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010話 確認

 「聞こえるか相棒」

 「ああ、電波状況は悪いが何とか聞こえる」


 ザーザーと、いやにノイズの多い会話。

 十代の二人による、無線通信だ。

 諜報チャンネルともいうべき周波数で、普段は何も流されていない帯域。ごく一般的なラジオでも聞くことのできるチャンネルで、素人が適当に周波数を弄っていて、もしも何も流れていないのに周波数が合ったように思えるなら、それはこのチャンネルだ。

 主税からの連絡が途絶えた時点でその相棒が、恐らくこれで連絡を付けて来ると当たりを付けて待っていたらしい。息の合った阿吽の呼吸。


 「セーフハウスから出てから、現在までの経過時間を教えてくれ。周りにも手元にも時計が無い」


 請け負った連絡事項は、やはりトラブルを伝える内容。少なくともそれを匂わせている。


 諜報活動で出向くときには、身元の割れそうなものは持たないのが基本。携帯電話やスマートフォン。電子マネーのカードや定期券。免許や学生証。パスポートや保険証の類も持っていては拙い。保険証を持って出歩くのが一般的かどうかは別にして、何かとトラブルに遭いやすい仕事がら、この手のものは持たないのが普通。理想は手ぶら。

 高級そうな腕時計をしていては怪しまれる年代の人間ならば、時計を身に着けていないのも街に溶け込むための一種の迷彩であったりする。

 つまり、時間が分からなくなるのは、良くあることということだ。何か他のことに長い時間気を取られていたなら、という但し書きが付くが。


 「お前が連絡を絶ってから十八時間二十六分だ。何があった?」

 「情報屋の拘束の際、戦闘が発生した」


 端的な説明に、太郎左衛門は頷く。

 例の情報屋を捕まえるに際し、戦闘が起こる可能性は想定済み。或いは、そうなるかもしれないという判断があったからこそ、荒事専門の諜報員に仕事が回って来たともいえる。

 だから、サポート役の男も戦闘が起きたこと自体には驚かず、詳細を知りたがった。


 「戦闘? 規模は」

 「中規模。かなりてこずった。おまけに民間人に負傷者が出ている。敵対勢力の発砲も確認。おかげで警官を撒くのにてこずった。連絡が遅れたのはその為だ。あと、戦闘の際、“耳“が壊れた。緊急配備と検問通るのに手持ちの危ないものは一旦全部放棄せざるを得ず、今は適当な部品を調達して連絡してる」

 「うぉい、じゃあ一般の無線じゃねえか。せめて携帯電話回線にしろよ。どこで誰が聞いてるか分かんねえぞ。アマチュアでも無線使ってる奴は居るんだからな」

 「分かってる。非常事態だ」


 先にもあったように、無線通信というのは一般人でも嗜む人間が居る。適当に周波数を走査して、ただ無線の内容を聞くのが趣味という人間も稀に居るし、ラジオを適当に合わせることもあるだろう。

 一般人が聞いているかもしれない周波数ということは、自分たち以外の諜報を生業とする人間にも聞かれている可能性があるということ。

 せめて携帯電話回線の電波ならば、不特定多数に聞かれるという可能性は減る。


 それでも一般無線で連絡してきたのだから、のっぴきならない事情なのだろう。

 この手の通信の利点は、ちょっと機械に詳しければ、町中の適当な材料で道具が用意できてしまう点にあるのだから。

 忍者学園でも、一応の嗜みとして手作りラジオの作り方を教えたりもする。選択授業の、更に一コマだけだが。


 「状況は」

 「例の情報屋は捕縛して引き渡した。“俺が“尋問して、例の情報のオリジナルな記録媒体がある場所も分かった。こちらの確保はまだだ。発砲してきた連中は、今回の任務では一応、無視できると思う。向こうは情報屋の身柄だけが目的だったようだからな。今後、むやみに戦う必要もないだろう」

