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17.侯爵令嬢と災害救命

*この物語はフィクションです。登場する、医療記述・医療行為、その他の全ては作者の想像であり、実在する物とは一切関係ありませんのでご注意ください。

*直接的ではありませんが、体を傷つける表現があります。

アヤメ・アールツト 11歳



「ピィィィィィィッ!」


大空に向かって指笛を吹く。すると遠くのほうから黒い影が悠然と私のほうに近づいてきた。小さかった影はすぐに大きくなり、バサッバサッ!と羽音を立てながら巨大な鳥がゆっくり私の前に降り立つ。


「アル!」


駆け寄り私よりもはるかに大きくなったアルの首を撫でると「クエーっ」と嬉しそうに鳴いた。そのまま頭を私に向けてくるから、その力の強さに押されて少しよろめいてしまう。


「すっげぇな!」

「何度見ても慣れることはないな。アヤメが隣に立つとアルゲンタビウスがますます大きく見える。」

「…少し羽をもらうことはできないかな?」


私と一緒に騎士棟の前で休憩していたヴァイスさんとカミーユ副隊長、セブンさんがアルを見て順番に口を開いた。


騎士団に入団して1年。

毎日のようにアルに乗って私が騎士棟にくるのでもうほとんどの騎士がアルを見て恐れることは無くなったが、やはり普段は山奥で暮らしほとんど野生でしか観察することができないアルゲンタビウスは珍しいらしく、0番隊の皆もまぢかで見るときはいまだに興奮を抑えきれていないようだった。


アルに餌を上げて、そろそろ午後の鍛錬のために演習場に行こうとした時だった。


「伝令―!伝令―!」


鐘の音と共に騎士の大きな声が響いた。


「城下西にて大規模火災が発生!騎士団長より、2番隊と0番隊に出動命令!隊を編成して直ちに現場へ急行せよ!!」


その声と同時に素早く立ちあがり、特注医療バッグを肩にかけた。他の騎士たちも各々素早く出動準備を整える。


「0番隊に出動命令が下された!出動するのは私とヴァイス・セブン・シリュル・トーマ・エスト・アヤメ!以上だ。名前を呼ばれたものは直ちに2番隊と合流せよ!」


叔父様の大声にびりびりと緊張が走る。

騎士の役目は戦争だけではない。災害等が発生した場合も現場へ駆り出されることが多かった。基本的には民間の消火隊や救助隊もいるのだが、それでも手におえない場合は騎士団への出動命令がでる。

騎士たちの隊ごとの出動は珍しくなかったが万が一に備え半分は騎士棟に残されるよになっていた。いつもは残されることが多かったが、今日は初めて自分の名前が呼ばれたことに人知れず歓喜する。


「アヤメ!気を付けてね!」


部屋を出ようとした私にミールが声をかける。


「うん!行ってきます!!」


ミーユの見送りを受けて私は他の隊員とともに部屋を飛び出した。

騎士棟から出るとすでに従者がアルの準備をしていてくれた。お礼を言いながら、アルに乗る。


「アル!」

「グエー!!」


私の掛け声とともにアルが飛び立ち、2番隊と合流するために馬で駆ける0番隊と並走する。年齢の事もあり、体が小さい私は他の騎士たちの疾走にはついていくことができないので、出動の際はアルに騎乗する許可を事前に取っていた。

アルに乗って合流をする私を見ても2番隊の騎士たちは誰一人驚いた様子はない。


「これより、現場へ急行する。報告では二次災害の恐れと被害者数が多いと報告が上がっている。現場に到着し次第、2番隊は消火活動と救助活動、0番隊は救命活動を速やかに開始しろ!」


先頭に立ち騎士団長の号令に集められた騎士たちから一斉に返事が上がった。そして、騎士たちは統率のとれた動きで走り出した。



駆け付けた先に広がっていたのは火の海だった。

ごうごうと燃え上がる大きな火の山。そして咽返るような熱気と、物が焼け焦げる臭い。周囲に散らばる破片と倒れている人の影。


一瞬呆然と立ち尽くした私たちに叔父様の怒声が飛ぶ。


「必要であればマスク・ゴーグルを着用!周囲の安全を確認しながら、救護者をトリアージしろ!動かせるものは火から遠い場所へ移動!」

「「「はっ!」」」


弾かれたように私の足が動き出す。

そうだ。ここで立ち尽くすわけにはいかない!

