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44.侯爵令嬢とイスラ王国-11

イスラ王国では狂犬病の勢いがとりあえずは収まり、収束の兆しも見え始めたことで街や都市には獣人たちが少しずつ戻ってきた。


騎士たちは私の腕が完治するまでの間、イスラ王国の復興支援をしていて日に日にイスラの民とも絆を深めている。クエルト叔父様や0番隊の騎士たちは、まだワクチンや抗毒素を投与していない地域に赴き積極的な治療を続けていた。ワイズとポイズとエーデルは、せっかく薬学大国のイスラ王国にいるのだからと、薬師について薬学の勉強に励んでいる。…少し羨ましい。


…私だけ何もしてないのは手持ち無沙汰と罪悪感が募る。

右腕はまだ痛み、物を握ることはできないがそれ以外はなんともない。まぁ、要するに…暇だ…。


「ユザキ様…私にもできることはありますか?」

「腕を治すことだな。」

「くっ…。」


私のいる部屋で警備のために駐屯しているユザキ様は間髪容れずに私に答えると。後ろのドーベルマンの部下たちもうんうんと首を縦に振った。


「それは…そうなんですけど。…あの…。」

「…退屈か?」

「いや、あの…皆さんが忙しくしているのに私だけ…。」


ズバリと私の心情を言い当てたユザキ様に恥ずかしくなって歯切れが悪い返事になってしまった。その様子を見ていたユザキ様が一つため息を落とす。


「…まさかこの年になってもアヤメの我がままを聞くことになるとは思わなかった。」

「え?!」


次の瞬間、ふわりと私の体が浮き上がる。気が付けばユザキ様の片腕に乗るようにして抱き上げられていた。イスラ王国の民族衣装である、アオザイのような長衣にロングスカートを着ている私の足が見えないように、腕に負担かから無いようにと獣の体で気遣って抱き上げてくれているのがわかり、驚きと相まってボンッと顔が真っ赤に染まる。


「あ、あの?これ!?」

「落ち着け。昔はこの抱き方がお気に入りだっただろう?」

「それっていつの話ですか?!」

「さぁ、いつだったか…。腕は大丈夫か?大丈夫なようなら少し散歩に連れて行こう。」

「散歩!!行く!行きます!」

「よし、じゃあ行くか。」


黒豹が二足歩行なんてバランス的にも見た目的にも不安定なイメージだが、獣人で軍人でもあるユザキ様の腕の中は安定感があり、シートベルトの様に腰に巻き付いた尻尾がなんだか可愛くて笑ってしまった。


ユザキ様の部下が私たちを囲うようにして部屋を出る。部屋の前のリンデル王国の騎士は皆一様に私の姿を見て驚いた顔をして私たちを二度見した。恥ずかしくて死にそうになりながら、ユザキ様が騎士に説明してくれるのを聞き…。結果、騎士団の騎士とユザキ様の部隊の護衛を受けながらかなり大所帯での散歩になった。


途中何度か獣人たちとすれ違ったが、みな一度驚いたような顔をするだけですぐにニコニコと笑みを浮かべ見送ってくれた。そのたびに羞恥で憤死してしまいそうになり、ユザキ様のモコモコフサフサの首に顔を押し付けた。


「…どうした?」

「恥ずかしくて…死にそうです。」

「そうか。…死なれては困るからどこかで休憩でもするか。」


クック…と笑いながら、なぜか満足げに尻尾で私の頬を撫でたユザキ様は城の長い回廊を抜けて大きなバルコニーに出る。眩しい日差しに目を細め、視界が鮮明になってきた瞬間、


「うわぁー…!」


その先に広がっていた光景に目を奪われた。

城壁から続く三角屋根の街並み。碁盤の目の様に敷かれた街道とそれに沿うようにして流れる小川。小舟が行き交い日差しに反射してキラキラと輝いている。ところどころに軒先の提灯の朱色が揺れて、小さく獣人たちの姿も見えた。そして、遠くのほうには街並みを吸い込むように雄大な山脈が続いている。


「…この城で一番王都がよく見える場所だ。気に入ったか?」

「はい!とても綺麗です。」

「これがアヤメの救ったものだ。」

「…え?」

「ここから見える全てはアヤメが救ってくれたモノ。民が街に戻り、家に戻り、子供たちが笑う。当たり前の日常をアヤメが取り戻してくれた。この感謝は一生忘れない。」


ユザキ様と視線が重なる。金色の瞳の中、猛獣類特有の瞳孔がキュッと細くなったかと思うとトンっと額が触れた。


「ありがとう。」


響いた声とまっすぐな金色の瞳がズドンと心を撃ち抜いた。ボボッと一瞬にして顔に火がともり、恥ずかしくて思わず額を離す。すると、私の惨状をみたユザキ様はフッと笑った。


「可愛い。」


骨に響くような甘い声でそういった彼はそのまま私の頬をベロンとなめ上げる。ネコ科特有のざらざらした感触と、その熱さと、湿った感触についに私の頭から湯気が出た。


「な、な、なにを!?」


前世でも経験したことの無い出来事に脳内はパニック状態で何も考えられない。ただ、心臓の音が耳に響いてうるさくて。目の前にはユザキ様の顔があって。

豹なのに!人間の顔じゃないのに!!でも、絶対にイケメンだと思う!

