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10.侯爵令嬢とパーティ


穏やかな休日の午後。

王都の中でも一等地に位置するフェアファスング公爵家には、夫人の誕生日を祝うために集まった多くの貴賓・来賓でにぎわっていた。


「いらっしゃい、フェル。」

「誕生日おめでとう、プラーヴァ。」


本日の主役である、フェアファスング公爵夫人プラーヴァ様はお母様と挨拶して、互いを抱きしめ合った。金髪碧眼のプラーヴァ様は十代の息子が2人いるようにはとても見えない。美しく気品あふれるしぐさや威厳はまさに公爵という最高位貴族の奥方にぴったりだ。


「今日は娘を連れてきたのよ。ご挨拶させていただいてもいいかしら。」

「もちろんよ。」

「アヤメ、ご挨拶を。」

「は、はい。お初にお目にかかります。アールツト侯爵家が娘、アヤメ・アールツトでございます。この度はお招きいただきありがとうございます。並びに、謹んでお誕生日のお祝いを申し上げます。」


何とか言い切って、細心の注意を払いながら私の中で一番美しい礼をする。ゆっくりと礼を戻すと、お母様が満足そうに目を細めてほほ笑んでくれた。

よかった…。何とか及第点といったところかしら…?


「ご丁寧なあいさつをどうもありがとう。今日は来てくれてうれしいわ。楽にしていいわよ。フェルと私は幼い時からの親友なのよ。…そして」


プラーヴァ夫人は私の右手を両手で握ると、そっと耳元に話しかけてきた。


「レヒトを…我が息子を助けてくれてありがとう。あなたが、あそこで処置をしてくれなければ、レヒトは助からなかったかもしれないと聞きました。あなたには感謝してもしきれません。ありがとう。」


それは公爵家の夫人としてではなく、一人の母親としての言葉だった。

耳元から離れた公爵夫人は、その碧眼の目を潤ませて私に優しく微笑む


「今日は…本当にありがとう。ぜひ、楽しんで行ってちょうだい。もう少ししたらレヒトたちも来ると思うわ。」

「は、はい。ありがとうございます。」


夫人からはなれ、お母様のお知り合いへの挨拶も一通り終えたところで私はやっとお母様から解放された。帰宅まで好きにしていいといわれたので、とりあえず飲み物をもって、中庭に出る。中庭は色とりどりの花々が咲き誇り、中心の噴水を美しく彩っていた。

中庭に噴水って…やっぱり公爵家はすごいなー。


ずっと室内にいたから、頬を撫でる新鮮な風が気持ちいい。そのまま噴水前のベンチに腰を下ろした。

ふいーっと力を抜けばだらけてしまう体を何とか堪えつつ肩の力を抜く。

今日のために用意したレモンイエローのオフショルダーのドレスはレースとシフォン生地が美しいデザインのドレスだ。子供らしさの中に大人の女性らしさを取りこんだ…とか商人は言っていたが、よく覚えていない。ただ、このレースでできた花飾りは気に入った。ドレスにも髪にもつけている。化粧もうっすら施してもらい、今日は当社比120%の女子度を更新しているはず。前世ではあまりおしゃれをする機会がなかったから、少しくらいはいいかもしれない。

