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115.侯爵令嬢と騎士団と翼の騎士

よろしくお願いします。


騎士団長に挨拶を済ませて0番隊の詰め所に行けば、皆が温かく迎えてくれた。なんだかこんなふうに迎えてもらうことが多いように思うけど、いつでも何度でもこうして迎えてくれる0番隊の皆には感謝しかない。


「ようやく復帰だな。」

「クエルト隊長。この度は長期にわたり療養期間をいただきましてありがとうございました。また、私の救出の為に数々のご尽力をいただき心より感謝申し上げるとともに、ご迷惑をお掛けしたことを心からお詫び申し上げます。」


叔父と姪という関係だが、騎士団内では上司と部下である。しっかりと頭を下げて挨拶をすれば満足げにクエルト叔父様が頷いてくれた。


「今後も0番隊として騎士団の任務に励んでくれ。」

「はい。よろしくお願いいたします。」


こうして私は正式に騎士団へ復帰を果たしたのだった。



午前中の座学を終えて午後は演習場で基礎体力訓練となった。広い演習場を隊列を組んで走り込む。その後は筋トレと二人一組での体術訓練だ。病み上がりの私にはだいぶきつかったが、何とか気力で筋トレまで乗り切る。この後は体術の訓練だが、正直足がガクガクすぎて立っているのもつらい。…くそぅ…こんなことなら休養中に体をもっと動かしておくんだった。もともと少なかった体力がさらに少なくなった事を実感してガクリと肩を落とす。


「何をへたり込んでいるんだ!」


そこへクエルト叔父様の活が飛ぶ。「はいッ!」と短く返事をして慌ててクエルト隊長と向かい合った。私にはなぜか相手の攻略法がわかる特殊能力があるため、体術・剣術は上位の騎士と組むことが決められていた。指を傷つけないようにとプロテクト入りのグローブをはめて、拳を構える。クエルト叔父様はそんな私と対峙しても構えることはなく、ただその場になって私へ鋭い視線を向けていた。


「よし、来い!」

「はいっ!」


返事と共に地面を蹴ってクエルト叔父様との間合いを一気に詰める。どこにどんな攻撃を出せばいいのか視界がそこだけ少し明るく見える。これが攻略の能力だ。その表示通りに拳を繰り出したが、当たる寸前で攻略ポイントが変わる。そうなれば私の拳はクエルト叔父様にあたることはできずに、逆にそのまま腕を取られて技をかけられてしまう。他の騎士だと攻略の能力はしっかりと活躍するのに、相手の戦闘能力が高すぎると攻略ポイントが直前で変わってしまうのだ。相手が私の攻撃を感知して対策や反撃をするから、攻略ポイントが変わるのは当たり前なんだけど、変わってしまったポイントに即座についていけない自分の体がもどかしい。


「詰めが甘い。能力に頼りすぎるな!自分で考えろ!」

「はいっ!」


ズササーッ!と地面に転がされても何とか起き上がって再び構える。口の中が土っぽくてペット唾を吐きだして口を乱暴にぬぐう。


「それは、義理姉上の前では禁止だぞ!」

「はいっ…え…?」


全く関係のない言葉に思わず聞き返せば、それを合図のようにクエルト叔父様が一気に私に詰め寄った。首を取ろうと延ばされた手を交わして叔父様の肩と腕を取り、頭から足の間をくぐるように勢いをつけて体を倒す。そのまま締め技へもっていけば、私の体はヒョイッと簡単に持ち上げれてしまった。


