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3. 波紋

「おいおい、もう電車来てるじゃん!」


 改札口をくぐるや否や電子掲示板を見ながら誠治が叫んだ。

 釣られて俺も電子掲示板を見上げる。

 確かに電子掲示板には俺達が乗る方向の電車がちょうど発車する時刻が表示されていた。


「乗り遅れるぞ空大!!」

「お、おい……!」


 そう言うと誠治は物凄い速度で走り出す。

 俺が制止の声を上げた時には、既に階段にたどり着いた後で、案の定、そのまま階段を駆け下りていった。


 別に急ぐ理由もないんだけどなぁ


 そう内心で思いつつも仕方なくせっかちな誠治の後を追うことにする。

 同時に、到着したばかりの電車から降りてきた乗客が一斉に階段を駆け上がってくる。

 俺はそんな群れのような行列を掻い潜りながら階段を降りようとする。

 そんな時だった。


 ……ん?


 一瞬の出来事。

 しかし、立ち止まることは許されず俺はそのまま階段を駆け下りて電車へと乗り込む。

 ドアが締まります、のアナウンスと共に電車のドアがプシューと音を立てて閉まる。

 どうやらギリギリだったみたいだ。すぐに電車がガタンゴトンと動き出す。


 さっきのは……


 俺は先程起きた出来事を振り返ろうとする。しかし――


「ギリギリセーフだったな」

「あ…ああ……」


 目の前に現れた誠治によって意識が戻される。

 

 仕方ない、考えるのはあとにしよう


 そう割り切ると俺はドア付近の適当な吊り革を掴んだ。

 車内はどこもかしこも学生や社会人でいっぱいで座席など到底空いている状況でない。

 当然、誠治も俺と同じく吊り革を掴むものだと思っていたのだが、そんな素振りもなく大きなスポーツバッグを背負いながら平然と立ってのける。さすがスポーツ推薦で進学しただけのことはある。俺とは比較にならない素晴らしい体感だ。


「で?で?空大の好きな女子って誰なんだ?やっぱり花梨ちゃん!?」


 子供がおもちゃを見つけた時のような無邪気な笑みを浮かべながら、誠治が俺のことを見てきた。

 どうやら先程のことを本気で捉えてるようだ。


「なんでそこで花梨が出てくる?そもそもお前に恋愛相談したいだなんて言った覚えはない」

「えぇー、恋愛相談じゃないのかよぉ。せっかく花梨ちゃんとまた同じ学校に入ったんだからいい加減進展しろよな」

「はぁ、あいつとはそんな関係じゃないって何度も言ってるだろ」

「えぇ……お似合いだと思うけどなぁ。というか花梨ちゃん逃したら空大は絶対結婚できないと思うけどね」

「かもな」

「おいおい、そこは否定しろよ」


 ははは、とお互い笑う。

 ちなみに花梨というのは俺の隣の家に済んでる小柄な女の子、早乙女花梨のことだ。いわゆる幼馴染。親ぐるみの間柄で幼稚園から小学校、中学校を共にしていた。そして、どういうわけかこの度またも高校を同じくすることとなったわけだ。

 花梨とは彼氏彼女の間柄では到底ないのだが、付き合いの長さと仲の良さがたたって誠治のような冷やかしまがいの扱いを受けている。

 花梨にとっては俺みたいな怠け者と恋人扱いされてたまったものではないはず。

 とはいえ強く否定すればするほど悪化していくので長年の経験上分かりきってるのでやんわりと否定するのが最適だ。


 そういえば、この現象に陥ってから花梨とは会ってないな


 ゆらゆらと不安定に揺れる車体に揺られながら俺は今更ながらに思うのだった。

 高校が一緒だとしてもクラスまでもが一緒とは限らない。さらに高校に入ってからというものお互い茶化されない為に登下校も別々にしていた。なのでGWを挟んだ影響かここのところ花梨とは会っていないのであった。