花飾りをいじりながら、飲み物を口にしていると。フッと影が重なった。


「こんなのころに花の妖精…かと思えば君だったのだね。」


見上げた先はピンクブロンドの中性的な顔。


「サーチェス様?!」

「やぁ。ご機嫌麗しゅう、侯爵令嬢殿。」


視線の先にいたのは、切れ長の目でふわりとほほ笑んだ錬金術師アーバン・サーチェスだった。

始めて見た時とは違う、礼装に身を包んだ彼はどこからどう見ても男前。キセルを片手に紫煙をくゆらせる所作には色気まで感じてしまう。

うわー、イケメンだとは思っていたけど、礼装するだけでここまで人って変わっちゃうんだ。

思わずまじまじと見つめていると、サーチェス様は面白そうに肩を揺らした。


「なに?私の顔に何かついているかな?」


首をかしげてどこか含みのある声に私は慌てて首を振る。


「いえ、その、不躾に見てしまって申し訳ありません。」

「ふふ。君は面白い子だねえ。…隣、いいかな?」

「あ、はい。どうぞ。」


隣に腰を下ろしたサーチェス様との距離の近さに思わずドキリとする。まぁ、ベンチが2人がけだし、近いのは当たり前なんだけど…サーチェス様から漂う甘い香りが妙に彼の存在を意識させる。それよりも、初めて会った時とはだいぶ態度が違う気がするのだけれど?


「今日はずいぶん可愛いかっこをしているね。」

「あ、えっと…今日は初めてのパーティなので。サーチェス様も、この前とは衣装が違いますね。とてもお似合いです。」


こういう場面では前世の年の功が役に立つ。普通に恋愛もしていたし、それなりに男性とも付き合いはしてきた。さっきは不意打ちでドキドキしたけど…うん。今は大丈夫。


「今日は公爵夫人のパーティだからね。大事な後援者の顔に泥は塗れないよ。」

「後援者?」

「私の研究に資金援助をしてくれる人間の事だよ。こういう場所もこの服も、私は好きじゃないから滅多に出ないのだけれど、今日は出てきてよかった。」

「今日は?」

「そう。…君に会えたからね。」


突然、真顔でそんなことを言われて、私の顔がボンっと燃え上がる。

落ち着け!落ち着け!さっきまでの経験と余裕を取り戻せ!

あくせくと、顔のほてりと戦っている私を見てサーチェス様は笑いだした。


「可愛いね。…まだ9歳だったよね?ちょっと早すぎたかな。」


明らかに私で楽しんでいる彼は、肩に流したピンクブロンドの毛先で遊びながら煙管をふかした。


「サーチェス様。からかうのはおやめください。」

「からかってはいないよ。私が君に会いたかったのは本当だよ。」

「え?」


明らかに先ほどとは雰囲気が変わった声に私は彼を見上げる。

切れ長の目の奥の薄水色の瞳はしっかりと私を映していた。


「君からの依頼を受けるよ。」


その声ははっきりと私の鼓膜を揺らした。そして、その真剣な表情からその言葉が嘘や比喩でないことがわかる。


「…どうしてですか?この間は断られたのに…。」


初めての交渉の席でサーチェス様は「興味がない。」と私からの依頼を断った。それなのに、なぜ今になって引き受けると言ってくれたのか?


「そーだねー…。」


私の頭に大きな手がそっと乗った。


「君に…アールツト侯爵令嬢としてではなく、ただのアヤメという少女に興味を持ったからかな?」


中性的な顔立ちに似合った少し高めで、男性の色香を纏った声がささやく。

優しく微笑む表情が、頭に乗せられたその手の大きさと熱が、ズドンっと私を撃ち抜いた。


「ふふ。顔真っ赤。…本当に可愛いね。」


あまりの衝撃にしばらく固まった私の頭を数回撫でるとサーチェス様は立ち上がった。緩慢に顔を動かしながらその姿を追う。


「また、連絡するよ。またね、アヤメ。」


またしても、いうだけ言って去っていったサーチェス様を私は追いかけることができなかった。情報が多すぎて頭が整理できていない。そして、多分今は立ち上がれない。

何だったの今の?なんでそうなったの?!

ゆっくりと気持ちを落ち着かせながら手持ちのグラスの中身を一気に飲み干す。グレープフルーツの苦みと酸味が火照った体を冷やしていく。


よくわからないけど、サーチェス様は私の依頼を引き受けてくれるといったし…これで欲しかった医療器具が手に入る。

連絡くれるって言っていたし、早速帰ったら図面を見なおさないと。


頭の中でこれからの計画を練っていると、再び影がかかった。

サーチェス様が戻ってきたのかと思い顔を上げると、立っていたのは銀髪碧眼の美青年だった。


…今日はなんなの…?


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