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008話 深夜のトラブル

 某所にあるセーフハウス。

 のんべんだらりとだらけていた男が、バッと飛び起きる。

 やがて、自分の気付いた気配が同僚のものだと知り、やれやれと零しつつ、だらけモードに戻った。

 同僚がセーフハウスに入ってきた時には、既に背中で挨拶する体勢。首だけで入室者の方を向いて声を掛けたところで、いつもと違う様子に気付く。


 「よう、遅かったな。首尾はどう……って、お前」

 「すまん、バレた」


 申し訳なさそうにするのは、服部主税だった。

 しかも、何故かその後ろにはクラスメイトの美少女まで付いている。


 「雑誌の付録にしちゃ豪華だな」

 「うるさい」


 だらけていた男、自称マイケルこと大山崎太郎左衛門は、主税にくっついてきた付録に声を掛けた。


 「で、小夜ちゃんは何でここに来たのさ。こんな時間に。もう深夜っしょ。美少女がうろついてると、危ない奴に襲われるぞぉ」

 「うっさい、ザエモン。あんた以上に危ない奴なんて居ないわよ」


 寝そべっていた大山崎をソファーの上から蹴り落とし、堂々と空いた席に座る小夜。女王様然とした様子が似合うのだから、美女は得である。


 「で、ここに居るってことは、ザエモンも本職の諜報員ってことなのね?」

 「何のことだ?」

 「カマ掛けてるわけじゃないから、しらばっくれても無駄よ。主税から全部聞いたから」

 「んな!!」


 驚く太郎。三枚目の顔でムンクの絵のようなポーズをとるものだから、酷く滑稽に見える。


 「じゃあ、俺が実は世界で五本の指に入る大財閥の御曹司で、むちゃくちゃ可愛い婚約者候補八人に取り合いされる超モテのイケメンで、マサチューセッツ工科大学を飛び級で卒業した天才だとバレてしまったのか!!」

 「ミリ秒で嘘と分かるような大ボケかましてんじゃないわよ!!」


 小夜がはたいた大山崎の頭は、スパコーンといい音を立てた。


 「じゃあ何を聞いたんだよ。言っておくが、秘蔵のお宝はベッドの下には無いからな」

 「誰がそんなこと聞くもんですか。あたしが主税から聞いたのは、こいつが諜報員で任務中ってことよ」

 「なんだ、そっちか」

 「……他にも隠し事があるような口ぶりね」

 「無い無い、何も無い。俺も主税も、善良な一般ピープル。オレウソツカナイ」

 「諜報員が一般人なわけないでしょう」


 ザエモンの戯言に付き合っていると、自分のペースが乱れっぱなしになると心の中で愚痴る小夜。

 付き合ってられないわと、さっさと聞きたいことを聞くことにした。


 「さっき主税から聞いたのは、あんたたち二人が実は本職の情報員で、今は任務中ってことよ。学園の制服ドロの事件を追っているそうじゃない」

 「主税!! お前そこまで喋ったのか」

 「あら、主税は喋ってないわよ。反応を探りながら会話して、推論をたてただけだもの。最近学校で起きた事件なんてアレだけだったし、学校に用事のある仕事なんて推測は簡単じゃない。ザエモンの反応でようやく確信が出来たわ。ありがとう」


 小夜の言葉で自分もまたしてやられたと知り、一層脱力してソファーに沈み込んだ。何でこんなのを連れて来たんだと、非難の一つもしたくなる。下手に素人相手なら誤魔化すのもチョロい話だが、半分玄人の相手はやり辛くて仕方がない。

 部屋に入って以降大人しくしていた主税に対し、大山崎は非難の目を向けた。


 「俺は元々荒事専門だぞ。情報隠匿の方は専門外だ」


 自分は隠し事が苦手だと、何故か胸を張る主税。


 「だよなあ。そんな主税をサポートするのが俺の役目だもんな。悪かった。俺のミスだ」

 「いや、太郎は悪くない。悪いのは俺だ」

 「違うって。俺の責任だろ。そこはお前乗っかっておけよ。実働もお前で責任もお前ってんなら、俺要らねえじゃん」

 「そうは言っても、事実は正しく認識するべきだ。やはり俺が悪いだろう」


 お互いに、小夜の件の責任は自分にあると言い合う。


 「二人ともうっさい!! んなこと、あたしが優秀だったからに決まってるでしょうが。何であんたたちのミスってことになってるのよ。そこは私を褒めなさいよ」


 そんな二人の男に、小夜自身が切れた。

 二人にミスがあったのではなく、自分の力量が上だっただけであると言い張る。


 「じゃあ、そういう事でいいよ。それで主税、本業の首尾はどうだったのよ」

 「いいのか、こいつの前で喋って」

 「仕方ないじゃん。だって小夜ちゃんもこのまま帰れって言っても帰んないっしょ。勝手に首突っ込まれると不測の事態ってのが有りそうだし、いっそ巻き込んじゃったほうが良いかと。臨機応変な現場判断ってやつ?」

