが、その柔らかい物言いとは裏腹に獲物を待ち構えるような好戦的な瞳にテオの足が竦んだ。


新人騎士のころにはすでに隊長になっていたクエルトは、まだ14歳だったテオにはとても大きな存在だった。目の前にいるのは先代の騎士団長の右腕として、騎士団を陰から支えながらも治癒魔法使いとして最前線に立ち、現騎士団長と副団長の指導係を務めたこともあるほどの実力者だ。最近は直接鍛錬を付けてもらうことはなくなったが、少年のころに焼き付けられた、血反吐を吐くような圧倒的なパワーと巧みな戦術を繰り広げるクエルトに、隊長になった今でもかなうかどうかテオにはわからなかった。そんな強者からの呼び出しにツーッと嫌な汗がテオの背中を滑り落ちていた。


「聞こえなかったのか?……座れ。」

「はっ。」


「クエルト隊長を怒らせてはいけない。」

これは、騎士団入団後一番に先輩から教わる言葉である。その言葉が隊長になった今でもしっかりと胸に刻まれているテオは、クエルトの言葉に明らかに怒気が含まれているのを感じて、速やかに着席した。


「まずは、今回のイスラ王国での任務ご苦労だった。」

「いえ。クエルト隊長には何度もご助力いただき感謝しています。」

「ククク…そんなに緊張するな。別に取って食いはしないさ。」


いつになくかたい口調になってしまったテオにクエルトは一つ笑って、テオのグラスに酒を注いだ。そのまま酒瓶をテオが受け取り、今度はクエルトのグラスを満たす。そして、クエルトに促されるように二人はグラスを合わせた。


「…アヤメの件だが。」


突然の言葉にグラスを傾けていたテオの手が止まる。幸いにも酒はすべて飲み込んでいたのでむせ込むことはなかったが、それでも大きく動揺してグラスの酒をこぼしそうになり、慎重にテーブルに戻した。


「正直に言えば、あの森の襲撃の時テオがいなければ、アヤメはあの場で死んでいただろう。」


片手に持ったグラスの酒を見ながら、静かにクエルトが言った。


「兄上や団長の前では、右半身が消えただろうと言ったが、あの距離と、あの威力、そしてアヤメの小さな体…あの傷を見る限りもしまともに攻撃を受けていれば、アヤメの体は木っ端みじんに吹き飛んでいただろうな。」


クエルトの言葉に、テオは最悪の事態を想像しそうになって軽く頭を振った。それでも、自分の判断があと数秒遅れていたら…そう考えると指先から体温奪われていくようだった。


「…だから、お前には感謝している。」


トンッとクエルトがグラスをテーブルの上に置いた。黒髪の奥の、深い海を思わせる青い瞳がまっすぐにテオを見つめる。


「ありがとう。」


それは、とても静かな言葉だった。ほんの一瞬、音になって消えた言葉だったがテオの胸に深く響き、心を震わせた。

何か返さなければ。そう思いテオは一瞬の間をおいて思考を巡らせるが、うまく言葉を紡ぐことができず、ただゆっくりと頷くだけだった。それでも、クエルトは満足そうに柔らかく笑みを作ると、再び酒を飲み始めた。


それから、少し酒も進んだところで

「なぁ、テオ。」


クエルトから爆弾が投下された。


「はい。」

「お前、アヤメが好きか?」

「!!ゲホッゴホッゴホッ!!」


それは実に殺傷能力の高い爆弾だった。


「ハハッ!若いな。…ほら、これでも使え。」


度数の高い酒が気管支に入り、むせ込み悶えるテオにクエルトは手ごろな布巾を投げつける。軽い会釈と共に何とか受け取ったテオは見苦しいところを…とぶつくさ言いながら、呼吸を整えた。


「…私は…アヤメの婚約者にテオを推薦しようと考えている。」

「!!??」


本日二度目の爆弾は、先ほどよりも数段殺傷能力が上がったようでテオの呼吸を止めた。それでも、何とか生還(二度ほどテーブルに額を打ち付けた)したテオは姿勢を正すと、グッと体に力を入れて、クエルトに視線を向ける。酒のせいなのか顔が熱い気がするが、これ以上無様な姿は見せられない。


「なぁ…お前は、アールツト侯爵家に生まれる事をどう思う?」

「…どう?とは…?」

「幸か…不幸か…。」

「それは…私には、判断できません。」

「まぁ、そうだろうな。」


一瞬の間を置きながらも静かに返したテオにひとつ頷いて、クエルトは一気にグラスに残っていた酒をあおった。すぐさま、テオがグラスを満たすが、クエルトはそれを持つことはせず、グラスのふちを指でそっと撫でた。


「私は…いや、俺は………不幸だと思っている。」

「っ!?」


クエルトの言葉にテオは静かに息をつめた。



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