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101.侯爵令嬢と騎士隊長

アリスによって部屋に連れ込まれた私は、ドレスの上からフワフワの毛皮のケープをかけられた。さらに足元はヒールのあるパンプスから膝下までのロングブーツに履き替えさせられる。そして、鏡の前で呆然とされるがままにしていた私の頭に仕上げとばかりに耳当て付きのケープとそろいの毛皮のヘッドドレスが付けられた。

いや…なんだろう…アラフォーすごく心がすり減っていく気がする…。


「完璧です。これなら防寒と可憐さを失わないし、何よりとても愛らしくお似合いですよ。騎士隊長様もお嬢様に惚れ直すはずです!」


食い気味に鼻息荒く言い切ったアリスに、足元で寛いでいたタケとウメが迷惑そうに離れそのままラグの上に腰を下ろした。タケとウメは屋敷内でも基本的に私と行動を共にしていて寝食も私の部屋でとっている。その為、寝室のベッド横は彼らの寝床として円形のラグが敷かれていた。


「…うわぁ、まって…。この格好はさすがに恥ずかしいよ?」


まるでアイドルのような全身を覆う過剰な毛皮のモコモコが中身がアラフォーの私にはキツイ。もっとシンプルなロングコートでもよくない?耳当てもヘッドドレスと一体化しているのじゃなくて普通のがあったはずなのに…。

げんなりと鏡に映った姿を見ていた私を綺麗に無視して、アリスが恭しくドアを開けた。


「さ、お嬢様参りましょう。寒空の下騎士隊長様を長くお待たせしてはお可哀そうですよ。」


いつの間にか衣装を片付けていた侍女たちもニコニコと私を見送る体制に入っている。

…いつもは私が立ち上がるまでちゃんと待っているはずなのに…。


「…もう。…そうね、テオ隊長に申し訳ないし、行きますか。タケ、ウメ、行くよ。」

「オンっ!」


よっこらしょ、と椅子から立ち上がり二頭を呼べば大きな白銀が私にすり寄ってくる。


「寒いところ申し訳ないけど、あなた達も一緒に行こうね。」


その頭を撫でながら言えば、ウメは「心得た!」と言わんばかりに小さく鳴いた。タケは雄ということもあるのか成体になりかけている今あまり私に甘えるようなそぶりは見せないが、ウメは今でも私に甘えるしぐさを見せてくれる。体は十分に大きく、私一人くらい乗っても問題なさそうだがどんなに大きくてもまだ子供だと思うと果てしなく可愛い。


アリスとタケとウメを伴って玄関前のエントランスに着けば、大きな青鹿毛の馬とテオ隊長が待っていた。


「お待たせいたしました。」

「…いや、問題ない。」


一度私を見て息を止めたかのように動かなくなったテオ隊長は小さくそう告げるとフイッと視線を逸らしてしまった。その姿に待たせすぎて怒らせてしまった?と内心焦る。すぐに見えた彼の耳がほんのりと赤く染まっているのを見て、だいぶ外にいたことがわかり申し訳なくなった私の後ろで、アリスが小さく「やりましたね!」と言ってきて思わず首をかしげてしまう。いったい何が成功したというのか?アリスの言葉を考えているうちにスチュワートが小さなバスケットを抱えて表に出てきた。


「お待たせいたしました。温かい飲み物と防寒具をご用意いたしました。どうぞお使いください。」

「お気遣い感謝いたします。ありがたくいただきます。」


スチュワートの登場にいつもの無表情に戻ったテオ隊長は受け取ったバスケットを起用に愛馬の鞍の後ろに括り付けた。


「…では、アヤメ…行こう。」

「あ、はイッ!」


そのままの流れで私の方へテオ隊長が手を差し伸べてくれる。続けて聞こえた低い声に思わず声が裏返ってしまったがそんなことを気にする余裕などない。

皮の手袋をはめた大きな手に戸惑いながらもおずおずとそっと手を乗せれば、キュッと強すぎない力で柔らかく握られてグワッと全身に熱が込み上げた。

お、落ち着いて!ここはレディファーストの国!男性が女性をエスコートするのは当たり前よ!!年上であり、貴族の男性であるテオ隊長がこのように婦女子をエスコートすることは当然、幼い頃から教育されているはず。そんなことにいちいち熱を上げていてはこれから二人きりになる状況に耐えられないわよっ、私!


