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9.侯爵令嬢とお礼

新しく完成した医療バッグに医療品を詰めて、白衣を着た上から肩にかけてみる。ショルダーバックになっているそれは、今の体には少し大きい気もするが大変満足のいく品だった。


「見て見てー!どう?素敵でしょ?」


上機嫌の私はバルコニーで寛ぐアルに声をかける。

アルは最近体が大きくなった為、私の部屋に入るのを禁じたが、いまだにそれを根に持っているらしく最近は私に冷たい。

今も声をかけたら、プイッとそっぽを向いて「ギャー…。」と小さく鳴いた。前は可愛らしく「クー」と鳴いていたのに…。


「失礼いたします。お嬢様に荷物が届いております。」


アリスが大きな薄い箱を抱えて部屋にやってきた。


「荷物?どちらから?」

「それが、フェアファスング公爵家からです。」

「フェアファスング公爵家??…全く面識がないのだけれど?」

「はい。私も何度か確認したのですが、アールツト侯爵家令嬢へということで間違いないようです。」


私と同様にアリスも困惑しているらしい。


フェアファスング公爵家。

王族と同じ血筋を持つ由緒正しい最高位貴族。今代の当主は宰相も務めるほど優秀だと聞いているが今まで一度も対面したことは無い。

その公爵家が私に何の用だろう?


「とりあえず、開けてみましょうか。」


アリスがテーブルに置いた箱を見ると、ご丁寧にピンクのリボンが飾ってある。


「あ、この箱!あのマダムピエールのお店の箱です!!」

「え?なにそれ?マダムピエール?」


興奮気味に言うアリスには申し訳ないが全くわからない。

私の発言を聞いたアリスは、「ああ、お嬢様ですものね…。」とぽつりとささやいた。

ちょっと、その目は何よ?かわいそうな人を見るような目はやめなさい!


「マダムピエールは、今巷ではやりのデザイナーです。」

「デザイナー?」

「はい!斬新かつ洗練されたデザインと色使いで、国中の女性を虜にしているのですよ!夜会では、マダムピエールのドレスを見ない日はないってくらい、社交界でも人気です。」

「へー。…でもなんでそんなお店の物が公爵家から私に届いたのかしら?」

「お嬢様!あんまり興味ないようですけど、この大きさの箱と言ったら、やっぱりドレスですよ!開けてみましょう!!」

「いや、私の話きいていた?」


アリスに半ば強制されながら、私は箱を開けた。その瞬間私たちの目は箱の中身にくぎ付けになる。


「わぁ…。」

「綺麗…。」


入っていたのは、ビジューとシフォンが美しく波打つ私の瞳と同じ紫色のドレスと、一通の手紙だった。封筒にはきれいな字で私の名前が書かれている。

そっと手に取って裏返すと、封蝋にはフェアファスング公爵家の家紋が押されていた。とりあえずドレスは置いておいて、手紙の封を開ける。中に入っていたのはメッセージカードだった。


『心からの感謝を君に。     フェアファスング公爵家 レヒト・フェアファスング』


「…あ!?あの時の??」

「お嬢様?どうされましたか?」


まさか、あの時助けたのがフェアファスング公爵家の令息だったなんて…!

思わず、ドレスとカードを交互に見る。送られてきたドレスは、ファッションに疎い私が見ても最高級のものだとはわかる。それに、有名デザイナーのものだもの…きっとお値段も高いはず。

…こんなのもらっていいの?病院でもお世話になったお礼に菓子折りとかはもらったことがあるけど…ドレスって…どうなの?!


