第一章 ◆14「ミナモ、落ちる」
◆4/20 朝 シヴァルデの私室
「いや、死ぬかと思ったね」
「……」
ホントにばかたれにゃ。
後先考えずに、シヴァルデに喧嘩売って死にそうになって。
……嬉しかったけどにゃ。
「シャドウが居なかったら、絶対死んでた」
ツバサはそう言いながら、血の気の抜けた顔で笑った。
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シャドウ。イカロス様のマテリアル体から生まれたらしい。
身体の所有権は基本的にほとんど持たず、意識が朦朧としている時にだけ会話する事ができる。
ただ、イカロス様が持っていた魔法の全てを使える。
ツバサが死んだと思ったあの瞬間、シャドウが出てきて自身のマテリアル体を生魔法で修理し始めた時は何事かと思ったにゃ。
マナは自前のエーテルを使う為に取り崩して準備してたみたい。
そんな事ならシヴァルデのエーテルを使えばよかったのに……。
『元の形程度覚えておる。己が体故な』
『その喋り方、イカロス。戻ってきたのか?』
『否。我はシャドウ。イカロスの体より生まれた、ツバサのもう一つの人格であると共に協力者である』
『ツ……ツバサは無事なのかにゃ!?』
『是。我がエーテルの内側にて浅き眠りについている』
その言葉を聞いた時、止め処ない涙が溢れた。
ツバサが、生きてる。
60年間(ツバサの世界の時間で言うと10年らしいにゃ)生きてきて、初めての感覚だった。
同時に、お互いに告白モドキみたいな事をしてしまった恥ずかしさが心臓から喉を通って頭の上まで昇ってきた。
ノ、ノーカウントにゃ! ミナモは返事してないし! ツバサもかもしれないとしか言ってにゃいし!
で、でも、どうしてもって言うなら付き合ってあげても……いや……。
一緒になれないと嫌にゃ……。
もうどうしようもなく好きになっていた。
命を賭して、自分の数万倍エーテルが強い存在に喧嘩を売ったのだ。それも、ミナモだけの為に。
ミナモなら、そんな事はできない。磔になっていたのがツバサだったとしても、指を咥えて『可哀想にゃー』とか言うくらいしかできなかっただろう。
優しすぎるツバサは、怒ってくれた。
顔が、熱すぎる。全身が総毛立つ。くらくらするにゃ。胸が苦しいにゃ。
「はふ……」
「どうした? 熱か?」
ツバサがミナモの頭に左手を当てる。右手は、シヴァルデによってもう二度と上がらないだろうと言われていたが、
シャドウ曰くリハビリとエーテル次第で少しずつ動くようにはなるらしい。よかったにゃ。
「うわ、あっついぞ。横になった方がいい」
横になるにゃ? 一緒にいて欲しいにゃ。一緒の布団に入って欲しいにゃ……そしてそのまま……。
「にゅあ~~…………」
「ずっとこの様子なんですけどどうしたらいいですかシヴァルデ先生」
「君も罪な男だね」
「先生には言われたくないんですけど。もう一回顔面潰しましょうか」
「遠慮したいとこだなぁ、結局僕も回復の為にエーテルを取り崩す事になったし、またやられたら僕老けちゃうよ」
「一向に構いませんが」
「手厳しいなぁ……」
シヴァルデは一遍というか百遍くらい死ねばいいにゃ。
自分本位にも程があるにゃ。
恩はあるけど、シヴァルデも同じく中身が変わったら返すとするかにゃ。ほんっとムカつくにゃ。
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ツバサの体を大体修理したシャドウは、シヴァルデと少しだけ会話をした。
『我はイカロスのようなものである。
つまりシヴァルデ……貴様には恩義があるが、……また似たような事を起こしたら例えお前の輪廻が転生しようとも、我自ら何度でも貴様を見つけて殺しにいく』
何度転生しても殺すというのは、この世界でよく使われる慣用句である。
『わかったよ。もうしない。約束しよう』
『それならばよい。願わくば、次また会う時も味方であらん事を』
『お互い様だよ』
ツバサの意識が全くないとシャドウは動けない。同時に、ツバサが普通に起きているとシャドウが肉体を動かす権限がない。
よって、シャドウが表に出るチャンスはほぼない。痛みのショックで意識がぶっ飛ぶような事があればまた出てくるだろうがにゃ。
無論、今度はそんな事させないにゃ。ツバサは、ミナモが守る。どんな事があっても、今度はミナモが命を賭して守る番にゃ。
ミナモとツバサは、婚礼契約も、隷属契約もしていない。しかし、どんな契約よりも強い絆で結ばれた。
ツバサの本意はわからないけど、ミナモは少なくともそう思っているにゃ。
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「……今度は、ミナモが」
「普段通りに戻ったか?」
「お騒がせしましたにゃ……」
うん、今からは普通にゃ。意識はしちゃうだろうけど。
ありがとうにゃ。ツバサと出会えて嬉しいにゃ。
「いいって事よ」
「それじゃ、そろそろ目下最後の授業と参りましょうか?」
「次は殺す」
「もう許してくれよ……」
「シヴァルデはいつも敵を作るにゃ」
「あんまり理解されないよ、3000年も生きてるとね」
「年の問題じゃなくてな」
性根の問題にゃ。