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002話 班分け


 忍者学園の朝。

 寮から少し離れて高等部校舎がある為、普通の高校と大して変わらない登校風景が見られる。


 「おっはよ~っす。よう主税、今日も眠そうだな」

 「ああ眠い。今朝はいつもより眠い気がする。体感で七割増し眠い」

 「お前、それ毎朝言ってるよな。普段何時に寝てるんだ?」

 「朝の四時」

 「あぁはいはい。すごいですねぇっと」


 校門の手前から始まる、高校男子の他愛ない会話もまた毎朝の風景。

 主税が毎日眠そうにし、それを親友が茶化す。毎度おなじみの定番の光景と言えるのだが、今日ばかりはいつもと違う話題があった。


 「でさあ。今日の班分け、お前は誰と一緒の班になりたいよ」

 「ああ、そういえばそんなのもあったな」


 春も半ばを過ぎ、同級生の顔も覚えた頃。

 この時期に行われるのが、実習の班分け。

 情報収集実習やサバイバル実習を始めとする各種の実習で、仲間となる五人の班を作るのだ。選ばれる班員の相性や得手不得手で行動の幅も違ってくるため、学生の間では注目度が高い。


 主税の中学時代からの同級生で、親友の大山崎(おおやまざき)太郎左衛門(たろうざえもん)。冗談のような名前だが本名がこれだ。

 本人はこの名前を酷く嫌っていて、自分のことを「マイケル」と呼べと言い張っているのだが、聞く耳を持つ人間は居ない。大体がタローとかザキヤマと呼ばれる。ザエモンと呼ばれることもあった。

 身長は自称百七十センチだが、実測はもう二センチほど低い。ソバカス顔で丸っ鼻だが、髪型のセットには拘っていて、イケメンのプレーボーイを気取っている。常から、本人はニヒルでクールと思っている、半端な笑顔をした男。

 そんな親友が、主税に声を落として問いかける。


 「やっぱさ、班員は最低でも女三男二で組んでほしいよな。理想を言えば、俺一人、女子四人が最高だが」

 「何と言うか、相変わらずだな。お前はいつもそんなことを考えてるのか?」

 「当然だ。一度しかない高校生活だぞ。この一年の時の班分けで、高校生活が楽しくなるかどうかが決まると言っても過言ではないのだよチミ」

 「お前は何処のおっさんだ」


 大山崎はグヒヒと笑った。


 「俺的には、やっぱ美的偏差値が高いやつと一緒の班になりたい」

 「偏差値って……お前、一年女子の全員を平均でもしたのか?」

 「当たり前だ。ここを何処だと思ってる。欲しい情報を集めるのに手間を惜しんじゃいかんよチミ」

 「だから、それは何のキャラだ、鬱陶しい」

 「ははは。まあ、そうだな。オススメはやっぱり美作(みまさか)だな。美作小夜。射手座で血液型はA型。入学式では新入生代表の挨拶をした優等生。美的偏差値は六十五。主税も結構絡んでいるし、お気に入りなんだろ?」

 「違う。入学早々の席替えで偶々席が近かったから喋るようになっただけだ。学外の接点は皆無だ」

 「勿体ねえ。俺なら席が近いってだけでも、もっと親密になるきっかけにしてるのに。お前はそれでも健全な男子高校生か!!」

 「うるせえよ。お前と一緒にするな」


 校門から教室まではさほどの距離も無い。

 下らない馬鹿話をしていればすぐにも教室に着く。

 自分の席に着いた主税の下に絡みに来たのは、やはりというべきか、親友の大山崎。お互いの会話は、下世話な話の続きになる。


 「でよ、対抗馬ってわけじゃあ無いが、他にもオススメがあるのよ。静上佳苗(せいじょうかなえ)麗京院桃華(れいきょういんとうか)。この二人は共に美的偏差値六十三。静上は無口なのが玉に傷だが、物静かな雰囲気に惹かれる奴も居るらしい。麗京院は何と言ってもあのバスト。このあいだの体育でのランニング見たか?」

 「知らん。興味がない」

 「もうすんげえの。バインバイン揺れててよ。Fは堅いところで、もしかしたらGカップ以上かもしれん。何とかしてスリーサイズを入手してやろうと思うんだが、やっぱりそこら辺の情報はセキュリティが固いぜ」

