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011話 学友たちの暴走

 ともすれば居る事すら忘れてしまいそうなほど存在感が希薄な少女。

 それが今は、一同の中心に座っていた。


 「佳苗、どうだった?」


 小夜の言葉に、佳苗はこくりと無言で頷いた。結果が望ましいことは、顔色で分かる。

 というよりも、佳苗が饒舌になるところが無い為、自然と顔色で判断するようになるというのが正しいのだが。

 忍者学園に入学して早一ヶ月。にもかかわらず、未だ佳苗の声を聴いたことが無い人間も多いと言うのだから、何をかいわんや。無口過ぎてフィギュアのようだと言われながら、一部では熱狂的なファンが居るのだが、それも良し悪し。


 クラスの中では割と社交的な部類に入る小夜と令司は、そんな無口な友人を褒めたたえる。特に令司は、女性を褒める時には遠慮なく褒めるタイプだ。


 「凄い、流石は静上さん」

 「大したことじゃない」

 「いや、凄いって。少ない手がかりから良く足取りを掴めたね」


 一年い組の教室の放課後。

 既に学生は居なくなった。いや、三名を除いて居なくなった、というべきだろう。

 残っている三名は、男一人に女二人。男が眉目秀麗で、女性陣が共に美形とあっては、男を取り合う女同士のバトルかと勘繰りたくなる。だが、それは邪推だ。この三人は、一つの目的の為に協力している。

 目的とは、彼らの同級生で学友の服部主税が、“本業”の方で見舞われたであろうトラブルに対処すること。

 諜報員の仕事は危険な仕事も多く、また、存在を秘匿される職業だけに大っぴらに助けを呼ぶような真似は出来ない。それだけに、仲間同士の助け合いがことのほか重要視されるのだ。

 この常識に則り、また自分の正義感という誇りの為に、彼ら、彼女らは行動に出た。若さゆえの暴走と言ってもいいだろうが、当の本人たちは真剣である。


 「まずは情報を整理しよう」

 「そうね。お互いに齟齬があると拙いし」

 「うん、まずはそこから。最初は昨晩……というよりも今日の早朝になるのかな?」

 「どっちでもいいわよ」


 深夜零時を過ぎた時間帯を、深夜と呼ぶか早朝と呼ぶか。或いは未明と呼ぶか。人の生活スタイルによって様々だろうが、今はそんなことは些事である。


 「うん、その時間、主税君が例の制服泥棒を捕まえる為に、セーフハウスを出た。ここまでは間違いない?」

 「ええ」


 日付的には昨日の夜、主税と小夜が学園内で遭遇したのは事実。その後にファミリーレストランで主税を尋問。口を割らない主税に対し、様々な憶測の下で諜報員であろうと確信。セーフハウスまで無理やりくっついていったのはバイタリティ溢れる小夜らしい行動だ。

 その後、部屋を出るところまでは小夜と主税は同室に居た。


 「部屋を出る時までは美作さんが一緒だった。しかし、すぐに帰ってくると思われた主税君も戻ってこず、学校があるからと明け方に美作さんが寮に帰宅」

 「ええ。太郎がタクシーを呼んでくれて、そのまま寮に帰ったわ。シャワーだけ浴びて登校したの」

 「そして今に至る……か」


 令司が一瞬考え込んだ。

 整理してみれば、やはり主税が小夜を放置し、かつ学校にも来ずに連絡も無いというのは、確かに気になる。そこに彼が現役の諜報員ではないか、という推測も併せれば、結論はおのずと一つに収束する。


 「主税が、何かのトラブルに巻き込まれたのは間違いないと思うの。二人はどう思う?」

 「同感」

 「僕もそう思うよ。少なくとも、予想外のことが起きてると思う」


 三人共、認識自体は一致している。諜報員にとっては、トラブルとはご近所付き合いのようなものだ。離れたくても簡単に離れられないという意味ではあるが。


 「佳苗が調べてくれた限りだと、セーフハウスの住所は分かったのよね」

 「そう」

 「本当に分かりづらいところにあるよね。美作さんの記憶力が良かったからいいようなものを、並みの人間なら探すにしても迷いそうなところにある。間違いなくここだって断言できない程度には痕跡を消してるところが本職っぽいよね」

