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第一章 ◇18「もう戻れないくらい俗になった魔王の話」

<4/23 14時 日曜日 翼の自室>



 授業というものは、興味深いものだ。

 自分で調べ、自分で探し、自分で見つけ、自分で覚える。

 我が魔界に居た頃はずっとそうして来た。

 時にシヴァルデと共に習い、使い魔に探させ、リアに相談した事はあれど、基本的に自分の力のみで学習するのだ。


 魔界にも学校という場所はあるが、ここまで整った設備で大量に教師を雇い、『システマナイズされた勉強を教える方法』を用いて我らに授業をするという設備はほとんどない。


 しかし、家族に授業料を払ってもらっているのにも関わらず、寝ている者も居る。

 勤勉にならずとも、生きていく方法はいくらでもある。この世界ならば。

 我は、帰らなければならない。皆が待つ世界へ。

 その為ならばなんでも試みよう。


 初日から気にはなっていた、『パソコン』の電源を入れてみる事にする。

 OSの名前とロゴが表示され、デスクトップが表示される。

 ……単語の意味はわかるぞ。百科事典を急いで読むが如く脳が疲れはするが。


 そしてインターネットを閲覧する為のブラウザを開き、検索エンジンに文字を入力する。

 さて、何から調べるか。


 『異世界』


 小説家の卵が集うサイトが次々に現れた。興味はあるがそうではない。


 『異世界 行く 方法』


 ……エレベーターやら、紙に文字を書くだけやらで戻れるなら苦労などせぬわ。


 『シヴァルデ』


 3件(0.28秒)。魔界では歴史にも名を連ね書物にもなり、札に印刷されるようになっているというのに、電界では全く知られていないようだ。当然だが。

 シヴァルデの奴嘆き悲しむぞ。


 『次元 研究』


 東京大学という学校で研究が進められているらしい。次元を超える必要はないのだが、包括的な俯瞰視点で考えることも必要だ。

 電界と魔界は同次元の別世界。次元研究の副産物で別世界のこともわかるようになるかもしれない。

 ひょんな事から別方向の新しい発見があるというのは研究の常也。この大学を目指すのもよいな。


 一頻りの検索を終えたが案の定というか、目ぼしい情報はなかった。研究ができそうな大学は見つけたが。



 さて。



 『性行為』


 ゴクリと喉が鳴る。その文字を打つだけで手が震えた。心臓が高鳴る。何故これだけの行為にそこまでの緊張が走るのか。

 疚しい事であるという、無意識と自意識によるダブルのブレーキがかかっているのだろうか。

 これは人類が自らに科した、呪いであり、枷であり、同時に業でもある。だが、罪ではない。

 人が人たる所以。人と愛を育み人と生き、人に愛を教え死んでいく。


 性⊆業⊆愛だ。含まれるものにも関わらず性のみを選出する事で疚しさが発生する。

 愛なしに性はないが、性のみで愛は語れない。

 故に、性のみを切り取り調べようとすると、こんなにも疚しい気持ちになるのだ。

 愛は、わかっている。わかっているつもりだ。人を愛するという事。大切に思う気持ち。共に過ごしたいという気持ち。

 だが、その一部分の集合だけが抜け落ちているのだ。我は、それが必要である。そう必要なのだ。


 もはやエンターを押すだけ、マウスの左クリックをするだけ。それなのに手が震え、余計な文字を打ったりブックマークの別ページを開いてしまう。

 一旦落ち着こう。今日という時間はまだあるのだ。




 一息ついて画面を見る。出てきたサイトはエターナルソーサリーという格闘ゲームの攻略がメインコンテンツのページだ。

 VOIDE(ヴォイド)といういけ好かない金髪の男キャラクターが、腕に雷を纏って構えている。

 他のブックマークを見ても、ゲームゲームゲームゲーム。よくぞここまで、というくらいゲームのサイトで埋まっている。

 エロ系のサイトは一つもない。少し負けたような気分になったが、まだそこまでの興味がないだけなのかもしれない。

 いや、そうだ。体の記憶を探ってもそこまでがっついて調べたという記憶は残っていない。