 「そりゃ本職の諜報員(エージェント)が防諜に関わってるからな。それで盗みだせるなら、本職以上って話になる。学生レベルじゃ無理無理」

 「いや、俺はあきらめない。何とかしてお嬢のスリーサイズを入手してみせる……って痛え!!」


 突然、饒舌な男が頭を押さえた。

 話を右から左に聞き流していた主税だったが、それでようやく見慣れた顔が立っているのに気付く。


 「ごめんね~、あっちの子達から、太郎左衛門くんの話を止めて来てって頼まれちゃって。あ、主税くんおはよう~」

 「だからって、後ろから殴るこたぁねえだろ!!」

 「おはよう。相変わらずだな、お前ら」


 顔だけは申し訳なさそうにしていながら、ちっとも申し訳なさそうに見えない態度を取るのは氷室令司(ひむろれいじ)

 一年い組の中では、最もイケメンであるという評判の男。

 身長も百七十五センチとそこそこ高め。地毛で茶髪ということもあり、猫っ毛の髪を自然と後ろに流しているだけで様になる事から、既にクラスの中では非公式のアイドル扱いになっている。


 「令司、殴っておいて、俺には挨拶も無しか!!」

 「あはは~、だからごめんなさいって言ってるじゃない」

 「お前の場合は何かむかつくんだよ!!」

 「え~酷いな~」

 「もういい。あっちいけよ。しっしっ」


 猫を追い払う様にしてクラスメイトを追いやった親友を、主税はため息交じりに見やる。


 「お前も、いい加減場を(わきま)えろ。女の子の胸の話なんてしてれば、嫌がられるに決まってるだろ」

 「分かった、分かったって。あ~痛え。俺はあいつとだけは()()ぇ班を組みたくねえ」


 クラスメイト四十名を五人づつで班分けすれば、八班に分かれる。

 確率から言えば、大よそ一割強程度で氷室と同じ班になるわけだが、それを高いとみるか低いと見るかは人それぞれ。

 大山崎などは高すぎる確率だとボヤき、女子の幾人かは低すぎると嘆く。


 「お前の迸る情熱はよく分かった。分かったから自分の席に戻れ。ホームルームが始まるぞ」

 「よし。じゃあお前も、俺の薔薇色の青春の為に祈ってくれよ」

 「断る」


 誰がそんな下らないものを祈るかと、主税は心中で呟いた。

 いくら親友とはいえ、とてつもなく下らないハーレム願望の為に祈る気持ちなど持ち合わせては居ないのだ。


 そうやって各々が自分の席に戻りつつある中、教室の空気が変わった。

 蕎麦に七味唐辛子を入れた時のように、ピリッとした感覚で場が引き締まる。その原因を言うならば、教室に入ってきた教師の持つ雰囲気のせいだろう。


 「あんたら、さっさと席に着きなさい。ほら、ぐずぐずしない!!」


 熱田鏡子(あつた きょうこ)。三十一歳。独身。

 一年い組の担任であり、担当教科は体育と護身術。ジャージがトレードマークで、生徒指導には愛をもって厳しく当たるのがモットー。

 時に授業の組手などで、教育的指導の名の下に素行不良生徒を力づくで矯正することから、鬼アツだの凶子先生だのと呼ばれて恐れられている。

 もっとも、多くの女子生徒と特殊な男子生徒からは絶大な人気を誇ってもいるのだが。


 「さて、それじゃあ出席をとるぞ~」


 出席番号順に名前が呼ばれ、それに生徒たちが応えていく。元気のいい返事を返す者も居れば、やる気が微塵も感じられない返事を漏らす者も居る。

 優等生の小夜などは前者であり、万年睡眠不足な主税などは後者だ。


 「さて、お前たちも知っての通り、今日は実習の班分けを行う。まあ一年の間だけとはいえ、互いに助け合うことになるわけだから、誰と組むにせよ尊重し合うように心がけろ。それじゃあ、適当に並べ~」


