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16.5 とある新人騎士

俺は何をしてしまったのだろうか。


先輩騎士たちに連れられて半ば強引に入れられた無機質な部屋。

質素なベッドと小さな窓しかないその部屋はさして広くもないのにどこかひんやりとしていて思わず身を震わせた。


今日は初めての合同訓練だった。

しがない貧乏男爵家の三男として生まれ、物心ついた時から騎士になるのだと鍛錬を重ねてきた。四兄弟の中で一番体つきもよかったし、剣術や魔術にも優れていた俺は14歳で騎士団の入団試験に一発合格するだろうと思って疑わなかった。


しかし、一度目の試験で俺は不合格だった。

なぜ、不合格だったのか騎士に詰め寄ったが「教えられない。」と突っ返された。突きつけられた不合格の意味に納得も理解もできず、しばらくは町のごろつきどもをあいてに憂さ晴らしをする日々が続いた。


すべてから見放された気分だった。

なぜ?

自分の才能に気が付いてはくれないのか?

幼いころから、必死に取り組んだのにどうして?

剣術や体術だって他の入団希望者たちには一度も負けなかったのに…なぜだ?


そんな思いばかりが頭をめぐっていた。周りに悪態をつき、剣術の教師を殴りつけ、荒れ続けた俺に二度目の入団試験の日取りが発表された。そして、それと同時に今年はアールツト侯爵家令嬢が仮入団すると知った。


なぜだ?

なぜアールツト侯爵家というだけで入団試験がなく騎士団への入団が認められるのか。しかもその令嬢はアールツト侯爵家の血を引きながら治癒魔法は使えない落ちこぼれだという。


なぜだ?

わずか10歳の落ちこぼれが…。

俺がこんなにも苦労しているのに、何の苦労もなく騎士になれるのか?

身内の七光りか?親の功績か?それとも家柄の力か…?

くそっ…


くそっ…


何もできない苦労知らずの令嬢がっ!



必死の思いで二度目入団試験を合格したときも、叙任式で正式に国王陛下から騎士に任命された時も、俺の中では横に控える小さな姿に憎悪が渦巻く。

他の騎士たちとは違う深紅のマント。与えられる銀の杖。すべてが特別扱いされることに腹がたって仕方がなかった。


治癒魔法が使えないくせに!

アールツト侯爵家に生まれなければ他の平民と変わらないくせに!

偉そうに!

自分は特別だと言いたげなその綺麗にすました顔を俺の炎で溶かしてやる!


それから数か月後、突然沸いた合同訓練の話はまたとない機会だと思った。

しかし、障害物競走では何もできなかった。自分のはるか後ろを走っていたはずのアールツト侯爵令嬢は、障害物を超えるたびに俺に近づき、そして抜いていった。

そのことがさらに俺の中で憎悪をました。


くそっ!くそっ!


何度も悪態をつきながら、模擬戦で相手があの憎きアヤメ・アールツトだと知った時初めて歓喜した。

これで直接あいつに手を下せる。模擬戦という訓練の場なら、多少手荒になっても許されるはず。


ああ…見ていろ。

その綺麗な顔を悲壮に染めてやる。魔術は使えないから焼き尽くすことはできないだろうが、この女が痛みに苦しむ様を想像するだけで心が躍りだしそうだ。


「おい、手加減はしないからな。」


後で何か言われたら面倒だと思い先に手を打つ。まだ10歳だというアールツト侯爵令嬢は改めて対面してみるととても小柄だった。しかし、見上げるほど大きいはずの俺に恐れることも慄くこともなく、その表情は嬉々としていた。それどころか、この俺を挑発するように構えた。


「お気遣いありがとうございます。でも、負ける気もありませんので。」


その言葉にかっと頭に血が上る。

始めの合図とほとんど同時に俺は渾身の一撃を向けた。これが当たれば小柄な令嬢は骨を折るかもしれない。しかし、そんなことかまうものか。どうせ、身内が治してくれるんだろう?何もできないくせに、コネだけで騎士団の中で胡坐をかいているクソ令嬢が!!


