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2.侯爵令嬢と新薬

アヤメ・アールツト 7歳

窓を打ち付ける雨と、風に揺れる木々の音がする。

今日は天気が悪く外で遊ぶことを断念した私は自室でお母様からもらった本を読んでいた。その本は薬草学の本で、子供が読むには難しい内容だったが、お母様がわかりやすいように書き込みで解説や図説を入れてくれたもので、とても読みやすく私のお気に入りだ。本格的に読み書きができるようになってから、私は医学や薬学の本を徹底的に読み漁り頭に叩き込んでいた。難しい内容の本は、お父様やお母様、お兄様へたずね師事を仰ぎ、前世の医療より発達していない今世の医療に前世の知識を盛り込んだ治療法を考えたり、製薬法を考えたり、実験を行ったりとどん欲に過ごしている。


「んー…。やっぱり麻酔薬がないのは痛いよね。」


薬草学の本と薬草辞典を開いた机の上に突っ伏した。

この世界には麻酔は存在しない。

治癒魔法は再生箇所を直接見ることが必須条件であり、内臓や直視できない部分の治療に関しては開腹や切開が必要なるが、その場合は魔法で患者を眠らせたり、幹部を麻痺させるので麻酔薬は使う必要がないからだ。しかし、魔力が少ない私は当然そんな魔法を使うことができないので、代わりとして考え出したのが前世でもなじみのある麻酔薬だった。

中毒性もなくて、効き目もあって…多用途に使える麻酔薬…。


欲しい…。

前世が外科医の私には麻酔薬は必須だ。


「たしか、昔の人が何とかアサガオって花を主成分に麻酔薬を作り出したって聞いた気がするけど…だめだ。思い出せない。」


麻酔科の専門医ではなかったし、医大の時に軽く触れた程度だからな…。


「アヤメ、入るよ?」


ノックの音とともに、お兄様がドアから顔をのぞかせた。

今年10歳になるお兄様は幼いながらも目鼻立ちが整った美少年になっていた。お兄様は、騎士団に仮入団して医療現場に実習に行くことが多くなり、今では軽い外傷程度なら治せるようになっていた。周りの大人たちは、歴代最高と言われているお父様の最年少記録をどんどん塗り替えるお兄様に、たくさんの賞賛と期待を寄せていた。しかし、お兄様はそれにおごることなく、日々研鑽を重ねている。最近は細胞学や病理学も本格的に先生について研究し始めている。

スーパーエリートな兄と落ちこぼれ妹…。気にしてもしょうがないことだとはわかるけど、やはり落ち込むことはある。


「悩み事?良ければ相談に乗るけど。」


そういって私のそばに歩み寄る。

うん…好き。自分のふがいなさを棚に上げるわけではないが、勉強だけではなく、甘やかしてくれることも天才のお兄様大好き。


「はい。新しい薬を作りたいんです。」

「新しい薬?」

「はい。…私は魔力がすくないから、他の人達みたいに治癒魔法を長時間使えません。なので、その代わりになる治療法を確立するために、新しい薬を作りたいと考えています。」

「…そうか。アヤメは7歳なのに、たくさん考えていて偉いね。難しい本までちゃんと読んで勉強してるし。」


お兄様が私の頭を撫でる。


「僕でよければ手伝うよ。僕はいつでもアヤメの味方だからね。」

「ありがとうございます!」


笑顔で返事をすると、お兄様も優しい笑みを返してくれた。

お兄様に麻酔薬の用途や性能を伝えると、しばらく驚いたように目を丸くしたが、すぐに図書室からめぼしい本をとってきてくれた。さすがは、天才兄。


それから床に膨大な本を広げ、お兄様と話し合いが始まった。侍女が持ってきた茶菓子にも手を付けず2人で夢中になって本を読み漁り、意見を交わす。


「催眠作用があるコピスは使えるんじゃないかな?眠り薬としても使われているし、何より、副作用が少ないのと大量生産が可能なところが魅力だよね。」

「そうですね。でも、コピスは量が増えると中毒性も増してしまいます。このタソックはどうでしょうか?脳を全体的に抑止する働きが期待されるかと思いますが。」

「タソックは加工が難しいよ。有効成分が加工中に溶け出してしまう。マンダやトリカの毒素を利用してはどうかな。マンダには強烈な麻痺作用とトリカの精神毒作用をうまく組み合わせられれば、他の薬草で毒素を調節して安全に使えるようになると思うんだけど。」