 「お前がそういうなら、判断を信じよう」

 「それが良いって。俺を信じなよ。何せ俺って天才だし」

 「言ってろ。首尾の方だが、ブツの回収は出来た。これだ」


 不愛想な男が、おもむろにUSBメモリを取り出した。

 親指の先ほどのそれは、まさか時価数百億の情報が入っているとは思えないほど小さい。


 「それって何?」

 「例の制服泥棒が本当に盗みたかったものだ。この中には、とある企業の買収についての情報が入っている。上手く使えば大金が転がり込む情報で、非合法組織に渡される前に奪還するのが俺たちの仕事だ」

 「じゃあ、これで仕事は終り?」

 「いや。これはあくまで制服泥棒が身の安全を守る為の保険として用意しておいたコピーだ。俺たちは、これから犯人の身柄をおさえ、オリジナルも確保せねばならない」

 「ふ~ん」


 コピーを確保する為に、学校で仕事していた時に小夜を見つけ、あまりの状況につい口を出してしまったお節介な主税。

 それが持って生まれた性格なのだろうが、丁寧に小夜に説明してしまってるあたりが脇の甘さだ。


 「太郎、頼む」

 「あいよ」


 主税から大山崎に手渡されるメモリ。

 受け取った三枚目の男は、自分のパソコンにUSBを刺して何かをやり始めた。


 「何やってるのよ?」

 「天才の俺が、このUSBの情報を調べてんの。暗号化されてっからさ、まずは復号化して中身の確認だよね。無いとは思うけど、偶にババ掴まされることがある」

 「ババ?」

 「おとり捜査の種だったりすることがあるのよ。偽情報を流しておいて、USBの中身にはウィルスが仕込んであったりするわけ。知らずに大枚叩いて買った奴らは、中身を見ようとしてあっという間に尻尾を掴まれるってわけよ」

 「え? あんたらが動いてるのは仕事なんでしょ。それが囮捜査なの?」

 「いやね、この業界は狭いからね。うちらが動いてるって知らずに、制服さんが張り切っちゃうことがあるのよ。これが意外と。縦割り行政の悲哀。横の連携が無いお役所仕事。ああ、何で日本はこんな国になったんだ。俺は悲しい」

 「下らない寸劇は要らんから仕事をこなせ」

 「やってるってば」


 盛大にふざけながらも、仕事はきっちりこなす大山崎。彼の専門分野が情報セキュリティであることは、学園でも広く知られていることであり、大山崎がUSBの中身を調べることに関しては小夜も疑問を抱かない。


 「おっし、終わった。こりゃ面白い暗号化だわ。まずお役所のもんじゃない」

 「コピーは量産されていそうか?」

 「無理だね。コピーのコピーが化けるような作りだ。ファイルの作成日時が復号キーの一部になってるっぽい。しかも、その日時が1969年になってら。目ぼしいOSでそのままコピーしようとすると、日時設定が狂う。よっく出来てるわ」

 「よく分からんな」

 「あのね。大抵のOSは日時をビットで持ってんの。でもって、UNIX時間って標準の時刻形式があって、その基準が1970年1月1日を基準にしてる。それ以前の時刻設定は、OSの設定で特殊な設定が必要で、それをしてないOS上で動かそうとすると、オーバーフロー起こして日時設定がとんでもない未来のものになっちゃう」


 オタクというものは、得てして自分の得意分野については饒舌になるもの。大山崎もその毛色なのか、嬉々として知識を披露していた。


 「何となくわかった」

 「何となくじゃ困るって。ちゃんと知っておけよ。常識だろうが」

 「お前の常識を一般常識にしないでくれ。美作、お前は知ってたか?」

 「今初めて聞いたわ」


 パソコンを含めた電子機器の操作は情報員の必須技能ではあるが、内部のOSの仕様まで知るのは専門家ぐらいだ。少なくとも高校生で熟知している人間は相当の変態、もといオタクだ。オタクの常識は、世間一般では非常識と呼ぶ。


 「マジで!! 俺ん中じゃ『エロ画像はフォルダ名を偽装して隠すやつが多い』並みの常識的な内容なんだけど」

 「お前は一度医者に診てもらえ!!」

 「そうね。脳外科をお勧めするわ」


 真顔でとんでもなく情けないことをのたまう大山崎太郎左衛門だが、実力は本物らしく、コピーの量産はまず無いと断言した。


 「オリジナルからコピーを作るのにも、専用の環境とそれ相応のソフトが必要なものっぽい。物理的にUSBメモリっていう媒体も必要だから、量産はまずしていない。あってもあと一つぐらいと見るね」

