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49.侯爵令嬢と帰国

ようやく移動を開始した私たちは森の中を陣形を保ったまま進んでいた。


馬車が使い物にならなくなった為、ギンはクエルト叔父様と共にアルに乗り、レシ隊長は馬に乗っている。そして私は……


「大丈夫か?」

「は、はい。」


大きな青鹿毛の馬の上、手綱を握るテオ隊長の両腕の間に収まるように私は揺られていた。

右手では手綱を握れないため、左手のみ手綱に手をかけ、そのすぐ傍でテオ隊長の大きな手がしっかりと手綱を握っている。そして背中は大きなテオ隊長の胸板に寄りかかるように預けていた。

いや、最初からこんな体勢だったわけじゃない。最初こそ、大きな軍馬に乗れない私をテオ隊長が片腕で抱き上げて一緒に乗せてもらいはしたけどさ…。


乗馬は騎士団で訓練していたが、右手が使えないうえにテオ隊長の愛馬は体が大きく、足で胴を挟みきれなくて、上体を安定させることができなかった。それを見かねたテオ隊長が「私に寄りかかっていればいい。」とグッと片腕で後ろから抱き込まれるように上体を密着させてしまい、気が付けば今の姿勢に納まったわけだけど…。顔中に熱が集まった熱がなかなか引いてくれない。なんとか熱を収めようとするたびに、馬の揺れに合わせて頭上をテオ隊長の顎がかすめるし、落ちないようにと両脇を通る腕が絞められるし、背中からはテオ隊長の温もりと香りがして…。鼓動と共に体にたまった熱が沸点を超えそうな勢いで上がり続けている気がする…。ユザキ様の事や襲撃もあって、もう…心と頭が過労死する寸前だった。


「そうか?それにしては先ほどから落ち着かないようだが…。やはり馬では体がつらいか?」

「え?あ、いえ。そういうわけではないのですが。テオ隊長は私がいて…その…辛くないですか?」

「…問題ない。」


妙な間が空いてから降りてきた言葉を不思議に思って見上げると、バチリと視線が重なって2人で慌てて顔を逸らした。思ったよりもテオ隊長との距離が近い。どくどくと耳に響く鼓動を感じていると、そのすぐそばで「ククク…。」と笑い声が聞こえてきて真っ赤な顔でテオ隊長の腕の中から覗き込めば、レシ隊長が面白そうにニヤニヤしてこちらを見ていた。それにさらに熱が煽られて、再びテオ隊長の腕に身を隠せば、上から冷たい空気が漂ってくる。そっと視線だけで確認すればテオ隊長もレシ隊長に気が付いたらしく、頭上でレシ隊長を鋭くにらんでいた。


「…うるさい。」

「いや、俺は何も言ってねーし。」

「その顔がうるさいと言っている。」

「お前の顔もだいぶ酷いぞ?」

「黙れ。」


2人の会話を聞きながら熱を収めていると、ふと、私の手のすぐそばにあるテオ隊長の手に目が止まった。握り締められた大きな手はまるでソフトボールの様な大きさで私の手の倍はある。細身な印象のテオ隊長だが、やはり、騎士というだけあって筋肉質だ。大きな手には所々古い傷跡が見られ、どれも完治しているようだが少し痛々しく感じる。吸い寄せられるように無意識にその傷に触れれば、ビクッ!とテオ隊長の体が揺れた。


「あ、すいません。」

「い、いや、かまわない。…ど、うした?」


驚きながらも私の手を振り払うことはせずに、されるがままに手を差し出してくれるその優しさに思わず頬が緩む。


「大きな手だなと思いまして。…それに、傷が多いですね。」

「…ああ、体が大きいからな。その分手足も他の男よりは大きいだろう。傷は、何時できた物なのかも覚えていなが……見苦しいな。すまない、手袋を忘れていた。」

「いえ、見苦しいなんて。きっとテオ隊長が沢山の方を守り、戦ってきた証なのでしょうね。」


幼い時、クエルト叔父様は傷ができるたびに、傷は騎士としての誇りと勲章であり戒めだと言っていた。テオ隊長にとってもそうなのかもしれない。そう思えば、傷だらけの彼の手を見苦しいとは思えなかった。そっと大きな拳についている引きつれたような傷跡に触れる。古いものだというが、この傷はきっと肉が抉れるほど酷かった怪我だ。この傷が付いた理由も戦いも私にはわからないが、その痛みとこの跡はきっと彼が何かを守りぬいた証であり、騎士としての誇りのはずだ。今までそうやって傷を作りながら騎士としてたくさんの人々を助けてきたのだろう。

