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21.侯爵令嬢と訪問者たち

騎士団に入団してから定期的に訪れる休日。

私はいつものようにアルと一緒に庭で遊んでいた。

空高く投げた円盤状の板を飛び立ったアルが捕まえては持ってくるというシンプルなものだが、アルはこれが気に入っているらしく休日はいつも私にねだる。


「お嬢様。お客様がお見えです。」


アルと一緒に汗を流しているところに執事のブレッグが声をかけた。


「お客様?今日は誰も訪問の予定はなかったと思うけど?」


上位貴族になると自宅への訪問は基本的に事前の許可が必要になる。今日の訪問について何も知らされていない。しかもお父様たちではなくて私個人への訪問など今までほとんどなかったので相手がだれか見当もつかない。


「お相手はどなた?」

「はぁ…それが。まだ子供でして…。」

「子供?」

「はい。火事の時に世話になった。と伝えればわかると言われたのですが。」


困ったようなブレッグの言葉に、一つだけ心当たりを思い出した。


「もしかして…あの時の?!」

「お知り合いですか?」

「え、ええ…。知り合いというまでではないけれど…。とりあえずお通しして。私もすぐに向かうわ。あと、子供が好きそうなお菓子と飲み物をお願い。」

「かしこまりました。」


ブレッグを見送り、アルを自由にさせると私も室内へ向かった。



「お待たせしました。」


応接室に入ると、部屋の隅で所在なさげに立ちすくむ三人の子供の姿があった。

やはり、あの時私を怒鳴りつけてきた少年と、私とお兄様で処置した男の子と女の子だった。

年齢の割に痩せているのが痛々しい。身に着けているものも薄汚れていて、あの時孤児だと言っていた言葉が思い出された。


「どうぞ、座ってください。」

「いや、ソファが汚れるから俺たちはこのままでいい。」


少し緊張した面持ちで少年が答える。

あの時の威勢はどこに行ったのだ少年よ!


「じゃあ、床に座りましょうか?」


自分の部屋で調べ物をするときなど、大量の本を床に並べて座り込んでいるので今更床に座ることに抵抗はない。それに、相手は貴族ではないのだから余計に気を遣う必要もないだろう。

少年たちの近くの床に腰を下ろすと、3人は私を見て驚いたように顔を見合わせたが、さらに促すとおずおずと私と同じように床に座ってくれた。


「それで、今日はどうしたの?突然来るなんて…。体はもう平気?」

「…火事の時の怪我はもうよくなりました。助けてくれてありがとうございました。」


女の子と手を握るようにして座っていた男の子が小さく言った。まだ声変わりもしていない高い声はかすかにふるえている。


「そう。よかったわ!あなたが妹さんを炎から守ってくれたのよね?あなたの火傷の面積に反して妹さんはほとんど火傷をしていなかった。妹さんの状態からすれば、ふつうは火傷が広範囲にあるはずなのに、それがなかったということは、あなたがしっかり守ってくれたお蔭よ。」


私が笑顔で言うと、少し照れたように男の子はポッと顔を赤くした。

うん…可愛い。


「兄ちゃんが…。女の子は火傷とか傷は作っちゃいけないって言っていたから…。」

「おい、余計なこと言うな!」

「あ…ごめんなさい。」


少年一喝され男の子はうつむく。すると女の子がゆっくりと私を見た。


「お姉ちゃんが私を助けてくれたってきいたの。ありがとう。」


青空を思わせる真っ青の瞳を潤ませて、恥ずかしそうにお礼を言う姿に、思わず悶えそうになるのをぐっとこらえる。


「気にしないで。元気になってよかったわ。お礼なら二人のお兄さんに言ってあげて。二人ともあなたを守るためにたくさん頑張ったと思うから。あ、そうだ。ねぇ、ちょっと首を見せてもらえる?」

「え?…あ…はい。」


小さな少女はおずおずと首を私に向ける。そこにはあの時切開した傷が残っていた。細く白い首に3㎝にも満たない縦に伸びる傷。私はそこにそっと手を当てる。掌が柔らかく光ってそのまま手を外すとさっきまでの傷は綺麗に首から消えていた。


「お兄さんたちが必死で守った体に傷をつけてごめんなさい。これでもう、傷は消えたから。」

「あ…!?ほんとだ。すごい。」


治癒魔法で治療できればこんな傷は最初から作らなくて済んだのだけれど…。そう思うとなんだか悲しくなって、ぐッと顔に力を入れる。

驚いたように首を触って何もないことを確認した少女は頬を高揚させて私を見た。


「ありがとう!」


キラキラと輝く笑顔に引き締めた口角が緩む…。

可愛すぎかっ!!


