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第一章 ◆15「ロマンチックかと思ったらジェットコースター」

<4/20 夜 シヴァルデの私室>


「と言うわけで、最後の授業を始めます」


 シヴァルデが声を上げる。

 最後の授業の『成り立ち』については、マテリアル界だのエーテル界だのさんざん出てきた話だったので割愛する。

 復習にしかならなかったので正直寝そうだったが、寝たら腕を千切り取られそうだったので頑張って起きていた。ミナモは寝ないように立っていた。


 終わりに、魔具について聞いてみた。

 魔具とは、マナを含み特殊な性質を持った道具と、マナを込める事によって回路を動かし、エーテルでマナを操るのと同じ効果を出せる道具の二つがある。

 どちらも基本的に魔法が使えない人向けなのだが、魔法をブーストさせるアイテムもあるので好んで魔具を使う魔法使いも多い。


「さあ授業はこれで終わりだ。これから本題に入っていく事とする。置かれている状況、せねばならぬ事はこんな感じだ」


・餓魔人ゾンネ襲来まで26時間。

  あと6回太陽が昇って沈む頃に来るとの予想。予想よりちょっと速すぎる。

  イカロス城ではまだ3.4回しか寝ていないのになぁ。なんらかの能力を手に入れたのかもしれない。


・バーガンドラの行方

  元最大戦力であるバーガンドラには戻ってもらうか、他の魔王に付く前に死んで貰わねばならない。

  または、同じくらいの戦力がある魔人に仲間になってもらうとか。


・リアについて

  リアはイカロス城の現在最高指揮官である。今どこに居るかはわからないがミナモ曰く20階あたりに居るのではないかとの話。

  権限を持つ人がフラフラ遊び歩いてていいのか? どうなってんだ。


・1階の様子見


「……これは?」

「いや、まぁとりあえずこれを見てくれ」


 シヴァルデはビンを取り出した。中には煙のようなものが入っている。その煙は、所狭しとビンの中を飛び回りながら、『オォォォォォ……』と声を上げている。

 こ、こえぇぇぇ……なんだこれは。


「これは、エーテル体を密閉空間に閉じ込めてみたものだ。死んだ魔人のマテリアルからエーテルが離れたところを捕まえた。」


 ……俺がもしシヴァルデと戦った時死んでいたら、こうなっていたかもしれないな……ぞっとする。

 世界が違うからエーテルはガラスを通り抜けると思われるかもしれないが、物質はエーテル界にも同時に存在する。だからエーテルは建物や地面を透過しづらい。


「ガス状生命体だ。同じ方法で液状生命体も生まれる。こいつらは形質を持ってることもあるし、エーテルの量次第で進化も覚醒もする。極めて危ない存在だ」


 進化(退化だが)も覚醒も自分の身で体感済みだ。あれを起こす可能性があるなんて……。

 というかそんな危ない存在をビンに閉じ込めるな。


「なんでそんなもの捕えてるんですか」

「研究の一環でね?」

「そんなクソみたいな研究トイレとかに流した方がいいと思いますよ????」

「君あの一件以来大分辛辣になったよね……」

「当然にゃ」


 はふん! と息を巻くミナモ。

 いや、誰だって仲良い女の子の腕千切られたら怒るよね? まぁミナモの右腕はもうとっくに、傷一つ残らず治ってるんだけど。


 やはりこいつ、シヴァルデは……常識とか倫理とか、そんなものから離れたところに居るのかもしれない。

 こいつに信頼を置いていたらしいイカロスは、常識を知らずに俺の体を使って好き勝手やってるかもなぁ……。

 まぁ、俺が好き勝手やってないと言ったら嘘になるけどね。


 右手を見る。見た目は傷だらけな程度に見えるが、曲がらないし上がらない。エーテルがほとんど通っていないのだ。シャドウは動かせるらしい。

 血も足りない。流れた血を戻す事は魔法でもできない。


 こんなんなっちゃった体を見たらイカロス悲しむかな。そうでもないかな。どっちなんだろう。

 どんな人なんだろう。

 と、会ったこともない体の元持ち主に思いを馳せてみたりする。

 シャドウがほぼそのものなのか、今どんな性格なのかはわからないけど。

 俺らの世界へ飛ぶ前のイカロスがこんな感じだったってのはわかるな。

 ……堅っ苦しいけど優しいって感じなのかもしれない。


「説明の途中だったから話を戻そうか。このビンの話に近いんだけどね。1階でさ、剣聖タロスって言う人がイカロスの魂を異世界に送ったんだけど、

 タロスが莫大なマナとエーテルを使ったから、その反動がどこに出てるかって問題があるんだ」

「防犯カメラとかついてないんですか?」

「『防犯』をする『カメラ』ね。興味深い名前だ。魔具で作ろうと思ったら作れるだろうけど常に付けておくのは非現実的だな。魔晶石が持たない」


 魔法使いが『非現実的』とか言うと面白いな。


「僕らの世界の日本って国では『電気』っていうエネルギー体が比較的安価でほぼ全世帯に配送されてるんで、現実的な案だったんですよね」

「安値でエネルギー使いたい放題なんて眉唾だなぁ……羨ましい世界だ」

「無いものねだりは置いといて、1階の様子を見に行かないといけなさそうな感じですか」

「そうだね、僕の見立てではソウルストリーム全体の1/20くらいを消費する魔法の発動を感じたから、とんでもない影響が出てそうなんだ」

「マナじゃなくてエーテルを使って魔法を使うんですか……濃い魔法が出そうですね」

「濃いってどんな表現にゃ……」

「そうだね、人間で言ったら14億人分くらいのエーテルが使われたんだよ」


 14億人!? マジで言ってるの。

 魔王1人を異世界へ送るという行為はそれだけのエネルギーを必要とするのか。

 戻すのは大変そうだな……。


「例えば君が、例の能力を使うとする。そうするとマナが取り込まれ、能力を発動するためのエネルギーへと変換され、実際に消費される。

 すると、消費されたエネルギーはライフとなってマテリアル界を漂う。一部は動植物に吸収され、一部は地表と大気を温め、残りはマナに戻ってエーテル界へ行く。

 魔法を使うと温暖化が進むらしいんだ。昨今では南極っていう大陸の氷が溶けて水位が上昇してるらしい。」


 剣聖タロスよ、お前の魔法で地球がヤバイらしいぞ。

 って言うかライフは二酸化炭素扱いかよ。違うものだろうけど。


「で、だ。ライフが飽和するほどの大魔法を使うとどうなるか。はいミナモくん!」

「にゃっ!? ね、寝てないにゃ!」


 シヴァルデ先生はジトっとした目でミナモを見る。いや本当にまさか寝てないよね?

