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48.侯爵令嬢とイスラ王国-15

*この物語はフィクションです。登場する医療記述、その他すべては作者の想像であり実在する物とは一切関係ありませんので、ご注意ください。

馬車の外から聞こえる怒声と金属音。そして、アルたちの鳴き声。時折大きく揺れる馬車内は緊張感に包まれていた。


「大丈夫だ。私たち騎士団は負けない。」

「そうそう。騎士団長もいるしな。」

「は、はい。」


2人に励まされながら、何もできない自分に情けなさが募る。ワイズやポイズ、エーデルたちは無事だろうか。アルやその仲間たちも叔父様や騎士団長も…皆無事だといいのだけど。


しばらくすると馬車の外は静かになった。様子を見に行こうかとレシ隊長がドアのカギに手をかけた瞬間、バキンッ!とドアを外側から突き破って黄土色の物体が馬車に飛び込んできた。


すぐさま、テオ隊長とレシ隊長が剣を向ける。しかし、飛び込んげ来た物体はピクリとも動かなかった。


「!?…この子!!」


私はその黄土色の物体を見て思わず手を伸ばしたがレシ隊長に留められる。


「危険だ。下がれ。」

「レシ隊長!この子はあの村にいた子狐の獣人です!」

「それでも、黒髪の魔法使いにつながっている可能性がある以上、うかつに触らせるわけにはいかない。」

「そんな!テオ隊長!テオ隊長なら判りますよね!?あの子ですよ!!」

「…すまないが、私もレシと同意見だ。私たちはアヤメの安全を守るためにいる。危険な者には近づけさせることはできない。」

「でも!!」


それは、あの村にいた子狐の獣人だった。間違いない。だって、その子が来ている服は私が洗濯したのだから。


「無事かっっ!!?」


その時、壊れたドアからクエルト叔父様とオッド騎士団長が姿を現した。


「!!…この子は…!?」


クエルト叔父様も子狐の正体に気が付いたらしく、ぐったりとして動かないその体に手を伸ばす。


「…ギンか?」

「う…あ…に…げて…。」


小さな声がギンと呼ばれた子ぎつねから漏れる。うつろな瞳にはもう何を映しているのかわからないが、その小さな体は胸から腹部にかけて大きく抉られていた。

ぼとぼとと落ちる血液がクエルト叔父様の制服を赤く染めていく。


「あい…に騙さ…た。皆殺…れ…。嘘つ…てご…さい。」


ぶわりとうつろな目に涙が浮かんだ。


「あいつとは誰だ?!皆とは村の子供たちの事か?しっかりしろ!!」


クエルト叔父様が治癒魔法を駆使してギンの腹部を治療し始めるが出血量が多い。


「黒髪…魔法…い。あい…ちをだま…たんだ。黒い蛾…来る。逃…て。」

「黒髪の魔法使い!?黒い蛾とは狂犬病をもたらした奴の事か!」

「敵襲に備えろ!!一番隊は周辺警戒!黒い蛾が飛んで来たら焼き払え!!」


クエルト叔父様の声に重なるようにしてオッド騎士団長が叫んだ。


「しっかりしろ!死ぬなっ!!」

「ご、めん…さい…。」


治癒魔法をかけて傷は塞がっても、失った血液は返ってこない。傷と出血の具合からしておそらく致死量の血液を失っているだろうか。…小さな命が今ゆっくりと燃え尽きようとしている中、ただ見ることしかできない私の中を強い衝動が突き抜けた。


…私は何をしているのか!今にも消えそうな命が目の前にあるのに!!

手を差し伸べないなんて…!!

私は……医者なのにっっっ!!!