……私を守ってくれた時の様に。

そう思えば、傷だらけのテオ隊長の手がとても神聖で美しいものに思えた。

そのまま、手の傷のひとつひとつを確認するように辿っていれば、テオ隊長はスイッと私の手をその大きな掌に収めた。


「…こうしてみるとアヤメの手は小さいな。」


言われてみれば、確かにこうして比べるとテオ隊長の掌の上にあると私の手はまるで子供の手の様だ。


「この小さな手で多くの者を救い、その命をつないできたのだろう。」


ツッ…とテオ隊長の親指が私の手の甲をなぞる。ゾクゾクとしびれに似た感覚と熱がテオ隊長が触れたところから、全身に駆けあがった。ジワリと収まりを見せていた熱がよみがえる。


「アヤメと同じよく働き、誰にでも救いを差し伸べる……優しい手だ。」


キュッと大きな手が私の手を優しく握り絞めた。強くもなく弱くもなく、ただ包み込むようにしっかりと握られたその手を、なぜが離そうとは思えなかった。


「…愛おしい。」


続けざまにぽつりと囁くように言われた言葉に一瞬思考を失う。ほとんど反射的に上を見上げたら…至近距離で、無表情とは違う真剣な顔で私を見下ろすテオ隊長に心が撃ち抜かれた。

……今まで見たことのないその表情が、余りにもかっこよくて。


「…無事でよかった。」


そのまま絞り出すように告げられた言葉がゆっくりと私の中に浸透していく。

綺麗な形の眉を寄せて少しだけ美しい顔をゆがめた姿に、ぎゅっと心臓が絞めつけられた。そのままカカッと赤くなった顔を隠すように慌てて俯き、少しの間を開けてから私の手を握った手を隊長の手にそっと右手を重ねた。この腕が爆散した時、テオ隊長は自分をどれだけ責めたのだろう。目覚めた時の涙を思い出すと彼の痛みがとても大きかったのが判る。あの時はきちんと伝えられなかったから、今度はちゃんと伝えたい。


「…心配をかけてごめんなさい。」


私の言葉にギュっとテオ隊長の手に力が込められた。それをしっかりと感じながら、言葉を続ける。


「守っていただいてありがとうございました。」


本当に、沢山…沢山守ってもらった…。

そして……


「助けてくれてありがとうございました。」


いつも私が困った時、一人ではどうしようもできない時にはテオ隊長に助けてもらった。テオ隊長が助けてくれなければ乗り越えられない場面はたくさんあっただろう。感謝の気持ちを込めて、力の入らない右手でそっと彼の大きな手の甲を撫でた。すると、少し間をおいてからテオ隊長の大きな手は、私の手を離れて私の両手を重ねて今度は大きな手で包みなおした。

小さな私の手は大きなテオ隊長の片手にすっぽりと包まれていて、私より体温が低い彼の手が火照った体には気持ちいい。


「次も…必ず守る。そして、必ず助ける。」


あの夜に聞いた言葉よりも強くはっきりと私に低い声が響いた。もう顔を見る勇気は無かったけど、響いた声と心なしかきつく絞まったテオ隊長の両腕がその思いの強さを感じさせた。それが嬉しいような恥ずかしいような…ただ、燃え上がるような熱さではなく、包み込むような穏やかな温かさが胸に込み上げて、返事をしようとした時


「…あのー…お取込みのところ悪いんだが。」


突然声が掛けられた。

弾かれたようにテオ隊長と共にビクッと体を揺らす。その勢いでサッとテオ隊長と手を放して再び手綱を握りなおした。見れば、レシ隊長が先ほどよりも酷くニヤニヤしながらこちらに視線を向けている。


「そういうのは、2人の時にしてくれないか?ほら、一応アヤメ嬢の親族と他の騎士もいることだし。」

「!!!」


そうだった!ここは馬の上で私たちは複数人の騎士に囲まれるようにして移動している最中だった!!

