4. 幼馴染
「本当に花梨……なのか?」
俺は目の前にいる幼馴染に恐る恐るそう問いかけた。幼馴染だと認識してるのに対して幼馴染か?と聞くこと自体おかしなことだというのは分かっている。それでも、聞かずにはいられなかった。
「そうよ。それとも幼馴染の顔さえ忘れてしまったの?」
幼馴染はおどけるようにそう答える。その凛とした声も仕草も花梨によく似ていた。
……落ち着け、もしかしたら他人の空似ということもある。
無茶苦茶な解釈。頭の片隅でそう思ってる自分がいるにも関わらず、俺は注意深く幼馴染の頭のてっぺんからつま先まで順々に見ていく。
両側の髪を短くまとめ上げたツーサイドアップに小学校の頃からあまり変化のない童顔、そして小柄な体格な癖に制服の下からやけに主張のある胸。
しかし、どこからどう見ても俺の知ってる花梨そのものだった。
「……いや、そんなことはないが……」
結局、俺はしっくりしないままそう答えた。いや、そう答えるほかなかった。何故なら外見上、否定材料が見当たらないのである。目の前の人間が幼馴染、早乙女花梨であることは実に明白だった。
じゃあ……先程のあれはいったいなんだったんだ?
いつの間にか現れた後、不可解な言動を取った花梨。
看板にべったり付着していた血を俺のだと言い、挙句の果てにはここで俺は死んだとも言う。
また挑発するかのような言葉、俺のことを空大ではなく"渡来空大"とフルネームで呼んだこと、どれも普段の花梨からして到底考えられない言い回しに俺は違和感を覚える。
外見は花梨そのもの、だが中身に花梨らしさを感じない。まるで二重人格のようは側面。もしくは裏表の性格を持っているのか。
しかし、何十年来の付き合いになるが、花梨にそのような一面があるなんて知らない。
どちらにせよ話を聞くほかないな。
そう思い、俺は目の前にいる花梨へと疑問を投げかける。
「どうしてこんなところにいる?」
この売土地がある場所は俺達が住んでいる中央通りではなくそこから西、その西端の方にある。だから仮に駅から自宅まで帰るとして決して通らない場所でなのである。
「どうして?私はただ、"あなた"と誠治くんが走ってる姿を見て気になって追いかけてきただけのことよ。"あなた"の方こそ何でこんなところまで来たの?」
「俺は数日前、この付近でお前の叫び声を聞いた者がいると聞いて気になって訪れたまでだ」
「へー、私のことそんなに心配してくれてたんだ」
「……ああ」
花梨は俺を覗き込むように前のめりにすると嬉しそうにそう答えた。それに対して俺は恥ずかしげもなく頷く。
なるほど、確かに理にかなってる。
誠治と共に走ってたところを見られたとなると気になるのも仕方がない。傍から見れば凄く目立った行動だ。それも知人がとなると気になって跡を追いかけたくなるのも頷ける。だが……。
「俺を追ってここまで来たのは分かった。でも花梨、お前はさっきこう言ったよな?"それは血だ。それもあなたの血だ"と。それはいったいどういうことだ?」
俺は看板を指さしながら問いかける。
「どうもこうもしないわ。そこに付いてるのが何なのか"あなた"が分からなそうだったから教えてあげただけのことよ」
「何故そのことを知っている?」
「目撃したからに決まってるでしょ」
「いつ目撃した?」
「さぁ?具体的な日にちは忘れちゃった。でもたぶん、みんなで遊んだ日の時よ」
俺の質問に対して花梨は表情を変えず淀みなく答えていく。平然としたその様子に嘘を付いてるようには見られない。
みんなで遊んだ日……ここで花梨の叫び声を聞いたという話と繋がるな。でも、だったら何故誠治からの連絡に"平気"と返答したんだ?
「もういい?他に何もないなら私帰るね」
質問攻めに飽き飽きしたのか、花梨はそっけなくそう言うと、微かに上を見上げる。
気づけば先程より夕日が大きく沈んでおり、また辺り一面が先程より薄暗くなっていた。夕日が完全に沈むのも時間の問題。もうまもなく夜を迎えるだろう。しかし――。
「いや、待て。一番大事なことを聞いてない」
「……一番大事なこと?」
帰ろうとしていた花梨がこちらを振り向く。うんざりした表情。だが、俺には何かに期待している表情にも見えた。
「ああ、お前が"俺がそこで死んだ"と言った件についてだ」
俺は花梨の目をしっかりと捉えながらそう答える。
そう、それは逆光が晴れた際に告げられた一言。今までの対話の中での一番の疑問。
「ああ、それね。正確には"渡来空大が死んだ"だけど」
またも"渡来空大"、と花梨は答える。訂正するということは余程のこと。しかし、多少気になりはするが、今は関係ない。
「どちらでもいい。さっさと答えろ」
「ふふ、怒ってるの?結構大事なことなんだけど、まあいいかな。質問されたんだ、答えてあげるよ」
そう言うと、花梨もまた俺の目をしっかりと見てきた。そして――。
「それはね、私がそこで"渡来空大を殺した"からだよ」
点灯し始める街灯に照らされながら、花梨はほくそ笑みながらそう言うのだった。
展開遅くて度々すみません。
表現力の無さと筆の遅さを痛感しております。