「そうですね!マンダは薬草畑で栽培していますし、トリカも飼育してますし。」

「実験の価値はありそうだね。よし。お母様に相談…」

「お呼びかしら?」

「「お母様!?」」


ひょこっと乙女のような笑顔でお母様が扉から顔を出した。突然のことに驚く私たちを気にせず、お母様はこちらのほうへ歩み寄ると、私たちと同じように床に優雅に腰を下ろす。


「お母様!ドレスが汚れてしまいますわ!?」


慌ててお母様を止めるも、当の本人はさして気にすることなく私たちが広げていた本に手を伸ばした。


「あら、いいじゃない。他の誰に見られるわけでもないし。それに、愛しい子供たちが相談している声も聞こえたし…私には何かできることはあるのかしら?」


うふふ。と楽し気に笑うお母様に私もお兄様も少し戸惑った。

今では誰が見ても侯爵夫人として、淑女らしいふるまいをされているが、お母様は昔、相当のお転婆だったらしくお父様と結婚するまではドレスではなくズボンを愛用し、野山を駆け回って薬草採取や猛毒生物の飼育をしていたらしい。

14歳で男装し、単身で隣国へ薬草学のために留学したという話は社交界に残る逸話である。


私はお母様に麻酔薬の事を話し、お兄様と相談した内容も伝えた。最初は瞼を開き驚いた様子だったけど、私たちの話を聞いて何かを考えるように、綺麗な指を顎に当てた。


「…話はわかったわ。確かに、マンダとトリカを使えばアヤメの望むような作用の薬ができるかも知れないわね。他に混ぜるとしたらタイイとトゥフがいいんじゃないかしら?タイイにはマンダとトリカの毒素成分の有効率を下げることなく臓器を保護してくれるし、トゥフは心肺機能維持を助けてくれる。麻酔薬というのは危険が伴う薬ですからしっかりとした治験が必要ね。シリュル、今回の製薬と実験の過程、治験に対して病理学の観点からも観察して考察なさい。」

「はい。お母様。」

「では、アヤメ。研究室の使用許可をだしますが、材料集めは全て自分で行ってごらんなさい。抽出作業や、製薬作業は私も手伝いますができることは自分で行って、その手にしっかりとした技術を身に着け、薬の危険性を理解し、己の糧となさい。」

「はい。お母様。」


お母様は優しく私とお兄様の頭を撫でた。そしてそのまま私たちを抱きしめる。


「あなたは、私たちの愛しい娘。…魔力が少ないということで苦しいことも悲しいこともあるでしょう。それでも、全て自分の足で乗り越えようとするあなたを誇りに思います。私は、いつでもあなたの味方よ。シリュルもお父様もあなたを応援しているわ。」


背中に回る手に力が入ったのがわかった。

本当は、私よりもお母様のほうが気にしていたのかもしれない。私が生まれた時、涙を流してお父様に謝っていたお母様の姿を思い出す。

お母様、自分を責める必要なんてないのに。私には、魔力が少ない分、前世の医療の知識があるんだから。


「お母様、僕もアヤメのためだけじゃなく自分のために、アールツト侯爵家のためにもっともっと、勉強します。」

「ええ。期待しているわ、シリュル。」

「お母様もお兄様も大好き!」


私はぐりぐりと母のドレスにおでこを押し付けた。するとお兄様も一つ笑って同じようにお母様のドレスにしがみつく。


「あらあら、二人とも甘えん坊さんね。ふふふ。私も大好きよ。愛しているわ。…さぁ、甘いものでも食べましょう?頭を使ったらしっかりと糖分を補給しないとね。」


嬉しそうなお母さまに促されて私たちは部屋を後にした。


この後、庭へ早速薬草を取りに行こうとしていた私のもとへお母様から「私のお古だけど」と作業用のズボンと農家の人が着るようなつなぎ、そしてなぜか男装用セット一式をもらうことになる事を私はまだ知らなかった。


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