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29.黒豹

*ここから数話、ユザキ将軍の過去のお話が続きます。

6人兄弟の末っ子として生まれた俺は、体が小さくとても弱かった。他の兄弟たちがツヤツヤとした黒毛を纏い、強靭な躯体と鋭い牙を持つのに対し、俺はところどころ灰色が混ざる醜い毛皮で、強靭な肉体もなく牙も小さかった。


「ユザキー!鍛錬から逃げるな!!」


長男である一番上の兄はいつも俺に厳しかった。軍幹部としてほとんどを軍事館で過ごしめったに家に帰ることのなかった親父の代わりに、兄はいつもお袋や俺たちの面倒を見てくれた。


「いやだよー。イチ兄ちゃんすぐ怒るんだもんー。」

「うるさい!お前がすぐに痛いから嫌だと言って逃げるからだろうが!」


ボカっと落とされる鉄拳はいつもの事。痛みに尻尾が震えあがる。


「イチ兄、すぐに暴力はよくないって。ユザキはまだ小さいんだから、鞭ばかりでは可哀そうだよ。たまには飴もあげないとね。」


そう言っていつも、イチ兄ちゃんから庇ってくれるのは次男のジロ兄ちゃんだった。二人の兄は俺と歳が離れていることもあり、俺によく目をかけてくれた。俺は二人が大好きで憧れだった。

そして、二人は軍に入ることになった。

真新しい軍服を身にまとって誇らしげに胸を張る二人の姿はいつまでたっても忘れられず。気が付けば「俺も軍に入る!軍人になる!!」とおふくろに宣言していた。


他の兄弟たちはそんな俺を馬鹿にしたが、お袋と兄二人は応援してくれた。

兄たちのような軍人になって国の為に戦えるように。その思いが俺を動かしていた。

そこから毎日何時間も鍛錬に取り組んだ。たまに帰ってきた兄や親父とも手合わせして、何度も何度も吹っ飛ばされて、投げ倒されて、それでも俺は鍛錬をやめることはなかった。


そのうち、醜かった毛並みも真っ黒に生え変わり、兄たちのような強靭な肉体も、鋭い牙も身に着けることができた。

そして、俺の軍への入隊が決まった日の夜、それは珍しく帰宅した親父から告げられた。


「イチロウとジロウが殉職した。」


何を言っているのか…。

親父の言葉を俺の頭が理解できない…。いや、理解したくない…。


しんっ…と今までにぎやかだった部屋が静まり返る。


「…2人には会えますか?」


沈黙を破ったのはお袋だった。軍人の妻であり母であるお袋はこうなることに心のどこかで覚悟を決めていた様に、凪いだ瞳で親父を見つめていた。


「遺体は損傷が激しい…顔を認識するのも困難に近い。…お前達は見ないほうがいいだろう。」


親父は静かにそう告げると、お袋に二つの首飾りを手渡した。それは軍に入った時に渡されるネームプレートが付いた者だった。イチ兄ちゃんのは歪んで血痕がこびりついており、ジロ兄ちゃんのは半分削られて変色していた。

お袋はそれを両手でしっかりと胸に抱え込むと、そのまま膝から崩れ落ちた。そして、すぐにその肩が震えだす。声を漏らすこともなく、誰を責めるでもなく、お袋はただ肩を震わせて静かに涙をこぼしていた。

親父がそっとお袋に寄り添う。長い尻尾はしっかりとおふくろの背中に巻き付けて。

その瞬間、俺の視界が真っ赤に染まる。


「…誰がやったんだ?」

「ユザキ…?」

「誰が…二人を殺した?」

「お前っ…!?」


気が付けば俺は牙をむき出しに、目を真っ赤に染めて喉を鳴らし、親父を威嚇していた。はらわたが煮えくり返って、全身が燃えるように熱かった。体中の血が沸騰している。

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!

獣の本能が怒りに任せて衝動する。


「落ち着け。復讐をしても何の解決にはならない。個人的な恨みは捨てろ。お前は軍人になるのだろう?我々軍人は民を守るため、王を守るため、国を守るためにあらゆる理不尽、屈辱、怒りに耐えなくてはいけない時がある。その様に個人的な感情に揺さぶられていては軍人になるのは到底無理だ。」

「じゃあ俺は!軍人になんかならねぇ!!今すぐ兄ちゃんたちを殺した他奴を捕まえて同じめに合わせてやる!絶対に殺してやる!!」


つぎの瞬間、親父の拳が俺の頬を殴りとばした。まだ8歳の俺は親父の力になすすべなく物凄い音を立てて、その衝撃のままガラス窓を突き破り、庭に転がり出る。

そして、静かに歩み寄ってくる親父を呆然と見返した。


「お前のような弱い奴がそんなことできるわけがないだろう!誰よりも弱く甘えん坊のクソガキが!!!」


生まれて初めてこんなに言葉汚く親父に罵られた。軍人として厳格なイメージしか持ってなかった親父の意外な一面に驚き目を見張る。むき出しにされた牙はがっちりと何かをこらえるように噛みしめられている。その時、俺は気づいた。


