空からの落とし物(つまりはフン)
異界本文録・98章
呪いへの対処
現世での凶事格の呪いが発生した場合、速やかに対象を八層以上の霊術結界にて封じ込め、対処可能な認定者の元へと可及的速やかに送霊すること。
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「止まりなさい、そこの男たち!」
俺が学ランを引き裂かれ、最後の矜持(コットン100%製の500円で買えるプライドのこと。別名ブリーフ)さえも奪われかけ、穴があるなら何でもいいという山賊たちの慰みものになる寸前だった。
声の主は
「ええい!」と甲高い声を上げて、棒状の何かから炎のようなエネルギーを発射すると、俺もろともに全員を焼こうとした。
山賊たちは、お楽しみを継続したいが故に手頃な狩猟用の斧や、野営用の鍋を女に投げるものの、女の周囲に展開されている(らしい)謎の壁に阻まれて、虚しげに落ちていく。
「魔女の先約があったらしいな、お前らづらかれ!」
山賊頭領と思しき男の号令。
若き山賊は、頭領に目配せする。
どうやら、空から落ちてきた少年を連れて帰るかどうかを確認したらしいが、馬鹿野郎と一喝されてしまう。
やむなく若い山賊は、少年……もとい俺を捨て置いて去っていく。
突如現れた女も、無理に山賊を追う気は無いようだった。
山で炎をぶっ放す時点で相当危ない、と感じたのだが、もしもここで山賊を追って殺そうものなら、即刻逃げなければと感じていたのだ。
とりあえずほっと胸をなでおろす。
「助かりました」
「礼に及ぶことはないわ、冒険者として、当然のことをしたまでよ」
そう言って、あからさまに祈り始める。なんたらの神にどうたら、と。
声は、か細くて聞き取れなかった。
「して、どうして俺を助けてくれたんです」
「魔女狩り……いいえ、悪魔狩りのついでよ」
女は何の気無しに答えた。
「悪魔ということは、この辺そんなに危ないんですか?」
「危ないんですか、ですって、あなたノンキな人ね」
「そうですかね」
「下着一枚にひん剥かれて、よくもまぁそんなことが言えるわ」
そういえばそうだった、と俺は思い出す。
色々なことが起こりすぎて、男に襲われるくらいなんともない、という言い訳は通じるかどうか。
流石に気味悪がられることを恐れ、発言しないことに決めた。
「ともかくこの辺り、魔獣は出るわ山賊が活動拠点にしてるわ、獣も出るし、あげく悪魔が現れ魔女が姿を現す地獄の森よ。まぁ対して強そうに見えないあなたが、この深層までどうやって来たのか、不思議なこともあるものね」
「はい」
長々と話す彼女に、気のない返事しかできなかった。
「ここからは歩きながら話すわ。止まっていては悪魔に狙われるもの……」
女は歩き出す。
どうせ行く宛もないので、俺も付いて行く。服をひん剥かれ、森の中。俺一人、女の魔法っぽいもの無しでは、どうせ一夜も明かせずに死ぬだろう。
「急ぐわよ」
女が杖を振るうと、まばゆい光が現れ、体が軽くなる。体も暖かくなったような気がする。
ついで、歩く速さも上がるというわけだ。
「なんだよ悪魔って」
歩きながら聞いた。
「そうね、神殿発行の神託の書によると……」
女の言葉を聞いている最中、俺の体がなぜか後ろに引っ張られる。
ぐんぐんと引っ張られ、女の姿ははるか前方に。
「おいおいおい!!」
俺がそう叫ぶと、はるか前方の女が慌てて振り返る、心底焦った表情だった。
(やられた)と顔に書いてあるような、緊張張り詰めた表情。
「悪魔ってのは、お前のことだよ坊や!!」
と、間近で声。
俺は、何かに抱きかかえられていた。
抱きかかえた何者かは、俺を抱えたまま猛烈なスピードで走り抜ける。
強烈な振動と速度で、めまいがしそうだった。酔って吐いてしまいそう。
一瞬の間に一体、何が起きたのか。
吹き抜ける風に抗い、必死に首を回してその者の正体を見ると、それは背丈の小さな老婆だった。
黒いローブを身に着けていることしか、今はわからない。
「お前は天からの落とし物! つまりはクソさ! クソの扱いなら、このおばあさまに任せておきな!!お前は黙って拐われる! いいね!?」
「はい」
パンツ一丁の俺が、一人で森で生き残る術はない。
またしても、黙って従う他はなかった。
「おばあちゃんが美味しいごはん作ってあげるからねぇ、我慢するんだよ!! 返事!!」
「はい……」
俺は、激昂しながら炎を撃ってくる女を見たが、恐ろしいことに炎よりも老婆の足が早く、到底追いつけそうにはなかった。
彼女の言っていた「魔女」とは、まさにこの老婆のことだったのではないだろうか。
不思議は募るばかりだった。