 あそこまでされといて寝れたら大した奴だよ。ほんと。


「本当に寝てないんにゃけどね? ほら、ちょーっと聞いてなかったというか、話が長くて」

「……危機感がなさすぎるよね、僕ほどじゃないけどさ。その僕が言うのもなんだけど、君には転生法もないんだからもうちょっと頑張りなよ」

「ごめんにゃ……」


 猫から生まれた猫人間に真面目な話をし続けるのが酷なのかもしれないな。普段から飄々としてるし。


「じゃあどうなると思う? ツバサ君」

「爆発が起きる……とか?」

「ヒントは、これだ」


 シヴァルデはそのビンをとんとんっと指で叩く。中ではガス状の生命体が『痛イィィィイ……苦シイィィィ……』などと怨嗟の声を上げている。

 逃がしてやれよ。……ん、そうか。


「飽和したライフがマナに戻ってからエーテル化して、生命体になる……とか」

「大方正解。80点くらいをあげよう」


 シヴァルデの解説によると、密閉空間で大魔法を使った場合、魔法の結果とは別に、ライフが大量に発生した事によって以下の現象が起こる。

 ・発生したライフの一部が熱エネルギーになって空間内の物質が少しだけ温まる。

 ・残りのライフのうち半分くらいがマナに戻り、更にそのマナの一部が空間内の物質を使って粗悪な魔石に変化する。

  これによってできた魔石はマナエネルギーのベクトルが揃っていないのでまともに使えない。

 ・残ったライフはマナに戻ったあとエーテルに凝縮され、行き場を失ったエーテルは大気や水、石など、無機物を憑代に粗悪な生命体化する。


 俺のただでさえ足りてない血の気が引いていくのがわかる。なんでもっと早く言ってくれなかったのか。


「君に早く教えたところで何ができるのさ。空を渡る力があれば1階まで行かずに城を出る事もできるけど、どちらにしても放置はできないだろうし、

 能力にしても魔法にしても、ツバサ君が最低限の戦力になるまでは行かないつもりだったよ」

「そうじゃない。リアは1階の現状について思い至らなかったのか?」

「……」


 シヴァルデの表情は無い。ここ数日リアがどこで何をしているのかわからない。いつまでも同じ事で怒っているような魔人じゃないというのは、魔王の体の記憶からわかる。

 魔王の記憶は、シャドウに聞けばすぐ教えてくれるから、うとうとしている時なら情報共有ができる。

 そうでない時でも簡単な意思の疎通くらいならできるが長い会話はできない……と思う。

 意識の中で出会う事があるたびに、シャドウからは色々な話を聞いた。覚えていて損はない事とか、イカロスが魔人とした貸し借り取引あれこれとか、リアの事とか。

 リアは直情的で独断専行型。ほっとけばなんでもやってくれるところがイカロスは気に入っていたらしい。

 助けが必要だと言われたら助けてはきたが、こちらから能動的に何かしてやった事はなかったそうだ。


 シヴァルデは情報系の能力を持っていないが、恐らく別の魔人とやりとりはしているだろう。ゾンネの情報も仕入れているくらいだし。

 リアが対処に行っていたとしたら、成功したならばよし。失敗していたなら、俺たちの誰が行っても仕方ないだろう。

 それをわかっているのだ。だから何も言わない。


「チッ」

「ツバサ……どうしたにゃ?」

「……1階へ行くための準備をしよう。何が要る?」

「武器と防具かな。魔石採取用のシャベルとかも持っていきたければ持っていけばいい。この階の倉庫にある

 それと、逃げる準備。行きはシューターで直行するけど、僕らでは対処できない何かが居たらすぐ2階の階段へ向かうべきだ」

「シューターで3階とかには行けないのかよ」

「シューターで行くとするなら1階の上は14階だけどそこから降りていくのは面倒くさくないかい? シューター以外で行くとなったら1時間くらいは覚悟するべきだ」

「外から行くとか」

「安全は全く保障できない、あと僕が怖い。君も多分超怖くてちびると思うけど」


 お前の真後ろは、高さ500メートルクラスの高所から景色がほぼパノラマで見える恐怖スポットだと思うんだがそんなところに椅子を置いて座ってる者の発言とは思えないぞ。