インゼル国内に入ったからとはいえ油断していた!

よくよく周りを見渡せば、何人かの騎士たちは、頬を染めていたり、こちらを見てニヤニヤしたりと皆に話の内容が聞かれていたらしい。

うわぁぁぁあぁ!ッ!!恥ずかしいっ!恥ずかしすぎて死ぬっっ!

テオ隊長の腕の中に身を隠して、俯き真っ赤になった顔を隠す。もう、どうしよう…!しばらく騎士棟に行けないかもしれない。いや、それよりまだ王都まで距離はあるのにこの時間をどうやり過ごせばいいのよ!!?

完全に羞恥で混乱している私の頭上から、突如物凄い冷気が流れだした。そして、地を這うような低い声が放たれる。


「…お前たちの顔、覚えたぞ。」


冷気と共に何やら殺気に近い覇気まで降りてきて、知らずに身震いする。その冷気と覇気を直接向けられたであろう、騎士たちは皆一斉に顔を青くして前を向いた。なんとなくそれを見ていて申し訳ない気持ちになってしまう。


「あ―あ、可哀そうに。勝手にテオが始めたんだろ?」

「お前は後で覚えておけ。」

「なんでだよ。俺はアヤメ嬢の今後の事を踏まえて止めてやったんだぞ。クエルト隊長だっているのに。」

「…レシ、私を巻き込むな。」


話を振られたクエルト叔父様は大きなため息とともに肩を揺らした。それに、自然と背筋が伸びる。


「まぁ、兄上には…今見聞きしたことはユザキ殿の件も含め黙っておいてやろう。アヤメも己の立場と年齢をもう少し自覚するように。もう子供とは言えない年になってきているんだからな。」

「はい…。申し訳ありません。」


親戚である叔父様に言われると、とても気まずいし、恥ずかしい。その上、お父様まで持ち出されては何も言い返せない。


「まだ社交界デビューも果たしていないのだぞ?それまでは淑女の名に恥じる行為は慎むように。よからぬ噂がたてば嫁の貰い手がいなくなるどころか、アールツト侯爵家の名に傷を付けることになる。後々、婚約者が決まった際にも余計な問題が起きないように気を付けるんだ。」

「はい。」

「それから…テオ。」

「はっ。」

「お前は後で私のところへ来い。」

「…承知しました。」


騎士団で何十年も隊長として居続ける叔父様には同じ隊長格でも逆らえないのか、テオ隊長は一瞬言葉に詰まったように見えたがすぐに返事をした。


結局、その後、馬を降りるときまでテオ隊長の顔を見ることはできなかった。







「ただいま戻りました。」


屋敷の玄関ホールには大勢の使用人と家族が私を迎えてくれた。

そのまま礼を取ろうとしたところで、駆け寄ってきてお父様の大きな腕に抱き込まれる。


「おかえりっ…!よく帰った!」


すぐ耳元でくぐもった声が聞こえた。ぎゅっと痛いくらいに力を込められた腕はかすかに震えていた。


「お父様…。」


伝える言葉は浮かんでくるのに、私はただお父様と呼ぶことしかできなかった。久しぶりに感じた大きくて優しい温もりと少し苦い薬品と消毒液の香り。幼い時からずっと身近に感じていた「お父様」を感じさせるすべてに心から安堵する。


「あなた…。」


控え目な声でお母様がお父様の腕に手を添えた。お父様は目元を乱暴にぬぐってお母様に場所を明け渡す。お母様は柔らかく笑って私の頭を撫でてから「おかえりなさい。」そう言って、そっと私の右腕に触れた後、優しく私を抱きしめてくれた。こうして頭を撫でてもらったのは幼い時以来で、じんわりと胸が熱くなり目に涙の幕が張る。