 まあ、誠治のおかげで俺のことは視認出来るはずだし気にすることはないか。あいつのことだ、何かしらあったら連絡してくるはずだ。


 便りがないのはなんとやら、俺のことについては特に情報が入ってきてないんだろう。


「まあいいや。それで?本当のところ俺に何の用なんだ?相談ならLainでもよかっただろうに、わざわざこうやって会ってまで話したいことがあるってことは余程大事な話なんだろ?」


 誠治は一頻り笑い終えると、誠治にしては真面目そうな顔でそう言ってきた。ちなみにLainとはSNSアプリの名称だ。

 しかし、真面目そうな顔の誠治には悪いがそれは若干違う。確かに誠治に会うまでは直接会わなければならない事情が存在した。けど、それはもう解決済み。もう一つの用はGWに遊んだ際に何かおかしなことはなかったを聞きたいだけ。それこそLainで事足りてしまう。


 さて、どう誤魔化そうか。


 誠治に俺の現状を相談するわけにもいかない。率直にお前に会いたかったと言うべきか?いや、それなら……

 ちらり、と俺は周囲を伺う。相変わらず女子高生らしき声がどこかしこから聞こえてくる。けど、いくつか駅を跨いだ影響か車内の人数は先程より少ない。しかし、反応してくれるかどうかは怪しいが試す価値はあるはずだ。誠治は激怒するかもしれないがなんとかなるだろ。どうせ向こうは俺達の名前すら知らない。失うものなんて一瞬だ。それにどうせ次で降りるからな。

 頭の中でそんな考えを纏める。そして、俺は先程感じた違和感を探るために実にくだらない作戦を実行するのだった。


「ああ、直接会って言わないと意味がないからな」

「へー、そんなに大事な話なのか」

「そうだ。だから誠治も心して聞いてくれよ」

「……お、おう」


そして、吊り革を利き手で掴みながら俺は偽りの気持ちを誠治へ告げるのだった。許せ、誠治。


「誠治、お前のことが好きだ。付き合ってくれ!」

「………………は?」


 破顔。今まで真剣な表情を浮かべていた誠治の顔がボロボロと音を立てて崩れ落ちた気がした。

 それと同時に先程の話し声もなんのその、車内全体もまたシーン、と静まり返る。

 俺は固まる誠治を尻目に再び周囲を見回した。


 やはりそうか……!


 俺の目論見通り、車内にいる殆どの人間が俺達のことを見ていたのだ。信じられないといった表情を浮かべる者、気味悪そうにする者、興味津々といった表情を浮かべる者、各々表情は異なるが確かに"俺の発した声"に釣られてこちらを見ていた。


 大成功だ。一人か二人釣られれば御の字だったのに殆どとは思わなかった。これで再度検証する必要が無くなったわけだ。


 階段で感じた違和感、それは、物理的接触を行っていないにも関わらず、階段を上がってきた乗客がまるで俺を視認出来てるかのように避けていく動きを見せたことにあった。

 今までは仮に俺の隣を歩いている人がいるとして、俺のことが視認出来ていない為か普通の対人関係ならありえる距離感がいっさい無かった。

 今までと先程、違いがあるとすれば、それは誠治の存在。俺のことが視認出来る者が近くにいるかどうか。

 それも視認出来る者が近くにいれば今まで届かなかった俺の声も届くということもこれで判明した。

 

 なるほど、つまり最初から俺のことが視認出来る者が近くにいれば現状問題なく生活出来るというわけか。でもそれって――


 久野ー久野ー


 車内にアナウンスが響き渡る。気づけば降りる予定の駅にちょうど着いた模様だった。すぐさま車内の自動ドアが開く。瞬間。


「行くぞッ!!」

「お、おい……」


 さっきまで固まっていたはずの誠治が顔を真っ赤にさせて俺の腕を強く掴んできた。そのまま引っ張られる形で外に連れ出される。連れ出される瞬間、ヒューヒューという音と共に女子高生らしく者がスマホをこちらへ向ける様子が確認出来た。