 鏡子の声に、一斉に生徒が反応する。

 班分け自体は数字が書かれた紙くじを引いて行われるのだが、既に青春の只中にある者などは、意中の相手と同じ班になりたいが為に我先にと動き出す。

 とはいっても、ここは情報機関付属の高等部。それもエリートの属している組だけに、情報工作も飛び交う。


 「こら、大山崎。自分が書いたクジは無効だぞ」

 「げっ」

 「そういうことをすると、辻褄が合わなくなるだろうが馬鹿者。罰として、お前は最後に回す。くじを引かずに、残った席がお前の席だ」

 「鏡子ちゃん、そりゃ酷いよ~」

 「誰が鏡子ちゃんだ。教師に対して馴れ馴れしいぞ。指導室に呼び出されたいか?」

 「ちぇっ」


 中には情報工作に失敗する者も居るが、情報工作に成功する者も居る。

 もっとも、それを阻止する行為や、妨害する行為もまた普通に行われるのだが。


 「え~何でぇぇ!!」


 また一人、女子生徒の悲痛な叫びが上がった。

 既にイケメン氷室が一番の番号を引いて一班に決まっているため、同じ班になろうと工作を企むものは多い。彼女もまたその一人である。

 事前に紙の折り方の癖を見ておき、これぞ間違いなく三番であると思って引いた番号が、まるきり違う数字だったための絶叫。


 「ほら、次があるからさっさと退く」

 「うぅ、こんなはずじゃあ……」


 次に並んだ女子生徒は、そんな絶叫する女性徒を見てほくそ笑んだ。

 この子もまた氷室と同じ班を狙っていたので、最初の方でくじを引いた男子生徒と共謀して紙の癖をあえて変えたのだ。

 打ち合わせ通りの折り方に変えておけば、他人の勘違いを誘発し、自分は望みどおりのくじを引ける。

 腐っても諜報員を志すならば、それぐらいの情報操作を見抜きなさい、と心中で優越感に浸った。

 本当の三番はこれだとばかりに、自信満々に一枚の紙を選ぶ。


 「ええぇぇ、嘘よぉぉ!!」


 そしてまた悲嘆の声を上げた。手には十一番と書かれたくじ。

 彼女もまた未熟だったのだ。というよりも、共謀した男子生徒との化かし合いに負けたというべきか。

 そもそも思春期の男子生徒が、素直に女の子をリア充男子の班に入れるわけがないのだ。氷室の班なぞ、俺以外で男だらけになってしまえというのが、男子生徒の多くが思っている事である。共謀する相手を間違えたということに、女生徒は遅まきながら気付いて項垂れたまま席に戻る。


 悲喜交々。

 足の引っ張り合いがあちこちで行われ、結局一つの結果に収束していった。


 「おい、主税。お前の番だぞ」


 そう呼びかけられたことで、寝惚け眼をうつらうつらとさせていた男は気付く。既にクラスメイトの殆どがくじを引き終わり、後は自分と親友の二人しか残っていないことに。


 「お前が先に引けば良いだろ」

 「馬鹿。俺は工作がバレて最後の残りにされたんだよ。良いか、五番の方は引くなよ。四十番を引け。分かってるな」


 熱田先生の背後。生徒の眼前にある黒板には、既に大方の班分けの状況があった。

 主税はスッと目を走らせ、四十番が男だらけのむさ苦しい班であることを確認した。どういった情報操作が成されたのかは不明だが、ざっと見渡しただけでも明らかに確率の偏りとは言い難い作為的な結果が広がっている。

 故に主税が引いたのは別の方。


 「五番です」

 「服部は五番っと……」


 親友の願いも虚しく、主税は五番を引いて一班にエントリーされた。

 これで自動的に大山崎の名が八班のラストに記述された。


 「のおぉぉ、主税、お前って奴わあぁぁ」

 「悪いな、俺もむさ苦しいのは御免だ」


 この世の終わりのように嘆く男が一人出来上がったクラスの中。

 最後の一名の名前を書き終えた鏡子が、そのまま結果を読み上げる。残りものを八班に書いたそのままに、八班から読み上げていった。


 「八班は……」


 粛々と読み上げられていく学生の名前。

 八班が終われば七班、七班が終われば六班と、順々に読み上げられる。

 ひとまずの結果と安堵する者も居れば、こんなはずではなかったと嘆く者も居る。或いは、足を引っ張られたことで牙をむき出しにする者同士なども居たりする。


 「そして一班」


 教師の声が響く。


 「氷室、美作、静上、麗京院、そして服部。以上五名」


 最後の一人を除き、奇しくもこのクラスで人気を集める者ばかりが勢ぞろいする。

 この結果に、作為を感じない者などいない。一体誰がこのオールスターを企画したのかと、学生たちは皆訝しむのだが、答えが有ろうはずもない。


 「これで今後実習を行っていくので、皆仲良くする様に」


 女教師の声だけが、生徒たちの耳に残るのだった。

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