すぐさまバッグからトリアージ用の四色のひもを取り出す。私が数年前お父様に提案したトリアージはそのまま騎士団でも採用されることになった。他の0番隊の騎士たちも慣れたように倒れてる人を観察しながら紐を付けていく。


「レシ!!2番隊で救助した負傷者は0番隊の奥に運べ!なるべく火から遠ざけたい!」

「承知した!!2番隊放水開始!二次災害に注意しながら逃げ遅れた民がいないか確認しろ!崩れるがれきに注意!負傷者を発見し次第0番隊へ受け渡せ!」

「「「はっ!!」」」


叔父様の声に返すように、よくとおる声が現場に響き渡った。

2番隊の先頭に立ち長い髪をポニーテルで結わえた男性は2番隊のレシ・ロマンシェ隊長だ。騎士団史上最年少で騎士隊長まで上り詰めたエリート中のエリート。燃え盛る炎に怯むことなく立ち向かっていく。

その姿を横目で見ながら、私は目の前の倒れている人に意識を移す。


「大丈夫ですか?わかりますか?」


緑は「歩けるか」黄色は「呼吸があるか」赤は「脈があるか」黒は「死亡・救命の必要なし」素早く判断して該当する紐を手首に結んでいく。

今のところは緑と黄色がほとんどだ。他に倒れている人がいなければ、処置に入ろう。そう思った時だった。


「助けて!」


子供の声が現場に響いた。

声の先見ると、燃え盛る建物のすぐそばに子供が2人うずくまっている。声に気が付いたお兄様と私がすぐに駆け寄ろうとしたが大きな手が私たちの肩をつかんだ。


「危険だ!下がれ!!」


レシ隊長が私たちの肩をつかんで見下ろしてくる。


「ですが!」

「あそこに要救助者がいます。救助をお願いします。」

「何…?!」


言葉が出ない私に代わりお兄様がレシ隊長にはっきりと告げる。その言葉でレシ隊長は二つの影に気が付いたらしく、私たちの前に立つと両手をかざした。するとまるでシャボン玉のような水の膜の球体が現れ、二つの影にゆっくりと近づくきそのまま二人を包み込んだ。そして球体は二人を包み込んだまま、私たちの前に戻ってくる。


「救助者は確保した。奥へ運ぶ。お前たちもついてこい。」

「「はい。」」


火災現場から少し離れた場所では重症患者たちが数人並べられていた。叔父様が治癒魔法を駆使しながらすでに何人かの治療を開始している。

レシ隊長が水の膜から出した二つの影は私より小さい子供だった。男の子と女の子。男の子のほうは意識もなく全身に酷いやけどがある。女の子のほうは火傷は少なかったが、代わりに目がうつろで呼吸が弱い。先ほど大きな声を出したときに煙を吸ったのだろうか。


「アヤメ、二人ともトリアージ赤だ。叔父様は今重症患者で手が離せない。僕たちでここの二人を治療する。お前は女の子のほうを頼む。」

「はい。承知しました。」


すぐさま医療バッグに手を伸ばし、聴診器とゴム手袋を装着する。

「聞こえますか?わかりますか?」声をかけても、うつろな瞳が瞼から見える程度で反応はない。呼吸・心音共にどんどん弱くなっていく。

…火傷は少ない代わりに、鼻や口に煤が付着している。おもむろに口の中を確認すると赤く腫れ白く変色している部分が見られた。さらに、口元に耳を当てると「ゴロゴロ」という音が聞こえる。本当はさらに内視鏡で確認したけどこの世界にそれは無い。でも、この症状からしておそらく「気道熱傷(きどうねっしょう)」。

高温になった空気を吸い込んだから、気道粘膜が損傷して腫れあがり気道を圧迫している。このままだと気道が完全に封鎖されて呼吸ができなくなってしまう。

急いで気道確保をするが呼吸がされる様子はない。もうすでに気道がほとんどふさがって来ているのだろう。


だったら…

私はバッグからオペセットを取り出した。巻物を開くようにして広げられたそこにはサーチェス様特製のメス、大小のぺアンやコッペル、縫合用の針と糸が収められてる。さらに消毒ケースから細いチューブと消毒液を取り出した。メスを握り、目的の場所を確定するために女の子の首に手をかけた時だった


「何しやがる!!!」


少年の怒鳴り声が私の背中を叩いた。

振り返った先にいたのは私と同じくらいの年齢の少年だった。髪はぼさぼさでところどころ焼けこげ、纏っていた服は火災で燃えたのかひどく煤で汚れてボロボロだった。さらに腕と足に軽度の火傷も見られる。それでも、しっかりと二本足で立ち私を鋭く睨みつけるその眼差しは強い怒りに満ちていた。


「この子を助けます。」

「ふざけんな。今首を切ろうとしてたじゃねぇか!」

「気道を確保するために空気の穴を開けるだけです。」

「うるせぇ!そんな事信用できるか!お前知ってるぞ!アールツト侯爵家の落ちこぼれだろ?!治癒魔法が使えないなら俺の妹に触るな!向こうの奴らに治療してもらう!奴らなら妹の首を切らなくたって治癒魔法で治してくれんだろう?!」