「そ、それで今日ここに来たのは…。」


突然言い出したかと思えば、少年は姿勢を正して私をまっすぐに見つめてきた。


「俺たちをあんたの弟子にしてほしい!!」

「えぇっ?!」


ガバっと言い終わるのと同時に頭を下げた少年。それに倣うように残りの二人も頭を下げた。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!どういう事?!」


混乱して聞けば少年は真剣な表情で私に向き合う。


「あの時、妹たちを救ってくれたあんたの腕にあこがれた。俺たちもいつかは大人になる。いつまでも物乞いや下働きだけで生活していくことはできねぇ。だから、あんたのその腕を医者を俺たちに教えてほしい。」

「僕も!僕たちを助けてくれた人たちの様に誰かを助ける力が欲しいです。」

「私も!お兄ちゃんたちを支えられる力が欲しい。」


力強い3つの双眸に見つめられた私は言葉に詰まった。

医者を教えてほしい…か。一時的な憧れのようなものだろうか?吊り橋効果のような気分の高揚から生まれたものならまともに相手にするべきではない。

ただでさえ、医者…医学は膨大な知識と技術を得るために並々ならぬ努力が必要だ。まだ幼いこの子たちがそれを理解しているとは到底思えない。


「…生活の為なら、他にも簡単な仕事があるわ。医者になるにはすごい勉強が必要だし強い気持ちがないといけないの。つらいことや悲しいこともたくさんある。憧れでなれるほど甘くはないのよ。」


外見は11歳の私が言っても説得力がないかもしれないが、いいとこばかりを見せるのはよくない。前世でも、医師を志した多くの若者が志半ばでその道をあきらめ去っていった。それに、まだこの子たちは幼い。他にも選択肢はあるはずだし、もっと色々見て判断してもいいと思う。


「憧れ…。いや、たとえそうだとしても!俺は医者になる!そしたら、孤児院で暮らす他の奴らの病気も見てやれるし、薬を買う金がなくて死んでいく仲間や赤ん坊をなくすこともできるだろう?…俺は馬鹿で字も書けねぇけど、それでもやると決めたことは最後までやって見せる!」

「僕も!…どんなにつらくても苦しくても負けません。兄ちゃんが字が書けないのは、僕たちを学校に行かせるために毎日朝から晩まで働いていたからなんです!そのおかげで、僕と妹は字も書けるし簡単な計算だってできます!」

「私…お兄ちゃんたちにいつも守ってもらっているから…。火事の時だって…。もう、お兄ちゃんたちの足手まといにはなりたくない。私もお兄ちゃんたちを守れるようになりたい。」


私の言葉を聞いても3人は引き下がらなかった。それどころか再び私に頭を下げる。

この子たちを信じていいものか…。そして、私にこの子たちを医師として育てることができるのか…。

研修医の指導医とは違う。この子たちの人生を左右する重大な責任がある。自分の事ですら手いっぱいなのに…この子たちの人生の責任まで背負うことはできるのか。


「「「お願いします!!」」」


応接室に大きな声が響き渡った。

コンコン。

ちょうどその時ドアが鳴って家令のスチュアートがお菓子や飲み物が乗ったワゴンを押して入室してきた。


「お話のところ失礼いたします。お茶とお菓子をお持ちいたしました。」

「あ、ええ。ありがとう。」


思わず戸惑ってしまう私をさして気に留めることなく、スチュワートは床にクロスを広げその上にお菓子と飲み物を手際よく並べていく。いつもは床に座ることを軽く注意されるのに今日はお咎めもないみたい。


「お嬢様。失礼ながら少しお話を聞かせていただきました。」

「え?」


全てを並び終えたスチュワートは私と同じ視線の高さになるように跪いてにこやかに言う。


「どうでしょう。このお話、いったんこの老いぼれに預けていただけませんか?」

「えぇ!?スチュワート…いったいどういうつもり?」


驚いて聞き返す私にスチュワートは相変わらず笑みを浮かべたまま、ゆっくりと3人を見渡した。


「この子供たちを1週間お預かりさせてください。1週間後のお嬢様の休日の際に、再び医師になりたいのかを確認していただき、そのとき子供たちの意思が変わらなければお嬢様の小姓として召し抱えましょう。」


突然の提案に私は思わず息をのんだ。

スチュワートは我が家で家令としておじいさまの代から働いていて、アールツト侯爵家の事務・会計を管理し、使用人を監督する立場にある。使用人の採用をすべてスチュワートが担っているので、私の小姓として子供3人を雇うことは可能だと思うけど…。


「お父様はお許しくださるかしら?もし、この3人を本気で医師に…医療従事者にするのなら私一人の力では到底無理な話よ。」

「旦那様の事でしたらお任せください。もし、お嬢様がお決めになったその際は万事恙無く行えるようにいたしましょう。」


一瞬鋭い気配をにじませたスチュワートはまたいつもの優しい笑みに戻って再度子供たちに向き合った。


「あなた達はそれでいいですか?これから1週間はこの屋敷で私と共に過ごしてもらうことになります。その間、一回でも今の志をたがえたら即刻屋敷から出てき2度とここに来ることは許しませんよ。あなたたちの本気とやらを十分に試させてもらいます。」


顔には笑みが広がっているのに発せられる言葉もその体から溢れる覇気もどこか凄味が効いていて、私に向けられているわけでもないのに思わず身震いした。

よくお父様がスチュワートだけはこの家で怒らせてはいけない。と事あるごとに言っていたのを思い出す。


「もちろん!望むところだ!!」

「僕も!」

「私も!」


スチュワートの覇気を感じないのか3人とも勢い良く返事をした。

いやいやいや、私なら絶対に考え直す。


「よろしい。では、お嬢様はよろしいでしょうか?」


くるりと向きななおって私に視線を移したスチュワートに私は振り子のようにぶんぶんと首を上下に振った。


「迷惑をかけます。よろしくお願いします。」

「とんでもございません。マイ・リトル・プリンセス。」


幼いころから言われている愛称を呼ばれてなんだか照れ臭くなる。話がまとまったところで私は3人にお菓子とジュースを勧めた。

とりあえず明日から頑張ってもらうとして、今はこの痩せた3人の胃袋を思う存分満たしてあげたかった。


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