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012話 痴話喧嘩

 「どうするよ、みんなが居る事は予想外だったんだけど、俺」


 主税と太郎左衛門が合流し、顔を突き合わせて相談している。内容は、困った学友たちへの対応についてだ。

 まさか、同級生たちが仕事の現場付近をうろつくなど、想定の範囲外。


 「何故あいつらが居るかだが……」

 「あれだな、多分小夜ちゃんが誤解したんだろうな。お前の帰りが遅いから、何かあったんじゃないかと。で、班員に相談して、誤解が誤解を生んでああなってる。どうよ、この予想」


 ネットの情報を拾い集めた結果に、予想も何もない。太郎が言葉は、ほぼ正確に現状を言い当てていた。


 「役にも立たん予想だな。そもそも何で美作を仕事が終わるまで拘束しておかなかったんだ?」

 「いや、美人に酷いことも出来ないし、学校に行くって言われて押しとどめると、俺が監禁罪になっちゃうじゃない。お前も、まさかこんなことに思ってなかったんだろう? お相子だと思うぞ」


 相手の行動を制限して一カ所に押しとどめる場合、監禁罪に抵触する恐れがある。それは事実ではあるのだが、同級生が気のある相手を引き止めることぐらいは日常茶飯事だから、それを装うことは出来たはず。太郎がいうのは建前論だ。

