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42.侯爵令嬢とイスラ王国-9

翌日、再びコウカ王の前に前日のメンバーが集まった。

それぞれの資料を抱えて円卓を囲むように席に着く。


「さて、まずは私から話そう。陰からの報告によると、調査団含め村にいた()()()()()が確認された。」

「!?」

「なんとっ!」

「…っ!」


コウカ王の言葉に全員が息を詰める。


「調査団と駐屯していた軍人、薬師たちはすべて心臓をくり抜かれた状態で、村のご神木につるされていた。アヤメたちが治療した感染者、および森の中で発見された獣人の遺体はすべて白骨化した状態で村の広場に積み上げられていたそうだ。さらに、アヤメたちが見たと言っていた子供たちと老婆だが、村の屋敷の中で4人寄り添うようにして半分白骨化した状態で発見された。遺体の状態から死後約1か月以上は経過しているとのことだ。…ちなみに、狐の獣人の遺体は発見されていない。」

「…では私たちが会った子供たちは…?」


信じられないといわんばかりに目を皿のようにしてコウカ王を見たユザキの口からポロリとこぼれた言葉に隣にいたクエルトが同意するように頷いた。


「…わからん。何らかの術かもしれん…あるいは…死してなお家族を助けたい願う強い気持ちがお前たちを呼んだのかもしれんな。…なんにせよ、これは十分な対応をしきれなかった私の失態だ。」

「陛下…。」


悔し気に牙をかみしめるコウカ王の姿にイズミが眉を寄せた。


「今怪しいのは狐の老人と子供だ。陰の話では、村の周囲をくまなく探しても気配はなく、体毛一本落ちていなかったそうだからな。もはや、実在していたのかも怪しい。もしくは…獣人の皮をかぶった黒髪の魔法使い…か?」

「獣人の振りなど、本物の獣人が見ればすぐに見破れます。私も私の部下たちも狐の子供と老人に不審な部分は感じませんでした。」

「…そうか。だが、ユザキ将軍。先入観と思い込みは真実を見えにくくする。そのことを忘れるな。」


パシンッと床に尻尾を叩き付け、睨むような鋭い視線を向けるコウカ王にユザキはハッとしたように首を垂れ、短く返事をした。


「私からの報告は以上だ。隊長達と将軍はどうだ?」

「はっ。私たち騎士団のほうでは特に村人や子供たちに怪しい点は感じなかったという事です。ただ、同行していたアヤメ嬢のアルゲンタビウス達はしきりに村を警戒していた様子があったと報告を受けました。」


テオが答えると今度はユザキが口を開いた。


「私の部隊では村人に対する異常は確認されていません。」

「そうか…。ご苦労だった。次はイズミ。」

「はい。私のほうは村に駐屯していた軍人と薬師を調べなおしました。薬師は辺境の村の出身で孤児だったようです。また、薬師は幼い頃に大病を患いその後遺症でしゃべれなくなっていたと記録にはあります。軍人の二人は兄弟でオウメ大臣のご子息でした。」

「大臣の息子が村の警備など…。よくあのサルが許したものだな。」

「オウメ大臣のご子息とは言いましても、5男と6男ですから扱いは雑にもなりましょう。」

「失礼ながら、オウメ大臣のご子息は先日入軍をしたばかりのはずです。まだ新人の扱いで、二人だけの護衛任務など命令が下るはずがありません。」


コウカ王とイズミの会話にユザキが口をはさむ。

将軍という高い地位にいるユザキは軍の内部には精通しているはずだったが、新人二人に護衛警備など初耳だった。しかも二人の直属の上官からは何の報告も受けていない。


「その件ですが…ユザキ将軍のもとに報告が上がらないように、どうやらオウメ大臣が2人の上官へ根回しをしたようです。…感染症が起こる前日に。」

「それはっ!!」

「ええ…。恐らく、オウメ大臣はあの村で感染症が起こることを知っていたのでしょう。そして、我々へ報告がいかないように、自分の息子と口のきけない薬師を村に駐屯させた。」


イズミの白鷲の顔が少しだけ悲しげに歪む。


「オウメ大臣ならアヤメが今回の感染症を見破りワクチンを開発したことを知っていますからね。後は、大都市部を回ったアヤメに『感染症の始まりの村』の情報を流し誘導すればいい。そして、そこに幼い子どもを置いておけば…あの子の性格上…放っておくことはできないでしょう…。」

「くそっ!」


イズミの言葉にユザキが拳を自分の太ももに叩きつけた。

自分が気付いていれば!もっと軍内部へ注意を向けていれば!

次々とユザキの中に後悔の波が押し寄せ打ち付ける。


「それで、くだんのサルはどこにいる?」


その一言に、その場の空気グンッと氷点下まで落ちた。背筋が震え凍えるほどの冷気に満ちたコウカ王の声に思わず肩を揺らす。


「オウメ大臣なら、私の管理下のもと()()()()()()()()させていいただいております。もちろん、ご家族、使用人の方々もご一緒に。」


凍り付いた空気に場違いなほど明るく言うイズミにコウカ王は獅子の顔に似合った狂暴な笑みを見せる。


「そうか。では後ほど私も邪魔させてもらおう。ちょうどサルにききたいことが出来たのでな。」

「承知いたしました。後ほどご案内いたします。」


恭しく首を垂れるイズミはさらに手元の書類に視線を落とす。


「黒髪の魔法使いの消息や入国の経緯を調べました、やはりめぼしいものは見つかりませんでした。オウメ大臣が隠ぺいした可能性は捨てきれませんがインゼル王国のほかオースラフ王国、ネーソス帝国の者たちの出入りもありますので、黒髪という情報だけでは絞り込めません。」