 「変なところで感心しないでよ」


 佳苗は学園内の情報端末を使い、小夜の不確かな記憶を元にセーフハウスの位置を割り出した。実際にその位置を調べてみると、駅から程々に遠く、ある程度は道が入り組んでおり、中々に見通しが悪い立地で、同じような建物の並ぶ中にあった。

 もしもまともに探していたなら、相当困難が伴うであろう立地。商業物件としては落第点のテナントだが、なるほど諜報員の隠れ家としてなら上出来だろう。間違っても、うっかり他の一般客が別の店と間違えて迷い込んでくる可能性は低い。


 「それじゃあ、早速手がかりのありそうな場所に行ってみましょう」


 自分たちが正しいことをしていると微塵も疑わない三人。


 意気揚々と教室を出て移動する後姿をそっと見送った人間が居たことに、気付くものは居なかった。


◇◇◇◇◇


 都内某所のセーフハウス。

 鍵が掛かっていたのを令司が開けた。この男、優男風の見た目によらず、かなりダーティーなことにも長けている。


 「開いたよ~」

 「あんた、凄いわね。一応ここって特殊鍵でしょう?」


 一般に市販されているシリンダー錠などは、道具さえあるならば、破ろうと思えば一般人でも破れる。町の鍵屋で十分に対処可能なので、諜報員の世界ではこんなものは鍵の内に入らない。

 それに対し、一般の鍵開け道具。俗に言うピッキングツール等々で開けることが困難なカギを、特殊鍵とも呼称する。

 これを開けようと思うなら、ピッキングよりもバールやドリルの方が手っ取り早い。

 にもかかわらず、令司は普通のカギと同じようにちゃっちゃと解錠してしまった。


 「特殊鍵と言っても、パターンは限られているからね。ちょっとしたコツで鍵の形状は絞っていけるから、後は小細工で」

 「まあ、開いたのならいいわ」


 セーフハウスの中には、人の痕跡は無かった。

 正確に現状を伝えるなら、昨晩確かに小夜が居たであろう形跡だけは残っており、他の人間が居たであろうことを示す痕跡が消されていたということだ。

 例えば、入り口の扉は綺麗に拭かれて、恐らく指紋も無い。これは、小夜の指紋もひっくるめて消しているということだ。対し、部屋の中には、夜に小夜が口を付けていた飲み物の空があったりするわけで、彼女が居たという証拠は残っている。

 消えているのは、他の誰かが居たと思われる証拠だけだ。


 「へえ、こうやって後始末するのか。勉強になるなあ」


 令司のつぶやきには、小夜も同感だった。

 なまじ知識が半端に有るからこそ、自分たちが気付かなかった部分に作為の痕跡を見つける。自分達では気付かなかった部分の意図を考えることで、ようやく真意に気付くという、まさに勉強。

 例えばソファーの手置きの部分にも掃除の跡があり、考え込んでようやく、革にも指紋が残ることがあるという話を思い出した、といった具合に。

 学校の授業では教えてもらえない、現職によるお手本というわけだ。


 「やったのが多分あの太郎だってのが気に食わないけど」

 「そっか、太郎くんもお仲間だったっけ」

 「あの二人が昼行燈(ひるあんどん)決め込んでて、それに気付けなかった自分が情けないわよ……まさかあんたらまでそうだとか言わないでよ?」

 「まさか。静上さんはどうか知らないけど、僕は善良な学生だよ」


 小夜の質問に、令司は肩を竦めて答え、佳苗は首を横に振って応えた。意味するところはどちらも否定である。

 高校生で現役の情報員というのは例外なのだ。それを知らない小夜たちにしてみれば、思いもよらない人物が現職だったことで、もしかしたら他にも、と思ってしまうのは仕方がない。


