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創り人と渡り人

作者: 小魚

小さい頃から、僕は父の背中を追って育った。父はいつもたくさんの神が創造した、あらゆる次元の、あらゆる世界を渡っていた。気に入れば己の身を削ってでも存続させようとし、その色に魅入り、その音に聞き惚れる。気に入らなければ早々に捨て、最初から無かったかのように忘れる。


物心ついたころから、僕も一緒に多くの世界を渡り歩くようになった。決して干渉はせず、ただ行く末を見届ける。それぞれ独自の法則を持った数多の世界で、住民は時に切ない恋に落ち、時に苦難の戦いにその身を投じ、儚い命を燃やしていく。いつしか僕は悪を打ち倒す英雄に、恋人を想う少女に、願いを叶えた人外に、強く憧れるようになっていった。僕もそんな力が欲しい、神のもたらす数奇な運命に全てを捧げてみたいと、渡った世界に憧憬を抱き、幼稚ながらも神に祈った。


でも、結局僕の祈りは虚しく届かず、内にその夢を秘めたまま世界を渡り続けて十数年が経った。僕は頭脳は並、運動は少し苦手で、世界を渡る以外に趣味も特技も無い、いたって平凡な少年になった。




そんな大して刺激の無い、楽しいけれどどこかつまらない日々。そんな日の中に、転機は訪れた。


僕は、僕と同い年の少女にして、世界を創る神の一人に出会った。


「君も、『渡り人』なんだね。わたし?わたしは世界を創る方なんだ」

「世界を渡るのが好きなら、わたしの創った世界にも来てよ!」

「新しい世界思いついたんだけど、これどう思う?」


彼女が新たな世界を創り出す度、僕はその世界に赴き、いつものようにその世界で生きる人々を観察する。自分はやっぱり手を出さず、世界の様相の移り変わりを見て楽しむ。僕は、次第に彼女を慕うようになった。次は、どんな世界を創るのだろうか。また僕に、旅をさせてくれるだろうか。僕は、毎晩そんなことを考える位には、彼女の世界が好きだった。




ある日、彼女は僕に一つの提案をしてきた。


「君も、世界を創ってみない?」

「わたしたち自身は、世界を渡ったり創ったりすることしか、逆に言えば出来ないからね」

「わたしたちの世界で叶わない夢はね、自分で創った世界の誰かに託せば良いの」


彼女が言うには、多くの世界を渡り知識と経験を蓄えた者には、世界を渡るだけでなく創造する能力も自然と身につくのだそうだ。僕はその時初めて、得も言われぬ嬉しさに浸った。僕にも、同じことが出来るかもしれない!もう退屈にならなくていいんだ!


それからというもの、僕は毎日先輩になった彼女に教えを乞うた。彼女はそれに心底楽しそうに応え、手取り足取り丁寧に指導する。様々な人間や生物をつくり、世界の法則を決める。過去を見極め、未来を見通す。少しでも不自然な世界はすぐに破綻してしまうから、細心の注意を払う。時に試練を与え、挑ませる。最初はふわふわ揺らぎやすい不安定な世界しか創り出せなかったが、だんだん落ち着いた安定した世界を創れるようになっていった。僕は脇目もふらず世界創りに熱中していった。




そして一年。気づけば僕は、彼女よりも名の知れた存在になっていた。ひとたび世界を創ろうものなら、多くの『渡り人』がその世界を求めて歩く。忙しさから、彼女とはあまり話せなくなってしまった。


また一年。僕はすでに、一躍時の人とまで呼ばれるほど『渡り人』の間では有名になった。彼女は嬉しそうにしながらも少し悲しさを滲ませながら、手の離せない僕から離れることが多くなった。僕からも、彼女のことを考える暇はなくなってしまった。


さらに一年。僕の創った世界は、国中で楽しまれるようになった。一歩外に出れば周りには人だかりが出来ている。このときの僕は、もう彼女のことなんて忘れていた。世界を創ること以外に大事なことがある訳がない。世界を考える以上に楽しいことなんてある筈がない。もっと楽しい世界を、もっと面白い世界を、もっと引き込まれるような世界を、もっと・・・





・・・





―――数十年後。世界でも著名な小説家・・・の一人として数えられるまでになった僕には、最近小さな悩みがある。僕にはインタビューを受ける機会が多々あるのだが、「書き始めたきっかけ」を聞かれると、どうしても思い出せない。相当昔のことだ、思い出せないのも無理は無い・・・そう割り切れれば良いのだが、そうもいかない。思い出そうとすると、なぜか、胸の詰まる思いがする。まるで、大事な何かを忘れているような、忘れ去られた大事な何かが呼び起こされるような―――

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