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39.侯爵令嬢とイスラ王国-6

*この物語はフィクションです。登場する、医療記述、医学、薬学はすべて作者の想像であり、実在する物とは一切関係ありませんのでご注意ください。

*流血表現あり。





「アヤメ嬢!?」




テオ隊長の腕の中、火柱が私たちを囲った。テオ隊長がシールドをはってくれたようだ。頭上ではアルが私たちを守るように獣を攻撃している。




「うっ!…がっあっ!!」




あああああああああああああああああああああああああああああああああ!


痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!

熱い!熱い!

痛いっ!!


うぁあああぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁ!!




声にならないくらいの痛みと、体を焼かれるような熱さが全身をかけめぐる。足に力が入らず、うまくバランスをとっていられない私はずるずると地面に尻を付けた。




「アヤメ嬢!しっかりしろっ?!今すぐ、クエルト殿に…っ。」




私を抱き寄せながら、叔父様を呼ぼうとしたテオ隊長の袖を力なく掴んで首を横に振る。それだけでも全身に激痛が走るが、それでも声を振り絞った。


「今…私たちは押さ…れています。この…況で私の為に叔父様を戦線…ら外すこ…はできない。」

「しかしっ!!」


うまく言葉が繋げなかった。でもテオ隊長の悔し気な顔を見ればちゃんと伝わったのだろう。それを確信して、激しい痛みに意識を飛ばしそうになりながら爆散した腕を確認する。右腕は肘から先が無く、傷口からは皮が垂れ伸び、ボタボタとおびただしい血液を落としていた。

…まずいな、…出血が多い…。


緩慢な動きで激痛に耐えながら、肩に下げていた医療バックに手をのばす。それを見ていたテオ隊長が、驚愕の声を上げた。




「何をする気だっ?!」

「止血…を…。」

「!!、なっ!?」




踊りて息をつめたテオ隊長を横目に、医療バッグから大量に重ねられた分厚いガーゼの束を取り出す。まずが傷口を…そう思い、左手でそれを持ち傷口に当てようとしたが激しい痛みと震えでうまく持ち上がらない。

くそっ…なんでっ!思い通りに体を動かすことができない歯がゆさと、腕を失ってしまった失望感と、激しい痛みに思わず歯を食いしばる。

私はイスラの民を救うためにここに来たんだ。狂犬病を止めるためにここにいる。狂暴化した獣人たちも苦しんでいる。待っている家族も苦しんでいる。それに比べたら、こんなこと……どうってことない!!!!!



こんなところで、皆の足手まといになってたまるか……っ!!



カッと目を見開き痛みに震えるだけだった体に力を入れ、何とか腕を持ち上げ傷口に当てグッと強く押し付けると痛みが津波の様に襲ってくる。それでも私は、手を止めようとは思わなかった。

ズキン、ズキン、ズキン、ズキン…。

まるで鼓動の様に、体中が痛みを訴えている。

しかし、その全てをすべてを無視して、再度医療バックからゴム製のカバーを取り出し、傷口に当てたガーゼごと傷を覆うようにかぶせ、医療バックについている止血帯を引き抜き肘の上をきつく縛った。痛みで手が震えるせいで止血帯の金具が上手く固定できなくて戸惑っていると、大きな手が伸びてきて金具を止めてくれた。そのまま手の先を見ると漆黒の瞳と視線が合い、テオ隊長はいささか不機嫌そうにしながら止血を終えた私の腕にそっと手を置いた。


「あ、あの…。」

「君のしたいようにして構わない。だが、すべてが終わったら私の言うことを聞いてもらう。」

「…はい。」


絶対零度の声と射貫くような鋭い視線で言うテオ隊長に反射的に返事を返す。すると、それに満足したかのように一度頷いたテオ隊長は医療バックを私の肩から下し目の前に置いてくれた。


「指示を。」


テオ隊長の言葉に私は途切れ途切れながら、麻酔薬を使って獣人たちを眠らせる方法を提案する。すると、イスラに来てから何度もこの方法を見ていたテオ隊長はすぐさま行動を起こしてくれた。


医療バッグから、麻酔薬を取り出し気化すると近くにいた3番隊の騎士に声をかけ麻酔薬を狂暴化した獣たちに吸引させていった。他の騎士やユザキ様たちも私の作戦に気が付いたようでみんな鼻と口を覆い一歩獣から下がる。一頭、また一頭と獣たちは地面に倒れていった。その光景を見て騎士たちから安堵の息がこぼれ始めていた。

それを確認して、私はテオ隊長に支えられながら、何とか自分の足で立ちゆっくりと歩みを進める。まだ強い痛みはあるが奥歯をかみしめて耐える。今ここで、私が倒れるわけには行けない。まだ、やるべきことがあるのだから。グッと力を入れて痛みに震えながら背筋を伸ばせば、励ますようにテオ隊長の大きな手が背中を支えてくれた。

少し歩けば、右腕に気が付いた叔父様やユザキ様が慌てて血相を変えて、こちらに駆けてきた。




「アヤメ!!?腕がっ?!!」

「なっ…んだ、…っこれは!!つっ…説明しろテオっ!!!」




驚くユザキ様に激高するクエルト叔父様に周りの騎士やイスラの軍人たちも私の異常に気がついたようで、わらわらとこちらに集まっていた。それを見たテオ隊長が、騎士たちに体系の保持と安全確認の指示を出し、クエルト叔父様に深々と頭を下げた。


「クエルト隊長、アヤメ嬢を守れなかった罰は後ほどうけます。ただ、今は、どうか今だけは…アヤメ嬢の話を聞いてさし下げてください。」


私の為に頭を下げてくれるテオ隊長の姿から視線が外せなかった。テオ隊長は先ほどから、私のことを心配しているにもかかわらず、すべて私の意思を尊重して好きなようにやらせてくれる。

なんで…そこまで、私の味方でいてくれるの…?