必死で自身を落ち着かせながら、テオ隊長の手に引かれて馬の横に立つ。久しぶりに見た彼の愛馬は長身の主を乗せるにふさわしい大きさで、前回のイスラ王国からの帰国の時とは違い両手が自由につける今もしっかりと乗れるとは思えなかった。っていうか、鞍から鐙までの長さもテオ隊長の足の長さに合わせて特別作ったもののようで彼の半分しか身長がない私の短い脚が届くはずもない。しかも、今日はドレスを着ている。

……ということは……!?


「失礼する…。」

「ッ!!」


テオ隊長の声にこたえる暇もなく、フワッと体が浮いた。もう何度目かになるお姫様抱っこだが、何度されても慣れることはない。思わず声を上げそうになったのをぐっと唇を閉じて堪えている間にゆっくりと鞍の上に横向きに下ろされた。


「鞍が冷えていると思うが大丈夫だろうか?」


大きな軍馬に乗せられて、少しだけテオ隊長より背が高くなった私を下から覗き込まれて、心臓がうるさく跳ねる。ダメダメ、本当にいつも見上げる人が下からのぞき込んでくるアングルとか、本当にダメ!美丈夫の上目遣いは犯罪です!

顔が赤くなるのを必死に抑えながら何度か頷けば無表情のテオ隊長の雰囲気が少しだけ和らいだ。


「そうか…辛い時は言ってくれ。…その、…ドレスでは騎士団の時の様に乗馬は難しいだろう。必要ならば、私に寄りかかってくれてもかまわない。」

「はいっ…、お気遣いありがとうございます。」

「問題ない。少し風にあたることになるが、我慢してくれ。」


そう言ったテオ隊長が長い脚をいかして難なく乗馬し私の後ろに腰を下ろした。グッと縮まった距離といつもとは違う少しだけ甘いシトラスの香りにカカッと耳まで赤く染まってしまう。むしろ、冷たい風で冷やしてください!このままだと高血圧で吐血しそうです!!口に出さずに叫んだところで、スチュワートが穏やかな笑みで一歩前に出た。


「敷地内ではありますが、タケとウメを護衛としてつけさせていただきます。積雪はありませんが森の中の道はぬかるんでいる場所も多い為お気を付けください。」

「ご忠告感謝します。それでは、行ってまいります。」

「行ってきます…。」

「「行ってらっしゃいませ。」」


スチュワートとアリスに見送られてテオ隊長と私を乗せた馬がゆっくりと駆け出す。その後ろをタケとウメが二頭並走するようについてきた。


芝生が敷かれ、噴水やバラ園、温室などが整備された屋敷の表庭を横切り、動物が飼育されている小屋の間を抜ければ、屋敷の裏庭にでる。裏庭は薬草畑や栽培ハウスが広がっていて、ここで栽培される薬草や植物の半分が王家へと献上され、半分は研究や開発の為に使われていた。薬草畑を抜けてしばらく進めば、森の入り口となる大きな大木が見えてくる。ここは私のお気に入りの場所だ。大きな幹に寄りかかり、青々とした葉のざわめきを聞いていると不思議と心が穏やかになる。…思えばテオ隊長から最初の花束を受けとったのもここだった。あの時の驚きと嬉しさを思い出して思わず頬が緩めば「どうした?」とすぐ上から低い声が降ってくる。


「ここは私のお気に入りの場所で、アルについていたあの花束を受け取ったのもこの場所でした。…その時のことを思い出していました…。」


小さな命を失い、大叔父様に叱責され、お父様に諭されて…心身ともに疲れてしまった私に届けられたテオ隊長からの励まし。私の為にそこまでしてくれたテオ隊長の献身と優しい心にキュッと心が締め付けられたことは今でもはっきり覚えている。…そして、ハンカチに包まれたアネモネの花の意味…。


「…とても嬉しかったです。」


緩くかける馬の優しい揺れに身を任せながら小さくつぶやけば、フッとテオ隊長が笑った気配がして思わず見上げてしまい、すぐに後悔した。…見上げた先にあったのはテオ隊長の男性らしい整った顔。そして、漆黒の瞳には呆然としている私の姿が映っていて、思ったよりも距離が近い。…それこそ、ほんの少し顔を動かせば鼻が触れ合うほどに…。


「…ッ!!!」


その距離に驚いて息をつめれば、ハッとしたようにテオ隊長が頭を起こして顔を逸らした。


「…、す、すまないっ…近すぎた…。」

「い、いえ…。」


雪が降りそうなほど寒いはずなのに、頬を撫でる風は凍えるほど冷たいのに、体中が燃えるように熱い。そして、それはきっと…私だけではないはず。魔力を感じることはできないけど、明らかに人の体温とは思えない熱がテオ隊長から伝わってくる。


テオ隊長も同じように…?


