<王国編> 8.テレサ・ダビト3世
聖ダビド王国第48代テレサ・ダビド3世。父である先王が早逝したため、19歳で王位に就き、在位45年。歴代の王の中でも長い在位期間の女王である。長男、長女、次女の3人の子供に恵まれていた。
「それで神託は間違いないのですね」
「はい、全ての神殿に神託が降りています。間違いないでしょう……」
そんなある日、救世主を迎えた者を王にせよ……という神託が降りたのだ。
「迎えに行かなくていいですよね?」
真っ先に王女の元へ王太子である長男が飛び込んできた。
「そうですね。王太子がそうしたいのなら、そうなさい」
女王の子供も孫達も神託には全く興味を示さず、このまま王という責務から逃げ出さんばかりだったのには、さすがに女王も呆れた。だが、ダビド家の王位継承者が、そんな体たらくだったため、貴族が自分たちの影響力を増そうと何人かの王族を担ぎ出し、あわや騎士団同士で戦闘になるという事態にまで陥った。
「全ての聖地に、王位継承者を1人ずつ派遣し、救世主を連れ帰ったものを王位継承者としましょう」
女王からの妥協案で事を収め、92人の王族が旅立っていった。
「これで、ダビド王朝が終わるとしたら、それはそれで運命ね」
王の宗教的儀式を管理する典礼長のエロイ・カニ司教に、この後を取り仕切るよう指示し、女王は私室に戻っていった。
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王族が各聖地に旅立ってから数日後、女王の元に報告が上がった。
「ファビオが任地を離れ、フェロル村に向かったのですか?」
「はい」
フェロル村にはヒメノ家の長女リリアナが向かっている。女王の元には、ここが本命だろうという連絡がすでに神殿から入っていた。
「情報が漏れているみたいですね」
「情けない事ですが、オクシヘノ神殿の神官の1人が漏らしたようです」
「わかりました……神官は泳がせておきなさい。ファビオへは誰か付けているの?」
「はい。軍の中に1人」
「そう」
−− リリアナ……これも試練と思いなさい。これを乗り越えて、王位に就くのです。
女王は心の中で呟くのであった。
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リリアナがフェロル村に向かってから4ヶ月ほど経過した。
「リリアナが行方不明?」
「はい」
ファビオの妨害を跳ね返し王都に向かったはずのリリアナが、王都についた後に行方を絶ったとの連絡が女王の元に入った。
「どうやらマシアス商会が動いたようです」
「そうですか……マシアスに捕らえられたという事ですか?」
「いえ、マシアスの屋敷に現在、救世主の父親と娘と思われる2人が運ばれるのを確認しましたが、リリアナ殿下と、他の救世主様の行方がわかっておりません」
「全力で探しなさい! このままではマシアスにこの国を牛耳られかねません」
−− そうなれば最悪、内戦に……
そんな思いが女王の心にあった。
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「リリアナ・ヒメノが間に合います」
そう、セリノの孫と名乗る子供が女王に囁いた。13日前、王都の一番外側ノベナから行方を絶ったリリィの情報が女王の元に、やっと入ったのだ。実際は、女王が抱える諜報機関には複数の情報が入っていた。だが、宿屋で歌を歌い、おひねりを集めていたという情報だったため、さすがに別の人間だろうという事で現場で握りつぶされ、女王の元まで届いていなかったのだ。後日、現場判断で情報を取捨選択した事で担当者は叱責を受ける事になる。
そして謁見の日。
中央広場に面した王宮の正面玄関。
ここが開け放たれ、女王が出てくるのを貴族が、市民が待ちわびている。
−− まだかしら……
玄関から女王が進み出て、姿を現し、国民に向け謁見の目的を話す。その後に女王が救世主を連れてきたものは前に出るようにと指示を出す。ファビオが中央より進み出て救世主を紹介する……そういう段取りになっている。
「陛下、お時間です」
典礼長のカニが女王を促す。女王は目を閉じたまま動かない。
−− マシアスの犬に成り下がったか……
この儀式の話を出た時点で、女王はカニの背後関係を調べさせていた。
「陛下? お時間なのですが……」
女王はそれでも目を閉じたまま動かない。
カニはさすがに痺れを切らしたのか、
「陛下! 謁見のお時間です。ご準備をお願い致します!」
その声で、ようやく女王は目を開き立ち上がる。
「わかりました、行きましょう」
玄関より歩み出る。
群衆の大歓声が女王を迎えた。
たっぷりと時間をかけ、その歓声に応え、女王はこう宣言する。
「今日、ここへ集まってもらったのは、この国の将来を決める大事な謁見があるからです!」
そして、神託があった事。神託により救世主を迎えた王族を王位継承者とする事を宣言する。そうして、正面の貴族の中で顔を真っ赤にして立っているファビオを見つめる。
−− 卑しい
その顔付きは、この国を安心して任せるには程遠い。
だが、王女であっても、これ以上、時間を引き延ばせない。ここでファビオが決まりを破った事を理由に王位継承者を変更する約束を反故にすれば、このまま内戦に突入する可能性まである。各貴族が騎士団に囲まれているのは、最悪の事態まで想定してい準備をしているという事なのだろう。
女王はそう考え、ついに口を開く。
「救世主を連れて来た者よ、こちらへ進み……」
21時頃、次話を投稿します