 「これ」


 そんな中、部屋の隅の方に布を被っていた物の正体に、佳苗が気付いた。

 くいくいと小夜の袖を引き、消極的なアピールをする。


 「何これ、骨董品じゃない」

 「レトロな機械だね。今時電波ラジオなんて」


 三人が見つけたのは、電波で音声を受信する機械。一般的にはラジオと呼ばれるもの。或いは無線機とも呼ばれる。

 周波数さえ揃えば、相当に長距離でも情報を伝えられるという面では重宝する機械だが、伝達手段が電波だけに、傍受されるリスクが極めて高いというリスクがある。


 「ちょっと貸して」


 小夜は、億面なく装置に手を出した。小夜は対人の尋問や情報操作が得意な人間だが、電子機器や電気機器にも一定の理解を持つ。これでも学園入学席次はトップクラス。

 ジャリジャリと砂を擦ったような音が入る中、それは本当に偶然だった。


 「まって、何か聞こえる……」


 時刻は既に放課後。外はすっかり暗くなっている時間帯。

 深夜ラジオが流れるには早いが、その帯域はどの局でもない。

 当たりだ。小夜はそう思った。


 「聞き取り辛いけど、多分太郎の声かな……」

 「相手は主税くん?」

 「分かんない。でも、横浜って声は拾えた」

 「横浜……そう言えば、横浜の近くにそれっぽいマンションが幾つかあったっけ」


 国際埠頭でもある横浜には、外国要人も訪れる機会が多い。

 目ぼしい施設の監視に向いているマンションについて、令司には幾つか心当たりがあった。

 何故そんなものを知っているかについては令司も語らなかったが、何やら“家業”と関係しているらしい。

 諜報員とかじゃないから心配いらないよ、とは令司の弁だが、今はそれを問答する暇も無いと、小夜は判断した。


 「とりあえずここでじっとしてても始まらないし、主税君が横浜に居る可能性があるなら行ってみる?」

 「……どうやってよ」

 「電車しかないんじゃない? タクシーはお金掛かるし」

 「貧乏って嫌ね」


 のんびりしていて、折角の手がかりが陳腐化しかねないという話もあるが、交通手段が無いわけではない。電車を使えば、横浜に行くことも可能だ。

 やむを得ずセーフハウスから外に出た三人。


 しかし、行く手を阻まれる。

 彼女らの目の前に、デンと待ち構えていた物が有ったからだ。


 「何これ」


 目の前にあったもの。それは黒塗りのリムジンだ。いっそ清々しいほどに場違い。おまけにその傍に立っていた初老のロマンスグレーが慇懃に頭を下げるのだから、場違いも極まる。


 「お待ち申し上げておりました。わたくし、麗京院家に仕えております執事にございます。お嬢様の御学友の皆さま、どうぞ御乗り下さい」


 麗京院家。その名前に心当たりが大いにある三人は、言われるがまま車に乗り込んだ。

 中には、仏頂面でそっぽを向く女性が居た。


 「あんた、何でここに居んの?」

 「居たらいけませんの? どうせ貴女のことですから、後先考えずに行動すると思って居ただけですわ。移動手段に困っていたところを助けて差し上げたのですから、御礼ぐらい言っても良いんじゃありませんこと?」

 「……美作さん、鞄に盗聴器だ」


 都合よすぎる桃華の登場。何故、と問うまでも無い。自分たちの行動が筒抜けになっていたと推測するのは容易なこと。

 ならばと、手段に思い当たれば理由は察しがついた。今日の四限目は盗聴の実習だ。


 「ちょっと!! 盗み聞きとか酷くない?」

 「失礼ですわね。私の実習用の教材が見当たらなくて、探していただけですわ。貴女こそ、わたくしの教材を盗んだんじゃありませんの?」


 令司は、やいのやいのと騒々しい二人のやり取りをみて、佳苗に目をやった。恐らく、桃華の教材を小夜の鞄に忍び込ませたのは彼女だろうと推測したからだ。

 桃華を見れば、今の巻き込まれている状況も満更では無さそうに思えた。彼女とて、同級生が心配でないというと嘘になる。内心を察して、非合法手段に出た佳苗のしたたかさ。いや、腹黒さというべきだろうか。どう控えめに見ても窃盗罪だ。

 目的の為に手段を問わない姿勢。諜報員向きな性格だなと令司は佳苗を評した。


 「とにかく、事情は知っていますわ。横浜に行くならば、このまま車で行く方が早いですわよ」

 「……御礼だけは言っとく。ありがと」

 「ふんっ、ですわ」


 小夜の御礼の言葉。

 真正面から言われた桃華は、顔を更に横に向けて不機嫌そうな態度になった。ただし、耳が赤くなっていることには、誰もが気づいていたのだが。

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