親父が…泣いている。


金色の俺と同じ色の瞳から、静かに幾筋も涙が流れていく。


「イチロウとジロウは…死んだ。復讐をしても二人は還らない。」


吐き出すような静かな声だった。


「お前の悲しさも悔しさも怒りも、全部わかる。だが…今は耐えろ…そして、強くなれ。もう二度と母さんや兄弟たちを悲しませることのないように。」


親父がグッと俺の胸ぐらをつかんで引っ張り上げた。涙でぬれた顔がぐっと近づき牙を見せながら叫ぶ。


「…イチロウとジロウは仲間を守るために死んだ。…だからお前はっっ!!誰かを守って、自分も守れるくらい強くなれっ!!誰かのために犠牲になるな!守って死ぬことを誇りだなんて思うな!何が起きても、どんなことをしてでも、必ず生きろ!!軍人として死ぬことより、軍人としてすべてを守って生きることを大切にしろっ!」


一瞬、親父の顔がこらえきれないように悲しげに歪んだ。


「…自分の犠牲を…許すな…。」


親父の言葉を聞いた時、今まで体中を渦巻いていた憎悪や衝撃がスッと消えていった。そして、今まで怒りに消されていた悲しみが込み上げる。


「ふっ…ぐっ…!」


親父に見られるのは情けないと思いながらもあふれる涙をこらえることはできなかった。親父がそっと俺を立たせてその広い胸に抱き寄せた。


「二人を守れなくてすまなかった。」


本当に小さな声だった。消えそうなくらい小さな小さな囁きに近い声だった。それでも耳のいい獣人の俺たちには十分に聞こえる。もう一度小さく、親父がつぶやいた。俺は、そんな親父の背中に腕を回し力いっぱい抱きしめた。


「もういい。…親父は悪くない。だれも悪くない。…俺はもっと強くなって…今度は親父も守ってやる。そして、必ずお袋のところへ帰ってくる。」


俺の言葉に親父が一瞬息をつめたのが判った。それからゆっくり震える両手が俺の背中を強く抱きしめた。

何も言わなかった親父の精一杯の返事に俺は心の中で改めて誓う。


民も、国も、王も、親父も家族も全部…守る。

全部守れるくらい強くなる。

誰よりも何よりも強くなる。体も心も強くなって…絶対に生きて帰ってきて見せる。


そしてその翌日、俺は軍人になった。



軍人になってからは、鍛錬により一層の力を入れた。誰よりも強く。誰よりも気高く。すべてを守り導けるように。そして、鍛錬のほかにも、軍事、軍法、兵法などの勉学にも力を入れた。


10歳になった時、俺は戦場に立った。

同盟国で親交のあるリンデル王国の国境沿いに位置する街の攻防戦。

「誰一人として民の死を許すな。」

直属の上官からの言葉に俺の心は震えあがった。

そうだ。このために俺は鍛錬をしてきた。すべてを守るために、そして生きて帰るために。守ってやる。民も仲間の兵もこの街も。


そこからは怒涛の一日が始まった。

倒しても倒しても流れ込む敵兵に何度も何度も剣を拳を振るった。しかし、多勢に無勢。数で押してくる敵兵に俺たちの部隊も一人、また一人と傷を負い数を減らしていく。


「…動ける奴は民を守りながら、この街を出ろ。明日にはリンデル王国の騎士団が来る。うまくいけば途中で会えるかもしれない。」


上官の言葉に俺は抗議した。完全縦社会の軍で上官に抗議など万死に値するがそれでも俺は黙っていることができなかった。

ここにいる半分以上が、重傷を負い一人で歩くことはできない。そんな奴らを残してここを出ることなどできない。

俺はあの時誓った。「兄二人の死」と「親父の涙」に誓ったんだ。


「全部…守る。」


そして、生きて帰る。


そこからは自分でもよく覚えていない。

上官を無視して、敵兵に飛び込み無我身中で体を動かした。ようやく辺りが明るくなったころ、俺はおびただしい数の屍の中に一人立っていた。

後ろを振り返れば、街に隠れていた民や、自分の隊の兵が、リンデル王国の騎士団に保護されているのが見える。


守れた…。


そう思えた瞬間、俺は獣の姿になって咆哮を上げた。

守れた!兄ちゃん!親父!

皆守れた!!

帰るぞ!お袋!!俺は生きて帰るぞ!!


何度も咆哮を上げながら俺は叫んだ。

これでやっと。

俺も本当の軍人になれた。

そう、心から思えた瞬間だった。



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― 新着の感想 ―
[一言] アヤメとテオ隊長・・ジレジレですね・・レヒトさまはほとんど出てこないのに婚約者候補なのでズルいです!ユザキさまは黒ヒョウなので人ならざる・・年齢の進みがきっと違うのですでに中年なのでは( ;…
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