 しかし、責任の所在云々を言い合う場合でもない。


 「そりゃそうだな。あいつらの短慮や、俺たちの失敗を嘆いても仕方ない。問題は今どうするかだ。爺さんには後で怒られるだろうな」

 「師匠のことだから、地獄の特訓が待ってるぜ。多分」


 下らない雑談をするのも、二人が方針を決めかねているから。

 そんな二人の監視の中、同級生たちが動き出す。


 小一時間ほど監視を続けて、主税と太郎は揃って呆れた。無論、同級生たちが半端に出来が良いからだが。


 「おいおい、何でこんなところだけ要領が良いんだよ」


 悪い想像や、当たって欲しくない予想とは、何故か的中するのが世の常。


 学園の生徒としてごく当然の行動。すなわち、周辺の情報収集に徹した一班の班員は、銘々に得意分野を活かしつつ一つの事実を突き止める。

 すなわち、とあるマンションに、怪しい人間が出入りしているとの情報だ。

 おまけに、どうやら今朝未明に銃撃戦をやらかした一味の出入りがあったらしく、主税の関与まで掴んだ。

 こうなると、悪い予想として小夜たちが思い浮かべたのは、血だらけになった学友の姿。

 主税達が思い浮かべる悪い予想は、このままずるずると素人同然の連中に現場を荒らされること。


 情報屋のアジトと目されるマンションに、学生たちが入ろうとしていたところで、流石に主税達が止めに入った。

 ただし、あくまで同級生が心配してという態で。


 「おい」

 「主税、あんた無事だったの!?」


 だが、そんな主税の配慮には欠片も気付かないのが学生というもの。


 「何の話だ?」

 「あたし、てっきりあんたがトラブルに巻き込まれているもんだとばかり……だからこうして探しに来たのよ」

 「トラブルがあったのは事実だが、諜報員の卵ともあろう人間が、ぺらぺらと他人に情報を漏らすか、普通。黙って普段通りにするのが当然だろう」


 男子生徒の呆れるような声に、美少女が反論する。


 「だって、心配だったんだもん。何よ、あんたが連絡も無しに学校を休むのがいけないんでしょう」


 人が人を心配することがいけないことだと言うのか、と詰られれば、主税としても積極的な反論はし辛い。感情論に理論は通じないからだ。


 「連絡してただろうが、病欠って」

 「あんな別れかたした後に病欠って、何かありましたって言ってるようなもんでしょうが。SOSと思うでしょう!?」

 「んなわけあるか。誰も助けてくれとは連絡してないだろうが」

 「酷い、そこまで言うことないじゃない!!」


 小夜と主税がお互いに言い合う。最早感情論のぶつかり合いの様相を呈してきた。

 段々と言い争いが低レベルになってきたところで、氷室が間に割って入る。こういう仲裁は、この男が得意とする分野だ。


 尚、太郎左衛門は面白がって煽っていた。


 「はいはい、二人とも痴話喧嘩はそこまでにしてね」


 仲裁に、一応休戦となる二人。

 ふん、と小夜は腕を組んだ。気の強い女だ、と内心で思う主税。どっちもどっちと呆れる周りの目など、気付きもしない。


 「それよりも、お前らはすぐに帰れ。ここは危ない」


 辺りを警戒しながらの言葉。事実、ここは危ない連中が警戒している地域なのだ。下手にうろつかれると、身に危険がある。

 しかし、仕事のことまでは口に出来ない主税としては、理由も言えずに、ただ追い返そうとする。

 この態度は、勝気で好奇心旺盛な人間の気持ちを逆なでする態度だ。


 「じゃああんたも一緒に帰るの?」

 「俺はまだやることがあるんだよ」


 仕事とは言わなかった。主税はまだ、自分の正体を小夜が班員にばらしていると知らないからだ。いや、正しくは自分が相手に確証を与えてしまうことを避けたいからだ。


 「じゃああたしも一緒に手伝ってあげる」

 「はあ?」


 邪魔だ。主税は思わずそう言いそうになった。

 実際、学生レベルの人間がうろつかれるのは、足を引っ張る可能性の方が高い。


 しかし、小夜や班員にしてみれば、自分たちがそこまで劣っていると思って居ない。彼ら、彼女らにだってプライドがある。学業優秀な生徒ばかりなのだから、世間の広さを学内の物差しで測ってしまう。

 本職ならば鼻で笑うか、ドブに捨てるようなプライドではあるが、学生にとっては向上心を維持する重要なファクター。自信と過信は、優秀な学生にこそ付き物と相場は決まっている。


 「帰れ」

 「帰らない」

 「いいから帰れ」

 「嫌だ!!」


 諜報員たるもの、常に冷静であるべし。

 少なくともこの言葉は、今の主税と小夜には、いや、主に小夜には当てはまらない言葉だった。


 「おい、ネームレス!!」


 そんなところに、焦ったような声がした。

 太郎から出た言葉だったが、その言葉に反応したのは主税だった。


 「きゃっ!!」

 「全員隠れろ!!」


 いきなり小夜を押し倒す主税。どこかで見たような光景である。違いといえば、小夜以外の女生徒もまとめて押し倒していることだが。

 間一髪だった。どこかから音も無く飛んできた銃弾が、学生たちの肌をかすめた。


 「おいおい、こんな町中で発砲か?」

 「お前らはここに居ろ。躾の悪い連中を締めて来る」


 学友たちを物陰に残し、主税は目にもとまらぬ速さで飛び出した。

 拳銃が発砲されたと思しきあたりに飛び込んだかと思うと、打撃音と共に男のうめき声が発生。ややあって、気を失った男が数人、どさりという音と共に正体を現した。

 本当に、あっという間の出来事だった。


 「今度は取り逃がさなかったじゃん」

 「前で手口を見てたからな。それで十分」


 威張るでもなく、誇るでもなく。当然のことをしたまでだという態度で、狼藉ものを縛り上げる主税。

 男たちは、パンチパーマに入れ墨という、いつの時代の不審者だと言わんばかりの格好。不審者のベルトを外し、それで手を縛っていく作業には、手慣れた感があった。ベルトをしていなかった奴は肩関節を外されている。


 「太郎はこいつら見ておいてくれ。俺は野暮用の方を片付けて来る」

 「あいよ~」


 一人、マンション内に入っていく主税。見送る学友たちは、ただ驚くだけ。まさか本当に自分が殺されかけるとは思っても居なかったからだ。

 危機感が無いと言うよりも、危機について知識で知っていても現実感を持てていなかったというべきだろう。それが、実際に体験してみると身体が動かなかった。

 いざという時にはまず手近なところに隠れる。こんな基本的なことさえ、実際に起きてみると出来ないものなのだ。


 「やっぱり、実践経験って大事なんだね」


 令司の言葉に、他の全員が頷いた。桃華や佳苗にしても、まったく同感だからだ。

 そして、同級生の言葉を受けて思案に耽る小夜。


 やがて、主税が戻って来る。

 何事も無かったように、飄々としていた。まるで、今からコンビニでも行くかと出てきた住民のような雰囲気。ついさっきまで荒事の只中に居たなどとは欠片も思えない。


 「片付いたぞ」

 「お疲れ~」


 主税が太郎に声を掛けた。仕事が無事終わったという報告だ。

 途中何者かに妨害されるというトラブルがあったとはいえ、流出した機密情報の消去には成功した。後は、背後関係がどうなっていようと、或いは付随するトラブルがどうなろうと、基本的には別の仕事。他部署の管轄になるはずだ。