 「なら、オリジナルを確保してしまえば、まず安心だな」

 「コピー一つなら、情報屋もすぐには動けないだろうからねぇ」


 保険が無くなる以上、情報屋はコピー一つでは身動きが取れない。コピーのコピーが作れない以上、拡散も難しくなるだろう。不可能ではないが、手間とコストとリスクを考えれば、情報屋も仕事を諦める可能性が高いと判断する。


 「よし、となれば、早速身柄を確保しに行こう」

 「了解。鈴は付けてる?」

 「無論だ。店でこっそり仕込んである。居場所はすぐに掴めるぞ」


 主税は、少し前に接触した容疑者の情報屋に、追跡用の目印を付けていると頷いた。現在の居場所をリアルタイムで知れると請け負った。


 「さっすが主税ちゃん。頼りになるわ。ってことで小夜ちゃん」

 「何よ」

 「ここからは荒事になるのよ。正直な話、女の子を連れては行けない。悪いけど、このままここで待っててくれない?」

 「嫌って言ったら?」

 「ここに寝かせておくよ。無理やりに、力づくでも気絶させることになる……主税が!!」


 どや顔でサムズアップ付き。良い笑顔の太郎左衛門。


 「俺がやるのか!!」

 「当たり前だ。俺は情報が専門、お前は荒事が専門だ!! 俺は小夜ちゃんみたいなかわいい子に暴力なんて振るいたくない。……ん、いやまてよ。気絶してる小夜ちゃんか……ムフフ、よし気が変わった。俺がやろう。主税ここは任せろ。お前は先に行け!!」


 自分に任せておけという、言葉だけならば格好いいとも思えるが、だらしなくニヤけた顔を見れば何を考えているかよく分かる。


 「分かった、分かったわよ。大人しくしてればいいんでしょう。ザエモンに穢されるぐらいなら、じっとしてるわよ」

 「何だって、俺は小夜ちゃんの為を考える紳士だというのに、何でそうなるんだ」

 「うっさい。その気持ち悪い顔を整形してから言いなさい!!」

 「ひでぶっ」


 やいのやいのと五月蠅いのは、十代の若者っぽいといえばそれらしい。

 彼ら、彼女らが一般人とは呼べないことを除けば。


 「とりあえず俺だけでいってくる。捕り物ならば俺が良いだろう」

 「そうだな。ただ、相手も保険が切れたことに気付いてるかもしれない。警戒していけよ」

 「ああ」


 セーフハウスから出陣していく主税には、風格があった。

 自信が見えると言うべきだろうか。気負うでもなく、張り切るでもなく、淡々と事実を語るだけなのに、失敗することが無いと確信しているような様子。

 なるほど、これは確かにプロだわ、と小夜は思った。

 背中で語る主税。仕事に集中する横顔。意外と格好いいかも、などと思ってしまった想像を、慌てて振り払うように首を振るのは御愛嬌である。


 主税を見送り、変態と二人きりになった小夜が聞く。


 「あいつ、どれぐらいで帰って来る?」


 自称マイケルは、少し考え込んで答えた。


 「今までの経験から言えば二時間ぐらいかな。ここから車飛ばして、時間的にもそう遠くない場所に居るはずだから、捕まえて上に連絡して身柄渡して、そっからこっちに戻って来るか、でなきゃ連絡がある。あとは報告あげて上司の確認が終われば、一仕事終り。って流れ」

 「へえ、勉強になるわ」

 「ま、早ければ三十分ぐらいで片付くと思う。待ってる間、紅茶でも飲む?」

 「何か入れたりしないでしょうね」


 分析官のようなデスクワークの情報員はともかく、現場仕事の諜報員は、常備薬として睡眠薬の一つや二つ、持っていても不思議は無い。


 「クラスメイトに犯罪かましてどうすんだって。大丈夫だよ。俺ってそんなに信用無い?」

 「あると思ってるなら自意識過剰ね」

 「グサッ。今、心にナイフが刺さった。痛い。すっげえ痛い」

 「だから、小芝居は要らないっての」


 大げさなオーバーリアクションを挟みつつ、お茶の準備をする大山崎。


 「さあどうぞ」


 男が淹れたお茶を受け取る小夜。


 「ありがと……うぇ、不味いわね。何これ」

 「はて、そこらへんに置いてあったお茶ッ葉だし。銘柄が悪かったかな……あっ」

 「何よ、その変な声」

 「賞味期限が三年前だわ。おまけにカビ生えてる」

 「淹れる前に気付きなさいよ。ちょっと飲んじゃったじゃない!!」


 深夜のお茶会の騒がしさ。

 結局、それは“主税が戻らぬまま”の朝を迎えるまで続くのだった。




連休の連続投稿終了。

今後は週一ぐらいの更新ペースを目指します。

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