34.侯爵令嬢とイスラ王国-1
第二部 イスラ王国編 スタートです
切り立った山々の間を行列が進んでいく。
先頭にはイスラ王国の国旗を掲げた、国の英雄黒将軍の部隊。そして、その後ろに荷馬車が三台続きそれを守るかの様にインゼル王国の国旗を掲げた騎士たちが20名ほど隊列を作っている。さらに、それと並走するかのように上空にはアルゲンタビウスが3羽飛行していた。
横一直線で3羽並んだアルゲンタビウスの真ん中。ひときわ大きなそれに乗るのは黒髪をなびかせた少女だった。
「…しっかし、アルも無茶したわよね。」
自分を乗せて飛ぶアルに一言返せば「クー」と機嫌よさそうな声が返ってくる。
今回のイスラ王への入国にあたって、アルは留守番させる予定だった。しかし、ワクチン開発の為しばらくアルを放置していたせいもあり、留守番と聞いたアルの不満が爆発してしまった。散々私に抗議して暴れまわった挙句、勝手にどこかへ飛び立ってしまい、家出?!と心配したのもつかの間、次の日には見慣れないアルゲンタビウスを2羽連れて戻ってきた。
そこから、アルの言葉がわかるユザキ様が通訳をしてくれた。
「なぜいつも僕は置いて行かれるの?主は僕を嫌いなの?役に立たないと思っているの?僕以外の馬に乗るなんて許せない。主の弟子たちも僕の部下に乗せてあげるから、お願い連れて行ってよ。良い子にするし役に立つよ。だから、お願いお願いお願い!」
まるで子供のような主張だった。そんなことを言われても連れていけないと説得をしようとしたが、
「連れて行ってくれないならもう主のところに帰ってこないし、乗せてあげない。ナデナデもさせてあげないし、一緒に遊んであげないんだから!」
とグギャグギャ泣き散らかされ
「…僕の事なんてどうでもいいんでしょ…。どうせ、僕なんて…。」
最終的にはバルコニーの隅でじめじめしだしたので、面倒くさくなって結局連れていくことにした。あのまま、キノコでも生やされたらたまったもんじゃない。甘やかしすぎてしまったかしら?っていうか所々上から目線なのは何故?
今回の入国にあたって私の護衛として騎士団から20名ほどの騎士がついてきてくれることになった。テオ隊長とクエルト叔父様を筆頭に0~4番隊で構成された騎士隊だ。
そしてさらに、今回はアールツト侯爵家の中で修行と勉学に励んでいたワイズ・ポイズ・エーデルも特別に私の医療補助者として同行している。
3人は私の小姓として屋敷で働く傍ら、お父様やお母様から医学と薬学を徹底的にたたき込まれた。さらに私からは前世の医療技術と知識を教え、お兄様からは細菌学と病理学を教えてもらっている。最近は治療院で行われる手術などにも参加させ、現場経験を積んでいるところだったので3人にも今回参加したことはいい勉強と経験になるだろうと思っている。
私とおそろいの医療バックを肩に下げ両隣に並ぶアルゲンタビウスに乗った3人は初めての外国での活動にわくわくと目を輝やかせていた。
「お嬢様、街が見えてきましたよ!」
「あれ、お城だよね?!」
「おい、観光に来たわけじゃ無いぞ。口を慎め。」
右隣のアルゲンタビウスに乗った、エーデルとポイズが声を上げ、左隣のアルゲンタビウスに乗ったワイズが2人を咎めた。
遠くのほうに街並みが広がり、その中心に大きな建物が見える。
イスラ王国の王都
インゼル王国が中世のヨーロッパの街並みだとしたら、イスラ王国は古代の中国時代の様な建物が多かった。中国の旧市街地のような建物が並び、軒下には赤い提灯が下げられている。建物の間には川が流れ、小舟が浮かび柳が揺れていた。
とてもきれいな街並み。だが、そこにいるはずの民は誰もいない。
店は軒並み閉ざされていて、民家の門には何重にもバリケードが施され、民家の窓には板が打ち付けられていた。静寂に包まれた街はどこか不気味で、あれだけはしゃいでいたポイズとエーデルも言葉を失っていた。
…お母様の話では活気があって皆いつも笑顔で、にぎやかなところだときいていたのに…。メインストリートだと思われる城門へ続く街道に落ちていた小さな靴が目について、ツキっと心が痛む。状況は思っていたよりも深刻なのかもしれない。まだ、王都まで感染は広がっていないと聞いていたけど…。
不安と焦りが込み上げ、思わずアルの手綱を握る手に力が入った。
ゴーストタウンと化した王都の中央部に王の住まう城は鎮座していた。
「将軍ユザキ・ミコリタだ。リンデル王国よりアールツト侯爵家令嬢並びに騎士団をお連れした。国王陛下に取次ぎを。」
ユザキ様に声をかけられたトカゲ獣人の門兵達は急いで城門を開ける。門兵の二足歩行のトカゲに目を奪われていれば、不躾な視線を感じたのか、爬虫類の目で鋭く睨まれて慌てて視線を外した。
