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22.侯爵令嬢と訪問者の決意と家令

スチュワートとの約束の日。

一週間前に、屋敷で子供たち3人の面倒を見ると言っていたけど、屋敷で過ごしている間私は一度も3人の姿を見ることがなかった。

一度だけスチュワートに聞いてみたが「問題ありません。」と穏やかな笑みで返されてしまい、それ以上は何も聞けなくなってしまう。


そして迎えた騎士団で与えられた休日の今日。

私は私室でスチュワートの訪れを待っていた。


コンコンコン

正式な入室を求める合図に返事を返すと案の定スチュワートが入ってくる。しして、その後に続いて入ってきた3人を見て驚いた。


「失礼いたします。子供たちを連れてきました。」


いつもと変わらぬスチュワートだったが、その後ろに控える3人は明らかに1週間前とは外見からして印象が変わっていた。


「お嬢様にご挨拶をなさい。」


スチュワートに言われると、二人の少年が跪いて女の子は優雅に礼を取った。


「お久しぶりでございます。ワイズと申します。」


私を怒鳴りつけてきたあの少年は、伸び放題だった髪を短く刈り上げ上質な衣装を身にまといしっかりと私に頭を下げた。


「先日は謁見いただきありがとうございました。ポイズと申します。」


ワイズの横に並んだ男の子は丸眼鏡をかけて、髪もきれいに撫でつけられ、一見したら貴族の令息のような雰囲気を纏っている。

そして最後に、二人の兄よりいささか緊張した面持ちで、ふわりと薄桃色のワンピースを広げた女の子が笑みを作った。


「エーデルと申します。お嬢様。よろしくお願いいたします。」


火事で焦げてしまった部分をバッサリ切っておかっぱヘアになったエーデル。それでもキャラメルブラウンの髪にリボンを付けていてとても可愛らしい。


「…3人とも…どうしたの?」


驚きすぎてスチュワートと3人を交互に見ることしかできない私に、優雅な笑みでスチュワートは胸に手を当てる。


「彼らにはこの1週間で上流階級のマナーと作法。そして読み書きと四則演算をたたき込みました。これで、我がアールツト侯爵家の使用人として外に出しても問題ないことでしょう。」


すごく穏やかな顔で何でもないようにスチュワートは言ったが、たった1週間でそこまでするなんてただ事ではない。教えるスチュワートもそうだが、完璧にそれをマスターしてしまう3人にも驚きだ。


「お嬢様。僕たちの心はあの時と変わりません。たとえこれら先、どんな困難が待ち受けていようと、必ずお嬢様のような医師になって見せます。」

「お嬢様のもとで医学を学ばせていただきたいです。」

「私たちにどうぞ、医学をお教えください。」


3人は1週間前と同じ強い意志を持った瞳で私をしっかりと見据えていた。

1週間でここまでになるには並々ならぬ努力があったはず。それでも、逃げ出すことはせず、ここまで完璧に仕上げてきた彼らを…信じる価値はあるかもしれない。


「…わかったわ。あなた達に医学と薬学、そして私の持っている知識を教えましょう。」


私の負けねスチュワート。

そんな思いでスチュワートを見上げると、彼は嬉しそうに眉を下げた。まるで始めからこうなることがわかっていた様なその仕草に、心の底から感服する。


「「「ありがとうございます!」」」


私の言葉に3人は嬉しそうに頭を下げた。


「でも、一つ条件があります。」


私の言葉は予想外だったのか嬉しそうに笑顔を見せていた3人表情が一瞬にして緊張の色に染まる。そんな3人を正面からしっかりと見据えた。


「あなた達には私と一緒にメディカルチームを組んでほしいの。」

「…メディカルチーム?」


私の言葉にワイズが不思議そうに首をかしげる。他の2人も初めて聞く単語に疑問が浮かんでいる。


「私は魔力が少なくて、他のアールツト一族のような治癒魔法は使役できない。私は他の人達と同じ方法では戦えない。私の目標とする医療を実現するためには今までと同じ方法では不可能だけど、それでも一人でも多くの命を救いたい。その気持ちだけは誰にも負けたくない!その為に、私の考えた医療を実現するための力が欲しい。私一人ではその医療の現実は不可能でも、あなたたちがいれば…それを実現することができる。だから…私に力を貸してほしいの。」


いったん言葉を止めて、彼らの瞳に医学を学びたいという強い意志があるのかを確認するように一人ずつ顔を向ければ、3人はグッと顔を引き締め姿勢を正した。


「ワイズ、あなたは手術の際に現場で常に私のサポートをしてくれる補助医師に。ポイズ、あなたには私の開発した麻酔薬を手術でもどこでも安全かつ最適に使用できる麻酔医に。エーデルあなたには手術を間接的にサポートし、私やワイズ、ポイズの全面的な手助けをしてくれる看護師になって欲しい。」


私の目指す医療。治癒魔法を持たない私がこの世界の医療現場で戦うためのメディカルチーム。この3人に私の夢を少し託してみたい。

私も前世は孤児だった。それでも医師になった。そしてたくさんの命と向き合ってきた。この世界の医学と薬学、そして、前世での医療知識。この3つをこの3人ならきちんと身に着け、使う事ができるかもしれない。

…私と同じように…。


しばらくの沈黙の後、ワイズ、ポイズ、エーデルは驚くほど強いまなざしで私を見上げた。


「「「承知いたしました!!!」」」


3人の大きな声が私の部屋に響き渡った。


「時間はかかるかもしれませんが、必ずお嬢様の必要とする医師になって見せます。」

「僕も、お嬢様の創った薬を必ず使いこなせるようになります!」

「私も!看護師になります!!お嬢様やお兄ちゃんたちを支える看護師に!」


キラキラとした笑顔に、やる気と力がみなぎっている3人を見て私もつられた笑顔になった。


「よろしくね。あなた達を待っているわ。」


一人一人の手を握って声をかける。

そして最後に今まででずっと見守っていたスチュワートに視線を向けた。


「さて、スチュワート。お父様の説得は手伝ってくれるのよね?」

「ええ。もちろんでございます。僭越ながら、今後の彼らの学習スケジュールも組みましたので、ご参考までに目を通していただければ幸いでござます。」


すました表情で、懐から丁寧に折りたたまれた用紙を取り出し恭しく私に手渡したスチュワートは3人に声をかけると、優雅に私の前で礼を取った。


「では、これより旦那様へご報告させていただきます。後ほど、旦那様よりお話があるやもしれませんが、今お渡しいたしました用紙の二枚目の内容が役に立つかと思いますのでご検討くださいませ。」


失礼いたしました。

と静かに去って行ったスチュワートを見送りながら、その手際の良さに驚きを通り越して若干の恐怖まで感じてくる。


スチュワートっていったい何者なのかしら?

お父様でもスチュワートには頭が上がらなそうだし…。




その日の夜。

3人を屋敷に引き取り、私の小姓として働かせながら医学と薬学を学ばせる事をお父様が驚くほど上機嫌で承諾してくれることを私はまだ知らなかった。



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