 ……そういえばスマホのカメラがあったか。


 全く使わない機能だった為失念していた。これでネットの晒し者デビューか。すまない、誠治。

 その誠治はというと余程恥ずかしかったのか車外に出るだけでは事足りないのか俺の腕を掴みながら階段を上り、改札口をくぐり、最終的に駅から少し離れた場所、俺が誠治に連絡を入れた公園まで走ると、ようやく開放されたのだった。


「……はぁはぁはぁ」

「……はぁはぁはぁ」

 

 二人して息切れを起こす。お互い呼吸を落ち着かせる為に少しばかり黙りこくる。傍から見れば怪しい二人組に見えるのかもしれないが、幸い、公園には俺達を除く人影が存在してなかった。そして――


「空大!てめぇぇぇえええ!電車の中で何言ってくれてんだー!」


 予想通り、誠治が俺の肩を揺さぶりながら怒鳴る。

 それもそのはず、俺の所為であんな辱めを受けたのだ怒るのは必然。いくら理由があるとしてもそう簡単に許される行為ではない。しかし、なんとか怒りを収めないと話が聞けない。


 ここはやはりあの手に限るか。


 それは禁じ手。少々どころの罪悪感ではすまないが致し方ない。


「……すまない、少々冗談が過ぎたみたいだ」

「少々どころの冗談じゃないだろあれは!」

「ああ、あれについては大変申し訳ないと思っている」

 

 俺は誠治に向かって頭を下げる。まずは誠意をもって謝罪することで相手の心をある程度落ち着かせる。そしてここから本番だ。


「でも、俺と花梨は今まであれと同じような扱いを受けてきたんだ」

「そ、それとこれは……」


 秘技!幼馴染ネタ!


「俺は何度も注意してきたよな、花梨とはただの幼馴染だって。それなのに今日も恋愛相談だと勘違いしたあげくいい加減進展しろと言ってきた」

「うぐっ……」

「だから――」

「わ、分かった、分かったよ!」


 誠治が俺に向かってフルフルと手の平を突き出してきた。そして……


「い、今まで悪かったな。今後一切合切花梨ちゃんとのことはネタにしないからよ」


 誠治はポリポリ、と頭をかきながらそう言ってきた。これにて一件落着。

 

 はぁ、嘘も方便とはよく言ったものだ。


 罪悪感で胸が痛い。騙されやすいもとい善人である誠治だからこそ余計に心に響く。


「いや、こっちこそ本当にすまなかった。まさかあれほど注目されるとは思ってもいなかった」

「そのことはもういいよ。なっ、お互い水に流そうぜ」

「……ああ、そうだな」


 そう言って善人もとい聖人誠治は苦笑する。

 

 実のところ水では到底洗い流すことの出来ないデータがネットに流出してるかもしれないのだけれども、本人には言わないでおこう。


「じゃあ、俺はもう帰るわ。空大もただ単に俺と帰りたかっただけなんだろ?」


 そう言うと誠治はスポーツバッグを背負い直し、帰り支度を済ませる。誠治的には今日の出来事をきっぱり洗い流して、次回会った時に後腐れなくしたいのだろう。流れ的にはこのまま返すのが本当は正しいはずだ。だが――


「いや、最後に一つ聞きたいことがあるんだ」


 俺は空気を読まずにそう言うのだった。



☆★☆★☆★



「この辺か?」


 綺麗な夕焼け雲が広がる空の下、俺はとある場所で立ち止まった。

 そこは公園からすぐ近く、住宅街の端にぽつんと放置された小さな売土地。

 あの後、誠治にGWに遊んだ日の流れを確認をしたところ俺が覚えている内容と殆ど差異はなかった。ただ、誠治は最後に全く予想もしないことを話したのだった。


「そういえば……あっ……」

「……なにかあったのか?」

「今後ネタにしないって言っといてさっそくあれなんだが……」

「花梨がどうした?」

「い、いやな、あの日、久野駅でみんな解散しただろ?その後にな、住宅街で花梨ちゃんの叫び声を聞いた奴がいたらしいんだ」

「叫び声?住宅街のどこで?」

「俺が直接聞いたわけじゃないから正確には分からない。ただ、そいつが言うには空き地付近からだそうだ。でも、この話はそいつの聞き間違えってことで終了。だって花梨ちゃん本人が否定してるからな」