「…私が聞きたいのはアヤメの怪我の経緯と容体だ。お前の件は後ほど団長に指示を仰ごう。」


クエルト叔父様の静かな声にテオ隊長が短く返事をして姿勢を戻す。

テオ隊長が罰せられる?私がけがをしたから?

そう考えた瞬間、ぐわんっ!と頭が回った。…だめだ。今はそれを考えちゃいけない。先ほどよりもだいぶ酷くなった痛みを我慢し、なるべく平気に見えるように、声を切らさないように注意して説明する。


「獣と戦っているときに蛾が飛んできました。その蛾に気を取られて。テオ隊長がかばってくれなかったら、きっと私の半分は消えていたと思います。」

「なんだとっ!!その蛾は魔法か?敵はっ!?」

「私の方で魔力感知をしましたが、この広場周辺からは何も感じません。念のため、一番隊の騎士に周辺警戒を行わせています。」


テオ隊長が答えれば、叔父様は小さく頷いた。


「叔父様、アルに抗毒素が積んであります。それをこの人たちに投与しましょう。…私は大丈夫ですから。」

「だがっ…!」

「叔父様…私は医者です。苦しむ人を見て黙っていることなどできません。この獣人たちにも待っている家族がいます。その為にも、一刻でも早く治療をしてあげたい。…お願いします。」


頭を下げたとき激しい頭痛と目眩に襲われたが、それでもお腹に力を入れて堪える。腕はじんじん痛み、少し寒い気もする。少しでも気を抜けば今にも意識を飛ばしそうだ。


…それでも、ここで倒れるわけにはいかない。


私は、




『医者』だ。




十分な間を置いた後、叔父様が重々しく告げた。


「…わかった。すぐに投与しよう。その代わり、終わったら有無を言わさずその腕の治療をするからな。」


叔父様に短く返事をすば、それを聞いていた周りの騎士やイスラの軍人が驚愕する。それでも、その雰囲気を気にするくことなく、クエルト叔父様は指示を飛ばして、テオ隊長は私の医療バッグを肩にかけて体を支え続けてくれた。アルのもとへ走っていく叔父様を0番隊が追いかけ、私もゆっくり歩みを進めた。

さぁ、私たちの戦いは…ここからだ。



それから、地面に倒れている獣たちに抗毒素を投与していく。左手とビニールで保護した右ひじを使って注射をするのは思いのほか苦労はなかった。左手で注射を打つのは前世で経験があったのが役に立った。体を少しでも動かせば激痛が走るが、目の前の患者の顔を見ると我慢できる。


私の周囲にいた最後の獣に注射を終え最終確認をしようとした時、ふわり。と体が浮いた。


…え?!


痛みも吹っ飛ぶほど驚いて、上を見ればテオ隊長が私を抱き上げていた。

「テオ隊長!?え?あの、下ろして、くださいっ!」

羞恥と驚きで身をよじるが、直後に鋭い視線が降ってきた。


「騒ぐな。動くな。傷に触る。…君のやりたいことはすべてやり遂げたようなので、次は私の言うことを聞いてもらう。」


私に向けた視線をそのままに無表情で言うなり、ずんずんとテオ隊長は大股で進んでいき既にアルの上で準備を整えていたクエルト叔父様に私をそっと引き渡した。




「テオ隊長…。」


「よくやった。…ゆっくり休んでくれ。」




そっとテオ隊長の手が私の頬に触れる。

無表情で固められた顔の中、漆黒の瞳が切なげに揺れていた。それはほんの一瞬の出来事だったのに、痛みを忘れて胸がドキンっと跳ねた。それでも私は何も言えないまま、クエルト叔父様の腕の中に納まる。我慢していた痛みがまた体を蝕み始めた。




「お待たせしました…お願いします。」

「わかった。詳しい話は城で聞かせてもらおう。後は頼んだぞ。」

「はっ、承知しました。…お気をつけて。」


何かを言おうとしたテオ隊長は思い直したように口を閉じて、視線を食えるお叔父様から私に移した。テオ隊長が安心できるように何とか笑顔を作るが、それを見たテオ隊長が眉を寄せた。

怒らせてしまったかしら…?そう思ったが、もう笑顔を作る力は残っていなかったようで、ゆっくりと瞼が重くなっていく。

アルが飛び立ち、我慢していた痛みがまた体を蝕み始めた。

私はそのままゆっくりと意識を手放した。

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