110.侯爵令嬢と青い鳥6
短いですが、よろしくお願いします。
お父様が落ち着いた後、プルシアンの聖獣の少女にエルフの容体や症状を聞きながら話し合いを重ねたが、結局これといった成果は得られないまま、時間は深夜を回り、フェアファスング様とオッド騎士団長、テオ隊長は帰られることになった。
玄関ホールでお父様とお母様がフェアファスング様とオッド騎士団長を見送る中、私は少し離れた位置にいたテオ隊長に歩み寄った。
深夜を回った時間になるまでテオ隊長は私たちの話し合いに参加するでもなく、ただじっと立っていただけだった。時間を持て余して退屈だったかもしれないのに、文句ひとつ言わず最後まで付き合ってくれた事に申し訳ない気持ちになってしまい、最初に出たのは謝罪の言葉になってしまった。
「申し訳ありませんでした。」
そう口にすれば、テオ隊長は表情を変えることなく首を横に振る。
「アヤメが謝る事は何も無い。」
「ですが、こんな時間までお付き合いしてもらって…。明日も訓練や演習があるのに…。」
申し負けない気持ちで眉を下げれば、テオ隊長はもう一度首を振る。
「明日の事は問題ない。それよりも、病み上がりなのにこんな夜更けまで起きていて体は大丈夫だろうか?見送りが済んだらゆっくり休んでくれ。」
静かに落とされた言葉に胸がキュッと締まる。
こんな時まで、私の事を心配してくれるなんて…。テオ隊長に優しさに、自然と笑みがこぼれれば、それを見たテオ隊長は少し不思議そうに首を傾げた。その肩越しにオッド騎士団長の騎士の制服が揺れてあることを思い出した。
「あ、…上着をお返しするのを忘れていました。」
今の今まで、すっかり頭から抜け落ちていた上着の事を口にすれば、テオ隊長も思い出したかのよう、「ああ。」とつぶやいた。
その言葉を合図にそばに控えていた侍女がサッと丁寧に包装された包みを差し出した。
それを見た瞬間に思わず目を見張る。
今朝侍女の手によって持ち出されたテオ隊長の上着は、『花束の君』を最推しする侍女たちの手によって、柔らかな包装紙で幾重にも包まれ、リボンでこそなかったものの上質な皮ひもが結ばれていた。しかもその皮ひもに挟まっていたのはとても見覚えのある栞だ。
厚い色紙に薄紫色の小さな花を押し花にして貼り付けたそれは先日薬草を取った際にエーデルと作ったもので、使用人たちも自由に使って欲しいとスチュワートに預けていたはずなのに!!
なんでこの栞がここにあるのよ!!
心の中で絶叫し、後ろを見ればなじみの侍女達が満足感に満ち溢れた表情で頷いていた。まるで「いい仕事をしました!」というような表情で並んでいる彼女たちに思わず肩が落ちる。
「…ここまでしてもらほどのものではなかったはずだが…。それに、この栞は…?」
テオ隊長も過剰包装と栞の存在に気が付いたようで包みを受け取るとゆっくりと栞を手に取ってまじまじと見つめている。
あぁ、もうっ!こうなっったら自棄よ!!
「あ、その…。私がエーデルと作りました。薬草に使う花を押し花にしたものです。…素人が作ったので、拙いもので申し訳ありません。あの、必要なければ廃棄してただいて…。」
何とか栞の件をごまかそうと言葉を続けようとした時、テオ隊長が栞を鼻に近づけてスンと香りを確かめた。まるで栞に口づけるようなその仕草に口まで出かかった言葉が飛散してしまう。彼の手にあるのは…、口づけるように顔を寄せているのは…ただの栞だというのに。
「…香りはしないのだな…。ちょうど読みかけの本があったので助かった。大事に使わせてもらう。…ありがとう。」
低い声が鼓膜を揺らして、その瞬間時が止まってしまったかのように体が完全に制止した。
え?!あ…え!!?なに!?今の!!
押し花だもん、匂いなんてするわけないよね!!?え?テオ隊長って天然!?いやいや、そうじゃなくて…今、栞に、一瞬…ッッ!!???
動かなくなった体とは対照的に頭の中ではさまざまな思考が飛び交い、羞恥なのか何か、よくわからない熱が爆発していく。
「では…また…。」
栞を外套の内ポケットにしまったテオ隊長は包みを小脇に抱えると、長い腕を伸ばして私の髪を一束掬い上げた。私を見ていた漆黒の双眸が伏せられ、手に取った髪に触れるか触れないかの距離で口を近づける。
ッッツ!!...息が…できない。
一瞬のはずなのに、スローモーションのようにゆったりとした時が流れているような錯覚に陥る。…そして、そっと髪から手が離れた。
その流れをただ目に映していた私に再び真っ直ぐに視線が向けられる。
「おやすみ。」
今度は頭の中の思考すら飛散した。
先ほどと変わらないはずの低い声なのに、なぜか腰から背中にかけてゾクリと響き全身の血が沸騰する錯覚に襲われる。明らかにキャパオーバーで脳内処理が全く追いつかない。それでも何とか首を縦に振れば、テオ隊長はお父様のほうへ向かっていった。
…。
……。
…………_____!!??