気がつけば体が勝手に動いていた。

バッ!とテオ隊長とレシ隊長の制止の手を振り払い、上着を脱いで叔父様の手ごとギンを包んだ。


「アヤメ!?」

「何を!?」

「この子を助けます!叔父様、アルの荷物に輸血用の血液と輸液があります。この子の血液型を調べてすぐに輸血しましょう。」

「アヤメ…。」

「傷は塞がっていますが、出血の量から見て出血性ショックにより多臓器不全を起こしてもおかしくありません。このままでは助かりません!一刻も早く対処する必要があります!私は医者として最後まで命に手を伸ばし続けたい。でも今の私では注射器一本まともに持つことができません。お願いです、叔父様!力を貸してください!」

「!わかった!!」


私の叫びを聞いた叔父様はすぐにギンを馬車の座席に乗せると飛び出していった。私はすぐに医療バッグから血液検査キッドを取り出す。そこから、血液採取のために針を取り出そうとして、右手を動かしたが私の指は、カスッと針をかすめるだけで指先に力が入らず小さな針を握ることができなかった。


「なんでっ!!」


時間がない。一刻も早く血液検査をしたいのに!思うように動かない自分の指に苛立ちと絶望が募った時、大きな手が小さな針を取り出した。


「次はどうすればいい?」


低い声がすぐそばで響く。


「テオ隊長…!?」

「一刻を争うのだろう?早く指示を。」


針を握り絞めたテオ隊長はギンのそばに身をかがめ私の指示を待っていた。その姿に驚きながらも、素早く指示を出す。


「前足の指にその針を刺してください。血が出たら検査用紙に血を垂らしてください。」

「わかった。」


私の指示通りにテオ隊長が血液を採取し、検査キットの用紙に垂らす。そこから判明したギンの血液型を戻ってきたクエルト叔父様に伝え、速やかにギンに輸血が施された。


「…ひとまずこれで容体は安定するはずだ。」


輸血バックを適当な場所に掛けた叔父様がゆっくりと息を吐く。それに合わせるように私も肩の力を抜いた。


「ありがとうございました。我がままを言ってしまい申し訳ありません。」

「いや。いい判断だった。ギンの命が助かれば黒髪の魔法使いの件についても色々聞くことができる。ただ、これが敵の罠の可能性もあるから、ギンは私のほうで預からせてもらう。」

「…はい。よろしくお願いします。…テオ隊長、助けていただきありがとうございました。」

「ああ。役に立てたのならいい。だが…あまり無理はしないでくれ。」

「はい…。」


テオ隊長の視線が私の右腕に落ちる。やっぱりまだこの腕の責任を感じているのかしら?思えば、右腕を失った時からいつもテオ隊長に助けていただいている気がする。

感謝を伝えようと思ったところで、ニヤニヤしたレシ隊長がテオ隊長の背中をバンバン叩き、テオ隊長がレシ隊長を鋭く睨み付けたのを見て私は口を閉じた。

睨んでいるテオ隊長の顔がすごく怖い。あの顔を見てまともに話せる気がしないわ。


先ほどよりもだいぶ顔色が戻ったギンの毛並みをとかすように撫でる。氷のように冷たかった体からしっかりと体温が感じられて少し安心したその時だった。


「蛾が来ます!!!」


騎士の声が馬車の外から響いた

その瞬間、騎士団長は馬車から飛び出し、テオ隊長は壊れたドアの前に立つとその入り口をふさぐように炎の壁を作る。


「アヤメ、馬車の中央に移り身を低くしろ。レシは窓を頼む。」

「はい!」

「承知した。」


私が馬車中央でギンと膝を抱えるように身を低くするのと同時に、レシ隊長が窓を水の膜で覆い、クエルト叔父様は私を隠すように背中で庇い剣を抜く。

ピンっと張り詰めた空気と緊張感が車内を満たしていた。


「来たぞっ!!」


テオ隊長の鋭い声が響いたすぐ後に「ジュワッ!」という音と共に黒い物体がボロボロと炎の壁に焼き払われて落ちていく。さらに、レシ隊長の守る窓も割れて破片ごと黒い蛾が水に包まれ消滅した。


「次!来るぞ!!」


テオ隊長の声が響いたのと同時に今度は真っ黒な塊となった蛾の集団が、ドアと窓に張り付いた。まるでハチのような羽音を立てて群がってくる、無数の黒い蛾に思わず鳥肌が立つ。