「……」


 『危険かもしれない1階へ直行して、迅速に対処。2時間かけて戻ってくる』か、

 『安全策を取って14階へ行き、1時間かけて降りて警戒しつつ対処。2時間かけて戻ってくる』のどちらがいいか。


「断然前者にゃ。ゾンネ対策も考えなきゃならないし」

「……そうだな。今考えても仕方ないしとりあえず向かおう」

「じゃあ武器を渡しておこうか」


 ごとり、とシヴァルデが机に置いたのは、金属と布、革が組み合わさった手甲、あるいはナックルダスター。両手分ちゃんとある。

 少し、俺のサイズには合わないかと思っていたが、縛ってしまえば問題ない構造になっている。


「右は今は動かないみたいだけど一応両手ともつけといた方がいい。使い方はマナを込めるだけで、自分の腕にかかる負担を軽減する」

「……形質にもマナを込めながらこれにもマナを割くのか?」

「ちょっとだけ込めておけば、殴った時周囲のマナを吸い取って勝手に生魔法『反動軽減』が発動してくれるよ」

「なら使わせてもらう」


 制御はシャドウに任せよう、多分形質に使うマナを操るだけで精一杯になりそうだから。


『心得た。その程度なら我の肉体操作権限でも可能也。任せるがいい』


 頭に響く声が心強い、頼りになる。朦朧状態じゃなくともこれくらいの意思なら聞こえるんだな。

 あとは、瞬間的に回復できるアイテムがあればいいんだけどそんなものあるか?


「これだな。生体麻痺薬」

「……何に使うんだ?」

「痛みでショック死しそうな時に飲めばショック死しなくなる」


 そんな痛い時は俺の時みたいに失血で死ぬだろうよ、と細めた視線で返答する。


「それもそうだな、じゃあ生体接着薬」

「ちぎれた腕を繋げられるのか?」

「それどころか傷も塞げる。試作だから1個しかない上にこれ1個に魔晶石が20個ついてる。燃費が悪い事この上ないよ」

「とりあえず聞くけど、なんでこんなものを?」

「魔法が使えない人向けに、研究の一環でね」


 たまにはいいもん作るじゃねえか。

 利用させてもらおう。


「スプレー中の薬剤が切れても魔晶石の色がなくなっても使えなくなるから注意して」

「俺が持ってていいのか?」

「僕らは生魔法が使えるから君以外が持っても意味ないよ」

「……そうか」


 ……そうか?生魔法とは用途……というか効果が違うように思える。

 まぁ俺が持ってていいと言われたから言葉に甘えよう。ベルトに引っかける。


「防具は要らない?」

「相手によるけど、重装備してっても動きが遅くて逃げられない可能性もあるし」

「わかった。じゃあ行こうか、先行ってるよ」


 と言ってシヴァルデは非常口と書かれた窓を開け、ベランダの一番端にあるシューターにぴょんと飛び込んだ。


「……ミナモはちょっと不安にゃ」

「取り越し苦労で済めばいいな」


 そうだにゃ、と言いながらミナモは、俺の腕にそっと縋ってくる。

 突然のことで物凄くビックリしたし心臓が口から出そうなくらい驚いたが、どうにか抑えてそちらを見た。

 ミナモは背が今の俺より20cmくらい高いからちょっと見上げる事になった。


「ツバサ、離れないでにゃ。一緒に居てほしいにゃ」

「わかってるよ」


 そういうと、ミナモは少しだけ安心した顔をして、俺の手を引いてシューターへ向かった。

 ……あれ、これはロマンチックな感じ、なんじゃなくて。ジェットコースターに乗る前のアレ的な、


「手ぇ離したら嫌にゃ!」

「ちょっと待ってそういう意味!? 俺心の準備がま」


 にゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………


 56階へのシュートの比じゃない、ゆうに時速200キロメートルはあろうかという速度で、ミナモと共に俺たちは頭から落下して行った。

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