第1話 出会い
本作品は、魔法使い世界を舞台にしたハイファンタジー作品です。
宜しければ是非、最後までお付き合い下さい。
昔々、人里離れた家に一人の男が住んでいました。その男は何年も家に篭もり、とある研究に精を出していました。そして、長年の研究が遂に報われ、その男は、人智を超える“力”を自らの手で生み出したのです。すると、その“力”は瞬く間に世界に広がり、世界はその“力”を持つ者が大半となりました。
後に、人々はその“力”のことを『魔法』と呼びました。
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長い渓谷地帯を抜け、その先に現れたのは、久々に目にする町。森に隣接し、民家が立ち並ぶ小さな町である。これまで岩場や、小川ばかり眺めていた視界にとって、その小さな町は砂漠に現れたオアシスにも思えた。
「やっと・・・、やっとまともな飯が食える・・・」
思えば渓谷に入って数週間、まともと言えるような食事をしてこなかった。いや、出来なかったと言えよう。何せ、手に入るのは野草や木の実ばかりで、動物の気配など一度も感じなかった。よくもまあ、生きていたなとも思うが、体は確実に衰弱している。町を見つけた安堵からか、全身に力が入らなくなっていた。視界はいくら目を擦れど、霞んだまま。こんな所でくたばる訳にはいかないんだ。そう思いながらも、意識は遠退いていった。
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遠ざかっていた意識が再び肉体に戻ってきた時、全身に温かさを感じた。確か町の入口手前で倒れたはずなのに、何故このような温もりがあるのか。不思議に思い、ゆっくりと瞼を引き離す。すると、そこは予想にしていなかった場所であることが分かった。
「あっ!起きた!お母さん!さっきのお兄さん起きたよ!!」
聞こえてくるのは、少女が誰かを呼ぶ声。嬉々とした声色であることは誰が聞いても分かる。
薄らと開かれた視界で辺りを見渡すと、広がるのは木材で作られた天井に、外側に開けられたガラス張りの窓。どうやら家の中にいる様だ。そして、自分の体を見るとシーツに覆われている。全身を包む温かさの正体はこのベットだった様だ。
そんなベットに寝転ぶ俺の横で椅子に座り、俺の顔をじっと眺めているのが先ほどの少女。綺麗な栗毛の長髪を一つに束ね、それを肩に流した、15歳位の可憐な少女だ。
「ちょっとレイナ!いきなり大きな声を出すんじゃないよ!兄ちゃんが驚いちゃうだろ!」
そう言って扉を開け、部屋に入ってきたのはこの少女の母親であろう、加えタバコが良く似合う長身の女性だ。少々乱暴そうな雰囲気はあるものの、少女と同じく綺麗な女性である。
「どうだい、兄ちゃん?少しは良くなったかい?」
俺は体をゆっくりと起こすと、右手をゆっくり握りしめ、そして、ゆっくりとその拳を開いてから、母親の方を見て言った。
「はい、だいぶ良くなりました。あの、すいません、俺なんかを助けて頂いて・・・」
極度の疲労のせいで町の入口に倒れ込み、挙句の果てには、この様な綺麗な女性に助けてもらうなんて、不甲斐ないというか、幸運というか。
「何言ってんのよ!町の入口で行き倒れてたら、そりゃ誰だって助けるでしょ?それに、あんたを助けたのはそこにいるうちの娘だよ」
「えっ?!」
そう言われ、隣で座っている少女を見ると誇らしげに鼻頭を掻いている。
「へっへっ!」
「って言っても、正確にはその横で寝てるジャック何だけどね」
そう言われ少女の横に目線を落とすと、そこには体を丸くして寝ている大型犬がいた。
「感謝するなら、そこの二人にするんだね」
俺はてっきりこのお母さんが運んでくれたのだと思っていたが、よく考えれば、いくら何でも、俺を女性が運べるはずがない。ジャックとこの少女に助けられたのは、きっと何かの運命なのだろう。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
