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43.侯爵令嬢とイスラ王国-10

再び目を覚ました時にはだいぶ回復していた私はベッドの上で上体だけ起こしたまま、コウカ王の訪問を受けた。寝衣に長衣を羽織っただけで、髪も下ろしたままの姿での対面となってしまったが、コウカ王と共に訪れたイズミ様、ユザキ様もみな一様に回復を喜んでくれた。


「このような姿で申し訳ありません。」

「良い。腕はどうだ。熱は下がったと聞いたが。」


コウカ王の視線が包帯が巻かれ力なく掛布のうえに置かれた腕に向けられる。その表情には悲しみが浮かんでいて、努めて明かる声を出した。


「おかげさまで。もうだいぶ良くなりました。皆さんにご心配をお掛けして、さらにこのような大変な時期にご迷惑もお掛けしてしまい申し訳ありません。」

「迷惑などではない。お前が我が国の民へ向けた献身に比べれば、大したことではない。」

「…いえ。私は何も…。陛下とお約束したのにこの有様で…結局皆様にご迷惑をかけるだけになってしまいました。」


コウカ王に民を救ってほしいと言われて約束したのに。結局は腕を無くし寝込んでしまった。自分の不甲斐なさに思わずうつむいてしまう。

この腕では以前の様にワクチンや抗毒素の投与ができるようになるまで、まだ時間がかかる…。その間にも、イスラの民が苦しんでいるというのに。


「アヤメ、面を上げよ。」


突然の有無を言わさぬ声色にハッと私は顔を上げた。すると、先ほどとは違い真剣な表情のコウカ王と視線が重なる。


「我が国の狂犬病感染者のほとんどに抗毒素が投与され、感染していない者達ほぼ全員にワクチンの接種が完了した。」

「え?」

「お前が休んでいる間に、お前の弟子たちと騎士団がよく動いてくれたお蔭だ。ワクチンも国内で十分な量を生産できるようになった。もう感染の拡大は阻止できたといっても過言ではないだろう。それに、狂暴化した者たちも元に戻っているという報告も入っている。」


コウカ王の言葉にそばにいた、クエルト叔父様、テオ隊長、ワイズ、ポイズ、エーデルの顔を見る。皆、優しい笑みでわたしに頷いてくれた。

これで民は救われる…。ワクチンや抗毒素があるから、変異株や特異体ができてもイスラ王国の薬師たちなら十分に対応できるはず。

「…よかった…。」思わず言葉が漏れた。


「アヤメのおかげだ。」

「…いえ、私は何も」

「アヤメが片腕を失ってもなお、我が民の為に抗毒素を投与し続けたと聞いた。その献身的な姿が、ここにいる者たちの心を動かし今回の結果につながったのだ。」

「…陛下…?」


おもむろにコウカ王は立ち上がるとその場に膝をついた。


「何を!!?」


驚愕し慌てる私をよそに、コウカ王に倣うようにしてイズミ様、ユザキ様が跪く。


「インゼル王国。ア―ルツト侯爵令嬢アヤメ・アールツト殿。この度の我が国への支援、並びに民への献身に心から感謝する。」


コウカ王はそのまま私の左手を取ると、ゆっくりと指先に口付けた。湿った感触と熱い吐息が電流の様に一気に私の体を駆け巡る。


…指先への口付けは「褒賞」だ。


「この度のアールツト侯爵家の…貴女の献身は一生忘れない。もし窮地が迫りしときは同じ分だけの献身を返すことをイスラ王国120代国王コウカ・イスラゲロの名に誓おう。」


戸惑いと驚きに身動きが取れない私に向けられた白銀の瞳の瞳孔がキュッと狭まった。


「お前を信じてよかった。」

「!!!!!」


その言葉が固まっていた私の体をとかしていく。ゆっくりと私の手を元の場所に戻したコウカ王は柔らかにほほ笑んでいた。


『我が民を救ってくれ』

『お前を信じる』


国を想い民を思うコウカ王から託された言葉。自分では全くうまくできたような実感はないけれど…。コウカ王の笑みを見ていると、これでよかった…約束を守れた。そう思うことができた。