…ダメよ…ダメダメ。ここは獣人の国なんだから。トカゲの獣人を見ただけで、触りたい衝動に気を取られていたら身がもたないわ。
気を取り直して、姿勢を正せば、頑丈で重厚な鉄製の城門がゆっくりと開いた。
城門を潜ると、門から居城へと続く広い庭は所狭しとカラフルなテントが並んでいた。
ユザキ様の話では、感染していない民を一時的に城内に避難させているとのことだった。王都の民の殆どが城内に避難しているとのことで、洗濯物が干されていたり、焚火には鍋がかけられていて生活の匂いがする。そして、時折聞こえる子供の笑い声がこの場の安心感を伝えていた。
城に向かい歩いていると、私たちの姿を見ようといつの間にか様々な動物の獣人たちが集まってきていた。
「ユザキ様―。」
「おかえりなさい、ユザキ様!」
「あ!人間だ!!」
「あの鳥は獣人じゃないの?」
わらわらと集まった大人の隙間から抜け出て、子供達がユザキ様の足元に集まる。ユザキ様はその一人一人に声をかけ頭を撫でていく。彼がこの国の民にどれほど慕われているのかその光景を見れば十分に伝ってくる。人間を見るのは初めてなのか、中には怖がって隠れる子供の獣人もいてその可愛さに密かに身悶えた。
この子たちを…この国の未来を守らなければいけない。
その光景を見て改めて強く思った。
ユザキ様に案内されるまま通された謁見の間で、緊張しながら教えられた口上を告げる。
「お初にお目もじ仕ります。インゼル王国、アールツト侯爵が娘アヤメ・アールツトと申します。」
今日はドレスではなく、騎士の制服を着用していたので騎士の礼を取る。一歩下がったところに控える、テオ隊長とクエルト叔父様も私に倣うように首をさげた。
「面を上げよ。」
数段高い玉座から響いたのは地を這うような低く思い声だった。思わず震えそうになる肩に力を入れて、不敬にあたらないように気を付けながら視線を上げた先にいたのは、豪奢な玉座に座っていたのは巨大な白獅子だった。白銀の瞳は鋭くこちらを見据え、豊かな鬣は王の威厳を表すかのようにその顔に華を添えている。
「イスラ王国国王コウカ・イスラゲロだ。此度のインゼル王国の協力感謝する。そして、インゼル王国の至宝、アールツト侯爵家の人間が我が国に赴いてくれたこと誠に嬉しく思う。」
「もったいないお言葉。恐悦至極に存じます。」
「さらに今回の感染症については、そなたが正体を突き止め、そなたの一族がワクチンと抗毒素なるものを開発したと聞いた。その尽力に心から感謝する。…聞けば、そなたはエンフェルメーラの娘とか?…ああ、その顔は確かに彼女の面影があるな。」
「…恐れいります。」
お母様!?まさか国王陛下とも知り合いだったの!?
聞いてないし!なんかめっちゃみられてますけどっ!!!だらだらと背中に嫌な汗がながれ、獣の瞳に見つめられた私の中の生存本能が危険信号を発信する。
「おやおや陛下、猛獣の顔でそんなに人間を見ては逃げられてしましまいますよ。」
厳粛な場にそぐわない明るい声が謁見の間に響いた。
「そうか?いや、それはすまない。」
「相手は人間。しかも女性です。王としての威厳も大切ですが、怖がらせることのほうが多いかと思いますので、陛下は普段どおりでよろしいかと。なんといっても彼女はあのフェルの娘ですから。」
「そうだな。そのほうが私も楽だ。アヤメ、そして騎士団の者たちよお前たちも楽にするがいい。」
突然砕けた話し方に変わったコウカ陛下は玉座にだらしなく座りなおした。その姿を唖然と見ていた私の前に白鷲のイズミ様が歩み寄り、両手を取る。鋭い爪のついた、大きな手は優しく私の両手を包み込んでくれた。
「アヤメ、ようこそイスラ王国へ。この度はワクチンと抗毒素の作成本当に感謝しています。」
「とんでもございません。まだ、完成しただけです。本当に喜ぶのは狂犬病を食い止め、苦しむイスラの民を救えた時です。」
「!!…ええ。そうですね。私も陛下も協力します。」
一瞬目を見開いたイズミ様は一拍遅れて、鷲の顔で柔らかく笑ってくれた。それに同じように笑顔を返しながら「ありがとうございます。よろしくお願いします。」と答えて強く頷いて見せた。
イズミ様はその後、テオ隊長、クエルト叔父様とも挨拶をかわし、国王陛下ともに謁見の間から応接室へ場所を変えた。
長方形の大きなテーブルを囲むように腰を下ろした私たち。コウカ王とイズミ様のほかにサメの獣人のアサノ大臣とヤギの獣人のシメナ宰相が加わった。
サメが尾びれで2足歩行とかどういう事?水が無いのに生きてるのは何故?そして、ヤギの宰相は肉食獣に囲まれているけど大丈夫なのかしら?その角ちょっと触らせてもらいたい。
せっかく、イズミ様がイスラの地図を出してきてくれたのに私の頭の中は獣人でいっぱいだった。