「そうか。オッド騎士団長、報告を。」

「はっ。過去に死亡したとされる、闇魔法の使役者を詳しく調べたところ、死亡したのは15年前。死亡原因は長年の親の虐待による衰弱死とされています。しかし、確実な死亡の証拠は出てきませんでした。墓はおろか死亡診断書や死亡を確認した人間の存在すら記録にはありませんでした。ただ、当時同居していた両親は殺害されており…遺体には人間が食した痕跡があったようです。また、収容施設への護送を担当した国の職員も殺害され遺体で発見されています。こちらは、心臓、眼球、耳が綺麗に切り取られていたと。…村で発見された()()()()()()()の件と類似しています。」

「…その者の名前と特徴はわかるか?」

「はい。名前はカタール・クオン。人間と獣人の混血児です。髪の色や瞳の色までは記録にありませんでしたが…母親は狐の獣人で名はモエイ・ナカールです。」

「イズミ。すぐに調べろ。」

「承知いたしました。」


イズミは弾かれたように部屋を出て行った。それを見送りながらコウカ王は満足そうに優雅にカップを手に取って傾ける。


「やっと…面白くなってきたな。」


その言葉に同意するように騎士団長がにやりと口元を上げると、他の騎士と将軍も頷いた。








ぼんやりと意識が覚醒する。

相変わらず、右腕は痛いけど記憶にある痛みよりだいぶ楽になった。頭もボーっとしているが熱があるようには感じられない。


「…アヤメ?」


ふと囁くような声がして視線を動かす。その先には心配そうに私を見つめるクエルト叔父様の姿があった。


「…エル…叔父様…。」


思ったように声が出ず思わず顔をしかめる。だいぶ喉が渇いたような気がする。


「そうだ。…腕は再生したぞ。よく頑張ったな。」


叔父様に言われて右腕を意識すると、まだ痛むが確かに指先までの感覚がある。そうか。治癒魔法で腕を再生したのか…。あんなにひどい傷だったのに…ちゃんと再生できるなんて、やっぱり魔法はすごいな。


「すこし、水を飲もう。食欲があるなら何か食べたほうがいい。」

「他の…は無事…すか…?テ…隊長の処…は?」

「大丈夫だ。みんな無事だ。テオの関しての処分は無い。兄上とアヤメの嘆願があったからな…騎士団長が今朝正式にテオに告げていた。…良かったな。」

「ふっ…う…。」


叔父様の言葉を聞いて、安堵すると自然に涙があふれた。

良かった。皆が無事でよかった…。テオ隊長の最後にみた切なげな表情が浮かび、さらに涙腺を刺激する。私がケガをしたせいでテオ隊長が罰を受けなくてよかった。体を支えて水を飲ませてくれたクエルト叔父様の大きな手がそっと撫でる。


「お前は本当に…。そんなにテオが心配なら直接顔を見るか?」

「…え?」


叔父様の言葉を理解する前に叔父様の横に、深い藍色の髪が見えた。


「…アヤメ嬢…。」


漆黒の瞳はまっすぐ私に向けられ、いつもの無表情とは違うあの時と同じ切なげな表情が浮かんでいる。


「テオ隊長、助けていただいてありがとうござ…いまし…た。心配を…かけして…すいません。」

「無理してしゃべらなくていい。私のほうこそ守り切れずに申し訳なかった。次こそは…」


テオ隊長が話している途中だったが、その漆黒の瞳から今にも涙が溢れそうで…。思わず包帯に包まれた右手を伸ばしていた。痛みが響くが、それよりも深く傷ついたテオ隊長に『大丈夫。もう心配しないで。』そう伝えたかった。


「アヤメ嬢…!?」


テオ隊長は気が付いたように顔を私に寄せてくれる。そのことでやっと彼の顔に触れることができた。触れる瞬間、テオ隊長がビクリッと体を揺らした。


「私は大丈夫です。も…心配しないでく…さい。テオ隊長は悪くな…です…ら。」


言葉を声にできないことに苛立ったが、私の言葉を聞いたテオ隊長の目がみるみる大きくなり、フルフルと震えだす。そして、じわりと瞼から涙がこぼれて私の包帯にシミを作った。その熱さが酷く指先に痛んだが、手をどけようとは思わなかった。


「…アヤメっ無事でよかった…。次は必ず守るっ…!」


こぼれる涙をぬぐうこともせず、そっと私の手に大きな手を重ねて言うテオ隊長にゆっくりとほほ笑んだ。テオ隊長は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにクシャッと綺麗な顔を歪めた。


ああ、この人は本当はこんな風に表情が豊かなんだ。初めてみたその姿に頬に添えた手に力がこもる。

彼に伝えなくちゃ。

こんなにも苦しんで、悲しんでる。


もう十分守ってもらいましたよ。

テオ隊長がいなければ私は半身を失っていた。

テオ隊長がいなければ最後まで止血はできなかった。

テオ隊長がいなければいつまでも現場に残り作業を続け、出血多量で死んでいたかもしれない。


告げる言葉はたくさん浮かんでくるのに再び瞼が重くなってきて、言葉にすることができなかった。


「…アヤメ…ゆっくり休んでくれ。」


最後に聞こえたテオ隊長の言葉はあの日の森で聞いた時よりも、明るくて、温かくて…。私の言いたいことが伝わったのだと判り安心したところで、再び私は眠りに落ちた。



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