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第一章 ◇16「魔王でもデートする話」

<とある公園>




 4/22(土) ツバサくんとデートの日。

 昨日、一昨日と学校を休んでたけど、妹さんが連絡を取り持ってくれて助かった。


『今日はもうピンピンしてるから、明日のデートは大丈夫だよ』


 そう言ってくれたのだ。

 いやデートなんてそんな……とは妹さんには言ったけど、そのつもりで誘ったのである。魂胆が見え見えで赤面の至りだ。


「変じゃないかなぁ……?」


 髪の毛もちゃんと纏まってるし、服装にも解れや汚れなどは全くない。

 化粧もお母さんに頼んでちょっとだけしてもらった。


「最初からあんまり気取らない方がいいのよ」


 とはお母さんの談だ。うん。化粧も格好も派手なのは避けて、シックでちょっとキュートな感じに仕上げた。

 ふりふりはついてない、白基調の春もののワンピースに、ワンポイントのリボン。まだちょっと寒いから薄い色のタイツを穿いて。

 下がいつもより短いけど……みんなはこれくらい普通にするし。むしろちょっと長いくらいだ。

 靴は、お母さんに借りたお洒落なぺたんこ靴。

 ヒールは高いほど引かれるわよって言われたから自分の買い置きの靴は封印。そんなに高さはないけど、念には念をいれないと。


「気取ってない、全然普通……普通にいい。うん、大丈夫」


 変に張り切っちゃうとツバサくんがついてこれなくなっちゃうから、これくらいがいい。


 今日は土曜日だけど、待ち合わせ場所の公園は、街中じゃないから人はそんなに多くない。

 30分も早く着いちゃったけど、しょうがないよね。ベンチで待とう。


 と、思った瞬間に、気づいた。そのベンチに、すでに居る。


 白系のワイシャツに地味なカーゴパンツ、丸帽子をかぶっている。見た目は普段着っぽいけど、ネクタイを巻いている。

 ただそこらに出かけるだけで、そんなものつけないだろう。彼なりのお洒落なんだろうなって思って少し嬉しくなる。

 意識してくれてるんだ。

 しかも、私を待たせない為に早く来てくれた。すごく嬉しい。


 これから始まる一日に思いを馳せて、彼に向かって駆けだした。




---




「デートの待ち合わせは10時? なら8時には出なさい!」

「な……何故(なにゆえ)

