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106.侯爵令嬢と青い鳥2

プルシアンの聖獣である少女の言葉と必死な様子に思わず息を詰める。

私以外の人間には言葉が通じないはずなのに、その場にいた全員が少女の様子からなにかを感じ取っているようで、空気が一気に静まった。


『(今この時にも、私たちの島では大勢のエルフたちが苦しんでいる。そしてそれに伴って精霊たちの力も弱くなっているわ。もう…時間がないのよ…。)』


言い切った少女の瞳からボロリと大粒の涙が溢れた。

エルフと精霊にどのような関係があるのかはわからないけど…話を聞く限りではアルシナシオン島で、エルフと精霊たちに重大なことが起こっているのは分かった。


…わかったけれど…。


そこまで考えて浮かんできたのはいまだに目を覚まさないアルの事だった。

今はアルのそばを離れたくない。もう、アルを置いていきたくない。

その強い思いが、今すぐにでもアルシナシオン島へ動き出そうとする医者としての私を引き留めた。


その思いのまま、目の前で涙を流し震える少女への言葉を探しているとバッと形のいい頭が揺れる。そして、涙に濡れた瞳が私に向けられた。


『(さっきの話は聞いていたわ。あなたがイスラ王国へ行かない理由もここを離れない理由もわかってる。…でも、私もあなたをアルシナシオン島へ連れて行くことは諦められない。)』


そう言った少女が乱暴に目を腕で擦って涙を拭う。少し赤くなった目元のまま少女は強く笑った。


『(だから、私がその原因をなくしてあげるわ!)』


え!?……原因を、無くす…?


それまでただ少女の話を聞くだけだった、私はその言葉にハッとする。


原因を無くす。


つまり、それはアルを………無くす……?!


『(ちょっと待っていなさいね!すぐに、やってくるから!)』


え!あ、待って!!!

「待って!!」


思わず声に出して叫んだが、次の瞬間にはパチンという音と共に少女が消えていた。その光景に、サーと全身から血の気が引いていく。

まさか……まさかッ!!!

すぐさま浮かんだ最悪の光景にわたしは弾かれたようにその場から駆け出した。


「アヤメッ!!」

「アヤメ嬢ッ!!!?」


突然駆け出した私の背中に複数の声が飛んだがそんなことを気にしている余裕なんてない。頭の中では先ほど思い浮かんだ光景がなん度もなん度も流れていく。


いや、嫌だッ!やめてッ……アルッ!!!


長い廊下を走っている途中でパンプスが脱げたがそれを機に邪魔なヒールがついたもう一つも脱ぎ捨てた。

もっと速く、速く走って!!

気持ちが急ぐばかりで自分の足が遅く感じる。それに比例するように嫌な予感が増長していく。


玄関ホールを抜けて、庭に転がり出る。ドレスの裾を踏んで転んだがすぐさま跳び起きてを引き裂いた。重いドレスなど脱ぎ捨ててしまいたかったが、そんなことをする時間が惜しい。

今は一刻も早くアルのところに行かなければ!!


裸足で庭をかけて、ようやくアルの眠る小屋が見えた時


「グエェェェェェェェーーーーーーーーーッ!!!」


と断末魔のような声が響き渡り、ドクンッ!と心臓が跳ねた。


まさか、まさか…………!!!???

アル……アルッ……!!


ザワザワと体を這い上がってくる嫌な感覚を振り払うように必死で足を動かす。


嫌、やだ!やめて!!アル!!


心の中でなん度もアルを呼び、ついに小屋のノブに手が届いた私は勢いよく押し開いて中に転がり込んだ。


「アルッッ!!!!!」


転がり込んだ勢いのまま、アルのスペースに突進すれば


「グギャー…。」


懐かしい鳴き声と共に今までピクリとも動かなかった大きな体がムクリ…と動き、ゆっくりと大きな頭がこちらを向く。


「…!!?」


その光景に一瞬で全てのことが吹き飛んで、先ほどまで動いていた体が、思考が、焦りが、嘘みたいにぴたりと止まった。


「グー…?」


そんな私に今まで眠り続けていた大切な友は不思議そうに首を傾げる。しかし、その顔は、視線は真っ直ぐに私に向けられていて、しっかりと開いた瞳には生命の強さが光っている。そして、久しぶりに見た大きな瞳にはボロボロのドレス姿で裸足のままほうけた顔をして立ち尽くす私が映っていて…その瞬間、体の奥から様々な感情が込み上げて溢れた。