 「任務続行は可能か」

 「可能だ。ただし、行動に大きく制約が出ている」

 「制約? お前今何処にいるんだよ」

 「横浜だ」

 「はあ?」


 太郎左衛門は素っ頓狂な声をあげた。

 一体なにがあってそんなところに居るのか。小夜と共に見送った場所は都内。そこからかなり移動したことになる。

 注意して耳を澄ませば、確かに海の音がした。船があるらしき雑多な音というべきか。とにかく、都心に居ない事だけは間違いなさそうな気配。

 主税が何かしらの冗談や、暗号、符丁を使って言っているわけでは無く、本当に横浜に居るらしい感じがした。


 「近くにセーフハウスは無いか?」

 「ちょっと待て、今調べる」

 「頼む」


 諜報員がチームを組むのは、まさにこういう時の為。

 前線で動く人間の、不測の事態をサポートするのが相棒の役目と、太郎左衛門は手元の情報端末を操作する。

 暗号化された特別なファイルと付き合わせれば、情報員用の特殊施設の場所が分かった。


 「あるぞ。海辺の倉庫街。屋根に残念賞って書いてる建物がそうだ」

 「センスを疑うが……とりあえず行ってみる」

 「ああ」


 セーフハウスは、言うまでも無く機密性の高い施設だ。

 諜報員が比較的安心して寝られる程度には防諜対策がされており、定期的なメンテナンスもされている為、空き家に不逞な輩が住み着いていたというようなことも無い。

 保存食なども備えてあって、何かトラブルが起きた時に逃げ込んでも大丈夫なようになっている場所。つまりは、今回のようなときに使うための場所だ。


 屋根の上に下らない目印を用意するのは、上司の趣味かも知れないと太郎左衛門は思った。自分たちの上役は、未成年の学生をこき使っていることから分かる通り、非常識を気にしない愉快犯的な性格を持っている。

 しかも、意外と効果的だからたちが悪い。まさかそんなフザケタ落書きが、目印になっているとは思わないだろう。少なくとも公務員的なお堅さがある、公安や内調(内閣情報調査室)の人間ならば絶対にやらない。


 太郎左衛門が上司の御ふざけに盛大に愚痴っている間。つまりは時間にして三十分。主税は教えられた場所のあたりにいた。

 実は主税もセーフハウスの大体の場所はあたりを付けていたので、それほど距離を必要としていなかったのだ。


 「ふむ、多分このあたりだな……あれか」


 屋根の上のお茶らけた文字を見れば、まず間違いない。

 セーフハウスの中。むき出しになっている床のコンクリートを引っぺがせば、色々とモノが出て来る。

 小型の銃器もあるし、信管でドカンとなる危ないおもちゃもあるが、主税が欲しかったのは通信設備だ。

 有線で繋がる秘匿回線と、それに接続された専用端末。リアルタイムで暗号通信を行える専用機だ。

 主税も諜報員として、この手の電子機器の操作も、太郎左衛門ほどでないにしても一応は嗜む。


 しばらく相棒に対して通信を要求していたところで、いきなりクリアな音声が聞こえ出す。


 「感度良好。どうよそっちは」


 通信の相手は勿論相棒の太郎。


 「とりあえず落ち着いた。今はセーフハウスで、この通信も特殊回線だ。人心地ついた気分だな」

 「そうかい。お前ももっと早く連絡くれりゃ良かったんだ。出来れば明け方の内に。そうすりゃ小夜ちゃんと一緒に登校できたんだぞ。男子高校生の夢を壊しやがって。恨むぜチクショウ」

 「学校にはどう連絡したんだ?」


 まさか学校にありのままを伝えるわけにもいかない。

 それぐらいは誰でも分かることだが、一応は確認しておくべきことだったのだろう。主税も根は真面目な男なのだ。


 「体調不良ってことにしておいた。俺たちが揃ってだからな。何を言われてるか怖えよ」

 「確か去年の三年に、学校をさぼった上にホテルから揃って出てきてバレた奴等が居たって話だったな。あれは男女の組み合わせだったが」

 「変な噂がたったらお前のせいだからな。対処しろよ。おまけに今日は英語の小テストだったんだぜ。あれ0点にされると成績が辛いんだよな」


 妙なところで学生らしい会話をしているが、これも一種の相互確認。お互いがお互いにしか知らない内容を話すことで、本人確認も含めた挨拶を行っているのだ。

 太郎が主税の状況をまだはっきりとは分からないように、主税も太郎が“一人”と確認したわけではない。

 例えば太郎の後ろに拳銃構えて会話を聞いている人間が居ないとも限らないのだ。そんな時は、こういった下らない雑談に見せかけて、お互いにだけ分かるような“嘘”を符丁にして伝えるもの。