そのまま壊れた人形の様にギシギシと動きながら、三人をお父様たちと並んで見送る。
…その後どうやって部屋まで帰ってきたのか。夜着に着替えたのか全く思い出せない。
気が付いたら、ベッドの上で放心していた。
…あれは…いったい何だったの…?
ようやく戻って来た思考に再びあの場面を思い出してしまいボフンッ!と一気に顔が燃えた。テオ隊長の息遣いや触れた髪にかかった吐息、その全てが鮮明に思い出され、そして、とどめは、私をまっすぐ見つめた瞳とあの低い声。
『おやすみ』
うああああぁぁああぁああっぁああっっっ!!!!
グワッと熱が増して、そのままジタバタとベッドの上で身もだえれば、近くで伏せていたタケとウメが「何事か!?」と顔を上げた。でも、それをなだめる余裕はない。
「…ほんっ…とうに、なんで…あんな事…。」
仰向けに寝転び、落ち着かせようとゆっくり息を吐いた。
あれって…やっぱり、そういう事だよね…。テオ隊長は…多分、私の事…。
『そうに決まってんでしょ!!』
突然頭に響いた声と共に、目の前に半透明の少女が現れた。
「!!…ッ…!!」
驚きで反射的に出そうになった悲鳴を何とか飲み込む。
ちょっと!突然出てきたら驚くでしょうが!!?
驚かされたことと馬鹿にするような視線に、口調も崩れて言い返せば、少女はフンッ!と腕を組んでベッドの上に座り込んだ。
『何よ!今まで私の事を無視していたくせに。あの騎士のせいで私の思念があなたの頭に入らなくてどれほどもどかしい思いをしたと思っているのよ!?』
え、そんなこと…。
まぁ、確かにテオ隊長の一件があった辺りから私の思考回路は停止していたような気もしないけど…。
『あなた、それでごまかせると思っているの?』
ジロリと睨まれて思わず視線を泳がせれば、再びフン!と荒い鼻息が聞こえた。
『大体、何をそんなに悩む必要があるのよ。誰がどうみてもあの騎士はあなたの事が好きでしょ?!人間にしては珍しく無垢な心をしているから、あっちもだいぶ戸惑っているみたいだし、色々すっ飛ばしている事も多いように思うけど、自分の気持ちに正直に向き合えないあなたのほうがよっぽどたちが悪いわ。』
グサッ!と少女の言葉が胸に突き刺さった。
『あなただって、本当は気が付いているんでしょ?あの騎士の気持ちも、自分の気持ちも!なのに、どうしてそこまで頑なに向き合おうとしないのかしら?…ほんと、人間の考えている事ってわかんない。』
グリ…!と先ほど刺された言葉の刃が胸に深く押しこまれる。刺し傷は深くなるほどに重傷だということをこの少女は知っているのだろうか?
少女の言っていることは正しい。私だってテオ隊長が自分に向けてくれる気持ちをわからなわけではないし、自分の中に芽生えているその気持ちの名前を知らないわけではない。
でも…。まだ、…それと向き合うことが…私には、できない。
余りに少女が言うことが正論過ぎてぐうの音も出ないでいると、バサッ!といきなり掛布を取り上げられた。
な、なにするのよ!!?
『とにかく!今はあなたの恋愛事情にかかわっている暇はないのよ。一刻も早くアルシナシオン島へ、精霊王様の元へあなたを連れて行かなくてはいけないの。』
それは分かっているわ。でも、何度も言うけど、しっかりと奇病の原因や下調べをして準備をしていかないと対応できないわ。
『それは納得しているわよ。だから、今のうちにあなたに精霊の加護と力を与えるの。』
精霊の加護と力…?
少女の言葉の意味を測りかねて聞き返せば、そのまま少女はテラスに続く窓を両手で大きく開けた。そこから流れ込んできた夜風に、先ほどまで私たちを見守っていたタケとウメが、ゆっくりと立ち上がり私に視線を向ける。まるで、どこに行くのかを知っているようだ。
『今から、あなたに精霊と契約してもらうわ。』
精霊と契約!!
それって、マナを交換するっていう…?
『そうよ。幸いに今日は満月。精霊たちの力が最も高まる日。これほど契約に適した時はないわ。』
そして、少女は私の元まで戻ると手を取って勢いよく私を引っ張り上げる。
『さぁ、四大精霊に会いに行くわよ!!』
そしてそのまま風の様に駆けだした。
誤字脱字報告ありがとうございます。
更新頻度は落ちましたが、しっかりと最後まで書かせていただきたいと思っております。
今後ともよろしくいお願いいたします。