イスラ王国への出発前にもこうして抱きしめてもらったが、その記憶よりも少し小さく感じるその背中にゆっくりと腕を回せば、私を抱きしめる腕が少しだけ強くなった。


「…無事でよかった。…本当に…よく頑張りましたね。」

「お母様…。」

「師から連絡をもらいました。アヤメの事をとても褒めていましたよ。コウカ様もアヤメへの感謝を伝えてくださいました。アヤメが、私の第二の故郷で、私の大切な人達に認められた事を母として誇りに思います。」


お母様は両手で私の頬を確かめるように触れた後、少し体を放して片手を後ろに差し出した。その腕に促されるようにしてゆっくりと歩み寄ってきたのは……お兄様だった。

思えば、私がイスラ王国に行く事を反対されてから、気まずい雰囲気のまま国を出た切りだった。少し見ないうちに、グンッと背が伸び男の人らしくなったその姿に少しの戸惑いを覚える。


「シリュルはとても心配していたのよ。貴方が片腕を失ったと聞いた時は、イスラ王国へ行くと屋敷から飛び出す勢いだったの。」

「母上っ!!」

「え?」


お母様からの思いもよらない話に驚いてお兄様を見れば、若干頬を染めたお兄様は、視線をさまよわせながらきまりが悪そうに私の前に立った。


「ふふふ。さあ、シリュル。もう、意地を張るのはおやめなさい。素直に貴方が思うままを口にすればいいのよ。アヤメは貴方の妹なんだから。」


…わがままのような形で、一方的に国を出てしまった挙句、怪我をしてしまった事を怒られるだろうか…?

叱られるのを覚悟でそっとお兄様を見上げる…………よりも前にポンっと大きな手が私の頭に乗った。そして…静かな言葉が降ってくる。


「おかえり…。」


予想外の事に中途半端な位置で止まってしまった私の顔を覗き込んだお兄様は、昔と変わらない優しい笑顔だった。瞼を見開いてお兄様を見る私の頭をお兄様はそのまま何度も撫でてくれた。


「…僕の記憶の中のアヤメは、大きなリボンを頭に着けていつも後ろをついてきた……小さくて泣き虫な女の子だったんだ。……でも…もう、こんなに大きくなっていたんだな……。アヤメは立派にアールツト侯爵家の人間としての務めを果たした。よく頑張ったな。…お前は僕の自慢の妹だ。」

「…お兄様…。」


お兄様の顔がくしゃりと歪んだ。そのまま、ゆっくりと緑の瞳が涙に覆われた。

…お兄様の泣き顔を見るのは始めてだった。その光景に息も忘れて見つめていると絞り出すような声と共にお兄様の胸の中に抱き込まれた。


「本、当に…無事で……よかった。」


その言葉を合図にしたかのように、大粒の涙があふれた。お兄様の胸元に顔を押し付けて、広い背中ににしっかりと腕を回す。昔よりもはるかに逞しくなったお兄様は私をしっかりと抱きしめなおしてくれた。


「心配…かけてごめんなさい。ただいま、お兄様。」

「…ああ、おかえり。……………おかえり………。」


感じ入るように紡がれた言葉が、心にしみてますます涙があふれてくる。お兄様が私をどれほどまでに思っていてくれたのか…それがしっかりと伝わってくようだった。

お兄様に抱きしめられているその上から、さらにお母様とお父様に抱きしめられた。

…私の大切な…家族。

皆の体が、心が、温かくて、くすぐったくて、幸せで…。帰って来たのだと強く思った。



その後使用人たちとも挨拶を交わして、お父様が護衛としてついてきてくれたオッド騎士団長、クエルト叔父様、レシ隊長、テオ隊長に労いと感謝を伝えた時だった。


カツン…。と音を立ててオッド騎士団長を筆頭に他の騎士たち全員がお父様の前に跪いた。


「この度は、ご令嬢をお守りすることができず申し訳ありませんでした。」

「「「申し訳ありませんでした。」」」


!!?