「…ありがとうございます。」


私もつられて笑顔で返すとコウカ王は満足したように頷いて椅子に再び腰を下ろした。


「それに、お前が休んでいる間に色々判ったことがある。」


そして、私はコウカ王から私が知らなかった真実を聞くことになった。

コウカ王の口から語られた真実に開いた口がふさがらなった。

あの子供たちは…幽霊だったの…?抱きしめた時の感触や臭いは本当に生きているみたいだったのに…。

間に合わなかった…。ズキンッと心が痛む。


「母ちゃんは…治る?」

「放せよっ…!俺は、これくらいじゃ負けないんだ。ショウも母ちゃんも、村も全部、ギンとサギと三人で守れるくらい強くなるんだ!!」


あの子たちはどんな思いで死んでいったのか…。それを考えると胸が張り裂けそう。けがをした右腕よりも心が痛い。医者として命を救えたと思っていたのに

誰も救えなかった。

間に合わなかった。

遅かった。

悔しくて悲しくて…視界がぼやける。そっと慰めるようにユザキ様の尻尾が背中をさすってくれる。そのままクイッと私の上体を自分の胸に寄せてくれた。服越しに伝わるユザキ様の体温とお日様の香りが優しくて…。瞼から落ちる涙を隠すようにそっと顔を伏せた。


「アヤメはよくやった。子供たちは最後にアヤメに会えて、幸せだったはずだ。」

「…っ…。」

「神の身元できっとみんな仲良くやっているだろう。…だから、悲しむのではなく安らかな眠りを祈ろう。」

「…はい。」


振ってくるユザキ様の言葉は優しさと悲しさの中に強さがあった。

きっとみんな幸せに…。そう思えば、浮かんでくる兄弟の顔は笑顔ばかりだった。

どうか、幸せに。皆で仲良くね。

ユザキ様の胸の中で私はそっと祈った。




そして、話は続く。

黒髪の魔法使いは、10年以上前にインゼル王国で死亡したことになっていた闇魔法の使役者。で人間と獣人の混血児。さらには、母親が狐の獣人で本人も混血児でありながら獣化できる可能性があるという事だった。そして、黒髪の魔法使いをイスラ王国へ招き入れ、私たちの襲撃と私の暗殺の手引きをした猿獣人の大臣はすでにイズミ様の手によってとらえられ取り調べ中とのことだ。


さらに驚いたのは、オッド騎士団長までイスラ王国に来ていたこと。

理由を尋ねると


「国王陛下より勅命を受けた。アールツト侯爵家の人間が襲撃など万が一にもあってはならない事。私を筆頭に先行部隊を組んでイスラ王国へ入国した。アヤメ嬢が帰国する際は2番隊の編成部隊が護衛としてインゼル王国より派遣される手はずになっている。」


と真顔で言われてしまえば、ただでさえ強面の騎士団長に言い返す勇気などはない。まるで、王族の護衛みたいだと思いながらも私はただ礼を伝えることしかできなかった。


「黒髪の魔法使いについては、わが軍でも総力を挙げて探している。もう、国外へ逃亡している可能性もあるが…。いずれにせよ、引き続き護衛としてユザキ将軍をつけるので安心しろ。インゼル騎士団もアヤメを守ってくれるだろうから、今は腕を治す事だけ考えろよ。」

「かしこまりました。何から何まで…ありがとうございます。」

「かまわない。アヤメにはそれだけの価値がある。お前はイスラ王国にとってもインゼル王国にとっても今や重要な存在だ。」


ワシッと大きな獅子の手が私の頭を撫でた。その力強さに首がガクガク揺れるのを見て、イズミ様が慌てて止めてくれた。…うん。頭がくらくらする。


…私が重要な存在。アールツト侯爵家の落ちこぼれ令嬢と世間で呼ばれている私が…?今回だって大したことはしていないし、結局騎士団やコウカ王に迷惑をかけているのに…?

私…少しは認められた?


まだ、黒髪の魔法使いの問題も残っているし、復興には時間がかかるけど、『認められた』そう思うと心が温かくて。嬉しくて。今はもう少しだけ、この温かさを感じていたいと思えた。


「ゆっくり休め。」そう言ってコウカ王は椅子から立ち上がった。いち早くイズミ様がドアを開ける。


「フェルは私にとって姉のような存在だった。その娘のお前がこの国を救ってくれたことを嬉しく思う。」


最後に笑ったコウカ王は、ただの青年の様に無邪気な笑みを浮かべ部屋から出て行った。初めて見たその表情に目を奪われ、コウカ王が去った後のドアを見ていると続くようにイズミ様が一礼して部屋を出ていった。




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