19.騎士隊長の晩酌
騎士団に所属した者は、家の理由などで自宅から通う者も以外、基本的には兵舎で生活する。新入団者は基本的に大部屋。2年目以降は2人部屋。副隊長格になると個室が与えられ。隊長格はさらに広い部屋が与えられていた。
「なんだよー。せっかく酒もってきたのにつまみとか出せよ。」
酒瓶を片手にテーブルに備えられた椅子にドサリと腰を下ろしたのは2番隊隊長のレシ・ロマンシェだった。すでに飲んで来たのではないのかと思わせるテンションの高さに、グラスを用意していた部屋の主、1番隊隊長テオ・ノヴェリストは眉を顰めた。
「うるさい。文句があるならば出ていけ。」
低い声とともに睨みつけながらもグラスをテーブルに置けば、レシは全く気にする様子もなくそのグラスに酒を注ぎ始めた。
「大丈夫。お前がつまみなんて部屋に置かない事は知っていたから、食堂からもらってきた。」
言いながら、足元に置ていた紙袋から、乾燥ナッツやビーフジャーキー、フライドポテトなど数種類のつまみを取り出し並べ始めた。
「じゃあ、最初から聞くな。」
「えー、なんかさもしかしたらって思うじゃん?この間、どこかの大男が城下で焼き菓子を買っていたなんて目撃情報が耳に入ったし?」
グッとテオのグラスを握る手に力が入る。
「しかも、そこの店って女の子に人気の店だって聞いたしなー。誰に贈るために何を買ったんだろうな?あ、お前知ってる?」
ニヤニヤとテオを見ながらレシが酒を飲む。面白そうに緩められた表情とは対照的に、テオの顔はどんどん無表情とはかけ離れたものになってく。
普段はほとんど無表情のテオだが、騎士団入団の同期で幼いころから知っているレシの前だと気が抜けるせいもあって普段より表情筋が緩くなる。
「…どこからその話を聞いた?」
絞り出すように言ったテオにレシはニヤニヤを収めるつもりは無いらしく、ナッツを手に取ってテオに投げつけた。テオは何くそれを受け止めて「食べ物を投げるな。」とレシを咎めた。
「そこの店に俺の妹が働いてんだよ。テオをみてすぐに気が付いたみたいで、この間、実家に帰った時に教えてくれた。恋人でもできたのかって大騒ぎだったぜ。」
ついにはケタケタと笑いだしたレシを見て、テオは飛んできたナッツを口に入れ苦虫の様にかみ砕いて酒で流し込んだ。鋭い目つきでレシをにらみつけるが全く怯む様子はない。
「別に恋人などではない。」
「そうだよなー。お前婚約解消してからずっと独り身だもんな。」
「その話はするな。」
「おーおー怖い顔しちゃって。悪かったよ。…で?恋人でもないならだれにあの焼き菓子を送ったんだ?」
「…。」
お前には教えたくない。
そういい跳ねることもできたが、テオは観念したように深いため息を吐くと、おもむろに立ち上がり備え付けの引き出しを開けた。そして、目当ての物を取り出すと音もなくテーブルに置く。それを見た瞬間レシの目が大きく開かれる。
「おま…っこれって…!?」
テーブルに置かれたのはまさに先ほど話していた店の箱。薄ピンク色の箱に駆けられた深紅のリボンは部屋の主が持つにはあまりにも可愛らしかった。
「…渡せなかった。」
ぼそりとささやかれた低い声。
気まずそうに視線を向けて、拗ねた子供の様にいう大柄な男の姿にとうとうレシは声を上げて笑い出した。
そのあまりにも大きな笑い声に、テオの顔が徐々に深紅に染まっていく。しかし、下手に言い訳することもできずテオはレシの笑いが収まるまで黙って酒を飲み続けた。
「いやー…。はぁー笑った。」
目じりに浮かんだ涙を拭きながらレシが一息ついたように酒を飲んだ。その間も、テオは無言で酒を飲み進める。