 しかし、そこで気づいた。

 この、バナーは。


 淫猥な目つきをした半裸の女性が、誘い文句と共に表示されたり、消えたりしている。

 これが、我の知らぬ世界への入り口なのかもしれぬ……。

 震えるマウスカーソルをそっとバナーへ近づけていく。

 あ、焦るな。別ページへ飛んでしまったらこの広告は消えてしまうかもしれぬ。

 バナーにカーソルが重なった。そして、


「お兄ちゃん、お邪魔するね。勉強中?」


 ガラッと自室の扉が開け放たれた。全身の皮膚がひっくり返ったかと思うほどの怖気が走る。

 いや、まだだ。まだ我はクリックしていない。エターナルソーサリーの攻略ページが表示されているだけだ。


「い、如何した妹の美菜よ」

「んー、最近勉強頑張ってるみたいだから、たまにはゲームでもしないのかなって思って、ってあれ?」


 パソコンを覗き込む妹。そのサイトには目に毒なバナーが表示されているのだぞ! 見るんじゃない妹よ!


「お兄ちゃんがやってた格闘ゲーム……やっぱり完全にやめちゃったわけじゃないんだね?」

「う、うむ。課題は終わったので気晴らしにと少しだけサイトを見ていた」


 誤魔化す事ができただろうか。この様子ならば大丈夫だろう……。


「そうだよね! 気晴らしは必要だよね。私も宿題終わったところなの。買い出し手伝ってほしいな~」

「買い出しか……」

「荷物持ちお願いしたいの」


 上目使いでこちらを見る美菜。

 記憶を辿ると、妹は母親の家事手伝いの小遣いや、同じく母親の職場へ手伝いに行き金を貯めて、服飾品を買うのが趣味だという情報が出てきた。

 毎度重い荷物を持たされていた翼は辟易していたが、いつも何かしらの弱みを握られてその見返りとして荷物持ちを依頼されるのがパターンだ。

 それくらい手伝ってもいいのだが、何か弱みを見せただろうか。


「これね、エッチな本を見ながらベッドで正座してるお兄ちゃんの写真。彼女さんに見せちゃってもいいのかな~?」


 美菜はスマートフォンを見せてくる。そこには確かに、エロ本を見る我の姿が写っていた。

 撮られていたのか、最早誤魔化す事はできない。だが……。


「見せるのは別に構わぬ。それが我の有りの儘の姿故に隠し立てなどしない。

 手伝えと正面切って言われれば荷物持ち程度するものを、どうしてそんな卑怯な事をするのか」

「え……」


 卑怯というのは美学に反する。魔王たるものの美学だ。

 卑怯である事に美しさを感じるものも居たがそれは我が目指すものとは違う。完全であるのが魔の王たる存在なのだ。

 正面から正々堂々。それが我のスタイルだ。


 我の姿をずっと見ていた者が居たとするならば、さっきまでエロバナーを前にして震えていたのも

 目を逸らさず正面から向き合って戦っていたと考えてほしい。例え敗北しても背中に傷は受けない。


「何故正面切って手伝えと言わぬ、この兄を信用していないのか」

「うん……ごめんねお兄ちゃん。この写真は消すね。ちょっと調子に乗っちゃってたみたい」

「わかればよいのだ。これからも仲良くしてくれるな?」

「……それはこっちのセリフだよ、ありがとうお兄ちゃん」



---



 やっぱり今のお兄ちゃんは一筋縄ではいかないな、萌乃さんがちょっと羨ましいや。

 ちょっと前まではあんなのでも狼狽えまくってて、すぐ言う事聞いてくれたのに。いや、今回も荷物持ちはしてくれるって言ってたけどさ?

 どうしてあんなに変わっちゃったんだろう。今の方が前より何倍もいいけど。


 さっきの写真は、盗撮したわけじゃないんだよ。情報の授業で画像編集ソフトの使い方を習ったから作ってみたんだ。

 盗撮は卑怯だからね。正々堂々とコラージュしてね。よくできてたでしょお兄ちゃん?

 んでも、これが『有りの儘の姿』なんて。あの完璧に見える今のお兄ちゃんでもエッチな本読んで、そんな事してる……のかな?


 ドキドキしてきちゃった。ごめんね、萌乃さん。ちょっとだけ借ります。

 代わりに、色々手伝ってあげるからね。吊り橋効果とか知ってるかなぁ?

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