星色の子
ぼくは一人、先を行く。
野原の先の、森の中を。
この道の先に何があるのかも分からないのに。
歩く理由はあるじゃない、と相談した相手にはいつも言われていた。それはぼくも分かっていた。ぼくが歩く理由は一つ。それは、みんなを幸せにすることだった。ぼくの頭は「星色」で、ぼくの目は「空色」だ。そんな人は周りにはいないみたいで、近づいてきた人間は、「美しい」「かわいい」「お人形みたい」なんて言い出してくる。そして自分の街へと案内する。そんな話は街から街へと広がって、いつのまにか「星色の頭をした少年に会うと、幸せになる」という話が出回っているらしかった。
ぼくはみんなの幸せのために旅をしている。ぼくはみんなの話の言う通り、「幸せ」というおくりものをおくるために。
じゃあぼくは何をしたら幸せになるのだろうか。
それはいくら探しても見当たらなかった。
はじめはあった。「お金持ちに会ってみたい」「おかしをいっぱい食べたい」「馬車に乗ったらどうなるのかな」‥‥‥。たしかこんな感じ。願ったものは全部叶った。しかも一つ目の街で全部。その時は本当に幸せだった。けれど、そんなことはもういつものことで。ぼくは幸せを人にあげるだけになってしまった。
「ねぇ、君がうわさの星色の子?」
後ろから何やらうれしそうな声が聞こえてきた。うす暗くでよく見えないけれど、声だけ聞いたら男の人のようだった。相手がいるはずの後ろに、ぼくは向いた。
「うん、そうだけど」
「森の中で一人でいるの?」
「うん。でもいつも一人なんだ」
相手は少しだけ考えて、ぼくの背の高さにまでしゃがんだ。
「さびしくないの」
と、ぼくの目を見て言った。ぼくはその言葉には答えることができずに、そっぽを向いてしまった。
「‥‥‥おにいさん、幸せ?」
「ん? うん、幸せさ」
「本当に?」
「本当さ」
「じゃあなんでぼくに声をかけたの?」
「そうだね。君が幸せかどうかを知るためにきたんだよ」
ぼくは声が来る方に向き直った。そのとき、森の葉っぱの間から、ちょうど月の光がさしこんで、相手の顔をぼくに見せた。そのときぼくは気がついてしまった。
相手の頭は、ぼくと同じ星色だった。
相手の目は、ぼくと同じ空色だった。
「おにいさん、ぼくと同じだね!」
「そう。君と同じなんだよ。君と同じで、幸せをあげるために旅をしているんだ」
「じゃあ、おにいさんは、ぼくに幸せをあげるために近づいたの?」
「そうだよ。おにいさんはね、これで旅が終わるんだよ。君が最後の一人さ」
「ぼくは‥‥‥」
ぼくは何人もを幸せにしてきたみたいだけど、それでも旅が終わるかどうかなんて考えたことはなかった。先が分からないまま歩いていても、終わりなんてないんだと思っていたのに。
「まだかな」
「そうか。じゃあ、君の旅も終わりにしようか」
「えっ?」
「おにいさんたちはね、だれに産んでもらったのかは分からないけど、どこで生まれたかのは分かるんだ。生まれたところは月でね、旅が終わった人はみんな月にもどって、おくりものとして好きな星をもらうんだ」
「でも、なんで、ぼくの旅はまだ終わってません」
おにいさんはぼくを抱きしめて言った。
「旅をしている君が、一番幸せそうじゃないように見えたんだ。本当にもったいないよ。たしかにおにいさんたちは街の人よりも生きる時間は長い。君はもうがんばったんだ。これからは自分の幸せについて考えながら生きてみるのもいいんじゃないのかな」
そんなこと、すぐには分からないだろう。
でも、そうやって生きてみるのも、もう一度幸せを考えてみるのもいいかもしれない。
「さあ、君も月へ帰るかい?」
「帰る」
「それじゃ、目をつぶってね」
ぼくは目をつぶった。
おにいさんは、やさしくこう言った。
お月さまにお星さま、今から帰りますね。
街のみなさん、どうか元気で。
ぼくたちは月に帰ると星をもらった。おにいさんはすぐに決めていたけれど、ぼくは考えて考えてそして、おにいさんの横にある星に決めた。おにいさんが言うには、おくりものとしてもらうならこれだと、ずいぶん前から決めていたらしい。
「おにいさんたちの幸せのスタートってこれだよね」
おにいさんは星に乗って、手から小さな星のかけらを地上に落とした。これが「ながれぼし」になるって、おにいさんは言っていた。
「こうすれば、街の人がみんなおにいさんの方へ向いてくれるんだ。なんだかうれしいよ」
「今、幸せ?」
「すっごく幸せ。あ、そうだ。いいものあげるね」
ぼくはおにいさんの星に飛び乗った。おにいさんは手から小さな星のかけらを出して、ひもをつけてぼくに渡した。
「これ、おにいさんからのおくりもの」
「とってもきれいだね。ありがとう」
久々にあの感じがもどってきた。
お金持ちの人に会った時と同じ、おかしをいっぱい食べた時と同じ、馬車に初めて乗った時と同じあの感じ。
「ね、今幸せかい?」
おにいさんは、ぼくに聞いた。今ならぼくは言える。おにいさんの目をしっかり見て、言った。
「うん、とっても幸せ」
ぼくはやっと見つけたんだ。ぼくだけの幸せを。