 ただ駄弁っているだけではないのだ。


 「一日二日で成績なんて大して変わらないだろう」

 「俺とお前は違うの。俺はギリギリを狙うから、マジでヤバいんだって。今回も際どいのよ。お前のせいで」

 「そうか。補習があったら頑張れよ」

 「ひでえ」


 これも符丁。

 上司に連絡済みであり、今回の件は危険と判断していたことを匂わせている。もう少しで他の諜報員の介入もありえたと。

 上からの呼び出しがあったり、説明を求められたら頼んだぞ、という主税の言葉に、太郎が文句を言ったのだ。


 「それで、美作は大丈夫だったのか?」

 「当たり前だろ。俺が女の子を虐めるわけねえじゃん。ちゃんと学校に間に合うように送りだしたよ。ただ、お前が戻ってこないことをかなり気にしてたな」

 「ふむ、だが、任務でイレギュラーが起きるのは良くあることだし、連絡が無いまま消されるというのも有り得る。その辺はあいつも弁えているはずだ。一応は学園の生徒だしな」

 「そうだと良いけどねえ。俺、口止めまではしてねえぞ?」

 「そうか」


 人間とは不思議なもので、頭で分かっていてもついつい他人のことを自分基準で測ってしまいがち。大食いの人が用意する食事は、小食の人間からすれば余るほどに多いと思うものだし、他人のプレゼントは自分が貰って嬉しいものに目が行きがちになるもの。

 自分が暑いと他人もそうだろうと、冷暖房の温度を弄るようなものだろうか。

 初めて部下を持った管理職が、自分では簡単だと思って割り振った仕事が、振られた当人にとって重荷になっていると気付けない、などというのは良くある失敗談。

 学生が他人に勉強を教えた時、何でそれが分からないの、と思ってしまうなどはありふれている。

 主税にとって極々当然の常識を、“普通の学生”は持っていない。それに気付くのは難しいものだ。

 まさか小夜が、周りの人間に自分たちのことを吹聴しているとは思っても居ない。


 「それでさっきも言ったが、作戦は続行しようと思う。幸い明日明後日と学校も休みだ。気にせず動ける」

 「そうだな」

 「しかし、その前に気になることを片づけておきたい。というより、お前の意見を聞きたい」


 主税はいよいよ本題を口にした。

 重々しい口調に、太郎も居住まいを正す。


 「気になる事? なんだよ、それ」

 「今回の敵についてだ。たかが情報屋一人の捕縛に、対抗措置が派手すぎる。最初は情報屋を保護する暴力団の人間かとも思ったが、幾ら裏社会とつるんでいる商売人とはいえ、拳銃まで持ち出すようなのは不自然過ぎる。おまけに取り逃がしたから正体も分からん」

 「確かに。暴力団に厳しい中で、幾らケツ持ちでもヤーさんがドンパチやらかすのは妙だな。ってことは……何か裏有るよな、これ」

 「ああ。この事件、意外に根が深いかもしれん。とりあえず例の情報流出を防げたと確認するまで動くつもりだが、どこまで探るか難しい状況になる場合も考えるべきだ。一応、情報屋のアジトに行って情報媒体を確保出来れば任務完了だが、少し探りも入れてみるつもりでいる」

 「分かった。気を付けて動けよ」


 秘匿回線を切り、当該装置の破却を行って痕跡を消した後、適当な食べ物と飲み物だけを掴んで主税はセーフハウスを後にした。

 たかが学生のアルバイトと制服泥棒の事件が、どこまで大事になっていくのやら、と溜息をつきながら。


 情報屋のアジト。TOB情報の記録が残されているという場所は、とあるマンションの一室だった。出入り口がオートロック。横浜近郊で高層マンションだ。セーフハウスからも歩いていける距離にあった。

 情報屋という商売はそこそこ儲かるらしいと、主税は埒も無く考える。

 電子ロックを、さてどうするかと様子を見ていた時だった。


 「あいつら、何でこんなところに!?」


 主税は見た。

 見覚えのある連中が、件のマンションに近づいていくところを。


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