それのうちの1匹を見て、妙な既視感を覚えた。

…あれ?…これって…そこまで考えて、ハッと気がついた。


「この蛾…私の腕が爆散したときと同じ蛾です!!」

「何!?」

「!!…っ伏せろぉっ!!」


クエルト叔父様とレシ隊長の声が重なった瞬間、パァンッ!パァンッ!と無数の破裂音が響いた。


「きゃぁぁぁっ!!」

頭を守り身を固める私にクエルト叔父様の大きな体が守るように覆いかぶさる。恐怖のあまり、目の間に伸ばされたクエルト叔父様の腕に必死になってしがみついた。


「…大丈夫か?」


永遠にも感じられる数分が終わり、破裂音が止んだころクエルト叔父様の声が聞こえてくる。見上げればゆっくりと体をどかすクエルト叔父様の向こうに無数の傷を負いながら炎と水のドーム型のシールドで防御壁を作り私たちを守っているテオ隊長とレシ隊長の姿があった。私たちが乗っていた馬車の上半分が跡形もなく吹き飛んでいて、その破壊力に衝撃を受ける。

あの時…これをまともに受けていたら…そこまで考えて、ブルリッと背筋が震えた。


「アヤメ無事か?」

「は、い。私は大丈夫です。叔父様は?隊長達は?」

「クエルト隊長、怪我はありませんか?」

「私は大丈夫だし、アヤメも無事だ。お前たちはどうだ?」

「私は問題ありません。かすり傷です。」

「自分も同じです。」


ドームを崩さないまま、私を守るように陣形を整えたクエルト叔父様とテオ隊長、レシ隊長は他の騎士たちと安否確認を行っていく。いつの間にか霧は消えていたようだった。

馬車の外にも同じように蛾が破裂して攻撃を受けたが騎士団長と騎士たちの働きにより、重症者はいないという。アルや、ワイズ達も無事だった。…よかった。温度の息をこぼすのと同時に、腕の中で輸血をしたままのギンを抱きしめなおす。


「現状を報告しろ!」


すぐに、オッド騎士団長の号令が響き、未だ防御体制を崩さないまま陣内から各騎士により現状報告が挙げられていった。

霧が濃くなった後に複数の狐の狂暴化した獣人に襲撃を受け、その後、無数の蛾が襲ってきて衝撃波と共に破裂していった。突如発生した霧も恐らくは魔法によるものだそうで、今は周囲に魔力の気配を感じないとのだった。

報告を聞いた騎士団長がこちらへやって来た。目立った傷は見受けられないが、ところどころ服が破けている。


「…今後の事についてだが、まずは負傷の手当を0番隊で行いその後、速やかに移動を開始する。まもなく日が沈む。それまでに、何としても森を抜けたい。アヤメ嬢はテオの馬に同乗してくれ。」

「承知しました。」

「はい。」

「承知しました。0番隊は直ちに負傷者の治療に当たれ!」

「4番隊は土壁を作り陣形保時と周辺警戒!1、2番隊は移動の準備!魔力感知を忘れるな!異常な魔力を感じた場合はすぐに報告しろ!!」

「「「「はっ!」」」」


クエルト叔父様とオッド騎士団長の号令に騎士たちが一斉に返事をし動きだした。テオ隊長とレシ隊長も交代でクエルト叔父様から治療を受けている。

何もできない私は、歯痒さを感じながらも静かに眠るギンの容体を確認し、ワイズとポイズ、エーデルに0番隊の手伝いをするように指示を出し、彼らを見守っていた。


第二部イスラ王国編はこれにて一応終了です。

次回より第三部へ入ります。

いつも読んでいただきありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 侯爵令嬢とイスラ王国-14 の後が 侯爵令嬢とイスラ王国-16 となっていますが、15は無くしたのでしょうか?
[良い点] あまり無いテーマで、面白いです [一言] こういう作品、好きです 一気読みしました。更新頻度アップ希望します(笑)
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