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104.侯爵令嬢の決意と青い鳥

頭を下げた後、部屋にいる誰もが言葉を失っていた。

その理由は分かる。私の安全を考えればフェアファスング様のお話を承諾するのが一番の方法だから。そして私がイスラ王国で薬学を学びたいと以前から漏らしていたことを知っていたから。

でも……。

今私はこの屋敷を離れるわけにはいかない。


「…理由を聞いても…?」


沈黙を破ったのはフェアファスング様だった。

怒られるだろうか?不興を買ってしまっただろうか?そんな思いからびくびくとためらいがちに彼を見上げる。しかし、予想とは反して、そこには穏やかな表情があった。それに少しだけ安心して、気合を入れなおす。


「…私は、今この屋敷を離れたくありません。」

「その理由は?」


間髪入れずに返された言葉にヒクッと喉が震える気がしたがそれを無視してまっすぐに背筋を伸ばす。


「私は…アルの傍を離れることはできません。…したくありません。」


私の言葉を聞いたお父様とお母様の息を詰める音が聞こえた。オッド騎士団長もテオ隊長も何を言っているのか?と言わんばかりの表情でこちらを凝視している。

…わかっている。

たかが貴族の令嬢が一国の王と宰相からの願いを飼育している動物のそばにいたいからという理由で断ろうとしているのだから。そのことがどれほど異常でばかげたことだと思われるのは…わかっている。

わかっているけど…でも…。


「アルは私の初めての友達であり、苦楽を共にした大切な存在なのです。私は病床のアルと約束しました。あなたが目覚めるまでどこにも行かないと。…アルは寂しがり屋で甘えん坊で、私に置いて行かれることをひどく嫌がります。ですから…」


言いながら鼻の奥がツンッと熱くなり勝手に視界が涙で歪み始める。


「…フェアファスング様にも陛下にも大変申し訳ありませんが、私にとってアルは家族以外で初めてできた心を許せるものなのです。何にも代えがたい大切な存在なのです。ですからっ…!」


瞼から溢れそうな涙を飛ばすように一度頭を振る。

これは私の我がままだ。お父様もお母様も呆れるだろうし、叱責されるかもしれない。テオ隊長やオッド騎士団長にも不快に映るかもしれない。でも、私には…どうしてもアルを置いていくことはできない。


バンッ!!

その時、大きな音と共に目の前のテーブルが揺れた。乗っていたカップから紅茶が飛び散り、白いテーブルクロスにしみが広がる。驚きながら音がした方に視線を移せば、お父様が両手をテーブルについて深く頭を下げていた。

え……?!な、にをして…?


「私からも、今回の件は断らせてほしいっ!」

「お父様っ!?」

「ヒルルク…?」


お父様の行動に私と同じように驚いているであろうフェアファスング様はそれでも表情を変えること静かにお父様に尋ねた。


「お前まで、そういう理由は?」

「アヤメの…娘の()()()()()()を、かなえてやりたいっ!」


!!?


今度はお父様の言葉にその場にいた全員が目を見開いた。

国の至宝ともいわれる大貴族の当主が王と宰相の願いを断る理由が「娘の我儘を叶えたい」などでは侯爵家の面目丸つぶれどころの話ではない!

名門アールツト侯爵家の威厳と気品を損なうかもしれないと、慌ててお父様にやめるようにと手を伸ばそうとしたところで再びフェアファスング様の声が落とされた。


「…初めて、か…。」


…え?

その言葉の意味が分からず視線を向ければフェアファスング様は声もなく笑っていた。


「頭を上げろヒルルク。お前の気持ちもアヤメ嬢の気持ちもよく分かった。」

「ユスティッ!!」

「うるさい。昔から声がでかいんだよ、お前は。」

「だがっ…私は…。」

「わかっている。アヤメ嬢は幼い時から我がまま言うこともお前を困らせる事もしてこなかったんだろう?それが、今初めて自分の意志を押し通そうとしている。…同じ子を持つ親として…友として…お前の気持ちくらい手に取るようにわかるさ。」


頭を上げたお父様は惚けたような表情でフェアファスング様を見る。その視線を受けたフェアファスング様は一つ頷いて私に視線を向けた。


「アヤメ嬢の気持ちも想いもよくわかりました。残念ではありますが、今回の話は断りましょう。」

「フェアファスング様っ!?」

「…私はこれまであなたに幾度となく救われてきました。あなたがいなければ息子は命を落とし、あなたが立ち上がらなければこの国は狂犬病に襲われていた。そして、あなたが無事に誘拐犯の元から帰ってきてくれなければ…、私は唯一の友を失っていたでしょう。」


そこで一度言葉を切ったフェアファスング様は、私の隣で未だに呆然としているお父様を見てすぐに私に視線を戻す。


「そんな大恩あるアヤメ嬢の、初めての我儘を私も叶えて差し上げたい。」


そう言っていたずらに笑ったフェアファスング様はどこか少年の様に見えた。初めて見るそんな顔に私はあっけにとられながらもすぐに頭を下げてお礼を伝える。

陛下とフェアファスング様には申し訳ないし、せっかく招待をしてくれたコウカ国王陛下とイズミ様にも申し訳ないけれど……よかった!これでアルのそばにいることができる!