最早自分でもよくわからなくなったところで、ユザキ様はゆっくり顔を離してそのまま隠すように自分の首元に私の頭を押し付けた。


「その顔で、そんなに甘い匂いをしていては危険だ。」

「ひやっ…!」


耳元で囁かれ、その吐息と熱さに肩が揺れる。


「落ち着くまで隠しておくといい。」


落ち着かせるように私の背中を腰に巻き付いた尻尾が再び撫で始めた。恥ずかしさと、パニックで言葉を返すこともできず、モフモフの毛に顔を埋めた私はコクコクと首を動かすことしかできなかった。その後にユザキ様の体が微かに揺れたからきっと笑っているのだろう。

少し悔しい気もしたが、もう何も考えられずそのままモフモフを堪能する事に集中した。




アヤメの部屋にもどると、テオ隊長が待っていた。


「アヤメは?」

「散歩に連れて行ったのですが、途中で寝てしまいました。」


腕の中で寝息を立てるアヤメをそっとベッドに寝かせ、掛布をかける。アヤメは少し身をよじったがそれでも起きることはなく、寝息を立てていた。

そっとその頬に尻尾を伸ばす。自分の匂いがしっかりとアヤメについていることに酷く安堵を覚えるのは獣人の性だろう。


「お疲れさまでした。護衛を代わりますので、お休みください。」


テオ隊長は俺がアヤメにしたことを咎めるわけでもなく、嫌な顔をするわけでもなく無表情のままだった。それが少しだけ腹立たしい気もする。彼が獣人だったら、俺の匂いが付いたアヤメを見てどう思うだろうか?


ここに来るまでにすれ違った獣人たちは既に俺の匂いが付いたアヤメを見て、俺の気持ちに気が付いているだろうし、他の雄への威嚇にもなっただろう。

しかし、人間であるテオ隊長には匂い付けは効かない。何よりこの男はあと数日もしたらインゼル王国へ帰ってしまう……アヤメと一緒に。


「ユザキ殿?いかがしました?」

「いや…。何でもありません。復興支援ありがとうございます。何か不備がありましたらいつでも言ってください。」

「お気遣いありがとうございます。」

「では、よろしくお願いします。」


事務的な会話をして部屋を出ようとすればテオ隊長はスムーズな動きで先にドアを開けてくれた。相変わらず無表情だったが、それがどこか余裕のあるように感じられて心がチリリと小さく燃える。


礼をして、ドアの前の騎士に挨拶をし、部下をねぎらい解散する。そのまま足早に自室へ向かった。


自室に入った瞬間に詰めていた息を大きく吐き出す。グツグツと獣の本能が燃え上がり、それを理性が無理やり抑え込んでいた。


「アヤメ…。」


名前を呼べば先ほどまで腕に抱いていた感触が甘い匂いと共によみがえる。


アヤメはアールツト侯爵家の人間。国外へ嫁ぐことは許されていない。

なぜアヤメなのか…考えても答えは出ない。本能的な部分がアヤメを欲しいと訴える。


…自分の番はもう彼女以外考えられない。


再び大きく吐き出した息が熱を帯びる。

アヤメに出会った時から感じていた甘い匂いは、年を重ね少女から女性に変わろうとしている今、その甘さをさらに深く濃くしている。

グルルル…。知らずと牙を向け威嚇音を発してしまう。


他の雄に渡してたまるか。


だが、その思いもすぐに理性が抑え込む。アヤメは人間だ。獣の俺とは違う。人間と獣人の結婚は許されているし、子供にも影響や偏見はない。

しかし、彼女は獣人の俺をどう見ているのだろうか?獣人に対して偏見はないと思うが、恋愛対象としてはどうだろう?


目の前にあるのは、肉球がついた鋭い爪のある獣の手。獣人としての誇りはある。人間になりたいとは思わない。しかし…アヤメの顔が浮かぶとどうしようもなく身が焦がれた。


「アヤメ…。」


せめて、帰国するまでは彼女のそばにいたい。赤く染まる頬も、うまくしゃべれずさまよう瞳も、その小さな体の中全てを一瞬でもいいから俺でいっぱいにできたことが嬉しかった。


また、明日…俺と会ったアヤメはどんな顔をするだろう。

それを考えるとさっきよりも気分は穏やかで、俺は静かに瞼を閉じた。

どうか、夢で彼女に会えたら…。


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