「ッ……ア、ルッ……!」


アルが目を覚ましたら

とびきりの笑顔で「おはよう」と伝えよう。

たくさんの「ありがとう」と「ごめんね」も伝えよう。

アルの目が覚めたら……

といろいろなことを考えて用意していたのに、私はボロボロの姿でみっともなく涙を流し、鼻水を垂らし、何も伝えられないまま、アルの大きな体を抱きしめていた。


「クゥー…。」


羽毛に埋もれた私の肩にアルの頭が擦り付けられる。


「アル…。」


懐かしい仕草にさらに涙が溢れた。アルが頭を肩に擦り付けるのは私が悲しんでいる時や落ち込んでいる時だった。慰めるように何度も優しく擦り付けられる頭は暖かくて、柔らかくて、私は何度もそれに救われた。自分の方が酷い怪我をして長い間苦しんでいたというのに、目を覚ました途端に私を思ってくれる事に堰を切ったよう様に止めどなく涙が、様々な気持ちが溢れだす。


心配したよ。

苦しい思いをさせてごめん。

痛い思いをさせてごめん。

私のために頑張ってくれてありがとう。

大好きだよ。

ずっと待ってたよ。

会いたかったよ。

目が覚めて良かった。

会いたかった…。


「うわぁぁぁぁッ…!」


伝えたい言葉はたくさんあるのに何一つ伝えられず…ただ、小さな子供の様に大きな声をあげて泣いた。



「アヤメッ!」


そのすぐ後、テオ隊長とオッド騎士団長を先頭にお父様とフェアファスング様が小屋に傾れ込んできた。そして、目を覚ましたアルを見て皆驚き、足を止める。


「これは…ッ!?…どういう、ことだ?」


アルの容体を誰よりも知っていたお父様が驚愕の表情でこぼせば、パチンという音と共に先ほど姿を消した少女が現れた。


『(このアルゲンタビウスがあなたがここから離れられない理由だったんでしょ?だから、私が精霊の力で治してあげたの。)』


ニコニコと少し得意げに言った少女は腰に手を当てて胸を張った。


精霊の力…?その力でアルが目を覚ましたの?

まだ止まりきっていない涙を強引に手で拭い、嗚咽を堪えて聞けば、少女は誇らしげに頷く。


『(ええ、そうよ。このアルゲンタビウスからは邪な匂いがしていたし、心に異様な黒い蔦が絡んでいたわ。それを浄化したの。ついでに少し私の加護も与えたから、以前よりも生命力が強くなっているはずよ。)』


医学的には治療が完了して、あとは自然に目覚めるのを待つしかない状況だった…。その原因が少女の言った邪な匂いなのか、黒い蔦なのかはわからないけど、それを、精霊の力で浄化するなんて…。前世の医学では考えつかない…。それこそファンタジーの世界のような話に開いた口が塞がらない。

…いや、待って。

魔法も精霊も存在する時点でもうこの世界そのものがファンタジーなのか…。


ぐちゃぐちゃと考え込む私のそばにやってきたお父様に少女の話を聞かせてあげれば、私と同じように口を開けたお父様はしばらく考えたあと確かめるようにアルの体を診察した。もちろん、その結果も良好だった。


「信じられん。…魔法が及ばない聖なる力…。」


ぶつぶつと独り言を言い始めたお父様はどうやら研究モードに入ってしまったようだ。昔から探究心の塊だったお父様は一度研究モードに入るとしばらく何も耳に入らなくなってしまう。

小屋の入り口付近で立ち尽くしていたフェアファスング様とオッド騎士団長も驚いた表情をそのままに一様に口を閉ざしていた。


『(さぁ、あなたがここを離れられない原因は私が消したわ。今度こそ、私と一緒にアルシナシオン島へきてちょうだい!!)』


その場にいた全員が驚きに戸惑い言葉を発しない中で少女の声が響く。その声に私はアルからゆっくりと体を離して少女の前に立った。


もう涙は完全に止まっている。


ドレスはひどく汚れて裸足の足は土まみれだが、それでも見える部分の汚れははたき落とし、ゆっくりと頭を下げる。


医療は完璧じゃない。

治癒魔法は絶対ではない。

持っている力を全て使っても失われる命は無数にある。決して諦めていたわけではなかったが、少女によって私は、アルは、確実に救われた。


ありがとう。

アルを救ってくれて、ありがとう。


心の中で何度も告げて、今度は姿勢を戻し、しっかりと宇宙のような星がちりばめられた少女の瞳を見て口を開いた。


「本当に、ありがとう。…今度は私の番ね。」


私の声が少女に届いたのかわからなかったが、私がそういえば少女の顔はみるみるうちに明るい表情に変わっていく。


「…エルフを助けるわ。」


医学は絶対ではない。

私が持てる力全てを使っても救えない命はたくさんある。前世よりも医学が遅れているこの世界ではできないことがたくさんある。


それでも…

私は医者として、1人の人間として、大切な友を救ってくれた少女に、できる全てで恩返しをしたい。


「行きましょう、アルシナシオン島へ。」


アルシナシオン島で何が起きているのか、エルフ達がどういう状態なのか、まったくわからない。そう思えば不安もあるけど、それを払拭する様に強い笑みを少女に向ければ、その少し後、先ほどから泣いて、焦り、辛そうな表情を浮かべていた小さな少女が満面の笑みで頷いた。

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