オッド騎士団長に続くようにクエルト叔父様、レシ隊長、テオ隊長をはじめとした騎士たちの声が広い玄関ホールに響き渡った。騎士団長の謝罪を聞いて、慌てて弁解に入ろうとした私をお兄様が引き留める。お兄様は何を言うでもなく、黙って首を横に振った。そこには、同じ騎士団に所属する者としての責任と矜持が浮かんでいた。


今回の騎士団の任務は私の護衛だった。どんな形であれ、私がけがをした以上は任務を失敗したことになる。たとえ、騎士団長が許したとしても、お父様が許したとしても。たとえ私の怪我が治ったとしても、任務を遂行できなかったという事実は消えない。


「…詳細は報告を受けている。戦地にありながら、命を奪うほどの大けがになるはずだったものを片腕の欠損で済んだことは騎士団のおかげだろう。今回の件については我がアールツト侯爵家として咎める気はない。陛下と宰相にも進言済みだ。今後とも鍛錬に励んでくれ。」


お父様の言葉にすぐに短い返事が上がる。


「…アールツト侯爵家当主としては任務を遂行できなかった騎士団にこれ以上を伝えることはできない。だが、ここは私の家族と使用人たちしかいない。ここからは1人の父親として述べさせてもらう。」


お父様の言葉にオッド騎士団長が顔を上げる。他の騎士たちはどういうことなのか意味を測りかねている様だった。そんな騎士たちの前に立つお父様の横にお母様とお兄様が並んだ。何が起こるのかわからず立ち尽くす私の両肩にお父様の手が乗る。どうしたのか尋ねようとお父様を見上げた時、


「娘を助けてくれた事心から感謝する。二回の襲撃を受けて、娘がこうして無事に帰ってこられたのは騎士団のおかげだ…ありがとう。」


といったお父様がゆっくりと頭を下げた。それを筆頭にお母様、お兄様、スチュワートを筆頭に綺麗に並んだ使用人たちも深々と頭を下げる。私は一瞬だけ驚いたが、すぐにお父様たちと同じように頭を下げた。これにはオッド騎士団長も驚いたようで、他の騎士たちにも一瞬のざわめきが広がる。


「…これからも騎士団の活躍に期待している。」


十分な間を置いた後頭を戻したお父様はもう、アールツト侯爵家当主の顔だった。

オッド騎士団長が立ち上がり、お父様と固い握手をされる。そのまま流れるように、クエルト叔父様とレシ隊長にも握手と挨拶し、テオ隊長の番になったところでお父様は握手をせずにそのままテオ隊長の大きな体に腕を回して抱きしめた。お父様の突然の行動に驚き固まったのはテオ隊長だけではない。それを見ていた他の者たち全員が2人を見て驚愕する。


「アヤメを守ってくれてありがとう。アヤメは魔力を感知する力が弱い故に魔法攻撃を事前に気づくことができない。テオ隊長がいなければアヤメは右半身を吹き飛ばされていただろう。…本当にありがとう。」

「いえ。私がもっとうまく立ち回っていれば、アヤメ嬢の体を傷つける事はありませんでした。守り切れなかったのは私の責任です。大切なご令嬢をお守りすることができずに、誠に申し訳ありませんでした。」

「…私はテオ隊長を責めるつもりは無い。謝罪は受け入れた。もうこれ以上の謝罪は結構だ。どうか、これからも励んでくれ。」

「…寛大なお言葉、感謝いたします。」


体を離してお父様はテオ隊長の肩に手を置き、ポンポンと励ますように軽く叩いて騎士団長のところに向かっていった。その背中にテオ隊長は再び深く頭を下げていた。その後も、挨拶に来たお母様やお兄様へも同じような対応をしていて、テオ隊長の責任感の強さを改めて実感した。


自分が傷つくことで、こんなにも誰かが責任を感じることを初めて知った私は、この気持ちを…テオ隊長の姿を忘れないようにしっかりと心に刻んだ。



騎士団を見送ってから、家族で食事をしてアリスに手伝ってもらい湯あみをする。やっと戻って来た日常にホッと息をつきながら自室のベットに横になった。

見慣れた景色に、慣れた臭い。その全てがゆっくりと心身を癒していく。

ああ……帰って来たのね。


イスラ王国での目まぐるしい日々や飛散した腕。黒髪の魔法使いに子狐のギン。

沢山の事が浮かんできた、がそれに比例して重くなる瞼には勝てずに私はそのまま心地よい疲労感に身を任せ意識を手放した。


お読みいただきありがとうございます。


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