「卑怯です!」

「戦闘に卑怯もくそもあるか!俺の肩関節を外して靭帯を切ろうとた奴に言われくないぞ!」


チッ…バレてたか。昔テレビで見た武闘派アイドルがやっていた技だったんだけど。この体格差と体重差じゃ難しいか。

叔父様は私を乱暴に地面に落とすとそのままのしかかり、グッと首を絞めてきた。さらに叔父様の足が私の腰に回り動きを封じられる。


「相手に技をしかけるなら、こんなふうに自分の体格を生かして抜け出せない対策を考えるんだ。」

「…うっ…くっ、はいッ…。」


何とか返事をすれば、腕が緩み体が解放される。私の体は必至に酸素を取り込もうとし盛大にむせ込んだ。


「何よりお前は体力がなさすぎる。今のままでは騎士団のお荷物だ。」

「…はいっ、ゲホッ…ゴホッゴホッ…ありがとう、ございました。」


痛む体を起こして礼を取る。まだ、少し息苦しいが咳も収まった。水差しから直接水を飲んでうがいをする。クエルト叔父様は他の隊員にけいこをつけていた。


『騎士団のお荷物』


先ほど叔父様に言われた言葉がズンッと胸に重くのしかかる。確かに私は他の騎士と比べて体力もない。体格もよくない。いくら医術や知識があったとしても今の私は騎士とは言えないし、戦場では役に立たないだろう。

ふと見ればミールがセブンさんと組み手をしている。毎日居残りで鍛錬している成果なのか、動きが格段に素早くなっている。何より、あれだけ動いているのに辛そうには感じない。…少し前までは私と一緒にヒーヒー言っていたのに…。ググ…っと焦燥感がお腹の底から湧き出して思わず拳を握った。


私は医者だ。でも、その最前線で戦うためには騎士としてやることをやらないと!


小さく気負いを入れて、もう一度演習場を走ろうとしたところでこちらにやってくるクユル様を見つけた。今朝お会いした時のような旅装束ではなく、騎士団の支給されているトレーニングウェアとよく似ている衣服を身に着けている。クユル様は私の前で立ち止まると、泥と汗にまみれた姿を上から下まで観察してフッと笑った。


