第六・王子様の苳夜くん
私には全員のことをよく知ることが必要なの。
それじゃないと選ばれた本人は全ての力を持って嫌になるかもしれない。
私が勝手に決めるのではなくて、みんなでちゃんと決めたいの。
それにはまずは知ることから始めようと思った。
今日のターゲットは?
「成夜。開けてくれ」
来た。
私はすぐに窓を開ける。
「おはよう苳夜くん」
「えっ、何でお姫様が開けてくれるんだよ」
「今日は私がずっと苳夜くんの隣にいるから、いろいろ教えてね」
「教える?」
「そうだよ。私が誰を選ぶかはまず、みんなのことを知ってからだと思って」
「お姫様には教えること何もないけど」
「あるよ。何で窓から入ってくるの?」
「鍛えるため」
「え?」
「俺は筋肉をつける為にやってるんだ」
「ん? 他に方法はあるよね?」
「他か? 他は腕立て伏せ千回、腹筋千回、スクワット千回、ランニング限界がくるまで、縄跳びも限界がくるまで」
「他にってそう言う意味じゃないよ。でも、やり過ぎじゃない?」
「俺達は何をするにも普通の人より疲れないし、痛みもないんだ」
「それで限界までするものもあるんだね」
「俺は強くなりたいんだ」
「強いと思うよ。私は苳夜くんが戦ってるの見て凄く強いと思ったよ」
「昔は弱かった」
「昔?」
「何でもない」
苳夜くんはそう言って席に座る。
気になる。
苳夜くんの昔の話が気になる。
「ねぇ成夜くん」
「ん?」
「苳夜くんは昔は弱かったの?」
「うん。すごく弱かった」
「何で?」
「あいつは今とは正反対で体が小さくてすぐ風邪をひいたりして体が弱かった」
「想像できないよ」
「そんな時、ある事件が起きてあいつは今のようになったんだ」
「事件?」
「それは俺からは言えない」
「そんなに大変な事件なんだね」
「あいつの全てを変えるくらいだからな」
そうなんだ。
そんな大変な事件を乗り越えたってこと?
苳夜くんの気持ちを知りたくなった。
自分を大きく変えた、事件があった時の苳夜くんの気持ちを。
あっ、苳夜くんが教室から出ようとしてる。
チャンスだ。
私はすぐに動き出す。
それに気付いた成夜くんに声をかけられる。
「さゆら。どこに行くんだ?」
「苳夜くんを尾行しに行くの」
「苳夜を尾行? 何で?」
「苳夜くんを知りたくてね」
「そっか。苳夜ならさゆらも大丈夫だな」
「うん。いってきます」
「いってらっしゃい」
私と成夜くんは敬礼をして私は教室を出た。
苳夜くんはどこに行くのかなぁ?
バレないように隠れながら歩いた。
いつの間にか体育館に来ていた。
「さっきからバレてるけど」
「えっ!」
「何か用?」
「苳夜くんの昔の話が聞きたいの」
「無理」
「どうしても教えてくれないの?」
「それなら、俺に勝てたら教えてあげる」
「何をすればいいの?」
「俺とシュート対決」
「シュート?」
「バスケのゴールにどれだけ入れられるか勝負だ」
「私には無理だよ。シュートなんてしたことないし」
「それなら、俺の昔の話は聞かなくていいよな?」
「聞きたいよ。やるわよ」
そしてシュート対決が始まったのだけれども、私には勝てる自信がないよ。
私のボールはゴールにさえ当たらない。
それに比べて苳夜くんは一度も外していない。
「苳夜くんずるい。私に教えてよ」
「さっきから姫は脇が締まってないからボールが変なところに飛ぶんだよ」
そう言って苳夜くんは私の後ろから腕を抑えた。
私の脇が締まる。
苳夜くんに抱き締められている感じになり、私の心拍数が上がる。
「投げてみろ」
「うん」
私が投げたボールは綺麗にゴールに入った。
「嘘。やったー。苳夜くんハイタッチしよう」
私は両腕を上げて苳夜くんとハイタッチをした。
「いいよ」
「何が?」
「俺の昔の話を教えても」
「いいの?」
「姫なら俺の全てを話してもちゃんと受け止めてくれそうだから」
「私は苳夜くんの全てを受け止めるよ」
「俺の全てが変わったのは俺がまだ小学生の低学年のころだった。俺はまだ力のことを理解していなかった。」
「高校生の私でも理解するのは難しいよ」
「俺の目の前にダークフォグが現れた。俺は何もできずにただ震えていた」
苳夜くんの握り拳は震えていた。