栗毛の少女は満面の笑みで笑ってみせた。口元の笑窪がまた可愛らしい。
「ところでお兄さんは、どうしてこんな田舎町何かに来たの?あの渓谷を抜けて来たの?それに、その腰に付けてるって何?ねぇねぇ!」
「えっと・・・」
「はっはっ!どうやら、レイナも兄ちゃんを気に入ったようだね!」
俺の様な旅の者が珍しいのだろう、俺はその後暫く質問攻めにあった。
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「へー、それでお兄さんは、この先のクトの森を目指してここまで来たんだね」
すっかり体調が良くなった俺は、俺を助けてくれた少女、改め、レイナと共に食材の買出しに出ていた。
「まあ、そんな感じだね。まさか、あの渓谷があんなに長いとは思わなかったよ・・・」
レイナの母親に頼まれて、二人でのお使い。先程、軽く食事を頂いた為か、頗る調子が良い。やはり、腹が減っては戦が出来ぬとはよく言ったものだ。
それにしても、この町は“クトの町”と呼ぶらしいのだが、思った以上の人が生活している。確かに、それなりに民家がぽつぽつと並んでいるのだが、それ以上に広場には沢山の人で賑わっている。森や、渓谷に囲まれた土地柄か、木の実や川魚、自作の農作物だろうか野菜などが店先には並んでいる。中央から離れているせいか、実に平和な町である。
「よし!これでお母さんに言われてた物は揃ったね!それじゃ、帰ろっかお兄さん!」
自然に囲まれているお陰もあるのだろう。この町で流れる時間はどこか緩やかな気がする。
「お!レイナちゃん!隣の人は彼氏かい?」
魚屋の店主がレイナに声を掛けた。レイナは慌ててそれを否定する。そんなに全力で否定しなくてもいいものを、俺はその光景が面白く、俺は思わず笑ってしまった。
「ちょっ!何で笑ってるんですか!」
「いや、レイナが凄く慌ててるからさ」
抱えていた食材を落とさない様、俺は腹を抑えて笑った。
「そんな笑わなくてもいいじゃないですか・・・。てか!凄く重要なこと聞き忘れてたんですけど!お兄さん名前はなんて言うんですか?私ばかり名前で呼ばれて、何か、不公平なので・・・」
「ははっ・・・えっ?俺の名前?そんなのどうでもいいよ。それより、早く帰ろレイナ」
「何か、狡いです・・・」
そう言って拗ねる彼女の姿は、凄く愛らしかった。
「あら!レイナちゃん!随分いい男連れてるじゃない!」
「レイナちゃーん!俺じゃ!俺じゃダメなの!?」
こんなにも人々が仲良く暮らしている町は、初めてだ。
*****
夕飯をレイナの家でご馳走になると、今晩泊めて頂ける事になった。
「助けて頂いた上に、泊めて頂いて、なんとお礼を言ったらいいか・・・」
「いいの、いいの。こうして私の酒に付き合ってくれれば、それでオッケー」
そう言って、二杯目のエールを飲み干すと、レイナの母はタバコに火をつけた。
「あんた、魔法使いだろ?」
レイナの母は突然真面目な口調で話を切り出した。俺は一瞬グラスに伸びた手を止めてしまった。
「魔法使い」。それは何も特別な人を指す言葉ではない。魔法が世界中に広がった今、魔法を使える、いわば「魔法使い」と呼ばれる人は何処にでも存在する。寧ろ、「魔法使い」でない人の方が少ないくらいだ。それにも関わらず、そんな何でもない言葉に反応してしまった。その理由は自分が一番理解している。
「何、別にあんたを疑ってるとかそういうつもりで言ったわけじゃないから安心して。ただ、この町には魔法使いと呼ばれる人が一人としていないからさ。久し振りに見て、少し驚いたってだけだから」
そう言って、お母さんは再び煙を吐いた。
魔法使いが一人もいない。町の様子を見た時から何となく感じていたが、どうやら間違いではなかったようだ。何故なら、この町の人達からは、一人として魔力を感じなかったのだ。魔法使える人であれば僅かでも魔力を感じる。つまり、魔力を感じないという事は、この町人は全て“加護なき者”という事になる。流石は田舎町というだけはあるな。
