004話 無謀な提案
「だから、下着ドロよ」
「盗まれたのは制服や体操服だろ?」
「じゃあ制服ドロ。何にしても、これは大事件よ」
鼻息荒く男子学生に詰め寄る美少女。
女子更衣室荒らしが出たと聞いて、自分の出番だと張り切る小夜だ。
一年生の入学式では代表の挨拶をした優等生であり、それだけにプライドも高ければ、積極性も人一倍。
また、ある事情からどうしても学年トップを取りたいと考えていて、今回の事件は見過ごせなかった。
もっとも、詰め寄られた方の主税は少し後ろへのけ反りながらも冷静に話をする。
「班の活動で、一学期の捜査実習。自由課題があったの覚えてる?」
「確か、実際の事件についての捜査、だったか」
「そう」
忍者学園は普通の高校のような三学期制をとっており、入学してから夏休みまでの期間が一学期。夏休みを挟んで、冬までが二学期。冬休みを挟み、次年度開始までが三学期。
一年生の各学期には班毎に別れての自由研究的な課題もあり、教師に与えられた課題をこなすだけの授業とは違って、班別の差が非常に大きいとされていた。当然、学年席次の順位変動には大きな影響のある課題。個人の努力で何とかなる授業ではなく、班での活動という意味も大きい。個人としては首席を争うような優等生でも、埋没してしまうことが良くある。
逆にいえば、この自由課題で高い評価を得た班のメンバーは、ほぼ間違いなく優等生コースとなるのだ。
主税が課題を覚えていたことに、小夜は満足そうに頷いた。そして改めて詰め寄る。
「あたしたちは、この事件を捜査しましょう」
「はあ?」
「ここで犯人逮捕に結びつけば、最高評価間違いなしよ!!」
小夜の意見には、主税も驚いた。思わず、お前頭は大丈夫か、と言いかけた。
一年生の一学期の課題などというものは、難しい課題を出されたりはしない。あくまで諜報員としての活動がどういうものか知る程度で良いとされている。それ以前に、学校に入ったばかりの素人同然の人間に、高度な捜査など普通は出来ない。
班別の課題についてもそれは適用されていて、実際の事件の捜査と言いつつも、多くの場合は既に解決済みの過去の事件をなぞることが推奨されていた。結果が既に分かり切っていることをなぞる。失敗しようが無い課題であるが、過去の先人たちがどういう目線で捜査していたかを知る点に意味がある。
だからと言って、自分たちで事件を見つけて捜査するというのも、課題内容から外れているわけではない。
過去には学校のアイドル的な先生の、婚約者の素行調査を行った班があった。見事男の浮気を暴き、学内男子生徒の大喝采と、教師陣からの毀誉褒貶相半ばする評価を得た事例である。
しかし今回のように、どう見ても学生の出る幕ではないような事件を扱うのは、異例中の異例。簡単に頷ける人間など居ない。
「お前の意見はよく分かった。分かったから落ち着け」
「落ち着いてるわよ」
「とにかく、そんな重要なことは俺たちだけで決めることじゃない。班員全員の意見を聞くべきだろう」
「あら、偶にはまともなことを言うのね」
「俺はいつもまともだ」
一班のメンバーは、小夜と主税だけではない。他にも癖のあるのが三人いる。
仮に主税が小夜に賛成したとしても、他の連中が首を横に振れば多数決的に否決。民主主義的正義は、小夜の意見を却下するだろう。
そうならない為にも、他のメンバーの説得が要る。
もっとも、主税は消極的反対な立場なのだが、それを意に介する小夜でもない。
放課後の鐘が下校を促すとき、一年い組一班の班員が、小夜によって集められていた。
教室から三々五々帰路につく学友たちを、主税などは羨ましそうに見ている。
「わざわざ集まってもらって悪いわね」
「本当に失礼ですわ。わたくしの時間を割いてあげるのですから、つまらない理由なら帰りますわよ?」
小夜の言葉に真っ先に反応したのは、麗京院桃華。入学席次が三席であったことから、新入生代表を務めた小夜を何かとライバル視しているのは周知の事実。
それだけに何かと反発していて、今日も先に帰ろうとしていたのを無理やり引っ張て来たような形だ。
長めの髪を肩口あたりからカールさせる、いわゆるお嬢様ヘアーを揺らし、今すぐ帰りたいオーラを出しまくっていた。
「集まってもらったのは他でもないわ。捜査実習の自由課題についてよ」
「何ですの、そんなつまらないことの為にわたくしたちを集めましたの?」
「そんなこととは何よ」
案の定、桃華と小夜の二人はぶつかった。