私はそんな苳夜くんの握り拳を両手で包むように握った。
大丈夫だよ。
私がいるよ。
そう伝えたかった。
苳夜くんは私の顔を見て強ばった顔を笑顔に変えた。
私の気持ちが伝わったんだと思う。
「俺を見つけた母親が俺をかばった。そんな母親をダークフォグは躊躇いもなく傷付けた。何度も、何度も。俺はそれを耳で聞いていた。」
「耳?」
「怖くて目を閉じていたんだ。そのせいか、母親の痛くて苦しい声は俺の頭の中に響いたんだ」
「嘘でしょう。そんなことを小学生のときに……。無理だよ。私だったら無理。立ち直れないよ」
「泣かないで。」
苳夜くんが私を心配して見ている。
でも私の涙は止まらない。
もしかしたら私は苳夜くんの代わりに泣いているのかもしれない。
「俺はあの時決めたんだ。強くなるって。誰よりも強くなるって。」
「本当は?」
「本当?」
「本当はあの時どう思ったの? そんな小さな体でそんなこと思えないよ。私は自分を責めちゃうかもしれない。」
「俺も自分を責めたよ。あの時、俺が強かったらって。でも誰も俺を責めなかった。それが一番辛かった。」
「自分では自分を責めているのに、周りは責めない。自分と周りの気持ちの違いに戸惑ったの?」
「そうだと思う。俺はあのままでよかったのか、あのまま母親に抱き締められたままでよかったのか」
「姫がいた」
また、成夜くんがいないときにダークフォグが現れた。
でも、今回は大丈夫。
だって、苳夜くんがいるからね。
「姫は俺の後ろにいて」
苳夜くんは私の腕を引き、後ろに追いやる。
「せっかく、姫と話してたのに邪魔すんなよな」
そう苳夜くんは言ってダークフォグへ拳を向ける。
しかし、ダークフォグの体は硬かった。
「くっそ。何でこんなに硬いんだよ。」
「成夜くんを呼んでくるよ」
私は体育館の出入口へ走る。
「姫、待って」
私の行動を見ていたダークフォグは私の前に立ち、出入口を塞ぐ。
どうしよう。
逃げなきゃ。
でも、ダークフォグはすぐそこにいる。
私は叫んだ。
「苳夜くん助けて」
すると苳夜くんは私の目の前に立ち、すぐに私を抱き締めた。
まるで苳夜くんのお母さんがしたように。
でも私は苳夜くんみたいに子供じゃない。
私は目を開けて苳夜くんを見上げた。
私はちゃんと見ているからね。
あなたなら大丈夫。
そう、目で伝えた。
私の声に誰かが気付いて成夜くんを呼んでくれた。
「苳夜。後は、俺達がする。」
「いいや。成夜、俺に力をくれ。姫を怖がらせたこいつを俺は許せない」
「でも、まだ解析もしていないぞ」
「大丈夫。今の俺なら勝てる」
「分かった。俺はトウを呼ぶ。さあ、俺の盾となれ」
「木よ俺の声を聞け。勇気の力」
するとダークフォグの足下からつるが伸びてダークフォグに絡まる。
ダークフォグは身動きが取れない。
どんどんつるは増えていき、ダークフォグは見えなくなった。
「いけ!」
苳夜くんが叫ぶとつるはダークフォグを潰すようにギュッと一段と小さくなった。
そしてダークフォグと一緒につるは消えた。
「姫、大丈夫か?」
「私は大丈夫よ。苳夜くんは大丈夫なの?」
「俺は回復の力があるからさっき自分で治療したんだ」
「何それ。すごい便利じゃん」
「俺は力がないのに俺を守る母親が嫌いだった。でも姫は俺が力がなくても信じてくれた。見ていてくれた。俺は母親の気持ちが分かったんだ。力がなくても守りたいものがあるって」
「お母さんはどこにいるの?」
「天国だよ。あの後、病院で少しは頑張ってくれたけど今はもういない」
「お母さんは頑張ったんだね」
「うん」
「自分の命よりも大切なものを守った苳夜くんの自慢のお母さんだね。
本当はずっと隣で成長を見ていたかったかもしれないけれど、天国でちゃんと見ていると思うよ」
「ありがとう。姫」
「私じゃなくてお母さんに言ってあげて」
「母さん。俺は一生、姫を守り抜くよ。だから姫、俺を選んでよ」
苳夜くんはプロポーズみたいな言葉を私にくれた。
私はまた顔を手で覆った。
もう、恥ずかしい。
やっぱりそんな私に気付く成夜くんはどうした? と言うのでした。
私はもう、普通の学校生活をするのは無理だと思っています。
読んで頂きありがとうございます。