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3.侯爵令嬢と初めての手術

*この物語はフィクションです。登場する医療記述および、医学、薬学に関する記載はすべて作者の想像によるものであり、実在する物とは異なりますのでご注意ください。

アヤメ・アールツト 8歳


がこんっ!!


急に窓に何かが当たった音がして、侍女のアリスと一緒に窓辺に駆け寄る。


「これは…。」

「!…アルゲンタビウスの子供!?」


窓辺にはくすんだ灰色と茶色の毛並みの鳥が倒れていた。大型の成犬のような大きさだったが、鋭いくちばしと大きな爪のついた足から、アルゲンタビウスという超大型鳥類の一種だと判断できた。アルゲンタビウスは山岳地帯や寒冷地に多く生息し、肉食で獰猛なため危険生物として有名だった。成体になると体も大きくなり、開翼の長さは7メートルにもなる。

アールツト侯爵家のある市街地で見ることなんてありえないはずだ。


…息はある!?ぐったりとして羽も濡れ切っているが、微かに腹部が上下している。まだ、助けられるかもしれない。


「お嬢様、すぐに警備の者を呼んで参りますのでお近づきになりませんように。」


思わずアルゲンタビウスに手を伸ばそうとしていた私をさえぎるように、アリスが私の前に立った。


「アリス、この子は怪我をしているわ。」

「ですが、アルゲンタビウスは気性が荒く、危険です。」

「でも、怪我をしていて辛そうよ。」

「判っておりますが、私にはお嬢様を守る義務がございます。」

「…私は怪我をしている者を見過ごせない。たとえ、それが人ならざるものでも救える命があるなら、救いたいの。」

「お嬢様…。」

「私は魔力がほとんどないわ。でも、それでも、救える命は救いたい!」


中身は35歳でも他は8歳児の私は、気が付けば瞼に涙をためていた。子供はやっぱり感情的になりやすいな。なんて他人事のように感じながら、アリスの答えを待った。

やがて、しばらく考えたアリスがそっと私に道を開けた。


「さすがはアールツト侯爵家のお嬢様です。私の負けですね。」


眉をㇵの字にしながらもほほ笑んでくれるアリスに私は礼を言うとすぐにアルゲンタビウスに駆け寄った。

テラスに続く窓を開けてアルゲンタビウスを観察する。よかった、まだ微かに息はある。外傷を確認しようとそっと翼に触れると「ギャイーッ!」と苦し気にアルゲンタビウスが鳴いた。


「お嬢様!?」

「大丈夫。すぐに大きな布を用意して。この子をお父様のところまで運びます。」


心配そうに見守るアリスに指示を出し、私は再びアルゲンタビウスに目を移した。アルゲンタビウスは先ほど声を上げたことで意識が覚醒したのかこちらを威嚇するように睨み、嘴をカチカチと鳴らして警告してくる。


「ごめんね。痛いことして。でも、私はあなたの怪我を治したいの。大丈夫、怖くないわ。」


なだめるように、そっと声をかけゆっくりと手をアルゲンタビウスに近づける。その瞬間、がぶっ!と大きな嘴が私の手を噛んだ。さらに鋭くにらむアルゲンタビウスに私は痛みをこらえながら、それでも声をかけた。


「っつ!…怖いよね?いきなり体触られるのはいやだよね?でも、ごめんね。私はあなたを治したい。だから、体に触らせてほしいの。」


鋭くにらみつけるアルゲンタビウスの眼をしっかりと見つめて、かまれた手をそのままに少しの時間が流れた。すると、ゆっくりとアルゲンタビウスが私の手を離した。そのハシバミ色の瞳には先ほどまでの怒りや、恐怖はなく。ただじっ…と私を見つめていた。


「ありがとう。」


お礼を言ってそのまま、そっと翼に触れる。ビクッとアルゲンタビウスは震えたが、そのまま抵抗もなく私の思うままに触れさせてくれた。余り痛まないように注意しながら、アルゲンタビウスの体を触診していく。動物は専門外だけど、右翼の骨折と腹部の損傷がわかった。雨で濡れていたため、判りずらいが羽から滴り落ちる雨水と一緒に血液が滲んでいる。