 「さて、それじゃあ帰るか」


 主税の何でもないような声。流石に小夜が声を荒げた。


 「帰るかじゃないわよ!! 説明しなさい!!」

 「ん? ああ、この伸した奴らはあとで回収に来るよう然るべきところに連絡しておく。俺の野暮用も終ったから、お前らを送っていくよ」

 「んなこと聞いてるんじゃないわよ!!」

 「じゃあ何だよ」

 「……ネームレスって何。もしかしてあんたのこと?」


 全員の眼が、主税に向く。

 いや、主税だけは太郎左衛門の方を見ていた。お前のせいだぞ、という視線で。


 「何のことだ?」

 「ここまできてとぼけられと思う?」


 小夜の言い分に、同級生たちが大きく頷く。

 全員の耳に残っているだけに、誤魔化すのは無理だ。


 「いや、それはだな……」


 尚も口ごもる主税に、詰め寄った少女。狼狽える男。

 先ほど、銃口に突っ込んでいった男と同一人物とは思えない情けなさだ。


 しかし、そんな下らない諍いは、闖入者によって壊される。


 「はっはっは、お嬢さん方や、その辺は儂が説明してやろう」

 「え!?」


 いきなり何の前触れも無く掛けられた声。全員が声のした方向を見れば、老人が一人立っていた。年の頃は六十かそこら。見た目よりも鍛えていそうな雰囲気はあるものの、町中を歩いていれば何の疑問も無く見過ごしてしまうほどに普通の老人。

 おかしい。学生の大半はそう思った。自分たちが警戒を怠っていたわけではないのに、確かにさっきまで誰も居なかったはずの場所に人が居る。どうあっても、只の老人と思えるはずも無い。


 おかしいと思わず、むしろ極当然と思って居るのは二人。太郎と主税。


 「爺さん……この仕事、やっぱりあんたの差し金だったか」

 「師匠、隠形っていっても、俺らまで脅かす必要ないでしょう」

 「二人の知り合いですの!?」


 桃華が驚いたのは、一見すると何処にでも居そうな老人が二人の知り合いらしいという点。その時点で、“自分たちの世界“の先輩ではないかと想像するのは難しくない。


 「あ~俺の爺ちゃんだ。父方のな」


 主税のバツの悪そうな声。授業参観に親が手を振っているのを見られたような態度。或いは、忘れた弁当を親が教室まで届けてくれた時のような態度だろうか。

 何にせよ、居心地悪そうにしているのは間違いない。


 「主税、それに太郎左衛門、今回のお前達の仕事は落第点よ。名無しを受け継ぐ者として力不足。丁度良いから、皆をうちに招待しなさい。儂から皆に話したいことがある」


 有無を言わせぬ老人の態度。

 そんな祖父の言葉に、言いづらそうな態度で主税が学友に言う。


 「……皆、今から俺んちに来ないか?」

 「あんたんちって、学生寮じゃない」

 「いや、実家の方。嫌だったら断ってくれていいぞ。ってか断ってくれ」


 あからさまに、何かありますと言う態度を取られて、断るはずも無い。情報員の卵としては、情報に貪欲なのだ。

 全員が、行くと答える。その答えに、老人は満足そうだった。主税は不満そうだった。太郎は同情の目線を向けていた。


 「うむ、では主税、皆のことは任せるぞ」


 不思議なことが起きた。

 じっと老人を見ていたはずなのに、言葉を言い終るが最後、いつの間にか姿が消えていたのだ。

 いや違う。消えたのではない。老人が孫に声を掛け、皆が皆揃って主税の方に意識がいった瞬間、移動したのだ。そしてそのまま死角を移動しただけ。意識の隙をつく超高等テクニック。ますますもってただの老人とは思えなかった。


 「あ~……とりあえず行こうか。俺の実家に」


 主税に促されるまで、皆は固まっていた。


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