 そう言って誠治は話を締め括った。

 誠治は聞き間違えだと言うが、その話が気になった俺は誠治と別れた後、一人ここへ来たというわけだ。

 叫び声を聞いた当人は花梨の連絡先を知ってはいたが、そこまで深い仲でもないし男だしあの高嶺の花の花梨ちゃんだからと色々な屁理屈の元、連絡を入れなかったとのこと。それでお鉢が回ってきたのがクラスの男子リーダー的存在だった誠治というわけだ。

 当然誠治は連絡を入れたみたいだが、すぐに、平気だよ、という花梨からの返事が返ってきたのと俺という存在の安心感があったから特に気にしてなかったみたいだ。


「誠治の言うとおり気のせいか」


 俺は注意深く売土地を見回すがここで争ったような形跡は見当たらない。どこの売土地にもあるような看板が土地の真ん中に立っているだけだ。

 そう思って引き返そうと思った時だった。


「……ん?」


 "売土地"と書かれた看板の四隅に一滴程もない赤く薄汚れたシミらしきものが染み付いていた。

 なんとなく気になった俺は勝手に入ってはならない売土地の小さな囲いを乗り越えて中に入る。看板に近づくと、どうやら赤いシミは看板の裏側に続いてるようだった。

 

 まさかな……。


 俺は予感にも似た感覚を覚えながら恐る恐る看板の後ろへと回り込む。そして――


「うっ……!」


 背筋に冷たいものが走る。

 看板の裏側には表面とは異なり、血のように濁った色の何かが満遍なく塗られていた。

 一瞬、恐怖に慄いたが、自ずと自分の手が看板へと伸びた。指先が軽く触れるが、既に乾ききっているみたいで指先には何も着かない。


「血……じゃないよな……?」


 短絡的な考えだ。しかし、そうとしか思わずにはいられない状況証拠。俺はこの場に自分しかいないのにも関わらず自ずとそう呟いてしまう。


「正解!それは血だよ。それも……君のね」


 なのにも関わらず、俺の問いに答えるかのように突如、女性らしさのある、そして聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 俺のことが視認出来るだと?


「……誰だ?」


 それなりの声量でそう言うと、俺は看板から住宅が並ぶ道路へと目を向けた。すると、ちょうど真正面、そこにこちらを見ているであろう人影が立っていた。夕日の逆光の所為で誰だか分からないが、小柄な身長と女性らしいシルエットであることは分かった。

 

 いつの間に……。


「君なら分かると思うけどなぁ。それに人に名前を尋ねる時はまず自分から…だよね?」


 人影は一歩も動くことなくそう答えた。表情は伺えないが紛れもない挑発行為。俺のことが視認出来る者だ、名前を知らぬわけがない。それに――。


「名前なら知ってるだろ?それよりこの血が俺のだと?どういうことだ?」

「ふふ、どうもこうもないよ。それは君が君である証拠」


 人影は含み笑いを滲ませながらそう答える。

言動からして真面目に答えるつもりはなさそうだ。なら――。


「ふざけるのも大概にしろ」


 そう言って俺は人影に歩み寄ろうと看板のある場所から一歩、二歩と踏み出す。


 「お前はいった……ぃ……」


 結果、人影を照らしていた夕日の逆光は消え去り、本来の姿が映し出される。

 よく考えれば分かることだった。俺のことが視認出来る、聞き覚えのある女性らしい声、小柄なシルエット。そこから導き出される答えは……。


「ふざけてないよ。だって、"渡来空大"はそこで死んだのだから」

 

 そこには、俺のよく知ってる顔でにこにこと微笑む幼馴染、早乙女花梨の姿があった。

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