「ありがとうございます。本当に…ありがとうございます。」


何度もお礼を伝えてようやく頭を上げた時だった。


コンコン…!


と何かが貴賓室の大きな窓を叩いた。一番窓際にいたテオ隊長が振り返れば、窓の向こうには先ほど湖の東屋で見た真っ青な鳥、プルシアンが佇んでいた。


「…鳥か?」


オッド騎士団長もテオ隊長と同じように窓を振り返って覗き込む。

コンコンコン…!

再びプルシアンが小さな嘴で窓をつついた。

どうしたのかしら?もしかして、中に入りたいの?それからも何度も窓をつつくプルシアンにお父様とお母様もどうしようかと顔を見合わせ、フェアファスング様も二人の様子をうかがっている。その時だった…。


『found it…』

「え?」


突然頭に英語で女の子の声が響く。突然の事に思わず声を上げてしまった私にみんなの視線が集まった。しかし、それを気にする間もなく一気に声がなだれ込んでくる。


『found it. found it. found it!!God’s beloved reincarnation of the other world!』

(見つけた!見つけた!見つけた!!神に愛されし異界の転生者!)

『found it. found it. found it!!A beacon of Hope to Save Us!!!』

(見つけた!見つけた!見つけた!!私達を救う希望の光!!!)


頭に流れ込む声は同じ言葉を繰り返し、次第に大きくなってく。その情報量に私は思わず頭を両手で抱えてうずくまった。

なに?誰なの!?何なのよこれ!!

必死になって声を追い出そうとするが声は一方的に頭に流れ込んでくる。


「アヤメ!?どうしたっ!!?」

「アヤメッ!しっかりして!!」


お父様とお母様が私の体を抱きしめるが私は頭の中の大混乱に声にならない声を発しながらきつく目を閉じることしか出来ない。


「アヤメッ!!」

「テオ!あの鳥だ!」


私の急変にに珍しくテオ隊長の声が響く。その横でオッド騎士団長が剣を抜いてプルシアンへ切っ先を向けた。その間にも留まることなく頭に流れ込んでくる声。


『found it. found it. found it!!God’s beloved reincarnation of the other world!』

(見つけた!見つけた!見つけた!!神に愛されし異界の転生者!)

『found it. found it. found it!!A beacon of Hope to Save Us!!!』

(見つけた!見つけた!見つけた!!私達を救う希望の光!!!)


同じことが頭で繰り返されて、頭が割れそうだ。

あぁ、もうっ!!やめてっ!煩いっ!!煩いっ!!煩いっ!!煩いっ!!


「Shut up!!!Don’t make noise in my head!」

(うるさい!私の頭の中で騒がないで!)


思わず耐え切れずに叫んだところで、ハッとして目を開ける。

しまった!!英語で叫ばれるものだからつい、私も英語で叫んでしまった!!慌てて周囲を見れば、皆が瞼が無くなるほど目を見開いてこちらを凝視している。

やってしまった!この世界には英語は存在しないのに…。自分の失態にどうごまかそうと思考を巡らせると、ふとさっきまでの声が消えていることに気が付いた。

あれ…?何も聞こえない…?うそ…なんで…さっきまであんなに煩かったのに。突然消えた声と自分の失態に呆然と辺りを見回せば、バチッ!と窓の外にいるプルシアンと目が合った。次の瞬間、プルシアンが気まずそうにペコッと首を垂れたのを見て思わず声を上げてしまう。


「あなたが、あの声の正体なの?!」


しかし、プルシアンは私の言葉がわからないようでコテッと首を傾げた。

うっ、可愛いな…って違う、そうじゃなくて。

プルシアンの可愛さにほだされそうになった自分を叱責したところで今度はお父様の声がかかる。


「アヤメ…今の言葉は…?」


ヤバいっ!!今はプルシアンにかまっている時ではなかった。何とかして先ほどの英語をごまかさなくては!!

私がどうごまかそうか考えている内に、信じられないものを見るような顔に変わって行き、やがて戸惑うように口を開いた。


「お前…エルフ語が、わかるのか?」

「…は?……え?エルフ語?」

「今、アヤメ嬢が口にしたのは…エルフ族しか使わない、太古の言葉です。」


お父様よりは幾分落ち着いているようだが、それでも少しだけ動揺した様にフェアファスング様がいった。


え?いや…え?!ちょっと待って…!!エルフ族しか使わない…太古の言葉!?

いやいやいや…普通に英語だったよね!!前世の時は仕事でもよく使用していた世界の共通言語…。それが…え?なに?…太古の言葉!!???

えええぇええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!


心の中で絶叫し、再び混乱に襲われる私の目の前で今度は窓辺にたたずんでいたプルシアンが淡い光を放ち、見る見るうちに小学生くらいの女の子に変身した。近くに居たテオ隊長とオッド騎士団長が剣を構えるが、その刃を気にすることなく女の子は二人をすり抜ける。


「なっ…!?」

「ッ…!!」


構えた剣ごと体をすり抜けられた二人が驚愕して固まる中、女の子は右手を腰に当て、左手をビシッと私のほうに伸ばし、顎をクッと上げると


『I am a messenger of the Holy Spirit King! You, girl, come with me!!』

(私は精霊王の遣い!そこの娘、私と一緒に来い!!)


と声高らかに言い放ったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

次回より新章スタートです。

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