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47.侯爵令嬢とイスラ王国-14

インゼル王国へ帰国する日。


早朝にインゼル王国より騎士団の2番隊編成部隊がレシ隊長と共にイスラ王国城に到着した。右手は回復したが未だ強く握ることができず、アルの手綱を握れない私の為に馬車まで用意してあったことには感謝より先に罪悪感が募る。

アルは私が乗らないことを納得してくれるだろうか。また駄々をこねたらユザキ様に説得してもらおう。城の中庭で寛ぐ大きな鳥に目を移して思わずため息がこぼれた。



「此度は世話になった。この恩は決して忘れぬ。」


大きな獅子の手を握りコウカ王との挨拶を終え、次はイズミ様の手を取る。


「道中気をつけて。国境まではユザキ将軍もお供しますので。…アヤメには本当に感謝しています。また、いつでもイスラに来てくださいね。その時はフェルの昔話をたくさん聞かせてあげましょう。」

「はい。是非お願いします。もし、許されるのならば私もお母様の様にイスラ王国へ留学したいと考えていますので、その際はよろしくお願いいたします。」

「それは楽しみですね。待っていますよ。」


イズミ様との挨拶を終えて、お世話になった方たちと挨拶をかわしながら城の外へ出るとユザキ様の部隊が待っていてくれた。


「色々とお世話になりました。」


何とか赤くならないでそう言い切る私にユザキ様はくくっと肩を揺らす。


「こちらこそ、世話になった。アヤメがいてくれてよかった。本当に…ありがとう。」


ユザキ様の言葉が終わるとユザキ様の部隊の獣人たちが一斉に跪いた。そして最後にユザキ様が片膝をつく。


「何を!?」


慌てふためく私の手をそっとユザキ様の手が取る。


「インゼル王国が至宝、誉れ高きアールツト侯爵令嬢アヤメ殿。貴女の献身に感謝いたします。遠いこの地にいる身ではありますが、もしその身に危機が迫りしときは必ず貴女の元に駆けつけましょう。…いつ何時でも、私の心は貴女と共に。」


ゆっくりと私の手の甲へ落とされた、ユザキ様の獣の唇。その感触と熱がビリビリと全身に駆け抜けた。カッと顔に熱が集まるが、大勢の目があることで何とか耐える。しかし、次の瞬間。ユザキ様は、私の手をくるりと返して手のひらをペロリと舐めた。


「ひえっ!」


思わず声が出て反射的に手を引っ込めようとするが、ユザキ様の力によって抑えこまれてしまう。そして、ユザキ様の唇は、手のひらから流れるように手首の内側に吸いついた。

チュッというリップ音の後、ゆっくりと唇を離したユザキ様の金色の瞳がまっすぐに私を射抜く。


「私の心愛的人シンアイ・ダイェン


…っんなっっ!!!…っっ!!????

骨に響くような甘い声ととろけるような優しい囁きにドッカーン!!!と耐え切れなくなった私の頭が噴火した。頭のてっぺんから足のつま先に至るまで全身が燃えるようにカッと一瞬で熱を持った。

余りの熱量に、思わず体がふらつくがすぐに大きな手と尻尾が支えてくれる。そして、そのまま横抱きに私を抱え上げるとまっすぐ馬車に向かってユザキ様は歩き出した。

恥ずかしさのあまり、何も言うことができず、ただうつむいたままの私を気にする事なく、ユザキ様はそっと馬車の前に私を下ろしてくれた。まだ、顔の熱が引かない私はふらふらとしながらも何とか馬車の段を上る。ようやく一番上までたどり着いたところで、スッと後ろから伸びてきて尻尾が私の頬にかかった髪をそっと耳にかける。


「…簪を贈った意味を次に会う時までに調べておいてくれ。」


思ったよりも近くに聞こえたユザキ様の声に「え?」と思った瞬間、彼は私の頬をベロンと舐め上げた。二度目の事とは言え、ネコ科特有のざらざらした感触とその熱さと湿った感触に再び体中の熱が沸点を超える。ボンッ!!と音がしそうなほど爆発して熱を持った私の頭をふわりとひと撫でしたユザキ様は


「またな。」


と甘く優しい声に少しだけ嬉しさをにじませて、馬車からはなれていった。その背中を見ながら、全身の力が抜けた私はよろよろと馬車の座席に座り込む。続いて護衛の為に同乗する事になっていた、テオ隊長とレシ隊長が乗り込んできても私はしばらく何も考えられなかった。ただ、ユザキ様が触れた部分全てが脈打つように熱く、甘く、疼いている。ポヤポヤした頭に浮かんでくるのは全部ユザキ様の事で、他の事が考えられない。

手の甲へのキスは「敬愛」。手のひらへのキスは「願望」。手首へのキスは…「欲望」…。

そこまで考えるとさらに頭に血が上ってクラクラと体が揺れてしまう。ユザキ様の腰に響くような甘い声が耳にこびりついて離れない。


『私の心愛的人』

まさかイスラ王国に中国語があるとは思わないが…前世の記憶にある中国語と同じ意味でとるならば


『心愛的人』は…『愛する人』


そして、簪を相手に贈る意味は…?

……

…………_____だあああああああっっ!!