「…あの馬車の事故で助けた男性が、公爵家のご令息だったみたい。このドレスはそのお礼だって…。」

「まぁ!公爵家の!?…それで、どちらのご令息ですか?」

「?…兄弟いるの?」

「はい。公爵家には長男のレッジェ様と次男のレヒト様がいらっしゃいます。」

「…次男のほう。」

「レヒト様ですね。レヒト様は文武両道の真面目な方とお聞きしています。きっと、このドレスはあの時汚れてしまったドレスの代わりとして贈られたのでしょうね。」

「ずいぶん詳しいのね?…あの時汚れたドレスって言ってもそんなにいい物じゃなかったし、確かに処分することにはなったけど…このドレスとじゃあ価格が釣り合わないわよ。」


着古したドレスと流行のデザイナーズドレス。たとえ私のドレスが新品だったとしても、いただいたドレスのほうが十分に金額は上だわ。


「お父様とお母様に相談しましょう。こんな高価なものいただけない。」

「…はーい。」


とても残念そうにするアリスを横目に、ドレスの箱をそっと閉じた。



夕食の時間。

私はお父様とお母様にドレスのことを相談した。


「ユスティの息子が?アヤメにドレス?!」

「まぁ。」

「よかったじゃないか。」


お父様はなぜか少し怒ったように見えたが、お母様はいつも通り穏やかだ。お兄様に至っては「よく頑張ったね。」と褒めてくれるサービス付きだ。


「お父様は公爵様とお話しされたことはありますか?」

「話したことがあるレベルではない。奴は私の学院時代の友だ。」

「お友達!?」

「あいつは、いつも飄々としていたが、頭もよくて思いやりもあるいい男だ。…だが、息子になれば話は違う。そんなドレス送り返しなさい。」

「まぁ、あなた。そんなの感情的になっては血圧が上がりますよ?アヤメはレヒト殿とお話しされたことはないのよね?」

「はい…。この間の事故で救命したときはほとんど会話もしてませんし、それ以外の面識はありません。」


私の答えにお母様は上品な笑みでうなずいた。

お母様のこういう笑い方の時ってなんか企んでる気がするんだよね…。


「ちょうど、奥方のプラーヴァ様のお誕生日パーティの招待状をいただいたのよ。アヤメも一緒に行きましょうか?」

「ええ!?」

「なに!?」

「いいんじゃないですか。アヤメにもそろそろ社交場の雰囲気に慣れさせるべきですから。」


驚愕するお父様と私ににこりとほほ笑んでお兄様はお肉を口に運ぶ。綺麗な所作で咀嚼しながら、お母様とよく似た美しい顔が何かを思いついたように私のほうを見た。


「どうせなら、いただいたドレスを着ていくのはどうでしょうか?先方にも、しっかりとお礼を受け取ったという意思表示にもなるのでは?」


どうですか母上?

と今度はお母様に相談している。私とお父様は二人で顔を見合わせた。


「お父様、私、社交場とか無理です。」

「私も社交界は好きではない。夜会にもほとんど出席していないのは知っているだろう?」

「じゃあ、私を助けてください。」

「…私だってできることならそうしたいが…。」

「あら?お二人で何をご相談ですか?」


お父様と作戦会議をしていたころにお母様の声がかかり、お父様と二人で肩を揺らした。


「いや、社交の場はアヤメにはまだ少し早いのではないかと思ってな。」


ナイス!お父様!


「そんなことはありませんよ。今は早くからお茶会やパーティを開いて、淑女のマナーを学ばせる貴族も多くいると聞きます。…私はあなたと出会ってから、社交界に慣れるのにずいぶん苦労しました。同じ苦労をアヤメにはさせたくないのです。」

「フェル…。」


ちょっ!お父様!負けないでください!!

敗北の雰囲気が濃厚になってきたところで、ポンッとお兄様の手が私の肩に乗った。


「男性が女性にドレスを送るのには色々な意味があるようだから、いただいたドレスを着ていくのはやめたほうがいいね。楽しんでおいで。」


物凄くさわやかないい笑顔で私に告げるお兄様。…最近お兄様が冷たくなった気がする…。優しいし、甘やかしてもくれるけど…なんか…今までとは違うのよね…?


「では、アヤメも一緒に行くことを先方に伝えておきますね。」

「…はい。」


お母様の横ですまなそうに目を伏せるお父様を恨めしく見つめながら、私は小さく返事を返した。


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