「まあまあ二人とも。どちらにせよ課題を決める必要はあったわけだから、この際決めてしまってもいいんじゃないかな?」
「まあ、そうですわね」
角を突き合わせる少女二人を宥めたのは、クラスの男子の多くから嫉妬を集めるイケメンの氷室。無駄にカッコいい男の優しげな声に、尖がっていた二人も矛をおさめる。
彼の言う通り、遅かれ早かれ実習の課題内容を決める必要はあるのだ。ならば、今のうちに決めておいても良いだろうと、桃華も頷く。
「それで、僕らを集めたってことは、美作さんは何か考えがあるんだよね?」
「ええ。みんな、今朝女子更衣室で起きた事件は知ってるでしょ」
「それは勿論。かなり騒がしかったし。制服泥棒が入ったって話だよね」
遅刻して昼から出てきたような不届き者でもない限り、朝方に起きた事件は周知のこと。
当然、全員が知っていると答える。答えるのを面倒くさがってあくびしている主税を除けば。
「そう。知ってるのなら話は早いわ。私たちの班は、この事件を捜査してはどうかと思うの」
「なんですって!?」
小夜のチャレンジ精神溢れすぎる提案には、やはり真っ先に桃華が反対の声をあげた。
「お断りですわ。そもそも自由課題は、例年通りなら既に解決済みの事件の捜査過程をなぞるだけでいいはず。あえて未解決で、しかもたった今捜査されはじめたばかりの事件を追うのは不確かなことが多すぎます」
桃華の意見には、令司も頷く。
「そうだね。僕も反対だよ。現在進行形の事件を捜査ってことは、情報の管制や統制もあるだろうし、僕らの動きが本職の捜査を邪魔する可能性もある。それに、犯人がプロでも見つけられないような事件なら、僕らの課題も捜査失敗ってことになってしまう。補習するのも嫌だから、普通の課題の方が良いんじゃない?」
桃華と令司の反対意見は正論だ。
捜査過程を知る為の課題である以上、最後まで捜査しきって初めて成績が付く。
現状で捜査中の事件を扱うということは、犯人確定までの最終結論を出せず仕舞いになる可能性がかなり高い。そうなれば、成績は最低評価。もう一度同じ課題を、夏休みにでも補習することになるだろう。無論かろうじて赤点でないだけの最低評価として。
リスクとリターンが合っていないと二人は言う。
「でも、私たちが諜報員になったら、そういう事件ばっかり扱うわけじゃない。先が不確かで見えないからって、しり込みするのはおかしいわ」
「あたくし達はまだ学生です。諜報員ではありませんわ。捜査過程を学ぶのは、確実に実力を付ける為でしてよ。あなたの酔狂に付き合うのは御免です」
時間を無駄にした、といった態度で、桃華は教室を出ていく。
お嬢様とは思えない勢いで出て行ったが、それを見る小夜の表情は強い不満が現れていた。
「僕も、危険を冒す必要は無いと思う。話がこれだけなら、僕もこれで失礼するけど、構わない?」
「……意気地なし」
「無謀を勇気と勘違いしちゃいけないと思う。それじゃあ皆、また明日」
軽く挨拶をして、令司も教室を後にする。
残されたのは、小夜と主税。そして、先ほどから一言も喋っていない静上佳苗である。
班員五人のうちの二人が反対した、小夜の提案。せめて佳苗の賛成は欲しいと、意見を聞くことになる。
「佳苗はどう思う?」
「……」
佳苗は、言葉ではなく、首を横に振ることで返答に代えた。
意味するところは、反対であろう。
そしてそのまま自分の鞄を持ち、教室を出て行った。
結局、三人が反対。どうあっても小夜の意見は通りそうにない。
気丈な小夜にしても、ぐっと悔しさを噛みしめていた。
「だから言ったろ」
「何よ。笑いたければ笑えばいいでしょ。どうせ私の意見なんて、みんな聞いてくれないんだから。馬鹿な提案したって笑えばいいのよ」
「笑いはしねえけどさ。そもそも何でお前はそんなに無茶を言い出したんだ?」
主税には不思議だった。
学年で新入生代表になったほどの才媛に、物の道理が分からないはずがない。令司が言ったことや、桃華の話したことなど、言われるまでも無く分かっているはずなのだ。
にもかかわらず、あえて無謀とも思える挑戦をしようとする理由。そこには、何か秘密が隠されている気がした。
「あんたには関係ないわよ」
だが、主税の言葉にも小夜は反発するだけだった。
悔しそうな顔をしたまま、鞄をふん掴んで教室を飛び出す。
教室には、男子高校生が一人、残されてしまった。
「何か、秘密がありそうだよな。さて、どうしたものかね」
どこにでもいる普通の高校生のつぶやきは、誰聞くことも無く虚空に消えていった。