「お嬢様。布をお持ちしました。」

「ありがとう。」


アリスから布を受け取ると、そのままそっと包んで傷に触らない様に持ち上げた…つもりだったけど重いし大きいし、私一人では動かすことが難しい。どうしようかと思ったとき、ふわりとアルゲンタビウスが軽くなった。見ればアリスが恐る恐るアルゲンタビウスを抱えてくれた。


「これでよろしいでしょうか?…旦那様には遣いを出しています。診察室へ来るようにとのことでした。」

「ありがとう、アリス。助かるわ。」

「いえ、お嬢様付きの侍女として出来る限りお仕えするのが私の仕事ですから。」


恐怖の中に、力強い笑みを浮かべたアリスに頷いて、私たちは診察室へと向かった。



アールツト侯爵家の屋敷には独特な稼業ゆえに、他の貴族の屋敷にはない部屋や建物が設置されている。広大な敷地には薬草ハウスや農園、研究所、治療院を構えていたが、貴族や高貴なる人々の診察のために、屋敷内にも診察室なる部屋をいくつか用意していた。


「お父様!」


診察室に入ると、すでに白衣姿のお父様が待ち構えていた。


「アヤメ、その子がアルゲンタビウスだね。すぐに、診察台へ乗せなさい。」

「はい。」


診察台にアルゲンタビウスを乗せながらも私は先ほどの触診で判ったことを説明していく。


「まだ、触診だけですが、右翼の骨折と、腹部の損傷が見られます。腹部からは出血があり、量は分かりませんが傷の具合から見て内臓を傷つけている可能性があるかと思います。呼吸は落ち着いてはいますが、心音は微弱です。また、体温の低下も見られます。おそらくは雨で体が冷えたこと、出血が多いことが原因かと思います。」

「…それは…アヤメが全部診察したのかい?」

「はい。」

「そうか…。さすが、我が娘だ。では、アヤメ、お前がこの子を治療してみなさい。」

「え?」


お父様の言葉に驚き私は思わず声を上げた。

いままで、リンゴをはじめとした植物への治癒魔法は練習してきたが、生物に治癒魔法を施すのは初めてだ。それに、私の魔力は少ないから、この怪我を治すには多分魔力が足りない。それに、治癒魔法で必要な繊細な魔力コントロールもまだ自信を持ててはいない。不安の色をにじませた私にお父様は力強くほほ笑んだ。


「アヤメが自分にできることを考えて努力していると、フェルから聞いたよ。医師になるものに必要なのは、治癒魔法や医学や薬学の知識だけではない。目の前の患者の状況を的確に判断し必要な治療を迅速に行う行動力、なにより、助けたいと思う強い気持ちと尋常ではない努力が大切だ。アヤメは誰よりもその思いを強く持っていると私は知っているよ。」


お父様の言葉は私の心にドンっと響いた。

魔力が少なく、治癒魔法をほとんど使えない私だけど「一人でも多くの人を助けたい。」その気持ちだけは誰にも負けない。そう思えば、自然と力が抜けて、体に力がみなぎった。