思い切り打ちぬくつもりだった拳は気が付くとアールツト侯爵令嬢の手によって捌かれ、もつれた足に気を配れば、次の瞬間には目の前に地面があった。


…何が起こった?

余りに一瞬の出来事に現状の理解ができない。

呆然とする俺の耳に届いたのはアールツト侯爵令嬢の勝利を告げる声と周りの騎士たちからの令嬢へ対する称賛の言葉。


俺は負けた…?

認めたくないはずなのに聞こえてくる音が俺にその事実を叩き付ける。

くそ!

くそ!

くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!くそ!

クソっ!!!!!


「立てますか?」


令嬢の言葉を聞いた瞬間に

ぷつり…。と何かが俺の中で切れた。


「クソがぁっ!」


怒りのままに歯をむき出しにして叫んだ声と一緒に拳に炎を纏う。そのまま近づく令嬢の顔に打ちつけようとした時


「そこまでだ。」


何よりも低い声と絶対零度の鋭い視線が俺を突き刺した。


「テオ隊長…!?」


自分の腕を大きな手で力強くつかみ、憎き令嬢をかばうように立ち塞がったのは尊敬してやまない、我が一番隊の隊長だった。

驚きのあまり纏っていた炎が拳から消え、それと同時にこぶしを握る力も失せた。


「フォルス・グラビティー。お前の行いは騎士として、人間として恥ずべきものだ。事実を受け入れ己を顧みることができなればここにいる価値はない。即刻立ち去れ。」

「隊長…。」

「黙れ。今この場でお前に発言の権利はない。一番隊、フォルス・グラビティーを兵舎へ。今後の事が決まるまで謹慎処分とする。部屋から一歩も出すな。」

「っ!!?」


俺を殺しそうなほどの覇気を纏い、鋭い視線を俺に突き刺したまま無表情の隊長は抑揚のない低く冷めた声で告げた。

俺は何も言い返せなかった。

ただ隊長の視線と声が俺の熱をどんどん奪っていった。


俺は何をしてしまったのだろうか?




ノックの音と共に入室してきたのはテオ隊長だった。

後ろには一番隊の騎士が数人並んでいる。背の高いテオ隊長に見下ろされながらドアが閉まる音を聞いた瞬間に、思わず肩がびくりと揺れた。

ほとんど感情を表に出す事がない、いや、それどころか常に無表情で何を考えているのかわからないテオ隊長の無言の圧力に、どんどん冷や汗がにじんでくる。


「フォルス・グラビティー。」

「はっ!」


抑揚のない低い声に呼ばれたすぐさま跪いた。

まるで、これから死刑を宣告されるようで手の震えが止まらない。そんな俺を知ってか知らずかテオ隊長は重く長い溜息を吐いた。


「お前の処分が確定した。本日付で一番隊からの除隊。今後は従者として一年間兵舎の管理に務めること。」


はっきりと言い渡された言葉を理解する前に。隊長の後ろに控えていた騎士が、俺の腕から、一番隊の証である紫の腕章を抜き取った。そして、腰に備えていた騎士の証である剣を鞘ごと俺から取り上げた。


「これからの一年は今一度己を振り返り、見つめなおす時間であることを忘れるな。今一度騎士として、剣を、この腕章を付けたいと思うのであれば一年後俺のところへ来るがいい。」


隊長はそのまま踵を返す。そして、開かれたドアの前で立ち止まり振り返ることなく言葉を告げる。


「我々騎士は常に精進し、互いを認め尊重することで団結する。他人を見る前にまずは己を見つめなおせ。」


ふわりと藍色の髪を揺らし、今度こそ隊長は出ていった。

俺は跪いたまま何も言えず、何も出来ずただ閉められたドアを見つめていた。



俺は何をしてしまったのだろう?



俺は…何をしていたのだろう…?



何度も浮かんだ問いに答えてくれるものは誰もいなかった。




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