「しっかし…まさか渡せなかったとは…。」
ちょんちょんとピンクの箱をつつくレシはニシシと小さく笑いながらテオに視線を移した。
「で?奥手なお前が、自ら買った焼き菓子を渡せなかったという奇跡のご令嬢は誰だ?」
「言わん。」
「なんでだよ?ここまで話しておいたんだから話せよ。これ以上隠しても何の意味もないぞ。もしかしたら次は協力できるかもしれないだろ?」
「…次は無い。」
「はぁ?お前、そのご令嬢と仲良くなりたくて焼き菓子贈ろうとしたんじゃないのか?」
「仲良くなろうとは思ってない。それは…ただの礼だ。」
「礼?」
「そうだ。迷惑をかけた上に治療までしてもらったから、その礼に…贈ろうと思った。」
ここまで話してハッとテオは口を閉じた。言わないと言っておきながらここまで言ってしまってはもう答えを教えているようなものではないか。いつもはしない失態に手の中のグラスに視線を落とす。
酒は弱いほうではないと思っていたのだが、少し飲みすぎたか…。レシが持ってきた酒瓶はもう一本目がなくなろうとしていた。
「え…。お前、それって…アヤメ嬢の事か?」
案の定正解を言い当てたレシに、テオは首を振るでも言葉で答えるでもなく視線を上下に動かした。その反応を肯定ととったレシは「マジかよ。」とつぶやくと一気にグラスの中身を飲み干した。
「まさか…お前が幼女趣味とは…。」
「違う。」
「だってアヤメ嬢って今11歳だろ?お前は20歳?いやーダメダメ。誉れ高き王国騎士団隊長が幼女に手を出したなんて犯罪です。」
「出してないし出すつもりもない。勝手に俺を性癖異常犯罪者にするな。」
ぽわっとテオが指先から炎を繰り出してレシは慌てて吹き消す。「冗談だよ。」と言いながら、内心焦ってテオの空のグラスに魔法で水を入れた。念のためテオの炎魔法に対抗できるように水魔法の準備もそっとしておく。
「でも、お前の隊の奴がやらかしたってもう半年も前の事だろ?その時の礼で買ったものなら、もう食えるわけでも無いし、いつまで取っておくんだよ?多分すごい惨状になってるぞこれ。」
レシは気を取り直したようにピンクの箱をつつく。
「騎士団関係の建物内のごみ箱に捨てるとよからぬ噂を招くと思い捨てられなかった。…今度帰省の時に屋敷の焼却炉に捨てる。」
「お前―そこまで気まずい思いをするならなんでこんなもの買ったんだよ?逆に言えば、そこまでしてなんで渡せなかったんだ?」
「…購入したときには何も考えてなかった。ただ気に入ってくれれば…と思っていたのだが。いざ渡そうとした時に、彼女とほとんど接点がないことに気がついた。これを渡すためだけに0番隊のところに赴いてもよかったが、彼女の噂を考えると目立つことは避けたほうがいいと思い…そうこうしているうちに時間がたってしまった。」
そこまで言ってテオはグラスの水を飲み干し、さらに新しく開けた酒瓶からなみなみと酒をグラスにつぎ一息で飲み干した。
「…女性に…しかも年の離れた少女に贈り物をするなんてことが初めて、でどうしていいかわからなった。…笑いたいのなら笑え。」
最後はほとんど拗ねた子供みたいな言い方になってしまったがテオは気にせずつまみを口に放り込んだ。
「いや…揶揄って悪かったよ。確かにお前は女に何かを贈るなんてしなかったもんな。というか、女自体に興味なかったよな?婚約者もいたのに。」
「あれは親が決めた婚約だ。俺の意思は無い。それに、騎士はいやだと逃げていったような女に興味はない。」
「まあ…確かに。」
テオをからかうことをやめたレシは苦笑いと共に酒を飲んだ。どうやら自分も少し酔っているのかもしれない。