「わかりました。やってみます。」


そういった私にお父様はしっかりとうなずいて、白衣を手渡してくれた。


「さぁ、お前の力を見せてみろ。」

「はい!」


白衣に腕を通す。前世では毎日身に着けていたそれは、この世界に転生してからほとんど着る機会はなかったが、元から私のものであったかのようにすんなりと体になじんだ。

そこからは、まるで前世に戻ったかのように自然に体が動いた。


「アリス、私の研究室から、麻酔薬をもってきて。」

「はい。」


アリスに指示を出し、薄手のゴム手袋をはめる。そして、横たわるアルゲンタビウスをそっと撫でる。


「これから、傷を治すからね。少しだけ我慢してね。」


そっと語り掛ければ、アルゲンタビウスは抵抗することなく瞼を閉じた。

そのまま、手をすらしてアルゲンタビウスの体にかざす。私の手がかすかに光り、アルゲンタビウスの体が透けた。


「これはっ!?」


お父様が驚くのも無理はない。今私がやってるのはアールツト一族でも誰もできない、私が生み出した魔法なのだから。


魔力が少ない私は、魔力を使い直接損傷部分を割り当て、損傷を治し再生することはできない。その代わり、少ない魔力で体を透視して幹部を確認することができるように練習した。前世でいうところの、エコーやレントゲンのようなものだが、この世界には前世のような高度な医療機械はほとんどない。その部分を少ない魔力でも補えるなら私にも十分戦う武器になる。まぁ、お父様たちはその医療機械の役割を全部無視して魔法で解決しちゃうんだけど…。


「やっぱり、内臓に亀裂か。右翼は…斜骨折。折れた骨は特に他の部分に刺さっている様子は確認できない。…他に損傷個所はなし。」


透視してみると、一部の内蔵に亀裂が走っているのと、右翼の一番太い骨が斜めに折れているのが確認できる。これは…内臓の亀裂は開腹して縫合することを予想していたけど、斜骨折も手術が必要かな…。


「お嬢様、お待たせいたしました。」

「ありがとう。そのままスプーン4杯分を気化してチューブにつないで持ってきて。」

「はい。」


アリスは私の指示通りに、部屋からもってきた薄黄色の液体を火魔法を使役し手際よく気化していく。そして気化した物が詰まったフラスコにチューブを指すと私に手渡す。

前世にアリスがいたら有能な看護師になっていただろう。


「これは?」

「これは私が考えて作りました。麻酔薬というものです。お母様とお兄様の立会いの下、治験は合格済みですのでご安心ください。液体ですが気化しても性能は落ちませんので、このままアルゲンタビウスの体へ吸入させて全身麻酔をかけます。その後開腹して、亀裂を縫合し、骨折部分も接合します。」

「なんと!そんなことが?!」

「私は魔力が少なくて、お父様やお兄様のような治療はできません。でも、お母様の薬学知識と、お父様の医療の知識を合わせて私なりに考えました。これが、私の治療法です。」


話しながら手を止めることなく、私はチューブの先にアルゲンタビウスのくちばしから鼻を覆える袋を付けてアルゲンタビウスの顔につけた。そのまま軽くひもで縛り固定する。最初は抵抗したが、撫でてやるとすぐにアルゲンタビウスはおとなしくなり、やがて、麻酔が効き始めぐったりと力なく横たわった。


お母様と相談して、お兄様と薬草を摘み、何度も失敗を繰り返してやっと出来上がった麻酔薬は、通常は液状だが、用途によって気化することも固体化することもでき、局所麻酔や全身麻酔にも使える優れものになった。また、鎮痛剤も今までのものよりも、効果と持続性があり、体に負担がないものを麻酔薬制作の失敗過程で偶然作り出すことに成功していた。


とはいっても、新薬を作り出すことに成功したのは、こういうのが欲しい、あんなことをしてみたい。と私が言うたびに、協力してくれたお母様とお兄様の力が大きい。いくら前世の記憶があっても、さすがに8歳児の私にはここまで上等なものを一人で作り出すことは不可能だったと思う。薬学の最高権威と将来有望な医師の卵は恐るべし。


「麻酔の量は推測した体重に合わせて調整しています。手術の進行に合わせて麻酔の深さを調節し、術後数十分で目覚めるようにと考えています。…アリス、メスを。」

「はい。」


アルゲンタビウスの麻酔が十分に効いたことを確認し、私はメスを手に取った。

ああ…この感触、久しぶり。だいぶ触れていなかったけど、こっそり練習はしていたし、淑女教室の裁縫の授業に合わせて、縫合もぬかりなく練習している。奇妙な縫い方をするから、教師には驚かれたけど。


臆することはない。たとえ死んでいたとしても、前世の記憶とともに体はしっかりと覚えている。今は、目の前の患者を救うのみ。

私はゆっくり深呼吸をしてメスを動かした。


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