「女の子は下手したら1時間前には着くんだよ。待たせたら男の恥よ?」


 そんな事は初めて聞いた。これも常識の一部なのだろうか。

 16年しか生きていない小娘ごときの剣幕にたじろいでしまう。情熱とか親愛とかそういうものを超越した、決意を秘めた『力』を感じる。

 逆らってはいけない。この体の持ち主も我自身も、女という性にはまだ疎いというのは一昨日の一件で知れている。

 目の前の妹は言わばそのもの。聖書(バイブル)を超えた全書(エンサイクロペディア)である。


『書に逆らわば苦難の道を往く』


 シヴァルデの言葉だ。本に記されている事は正しいか間違っているかはわからない。しかし道しるべではある。

 書に逆らう事が正しかれそうでなかれ、どちらにせよ道なき道を進むことになる。険しい山を進むが如く。


 掻い摘んでごく簡単に言えば、流れに逆らうな。自分の道を信じるならば覚悟をせよ。という意味である。

 妹には逆らわない。言う事を聞いておこう。さすればとりあえずの道は歩きやすかろう。


「着ていくのは、これと……あとこれ!」

「わかった」

「シャツはこれね」

「承知した」

「あとネクタイ。お父さんに言って貸してもらった、普段着にも使えそうなやつ」

「支持しよう」

「靴はスニーカーでいいわ、まだ綺麗だし。革靴だと張り切り過ぎに思われちゃう」

「異論はない」

「髪の毛、ちょっとワックスつけるよ。頭下げて!」

「賛意を表する」


 頭を下げて妹に任せる。ちょいちょいっとつまんでは持ち上げ、整髪料を馴染ませ固めつつ髪と髪の間に空気を含ませる。


「……ここまで印象が変わるものか」


 これがイケメンか。


「そこまでイケメンじゃないかな。私は好きだけど」

「……そうか」

「卑屈にはならなくてもいいよ、並にかっこいいよ」


 貶されても褒められても我が体ではないのだが、悪くないという感情にはなる。

 場合によってはそのまま貰い受ける可能性のある肉体なのだ。それを持ち上げられれば嬉しくもなる。


「……そんなアホじゃないとは思ってるけど、いきなりホテルに誘っちゃダメだよ?」


 ホテル?その単語には心当たりがある。肉体の記憶を辿る、そう、あれは熱海の……。

 ………………妹の発した単語の意味を理解し一瞬怖気が走る。いきなり、そんな事を。


「わけがなかろう!」

「だよね、お兄ちゃんにそんな甲斐性あるとは思ってないよ」


 これはどんな返答をしても好感度が下がる選択会話だ。肯定しても否定しても誤魔化しても弁明しても悪いように取られる。

 女性というものは平気でこういう事をするのだ。卑怯者よ。


「何か言いたい?」

「……異議はない」

「そう」


 睨んでしまわないように気を付けながら目を細めて苦い顔をする。

 その顔を見て、小悪魔のような笑みを浮かべる美菜。


 水上翼……我はお前よりも、お前の妹の本性に近づいてしまっているようだ。



---



 図書館へ行った。探し物は見つからなかったけど、面白そうな本をいくつも見つけた。

 ツバサくんも、何冊か借りたみたい。ハードカバーの本を借りたからちょっと重いかなって思ってたけど、図書館を出た時にひょいっとツバサくんが持ってくれた。

 ここに最初に来たのは失敗だったかなって思ったけど、心配そうな顔をしていたからか『この程度の重み、空気にも同じ』なんて言うから笑っちゃった。

 ごめんね、荷物を持ってもらった上に気まで使わせちゃって。ここからは私が楽しませるんだから。


 クレープ屋へ行った。持って食べるのじゃなくて、ドリンクとセットでお皿に乗ってくるタイプの、ナイフとフォークで食べるやつ。ガレットっぽいやつ。

 ここでもちょっと驚かされた。ナイフとフォークの使い方が、上品なんてもんじゃない。気品に満ち溢れている。

 口を拭う仕草一つ取っても、貴族のような手さばきで、しかもしれっとした顔をして行う。真似してみたけど、どうにも似ない。

 何かおかしかったのか、孫を見るお爺さんのような表情で微笑まれた。


「頬にクリームがついている」


 顔に手を添えて、親指でスッと拭い取る。小さな仕草でぺろっと指のクリームを舐めとり、嫋やかにお手拭で拭う。

 貴族はこんな事しないだろう。作法を学んでいたというより、『それが当然であるものとして行っている』みたいに思えた。

 それより顔を……触られちゃった。


 触れられた部分が温かく感じる。まだ手も繋いでないのに。


 映画も見に行った。ファンタジーものの。

 転生によって最強の力を手に入れたゴブリンが、人間相手に無双するお話。

 最近こういうの多いのよね、って言いながら幕間にツバサ君の方を見てみたら、熱心に見入っている様子だった。マテリアルがどうの、形質がどうの、独り言を呟きながら考察してるみたい。

 ちょっとした賭けだったけど、やっぱり男の子は恋愛ものよりもこういうのだよね。

 こっちにしてよかった。

 映画より、ツバサくんの顔を見てる方が面白いもん。


 楽しい時間はあっという間に過ぎた。映画館を出ると少し暗くなりはじめていた。


「掛け替えのない経験と時間を貰った。このような心躍る出来事は、過去には余りなかったように思う。また声をかけてはもらえないか」

「……!」


 また誘っていいんだって。やった! これから学校でもちょっとずつ距離を縮めて、今度は遊園地に行きたいな。動物園もいいな。

 お泊りとかしちゃったりして。ゲームも好きみたいだしそれを口実に……最近は勉強もしっかりしてるみたいだから合宿みたいなのも……。


「ええっと……こんなんでよければまた……こちらこそ! お願い……したいです」

「わかった、では次はこちらから案を出そう。今日は、なんだ。そう『楽しかった』という感覚だった。また頼む」


 右手を出される。ええっと……これは。というか、次はツバサ君から誘ってくれるって……。で、この手は……。

 右手を出したまま、優しい表情に変わるツバサ君。待っている。でもちょっと、待って、汗かいてきちゃった。でも拭いたらちょっと変に思われるかも……。

 どうにでもなれという気持ちで、両手でえいっとその手を握る。温かい。


 握手をした。それだけで、全身の力が抜けそうになる。今私は幸せです。私にこんな時期が来るなんて、思わなかった。

 でもデート一回で満足しちゃいけない。そもそもデートって思ってるのが私だけかもしれない。

 でもまた誘ってくれるって言われた。これは脈があるかもしれない。

 でもでも、ツバサ君はこれから生徒会長になって有名になって、離れて行ってしまうかもしれない。

 だから、一回一回の関係を、会話を、お出かけを、大事にしていきたい。

 もしも『その時』が来てしまったなら、それまでに後悔をしないように。


 けど今は、幸せです。


 ツバサ君は握手を離そうとしたけど、私はそれを引きとめた。


「このまま、帰りましょう」

「わかった」 


 こくりとうなづく。この不器用な仕草と、変な喋りと、実直な性格と、あとちょっとだけ外見が好きだ。見た目で好きになったわけじゃないんだからね。

 誰に言うでもなく言い訳をする。最初に好きになった理由は、もう忘れてしまった。一年の頃、ちょっといいなって思っただけだったのかも。

 でも今は、好きなところを言える。それもまた幸せの一因になった。


 今日は、デートをして、クレープを食べて、あとあと、色々あって、手を繋いで帰った。

 そんな日記を書ける事に喜びを感じながら岐路に着くのであった。



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