「今は二人とも他の重症患者で手が離せない状態です。」


彼は突然の身内の負傷に混乱している。

まともに取り合ってはいけない。

判っているけど…


「うるせぇ!!そんなこと関係あるか!なんで、俺の妹はお前みたいなポンコツで他の奴らが治癒魔法の使える奴なんだよ!色のついたひもで区別なんてしやがって!!」

「これはトリアージと言って、多くの負傷者を効率的に治療するための…」

「うるせぇ!うるせぇ!うるせぇっ!!俺たちが頭のわりぃ孤児だからごみみたいに扱いやがって!治癒魔法も使えないくせに偉そうに…」



「黙りなさい!!」


自分で思っているよりも大きくて鋭い声があたりに響いた。

感情的な私の声に少年は少し怯んだように口を結んだ。他の騎士たちも驚いたようにこちらを見ているのがわかる。それでも、かまうものか。

この少女を救うために…時は一刻を争う。


「確かに私は治癒魔法が使えません。あなたのいう通りお兄様やクエルト隊長が治療したほうが首に傷をつけることもないでしょう。でも!!それでも私はこの子を救うことができます!!目の前に救える命があるのに、救わないなんてできない!!私は医者です!!」


私の大声に驚き猛攻をやめた少年に背を向け、メスを握りなおし目的の場所にメスを入れる。これ以上は時間をかけていられない。


「お前!?何して!!」


ついにメスを少女の首に刺した私を見て少年が声を上げた。


「この子は気道熱傷を起こしています。気道が火傷で腫れあがり、塞がってしまい呼吸ができない状態です。このままでは死亡します。今から気道確保のために輪状(りんじょう)甲状靭帯(こうじょうじんだい)切開をして管を通し呼吸をできる状態にします。この子を殺したくなければ黙ってみていなさい。」

「っ…!」


完全に黙した少年にかまうことなく私は手を動かし続ける。そして切開した場所にチューブを挿管した。ゆっくり。慎重に。


ごふっ!


挿管したチューブから血の混じった体液が吐き出される。そして、そのまま静かだがしっかりとした空気の流れる、呼吸の音が聞こえてきた。その様子に一息ついてそのままチューブがずれないように固定する。

よかった。これで呼吸が確保できた。ひとまず一命はとりとめたただろう。

とりあえず、今私がこの現場でできるのはここまでだ。

少しずつ、安定してきた心音と呼吸を再度確認して到着した医療補助者へ申し送りをする。


そして、呆然と立ち尽くしたままの少年に向かい合った。


「あの子はこのまま近くの治療院で治療を受けます。しばらくは入院となるでしょう。そして、あちらの少年も同じく入院することになります。」


視線だけでお兄様の治療している少年を指す。さすがはお兄様。全身に広がっていた火傷がだいぶ薄くなっている。


「ほかに()()()()ことはありますか?」


何も答えない少年に私はすっと近づいた。


「何もないなら、次はあなたも治療を受けてください。」

「はぁ?俺はどこもケガしてねぇ。火傷も大したことねぇし。」


至近距離に近づいた私から仰け反るようにした少年はさらに数歩後ろに下がった。それでも、私は構うことなく少年に視線を向ける。


「あなた、多分一酸化炭素中毒になりかけてますよ。」

「はぁ?」

「火災現場にいたでしょう?目眩や頭痛はしませんか?」

「…いや…それは…。」

「重度の中毒でもほとんど見られない症状なのですが、あなたの顔が少し赤黒い気がします。風邪のような症状を少しでも感じられたら、少しこの現場から離れたところでゆっくり体を休めてください。もし、吐き気や頭痛がひどくなるようでした治療院で治療を受けてください。では、失礼します。」


いう事だけ言ってその場を去ろうとした私に少年は待ったをかける。


「…さっき…俺があんたに言った事だけど…。」


気まずそうに視線を泳がす少年に私はさして気にしない振りをして簡素な返事を返す。


「ああ。…別にあなたの言ったことは間違いではありません。私のほうこそ説明もなしにご家族の体を傷つけたこと謝罪します。」

「いや、そのっ!…謝罪はいい。こっちこそ…すまなかった。」

「!?」


思いもよらない言葉に思わず首をかしげる私から、完全に少年は顔をそむけた。口元を片手で多い、耳まで真っ赤にしながら「ありがとう。」と小さな消えるような声で少年は私に告げるとそのまま搬送された妹さんのほうへ走って行ってしまった。


「…なんだったの?」


残された私はその背中を見送りながら、次の救助者の処置に取りかかる。

少年の言った言葉は嘘ではない。

私よりも治癒魔法が使えるお兄様や叔父様のほうが重傷者の治療には向いているのもわかっている。それでも、私は治療を続ける。

一人でも多くの人を助けるために…。


「ありがとう。」


ふいに思い出された少年の言葉にフッと口元が緩んだ。


大丈夫。

その言葉との志があれば、私は何度だって立ち上がれる。

グッと胸をはって医療バックを背負いなおし、私は次の救護者のもとへかけた。


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[気になる点] 誤字報告 高温になった空気を吸い込んだから、気道粘膜が損傷して腫れあがり気道を圧迫している。このままだと気道が安全に封鎖されて呼吸ができなくなってしまう。 ↓ 〜。このままだと気道が…
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