「さすがクエルト隊長。可愛い姪でもひいき無しか。」

「…私も騎士団の一員ですので。ここにいる間は家門も親戚も関係ありません。」

「フッ…いい心構えじゃないか。」


私の言葉に満足気に笑ったクユル様はクエルト叔父様へ視線を向けた。


「あの人は………いな。」

「…え…?」


一陣の風にクユル様の言葉が聞こえず聞き返したが、クユル様は私に背を向けてクエルト叔父様のほうへ向かっていた。


「クエルト隊長!」


突然響いたクユル様の声に組手をしていた騎士たちの動きが止まる。そして、名前を呼ばれたクエルト叔父様はわずかに驚いた様子でクユル様へ駆け寄った。


「久しぶりじゃないか!クユル!」

「ご無沙汰してます。」

「ヒガサからは何も聞かされなかったが、まさかお前が来るとはな。」

「自分もまさか再びここに戻るとは思っていませんでした。」


親し気に会話を続ける二人に気が付けば演習場にいた騎士たちがだいぶ集まってきていた。


「クエルト隊長。良ければ手合わせをしていただけませんか?」

「何?俺がか?」

「はい。久しぶりにクエルト隊長にご指導をいただきたいです。」

「…お前、俺の歳を考えて言っているのか?あれから何年たっていると思ってる?」

「そんなご謙遜を。訓練指導としてここにいるので、少しはそれっっぽいところを周りに示しておかないといけないんですよ。」

「まったく…仕方ないな…。」

「ありがとうございます。」



数分後

「なぁ、クエルト隊長と翼の騎士が模擬戦だってよ!」

「なんだって!?」

「めちゃくちゃ見たい!」


手合わせという話がいつの間にか模擬戦へと変わり、気が付けば演習場の御前試合用の舞台の上に二人は立っていた。


「おい、なぜ、こんなことになっているんだ!?ただの手合わせだろうが!」

「さぁ。でも、この方が他の騎士たちへいい見本になりますよ。」

「お前は昔から…。後でオッド騎士団長に叱られても知らんぞ。」

「騎士団長と副団長ならあそこで観戦するようですよ。」

「なぁに!?」


クユル様の言葉にクエルト叔父様が鋭い視線を向ければ視線の先でオッド騎士団長とインブル副団長がサッと視線を逸らした。あれ?騎士団長たちも叔父様が怖いのかしら。

ミールと二人で並んで始まりを待っていると「よっ!」とミールの肩を誰かが揺らした。


「レシ隊長!?」

「テオ隊長!」


視線の先にはレシ隊長とレシ隊長に肩を組まれて嫌そうなテオ隊長が並んでいた。


「久しぶりだなアヤメ嬢。体調はもういいのか?」

「はい。もうすっかり良くなりました。その際はありがとうございました。」

「いや、気にすんなよ。騎士団にいたのにあんなことになって、本来なら俺たちに非がある事だ。」

「そんなことはありません。父からオッド騎士団長に正式に謝罪を受けたと聞きました。私も父も騎士団の皆さまには感謝しかないです。」


レシ隊長と話している間にも右頬に物凄く視線を感じる。この視線の主は恐らくテオ隊長だろう。わかっているけど、そちらを向く勇気がない。だって私、今砂と埃まみれの顔してるし。顔とか黒くなってるし…無理無理無理…。


「…まもなく始まるようだ。」


私の願いが通じたのか、テオ隊長が低い声で告げた。そして同時に騎士たちから歓声が上がる。舞台の上ではクユル様とクエルト叔父様が対峙しそれぞれに拳を構えていた。


「すげぇな。伝説の翼の騎士…戦うところを見られるなんて。」

「クエルト隊長も今日は大分本気のようだ。」


レシ隊長とテオ隊長の言葉に改めて二人をよく見れば、クエルト叔父様は先ほどとは違い真剣な表情で拳を構えている。そしてクユル様も猛禽類の瞳を真っ直ぐにクエルト叔父様に向けて鶏冠を逆立てていた。

一陣の風が吹き、それと同時にクユル様が飛び出した。クエルト叔父様はその動きをまるで読んでいたかのように躱し、拳を打ち込む。まるでカンフー映画を早送りで見ている様だった。流れるような拳の応酬とたまにしゃがんだり後ろに飛びのいたりして繰り出される足技。ワイヤーアクションのように見えるそれはとても人間わざとは思えない。しばらくその状態が続いた後、ドガッ!!と骨がぶつかるような鈍い音がして二人動きが止まり、クユル様がゆっくりと片膝をついた。な、なにがあったの?早すぎてよく見えなかった!

ミールも私と同じだったようでお互いに視線だけで確認するが、勝敗の決め手がわからなかった。


「クエルト隊長の勝利だ。」

「ああ。最後にクユル殿の翼の一瞬の乱れから次の動きを予測して急所に一撃ったって所か。あれを食らったらアンモス隊長でも半日は動けねぇだろうな。」

「うむ。だが、クユル殿も寸前で急所は外したようだ。」


二人の会話を聞いてミールと頷き合う。お二人がいてくれてよかった。

舞台の上ではクエルト叔父様がクユル様に肩を貸して歩いていた。…クエルト叔父様が翼の騎士に勝つなんて…。どんだけ強いの?!私はクエルト叔父様の強さに驚いていたが、周囲の騎士は余り驚いていないようで、むしろクエルト叔父様が勝ったことに歓声を上げている。


「やっぱり、あの言葉は本当なんだな。」

「当たり前だろ?あれだけは騎士団の絶対だぞ。」


ふいに聞こえてきた言葉に思わず視線を向けたが、すぐに大きな体でさえぎられてしまった。


「さ、俺たちも訓練に戻らないとな。」

「あ、ああ。そうだな。」

「ほら、0番隊も招集が掛かってるみたいだぜ。」


私の視線をさえぎったレシ隊長とテオ隊長は矢継ぎ早に会話を続けて、そそくさと私達をその場から離れさせた。

…何なの?


ようやく見えなくなった私の姿を確認してレシ隊長がため息を落とす。テオ隊長も同じように肩の力を抜いた。


「アレは絶対にアヤメ嬢には秘密だぞ。」

「もちろんだ。もしそのまま本人の耳に入った事を考えると…。」

「考えるな!考えるなよ。俺たちはまだ生きている。」


そんな二人の会話を知るよしもなく。私はクユル様とクエルト叔父様の手当に回った。


誤字脱字報告ありがとうございます。

更新が遅くなり、申し訳ありません。

今後もよろしくお願いします。

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