思い出しては身悶え、全身真っ赤にして震えだす私を心配したテオ隊長とレシ隊長に介抱をされながら、馬車はゆっくりとイスラ王の国門を抜けていった。




遠くなる馬車を見送ってこんなに切ない気持ちになるのは初めてだった。まだアヤメの匂いも感触も残っている。ただ、その柔らかな温もりが少しずつ薄れていて、せめてもう少しと思い強く手を握りしめた。


女にあんなことをするのは初めてだった。獣人の雄は独占欲が強く、愛情表現や求愛行動が濃いと言われていたが番を認識していなかった今まではピンとこなかった。逆に同僚や先輩が人目もはばからず求愛行動をしているのを見て「恥ずかしい」「よく人前で」とさえ思ったこともある。

しかし、アヤメを番と認識した今は、彼女の愛を得るためならどんなことでもできてしまうような衝動に駆られていた。あの紫の瞳に俺だけを映してもらいたい。その小さく白い手で俺だけを触れてほしい。とどまることを知らない願望が次から次へと湧き出てくる。


次はいつ会えるだろうか?一か月後か一年後か…。

その時までに彼女の中で俺はどんな存在になっているだろうか?


きっと今頃は俺の事でアヤメの中はいっぱいだろう。

去り際にそのまま射殺せそうな鋭い視線と凍てつくような覇気を俺にはなっていたテオ隊長が、あの馬車の中にいると思うと少しだけ気分がよくなったきがした。

せいぜい、イラつけばいい。しばらくアヤメは俺のものだ。

年甲斐もなくそんなことを考えた自分に驚きながらも嫌な気はせず、自然と口角が上がる。


アヤメ…。

お前は簪を贈る意味を知った時どんな反応をするだろうか?

その反応を直接見られないのは残念だが、きっとその時も彼女の中は俺でいっぱいになるのだろう。そう思えば気分はさっきよりも晴れやかだ。

もう肉眼では確認することもできなくなってしまった馬車の方に視線を向ける。


心愛的人


小さく囁いた言葉が風に乗ってはるか遠い国まで届くことを祈りながら。俺はそっと思いを馳せた。





馬車の中はなんとも言えない空気に包まれていた。

惚けたように頬を赤くしたまま動かないアヤメに、凍えるような冷気と怒気を放ち明らかに機嫌が悪いテオ。その間に挟まれたレシはため息とともに天井を仰ぐ。


やっぱり、クエルト隊長に代わってもらうんだった…。

馬車に乗る際のアヤメ嬢の惨状を目の当たりにしたクエルト隊長はこうなることを予測していたのだろう、騎士団長と話がある。と理由を付けて同乗を俺に譲ってくれた。それを何も考えずに了承してしまった自分の愚かさに再びため息が漏れた。


しかし…、ユザキ将軍もさすがだな。

離れる分きっちりと自分の事をアヤメ嬢に植え付けた。あんなことをされて、アヤメ嬢はきっと普通ではいられないだろう。見ていたこちらまで思わず赤面するほどだったのだから。今もその頭の中はユザキ将軍の事でいっぱいのはずだ。

そこまで考えて今度は隣に座る友人に視線を移す。アヤメとは対照的に今にも人を殺しそうなほどの覇気を放っている大男は何を言うでもなくただムッと構えている。

…こんなんじゃ、あの将軍相手に勝てる気がしない。経験豊富な大人の男と初恋をこじらせた恋愛経験0の男。勝敗は誰の目にも明らかだった。


試しに肘で小突いてみれば「なんだ?」と低い声と共に身震いするほどの冷気が放たれる。

『そんなんじゃ、アヤメ嬢と会話もできやしないだろう?!』

視線だけでアヤメ嬢の事を促せばテオは一度視線を動かしただけですぐに朴念仁と化す。この初恋拗らせ馬鹿野郎が!

諦めた俺は小さく息をついてアヤメ嬢に声をかけた。


「アヤメ嬢、腕の調子はどうだ?気分が悪いところや痛みはないか?」


俺の問いかけにたっぷり二拍遅れてアヤメ嬢の視線が動いた。


「あ、はい。大丈夫です。お気遣いいただいてありがとうございます。レシ隊長はいかがですか?今朝も早くにイスラに到着されてそのままとんぼ返りになってしまいましたが…。」

「ああ、俺たちは大丈夫だ。もともと、昼夜問わず戦闘できるように訓練しているから、これくらいの事じゃ問題ない。な、テオ。」

「ああ。そうだな。」


口数が少ないことはいつもの事だが、せめて何か会話を続ける努力をしろ!と心の中で盛大に毒つく。


「さすが隊長ですね。私も見習います。」


やっと頬の赤さが落ち着いたアヤメ嬢にほっとしながら、たわいもない会話を何とかテオを交え続けていると急に馬車が止まった。重力に逆らえずアヤメ嬢の体が傾いたのをテオと二人で支える。


「何だ?」

「アヤメ、窓から離れろ。こちらへ来い。」

「は、はい!」


アヤメ嬢を挟むようにテオと剣を抜く。

外の気配を探るが特に騒ぎがあるようには感じられず、魔力の気配も無い。身を潜めて窓の外を覗くが視界は白い靄で覆われていてただ、不気味な静けさが漂っている。

…なんだ?


「お知らせします。急に霧が濃くなりました。これ以上の前進は危険が伴うため騎士団長の命により霧が晴れるまでしばらく、ここに停留します。」

「判った。私たちはここでアヤメの護衛にあたる。陣形を崩さす馬車のそばから離れるな。」

「はっ!」


外からかかった1番隊の騎士の声にテオが返す。


…おかしい。

イスラ王国に来るときは霧など出ていなかった。しかも、このあたりの地形からすれば霧がわくなどめったにないはずだ。同じように不審な様子を感じ取ったテオと目が合った瞬間、


「グギャー!!」


アルの声が響き渡り、馬車が大きく揺れた。


「敵襲―――!!!」

次いで響いた騎士団長の声に俺とテオは剣を構えた。



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