「で、あんたがここに来た理由って、テトの森の神様だろ?私もね、こう見えて昔は傭兵をやってたからね、観察眼はあるんだよ。あんたの着てるその服、どっかの国の傭兵に支給される服だろ?」
流石はタバコが似合うだけはある。初めて見た時から何となく出来る人だとは感じていたが、まさか元同業者とはな。
この人が言っている事は全て正解だ。唯一つ、俺が狙っているのはその神様とやらではない。何故なら、その森に神様などいないからだ。
まだ全てがバレた訳じゃない。そう思い、止めていた手でグラスを掴んだ瞬間、外から女性の悲鳴が聞こえた。
「何っ?」
レイナの母が戸惑った一瞬の隙で、俺は咄嗟にグラスから手を離すと、迷いもせずに外に出た。
月明かりでうっすら照らされた広場で目にしたのは、紫色のラインが入った黒のローブを身に纏った一人の男。その男の足元には、体に鎖が巻き付けられ、身動きが取れなくなっている女性が寝転んでいた。恐らく、先程の悲鳴の主だろう。
「まずは一人」
ローブの男は俯いたまま、それでいて、口元に確かな笑みを浮かべながら譫言のように呟いている。
「どうした?!」
一人の男性が自宅から飛び出してきた。女性の悲鳴を聞き、慌てて飛び出したのだろう。すると、ローブの男はどこから取り出したのか、その男性に向かって分銅の付いた鎖を投げた。突然のことに逃げることも出来なかった男性は、女性と同じく体に鎖が巻き付けられてしまった。男性は必死にその鎖から抜け出そうと試みるが、鎖を持ったままのローブの男が不意に笑い、こう言った。
「『誘いの鎖』」
その直後、それまでもがいていた男性がぱたりと動きを止め、まるで催眠術にでもあったかのように動かなくなってしまった。
先程ローブの男が口にした言葉、これこそが「魔法」である。正確には、魔法を発動させる為に必要なトリガーの一つ、「呪文」と呼ばれるものである。
つまり、このローブの男も俺と同じ、「魔法使い」ということだ。
「お兄さん!何してるの?!危ないから逃げて!」
すると、突然聞こえたてきたのは、レイナの声。振り向くと、家の扉を開け、俺の事を心配そうに見つめている。どうやら、一連の騒ぎで目を覚ましてしまったようだ。レイナの為にも、ここは迅速に騒ぎを収めないといけない。
「貴様、魔法使いだな。何故この様な場所に、貴様の様な魔法使いがいる」
ローブの男はやっと俺の存在に気が付いたのか、俺を警戒する様にそう呟いた。相変わらず、声の小さい男だ。
「我々の邪魔をするようであれば、誰であろうと容赦はしないぞ」
男性を縛り上げた鎖を切り離すと、男は両方の袖口から鎖を伸ばす。
俺も、随分と舐められたものだ。そもそも、こんな所にまで来て訳の分からない魔法使い、しかも、どう見ても悪そうな奴に出会すなんて、思ってもみなかったぜ。それに、こいつもこいつだ。俺が魔法使いであると分かっていながら、勝負をふっかけてくるとはな。俺の魔力を見て大体の力量は分かるはずなんだけど、どうやら、魔法使いとしては半人前の様だな。
「我が鎖の錆となれ、若造よ」
そうやって笑っていられるのも今のうちだ。既にお前の足元には“陣”を展開している。つまり、この一撃で終わらせてやる。
「悪いな、生憎、錆になるつもりは無いんだわ。まあ、せいぜいに灰屑くらいにはしてやるから許してくれや」
展開した陣が緋く輝きを放つ。そして、俺は呪文を唱えた。
「『煉獄の火葬』!」
静かな山の小さな町に、大きな大きな火柱が立ち上った。
主人公は一体何者なのか?何を求めているのか?そして、この世界に隠された謎とは?
本作品は拙作「僕の魔法は君の魔法」のスピンオフ作品となっております。本編での関連はあまりありませんが、良ければそちらもご覧になってみてください。
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