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20.騎士隊長の晩酌は続く


「…アヤメ嬢の事だけど。…彼女はすごいと思うよ。年齢とかは関係なく、純粋に。」


思い起こしたのは、今日の火災救助活動の時の事。

わずか11歳という年齢でいくらアールツト侯爵家の人間だとは言え現場では足手まといになるのではないか?と思っていたが、実際の彼女は0番隊の誰よりも現場で動いていた。


小さな体に大きなバックを背負い、次々に負傷者達を診察していく。トリアージにも一切の迷いはなく時折火の周りを気にする素振りまで見せた。その動きはとても11歳の少女には見えなった。


幼い子供二人を兄と一緒に治療するときでさえ、酷いやけどを見ても顔色一つ変えずに処置を始めていた。普通の女の子なら、焼けただれた皮膚など身の毛もよだつものだろう。


そして何より


「うるせぇ!そんな事信用できるか!お前知ってるぞ!アールツト侯爵家の落ちこぼれだろ?!治癒魔法が使えないなら俺の妹に触るな!向こうの奴らに治療してもらう!奴らなら妹の首を切らなくたって治癒魔法で治してくれんだろう?!」


負傷した子供の兄と名乗る少年とのやり取り。興奮した少年にまくし立てられながらも冷静に返すその姿は庇護欲よりも尊敬が先にたった。


「うるせぇ!!そんなこと関係あるか!なんで、俺の妹はお前みたいなポンコツで他の奴らが治癒魔法の使える奴なんだよ!色のついたひもで区別なんぞしやがって!!」

「これはトリアージと言って、多くの負傷者を効率的に治療するための…」

「うるせぇ!うるせぇ!うるせぇっ!!俺たちが頭のわりぃ孤児だからごみみたいに扱いやがって!治癒魔法も使えないくせに偉そうに…」


余りに耳に余る言葉にさすがに止めようと足を動かした時に聞こえてきたのは11歳の少女からは想像もできないほど、鋭く、冷えた声だった。


「黙りなさい!!」


思わず自分に言われたわけでもないのに足が止まる。

声の主を見ると小さなナイフのような刃物を片手に瞼をカッと開いて紫色の瞳で少年を睨んでいた。


「確かに私は治癒魔法が使えません。あなたのいう通りお兄様やクエルト隊長が治療したほうが首に傷をつけることもないでしょう。でも!!それでも私はこの子を救うことができます!!目の前に救える命があるのに、救わないなんてできない!!私は医者です!!」


小さな体をいっぱいに膨らませて、力強く言い放った彼女はとても…大きく見えた。

ぞわり…。と全身が泡立つ。

ここにいるのはただの11歳の少女ではない。

建国記にも記されている最古の貴族。

唯一の治癒魔法を使役する一族。

今自分の目に映っているのは間違いなく誉れ高きアールツト侯爵家の令嬢だった。


『私は医者です!!』


まさにその言葉の通り、今にも死にそうだった少女の首に刃物を突き立てチューブを通しアヤメ嬢は見事に命をつないで見せた。その素早さと手際の良さは他の0番隊の騎士たちよりもぐんを抜いて美しく手慣れていた。


そして、自分を罵倒した少年まで気遣い心配して見せるその姿は、今まで出会った誰よりも清らかだった。


アヤメ嬢は自分が治癒魔法を使えない。と言っているが全く使えないわけではない。テオの火傷はアヤメ嬢自らが治癒魔法で治したという。ではなぜ、治癒魔法が使えない。と言われることを否定しないのか?

…テオの火傷に治癒魔法を使用した際、かなり顔色が悪くなっていたという事だから魔力が少ないのかもしれない。他の治癒魔法使役者の様に大きなけがを治せないから「使えない」ままにしているのかもしれない。


もし、それをテオが知っていたとして…。

そんな貴重な魔力を使って自分の小さなけがを治してくれたのを目の当たりにしたら…。


そこまで考えて目の前の友人を見る。

今日の救助活動でのアヤメ嬢の活躍を聞かせた辺りから、さっきまでの不貞腐れた酔っ払いの姿と打って変わって漆黒の瞳を輝かせてこちらの話を食い入るように聞いている様はまるで…。


「おい、話の途中だぞ?それで、アヤメ嬢とその少年たちはどうなったんだ?」


少しだけ不機嫌そうに話の続きを催促する友人に今度こそ心からの笑みがこぼれた。

大きな図体で中身は少し少年臭さの残る彼のほんの少しの前進がこそばゆくて嬉しかった。


「…応援してるよ。彼女はきっと素晴らしい女性になる。」

「は?何の話している?私が聞きたいのはさっきの続きだが…?」


全く意味が理解できていないテオのグラスに酒を注ぎながら、レシはアヤメの話を聞かせる。どうか、このまま色ごとに疎い友人が少しでも前進出来たら…。そんなことを思いながら自分も酒を飲んだ。


騎士隊長の晩酌は今日も深夜まで続いていく。



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