もしそうだとしたら…それは……

テオ隊長が…私の事……_____?


ダメ…本当に血圧あがりすぎて吐血しそう。

いや、頭がパンクしそう。


結局、それがきっかけなのか、どことなく気まずい雰囲気のままテオ隊長とまともな会話もなく森を抜けて、私たちは目的の湖にたどり着いた。

森の木々に囲まれるようにして静かに現れた大きな湖は、緑と青の絵の具を混ぜたような濃淡で北風に湖面が静かに波打っている。そして、その中でまるで空に浮かぶ雲の様に真っ白な白鳥が何十羽と優雅に寛いでいた。


「…見事だな…。」

「はい。久しぶりに訪れましたが、ここは昔と何も変わっていません。」


テオ隊長に馬から下してもらい、ゆっくりと湖へ足を進める。湖はそのほとりを囲うように遊歩道が整備されていて丸太でできたそこを歩けば、湖を抜けた風が少しだけ強く吹き付けてきて思わず体が揺れた。


「良ければ、手を…。」

「え…?」


少し前を歩いていたテオ隊長が差し出してきた手に驚き、戸惑うまま視線を向ければ広大な湖をバックに少しだけ恥ずかしそうに表情を緩めた彼の深い藍色の髪が風に泳ぐ。その姿が、あまりにも綺麗で…かっこよくて…視線が、心が、惹きつけられる。


「整備されているとはいえ、この遊歩道は歩きづらいだろう?それに、風が少し強くなったようだから…私が隣にいれば風よけにもなる。」


アヤメが嫌じゃないのなら…。


最後に小さく付け加えられた言葉にキュウッと胸が苦しくなった。それでも戸惑い続ければテオ隊長の手がゆっくりと伸びて、遠慮がちに私の手を掬い取った。


「…あの時、君に告げたことは…忘れてしまっただろうか?」


テオ隊長に握られた私の手の甲を静かに大きな親指が撫でる。その柔らかな感触に静かに震えた。

忘れるはずがない。

あの夜、テオ隊長から伝えられた言葉はすべてしっかりと覚えている。


私の心に与えられた温かさと共に…。


「…それとも、やはり嫌だったろうか…?」


悲し気に告げたテオ隊長がゆっくりと私の手を離そうとする気配に、無意識に私の方から大きな手を握っていた。その瞬間、テオ隊長の大きな体がビクリと揺れ瞼がわずかに開かれる。どうしてそんなことをしたのか自分でもよくわからないが、ただ、テオ隊長の手が離れてしまうことが、温もりが消えてしまうことがとても寂しかった。


「…嫌じゃ、ないです…。」


恥ずかしさと戸惑いの中で、何とか口を開けばそれを聞いたテオ隊長が少しの間を空けた後、笑った。


「よかった…。」


心から安堵したような笑みに思わず見入ってしまえば、彼を引き留めるように握った手は、ゆっくりと大きな彼の手に包み込まれて私よりも強い力でしっかりと握られた。


…炎魔法を使役するテオ隊長だからなのか。


包み込まれた手は寒さなど感じないほどに温かく、皮の手袋越しに熱が伝わってくる。それは決して不快ではなく、温かなお風呂に入ったようにじんわりと私を温めて、心に沁みていく…。


「…行こうか。」

「はい…。」


先ほどまで前を歩いていたテオ隊長が私の隣を歩く。湖から吹き付ける冷たい風から私を庇うかのように自然に寄せられた大きな体が熱い。


『アヤメだって、恋してるじゃん。』

『でもさ、どうするの?イスラ王国の黒将軍とテオ隊長。』


ふいにミールの言葉を思い出して、ドキリと鼓動が響いた。

テオ隊長に対するこの感覚をわからないというほど子供じゃないし、だからと言ってユザキ様に対して思う気持ちを無視できるほど大人でもない。


…だけど…。


『彩芽…。』


私を引き寄せる声が新しい一歩を躊躇わせる。


でも、今は……


「アヤメ、あちらも白鳥がいるようだ。」


眩しそうに湖面を見て私を見下ろすその視線がくすぐったい。

今は、この気持ちとこの温もりだけを感じていたい。そう強く思いながら繋がれた手に力を込めた。


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